第5章 第166話 五人の企画会議
玲司の執務室を出たあと、悠斗たち五人は拠点二階の会議室へ移った。
窓の外では日が傾き始め、ガレージへ戻ってきた黒い車のエンジン音が時折響いている。長机の上には、誰かが置き忘れた空の紙コップと数本のペンが残っていた。
悠斗はホワイトボードの前に立ち、会談で決まった内容を書き出した。
NOXとSHIFTによる共同開催。
正式なサーキットを借り、一般客を入れる。
費用、開催日、収益の扱いは今後協議。
企画と運営の中心は五人。
「……何から決めればいいと思う?」
「レースの中身だろ」
蓮はペンを受け取ると、空いている場所へ楕円と曲線を組み合わせたコースを描き始めた。
「車の性能差がありすぎると勝負にならない。クラスを分けて、初心者向けと上級者向けで走る枠も変える。ハルトたちレーサー界隈へ声をかければ、出たい奴は集まるはずだ」
「レーサーはね」
スマートフォンへ内容を入力していたナナが顔を上げる。
「一般のお客さんは、どうやって集めるの? 速い車を見たい人ばかりじゃないよ」
「展示車とか、飲食店も呼べばいいんじゃないか?」
蓮は描いたコースの内側へ、四角をいくつも書き足した。車を並べるつもりらしいが、ナナには駐車場にしか見えなかった。
「絵は下手だけど、考え方は悪くないかも」
「絵は関係ないだろ」
「スポンサーも呼べるな」
アキラが会話へ入った。
「車屋や部品メーカーに広告を出してもらう。飲食店には出店料を払ってもらえば、入場料以外でも利益が出る」
アキラは早速スマートフォンの連絡先を開いたが、悠斗が止めた。
「まだ何も決まってないのに、電話するの?」
「興味があるか聞くだけならいいだろ」
「NOXの正式な条件みたいに話したら駄目だと思う。先にエマさんへ相談しよう」
アキラは発信ボタンの手前で指を止め、渋々スマートフォンを伏せた。
「実務責任者がもう堅い」
「勝手に話を進めて、あとでカナメさんに怒られたくないだけだよ」
その時、ガレージから甲高い排気音が聞こえた。蓮が反射的に窓へ振り向く。
「今の何だ?」
「会議中」
ナナに袖を引かれ、蓮は名残惜しそうに席へ戻った。
シオンは騒ぎに加わらず、ホワイトボードの「一般客」という文字を見ていた。
「客を入れるなら、警備がいる」
「サーキットの警備員だけじゃ足りないかな?」
「別のギャングや半グレも来るかもしれない。酒を出せば客同士の喧嘩も増える。一般客、レーサー、関係者で入口も分けた方がいい」
悠斗は三人から出た意見を書き足していった。
レース。宣伝。スポンサー。飲食店。警備。会場。
項目が増えるほど、配信で見ていたイベントの裏側に、どれだけ多くの仕事があったのか思い知らされる。
「まず、俺たちの得意なことを分けよう」
悠斗が言うと、ナナが立ち上がって隣へ来た。
「私は広報がやりたい。SNSだけじゃなくて、どの店にポスターを置けば広がるかも考えられる」
「街の情報に詳しいトウマさんにも入ってもらえたら、危ない相手へ余計な情報が流れないよう確認してもらえそうだね」
「うん。参加を希望する人や店のことも調べてもらえる」
「俺はスポンサーとの交渉」
アキラが改めて手を上げる。
「契約はエマさんに教えてもらう。勝手に電話もしない」
「俺は警備でいい」
シオンが続けた。
「既存の幹部に指揮してもらって、現地の導線を確認する」
「俺は走る。ほかにも運転が上手い奴を集めて、実際に走って代表を決めればいい」
蓮も、自分が無条件で選ばれるとは言わなかった。
それぞれの希望は見えてきたが、エマやトウマ、既存幹部を五人だけの判断で巻き込むことはできない。
悠斗はホワイトボードの内容をスマートフォンへまとめ、四人に確認してもらった。
「これをカナメさんに持っていく。俺たちだけで決めていい範囲も聞いてくる」
「実務責任者っぽいじゃん」
アキラに言われ、悠斗は首を振った。
「まだ、書いたものを見せに行くだけだけど」
「それをやる奴が必要なんだろ」
蓮の口調は軽かったが、からかってはいなかった。
悠斗は会議室を出て、カナメのもとへ向かった。
概要を聞いたカナメは、自分の目でも内容を確かめるため、悠斗と一緒に会議室へ来た。
四人が姿勢を正すなか、カナメはホワイトボードを上から確認していく。
「最初にしては悪くない。ただし、救護、開催許可、事故が起きた時の責任、悪天候での中止基準が抜けている」
五人はそろってホワイトボードを見た。誰も考えていなかった項目ばかりだった。
「今は担当を決める段階だから構わない。次の報告までに、必要な仕事をすべて洗い出せ」
「はい」
「広報は雨宮を中心に進めろ。黒川にもこちらから話を通す。あいつには情報を流す相手の確認もさせる」
外部との交渉と契約はエマが担当し、アキラが補佐へ入る。警備と人員配置は既存幹部が指揮し、シオンは現地確認から同行する。NOX側のレーサーは、蓮を含めた候補者から今後選考することになった。
「神谷は全体の進捗をまとめろ。自分たちで処理できる問題か、上へ報告すべき問題かを見誤るな」
「はい」
「費用と契約の最終承認は俺がする。勝手に金を動かすな」
そこでカナメは、ホワイトボードの空いている部分へ目を向けた。
「収支を管理する担当は?」
五人の間に沈黙が落ちた。
入場料、出店料、協賛金、賞金、会場費。金額を記録するだけでなく、どこから入り、何に使い、最終的にいくら残ったのかを説明できなければならない。
「NOXの会計担当には頼めないんですか?」
「最終的な監査はさせる。だが、組織全体の金を管理しながら、この企画の日々の帳簿までつけさせる余裕はない」
「外の人へ相談してもいいですか?」
「候補者の身元を確認し、見せる情報を限定するなら構わない。正式に依頼するのは確認が済んでからだ」
五人の視線が自然と集まった。
半グレ時代、五人で共同資金を作ろうとしたものの、誰も管理の仕方が分からず困っていた。その時、収入と支出の記録方法を教え、簡単な管理表まで作ってくれた人物がいる。
悠斗たちが刑務所にいた間も、ナナは家賃や車の維持費を整理するため、その人物を頼っていた。
「白石玲奈です」
悠斗が名前を告げると、残る四人もうなずいた。
カナメは、トウマに身元を確認させると答えた。
「本人へ事情を隠して利用するな。ただし、電話で余計な情報を話すな。まず会う約束だけ取りつけろ」
「分かりました」
カナメが出ていったあと、悠斗は玲奈へ電話をかけた。
数回の呼び出し音のあと、少し疲れた声が聞こえる。
『もしもし、悠斗?』
「今、仕事中だよね。少しだけいい?」
『本当に少しなら。どうしたの?』
「レースイベントの会計を頼める人を探してる。まだ候補の段階だけど、一度会って相談したい」
『レースイベント?』
「公道は使わない。正式にサーキットを借りる予定。詳しいことは、会った時に説明する」
玲奈は少し間を置いてから答えた。
『明日の九時過ぎなら空いてる。いつものダイナーでいい?』
「大丈夫。みんなで行く」
『分かった。それで、私は何のお金を数えることになりそうなの?』
悠斗はホワイトボードを埋めた文字へ目を向けた。
「街中から人を集めるレースの、お金全部」
電話の向こうに数秒の沈黙が落ちる。
『……明日、覚悟して来てね』
通話が切れた。
「怒ってた?」
蓮が尋ねる。
「多分、まだ怒ってない」
「まだ、ね」
ナナの言葉に、悠斗はもう一度ホワイトボードを見た。
五人だけでは足りない。
それを認め、必要な相手へ助けを求めることも、実務責任者の仕事なのかもしれなかった。
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