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『引きこもり高校生、犯罪都市でギャングを始める ~友達ゼロだった俺の成り上がり~  作者: 阿鼻恭介
第5章

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第5章 第170話 白石玲奈の条件

 数日後の昼過ぎ。


 玲奈の仕事が休みになる日に合わせ、悠斗たちは中央地区の貸し会議室へ集まっていた。


 大きな窓から差し込む午後の日差しが、長机に広げられた書類を照らしている。サーキットの見取り図や見積書、暫定予算、その横にはエマが作成した契約書が並んでいた。


 席についているのは悠斗たち五人と黒川トウマ、白石玲奈。そして、サーキットの確認にも同行したSHIFTの運営担当者だ。


 今回の契約は、NOXとSHIFTが共同で玲奈へイベント会計を任せるものになる。SHIFTの運営担当者は、リクとアンダーボスのケンゴから、契約内容を確認して承認する権限を預かっていた。


 玲奈は事前に受け取っていた契約書の最後まで目を通すと、最初のページへ戻った。


「まず、契約について確認したいことが三つあります」


 柔らかい声だったが、遠慮は感じられなかった。


「一つ目。この契約は、NOXだけではなく、NOXとSHIFTが共同で開くイベントの会計を任せる契約で合っていますか?」


「はい」


 悠斗が答えると、SHIFTの運営担当者もうなずいた。


「両組織の共同契約です。SHIFT側でも、リクとケンゴが内容を確認しています」


「では、どちらか一方の都合で帳簿から支出を消すように言われても、私は従いません。このイベントに入った金と、イベントから出た金は、すべて記録に残します」


「そのためにお願いしています」


 悠斗の返答を聞き、玲奈は次のページを開いた。


「二つ目。私は専用口座の内容を確認できますが、一人では送金も出金もできない。これも間違いありませんか?」


「間違いありません」


 黒川が答えた。


「金を動かす時は、NOXとSHIFTから一人ずつ承認を出します。玲奈さんには、申請内容と帳簿が一致しているか確認してもらいます」


「SHIFTも、その形で問題ありません」


 運営担当者の返答を受け、玲奈は二つ目の項目へ印をつけた。


「三つ目。私が承認できない支出を見つけた場合、支払いを止めて、両組織へ説明を求める権限がある。ここも変わりませんか?」


「はい。ただし、支出そのものを最終的に決めるのは、NOXとSHIFTの運営側です」


「分かっています。私が勝手に使い道を決めるという意味ではありません。帳簿へ載せられない支出を、そのまま通さないという意味です」


「それでお願いします」


 三つの確認が終わると、玲奈は契約書を脇へ置き、暫定予算を手元へ引き寄せた。


「次は予算についてです。参加料、協賛金、出店料は、まだ一ドルも集めていませんよね?」


「専用口座を作るまでは集めないって、みんなにも伝えました」


 悠斗が答えると、アキラもうなずく。


「ショップにもまだ声はかけてない。展示を頼みたい店をまとめてるところだ」


「それなら大丈夫です」


 玲奈は収入欄を指先で押さえた。


「協賛金と出店料は、確定した収入として扱いません。スポンサーが予定より集まらなくても開催できる予算を先に作ります。開催資金は、NOXとSHIFTが同額を出す形で合っていますか?」


「NOX側は、それで了承を取っています」と黒川が答えた。


「SHIFTも同じです。追加費用が必要になった場合も、両方の承認を取ってから折半します」


 運営担当者の返答に、玲奈がうなずく。


「収益が残った場合も、すべての支払いを終えてから両組織で分ける。契約書の内容どおりですね」


 玲奈は、暫定予算に添えられた別の資料へ目を移した。


 そこには、サーキットの仮押さえや練習走行会の予約に伴い、両組織が先に負担した費用も記録されていた。


「これまでに立て替えた分も、領収書と照合してイベントの支出へ入れます。専用口座ができる前に使った金だからといって、帳簿から外すことはしません」


「分かりました」


 黒川が答える。


 サーキット本開催日は第四日曜で仮押さえを終え、練習走行会はその前の水曜で予約を取っている。翌日の木曜も予備日として仮押さえされ、追加の見積もりも暫定予算へ反映されていた。


 玲奈は支出欄を順に確かめていく。


 サーキット使用料。警備会社への依頼費。救護体制。賞金。広報。展示区画の整備。


「予算案では、支出にも優先順位をつけます。会場、警備、救護、賞金は簡単には削れません。予算が足りなければ、広告や装飾から調整します」


「展示は?」とナナが尋ねた。


「車を並べること自体は残します。ただ、装飾へいくら使うかは別です。高い看板がなくても、車が良ければ人は見に来るでしょう?」


「それはそうかも」


 入口からレース場までの広場へ、両組織の幹部車両やショップのデモカーが並ぶ。それだけでも、車好きにとっては十分な見世物になるはずだった。


 玲奈はページの端へ書き込み、今度は悠斗へ視線を向ける。


「出場選手は、各部門十五名ですよね?」


「はい。三十分間の予選で十名まで絞って、決勝は二時間耐久です」


「十五名の内訳は?」


 玲奈の問いに、蓮が答えた。


「各部門に、NOXとSHIFTの招待枠を三名ずつ用意する。残り九名は、応募してきたレーサーから選ぶ」


「二部門で招待選手が十二名、一般応募から選考する選手が十八名ですね」


 玲奈は暫定予算とは別の紙へ、出場枠の内訳を書き込んだ。


「選考から外れた人からは、参加料を取らない形ですか?」


「出場者が決まってから、専用口座へ振り込んでもらいます」


 悠斗が答えると、玲奈はうなずいた。


「それなら返金処理も必要ありません。募集要項には、応募しただけでは出場確定にならないことを明記してください」


「選考方法は、蓮とサラさんを中心に決めてもらいます。募集前にSHIFTの運営側にも確認してもらいます」


「分かった。過去の成績やサーキットの走行歴をどう見るか、サラと相談しておく」


 蓮が引き受けると、玲奈は確認済みの印をつけた。


 金の管理だけをする人物だと思っていたが、実際には、金が動く前後の決まりまで見ている。曖昧なまま集金を始めれば、後から必ず揉めるからだろう。


 強盗なら、奪った金を数えて分ければ終わる。


 しかし、人から信用して預かった金は、それだけでは済まない。


「ほかに確認したいことはありますか?」


 悠斗が尋ねると、玲奈は契約書をもう一度開いた。


「ありません。引き受けます」


 契約書には、NOX側の代表としてカナメの署名がすでに入っていた。SHIFTの運営担当者が、委任を受けた承認者として署名する。最後に玲奈が自分の名前を書き、その書類を黒川へ渡した。


「これで正式に契約成立です。ただし、お金のことでは遠慮しません」


「その方が助かります」


 悠斗の肩から、わずかに力が抜けた。


 これで会計を任せる人間が正式に決まり、イベント専用口座を準備する条件も揃った。


 ところが、書類をまとめかけた玲奈の手が止まる。


「帳簿や申込書にも必要なので、イベントの正式名称を教えてください」


 会議室が静かになった。


 蓮が悠斗を見て、悠斗はアキラを見る。アキラはナナへ視線を送り、ナナは首を横へ振った。シオンも表情を変えないまま黙っている。


「まだ、決めてません」


 悠斗が正直に答えると、玲奈はペンを机へ置いた。


「では、まず名前を決めてください。『NOXとSHIFTのレース』では、書類にも広告にも使いづらいです」


「確かに」


 アキラがスマートフォンを取り出し、新しいメモを開いた。


「格好いい名前にしようぜ。こういうのは絶対大事だろ」


「お前に任せたら、服のブランドみたいな名前になりそう」


 蓮が笑う。


「少なくとも、お前よりはセンスあるから安心しろ」


 二人が言い合いを始める横で、悠斗は窓の外へ目を向けた。


 午後の日差しを反射しながら、色も形も違う車が大通りを途切れることなく走っている。


 少し前まで、NOXとSHIFTの共同レースは、まだ輪郭のない思いつきに近かった。会場が決まり、開催日が決まり、競技の形が生まれ、会計を任せる人間も決まった。


 次に必要なのは、そのすべてを一つにまとめる名前だった。

お読みいただきありがとうございます。

ブックマークや評価をいただけると励みになります。


そして本日はここまで明日も5話投稿します。

よろしくお願いいたします。

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