第5章 第171話 レイヴン・モーターフェス
「レイヴン最速決定戦」
蓮がそう言った瞬間、ナナが首を横へ振った。
「それ、レースしかないみたい」
「じゃあ、レイヴン・ツーアワー・エンデュランス・スピード――」
「長い」
シオンが途中で切った。
「まだ終わってねえぞ」
「もう覚えられない」
「早すぎだろ」
貸し会議室のテーブルには、さっきまで使っていた資料やメモが散らばっていた。
カスタムカー部門。
スーパーカー部門。
二時間耐久レース。
ピットウォーク。
車両展示。
出店。
話しているうちに、最初よりずいぶん内容が増えている。
「じゃあ俺」
アキラが少し考えた。
「RAVEN STREET MOTOR EXHIBITION PROJECT」
数秒、間が空いた。
ナナが首を傾げる。
「何するイベントなの?」
「車」
「それしか分からない」
蓮が笑った。
「服のブランドみてえ」
「お前には言われたくない」
アキラも笑う。
玲奈が資料から顔を上げた。
「短くて、間違えにくい名前にして」
「夢ないなあ」
「契約書にも、口座にも、申込書にも、広告にも使うのよ」
「現実的すぎる」
「現実の金を扱うんだから当然でしょ」
悠斗はテーブルの資料を見た。
「そもそも、レースの名前じゃなくていいんじゃない?」
蓮がこちらを見る。
「どういうこと?」
「今回、レースだけじゃないだろ」
悠斗は資料を指で追った。
「展示もあるし、ショップも呼ぶし、出店も入れる」
「一般客も来るんだよな?」
トウマが聞く。
「その予定」
「だったら、レース見に来る奴だけじゃないしな」
ナナが少し身を乗り出した。
「これ、レース大会っていうより、車のお祭りに近くない?」
「車のお祭り」
悠斗が繰り返す。
「速い車見たい人もいるし、カスタムカー見たい人もいるし、店だけ見に来てもいいじゃん」
「フェス寄りだな」
アキラが言った。
同席していたSHIFT側の運営担当も頷く。
「SHIFTでも、展示や出店を入れたレースはやってます。ただ今回はNOXとの共同開催ですし、一般募集も招待枠もある。全部まとめられる名前の方が分かりやすいと思います」
「それなら」
ナナがスマートフォンを取り出した。
「街の名前入れたら?」
「レイヴン?」
「うん」
少し操作してから、画面をテーブルの中央へ向ける。
《RAVEN MOTOR FEST》
「レイヴン・モーターフェス」
悠斗が読み上げた。
蓮が覗き込む。
「普通じゃね?」
「普通だから覚えられるんでしょ」
ナナが返す。
アキラも画面を見る。
「英字で出した時は悪くない」
「短いしね」
玲奈が言った。
「書類でも使いやすい」
「じゃあ結構いいじゃん」
トウマが笑う。
ナナはさらに文字を足した。
《NOX × SHIFT》
《TWO\-HOUR ENDURANCE RACE & CUSTOM CAR SHOW》
「下にこれ入れたら、何やるかも分かる」
「共同開催と耐久と展示か」
悠斗が確認する。
「うん」
蓮が画面を見たまま頷く。
「これならいいな」
シオンも短く言った。
「覚えられる」
「そこ大事なんだ」
「大事」
SHIFT側の運営担当がスマートフォンを手に取る。
「一応、向こうにも送ります」
名称と説明文を送ると、それほど待たずに着信が入った。
「リクさんたちです」
スピーカーへ切り替える。
『見たぞ。レイヴン・モーターフェス』
リクの声だった。
「どう思います?」
『俺はいいと思う。分かりやすいし』
すぐにケンゴの声が重なる。
『どっちか片方の名前だけ前に出てないのもいいな』
『呼びやすいしね』
サラも入ってくる。
悠斗が小さく頷く。
「俺もその辺はいいと思いました」
『じゃあ、それでいいんじゃねえか?』
リクが言う。
『ていうか蓮』
サラが続けた。
『名前決まったなら、ちゃんと速い車招待してよ』
「なんで俺に言うんだよ」
『NOX側の招待枠、あんたも探すんでしょ?』
「探すけど」
『人数合わせみたいなの呼ばないでね』
「そっちこそSHIFTの身内だけで固めんなよ」
『速ければよくない?』
「そればっかだと身内レースになるだろ」
『NOX側も知り合いだけで埋めないようにね』
「埋めねえよ」
『どうだか』
「お前なあ」
通話の向こうでリクが笑った。
『もう張り合ってんじゃねえか』
「張り合ってねえって」
『張り合ってるでしょ』
サラが即座に返す。
悠斗は苦笑した。
「とりあえず、今は名前の確認だけで」
『はいはい』
リクが返す。
『こっちは問題なし』
「ありがとうございます。じゃあ、正式にこれで決めます」
『了解』
通話が切れる。
《RAVEN MOTOR FEST》
レイヴン・モーターフェス。
それが、今回の共同イベントの正式名称になった。
「じゃあ、書類は全部これで統一するわよ」
玲奈がノートパソコンへ入力を始める。
「収支表も入出金記録も同じ名前」
「口座の準備は俺がやるわ」
トウマが言う。
玲奈がすぐに顔を向けた。
「使えるようになるまでは、参加料も協賛金も出店料も受け取らないで」
「分かりました」
「先に払いたいって言われても仮受付まで」
「了解です。振込先はまだ出さないようにします」
「お願い」
玲奈が相手になると、トウマの口調は自然と丁寧になる。
「役割も一回合わせとこうか」
ナナが言った。
「そうだな」
悠斗は手元のメモを見る。
「募集要項と告知、申込窓口はナナとトウマさん」
「うん」
ナナが頷く。
「募集ページと告知は私がやる。トウマさんは申込フォームとか管理側お願い」
「分かった。応募来たら俺の方でまとめる」
トウマが返す。
「協賛企業と出店者、展示ショップはエマさんが中心」
「俺が補佐な」
アキラが言った。
「そう」
「候補探したり、店回ったりは俺がやる感じでいい?」
「うん。その方が動きやすいと思う」
「了解」
「警備は朝倉さん」
悠斗がシオンを見る。
「シオンは補佐」
「分かった」
朝倉迅。
NOXで拠点防衛と警備を担当する幹部だ。
普段は軽口が多いが、警備の話になると急に真面目になる。
「会場の警備責任者との調整は朝倉さんに入ってもらう。シオンは横について、展示区画とか観客の通り道も一緒に見て」
「うん」
「大丈夫かな」
蓮がぼそっと言う。
「何が?」
「朝倉さんとシオン」
アキラが笑った。
「朝倉さん、絶対ずっと絡むだろ」
「仕事中でも絡みそう」
ナナも笑う。
「でも、警備の話になったらちゃんとやるし」
「そこは心配してねえよ」
蓮が言った。
「シオンが疲れそうって話」
「大丈夫」
シオンが答える。
「たぶん」
「たぶんなんだ」
ナナが吹き出した。
「競技はソウさんと蓮」
悠斗が続ける。
「俺とソウさんな」
三枝ソウはNOXの車両担当だ。
「ソウさんには競技規則と車両条件を見てもらう。蓮は一般応募の選考基準と、NOX側の招待候補探しを中心に」
「了解」
「招待候補も勝手に決めないで、ソウさんと相談して」
「分かってるって」
「一般応募の基準はSHIFT側とも合わせる」
「サラたちとな」
「ああ」
蓮はもうスマートフォンを触り始めていた。
「何人か思いついてるけどな」
「もう?」
「前に速かった奴とか、街で名前聞く奴とか」
「だから先にソウさんに見せろよ」
「はいはい」
楽しそうなのが分かりやすい。
「じゃあ悠斗は?」
ナナが聞いた。
「俺?」
玲奈が顔を上げる。
「全体調整でしょ」
「やっぱり?」
「NOXとSHIFTで話がずれたら調整。担当同士で決まらなかったら整理。必要ならカナメやリクたちに確認」
「一番説明しづらいな」
「でも必要」
ナナが言う。
「悠斗、そういうの向いてるし」
「そうかな」
「前より、人に任せるの上手くなったと思う」
悠斗は少しだけ黙った。
以前なら、自分で全部やろうとしたかもしれない。
今は、そうしなくてもいいと思える。
得意な人に任せて、ずれた時だけ間に入る。
それでいい。
「玲奈さんは予算と収支、入出金管理」
「そこは言われなくてもやるわ」
「お願いします」
「はい」
一通り決まると、ナナはもうノートパソコンを開いていた。
「何してるの?」
「告知の仮画面」
「もう?」
「名前決まったから、置いてみたくて」
数分もしないうちに、画面の中央へ文字が表示された。
《RAVEN MOTOR FEST》
その下に、
《NOX × SHIFT》
まだ、それだけ。
写真もない。
開催日もない。
会場案内もない。
参加料も応募方法も入っていない。
それでも。
名前が表示されただけで、急に本当に動き始めたように見えた。
悠斗はその画面を静かに見つめる。
以前の自分なら。
こういうイベントは、配信の向こう側にあるものだった。
誰かが開いて。
誰かが集まって。
自分は、それを見るだけ。
今は違う。
自分たちが、人の集まる場所を作ろうとしている。
今は、この一回を形にすることだけ考えればいい。
「悠斗」
アキラの声で我に返った。
「ん?」
「エマさんに渡す候補、何件か思いついた」
アキラがノートパソコンへ店名を打ち込んでいく。
カーショップ。
カスタムショップ。
部品店。
整備工場。
その中に、見覚えのある名前があった。
「ここ」
アキラが画面を指す。
「カイが働いてるところだろ?」
「うん」
「エマさんから正式に話持っていく前に、悠斗から軽く聞いてみてくれない?」
「俺から?」
「いきなり協賛してください、じゃなくてさ」
アキラは続ける。
「こういうイベントやるんだけど、店として興味あるかとか。デモカー出せそうかとか。まず感触だけ」
「その後は?」
「興味ありそうなら、エマさんと俺でちゃんと話す」
「なるほど」
それなら、悠斗が交渉するわけではない。
最初の橋渡しだけだ。
カイとは何度も会っている。
一緒に飯も食べた。
車のことで世話にもなった。
それでも、仕事につながる話を持ち込むのは少し違う。
断られるかもしれない。
店として興味がないかもしれない。
以前の自分なら。
電話をかけるだけで、何十分も画面を見つめていたかもしれない。
でも今は。
そこまで長く悩まなかった。
「分かった」
悠斗はスマートフォンを手に取った。
「俺からカイに聞いてみる」
連絡先を開く。
画面に表示された名前を見る。
そのまま、通話ボタンへ親指を伸ばした。
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