第5章 第162話 二台目の夜
リョウの端末へ二台目の指示が届いたあと、悠斗たちは一度NOXの拠点へ戻った。
時刻は十九時を回っていた。
来客用の小部屋で、リョウが端末の画面をカナメへ向ける。
指定されていたのは、南部の集合住宅に停められた黒い高級セダンだった。車種と色、駐車位置まで記されており、二十三時半までに古い倉庫へ運ぶよう指示されている。
「この車も、俺たちから頼まれたと聞いてるのか?」
「はい。ユウジさんからは、NOXに入った悠斗さんたちが使う車を集めてるって」
「一台目と同じだな」
カナメは画面から目を上げた。
「罠に使うために、本当に盗むな。持ち主を探して協力を頼め。許可が取れなければ中止だ」
「所有者は俺と雨宮で探します」
トウマが言うと、ナナも頷く。
「駐車場所が分かってるなら、管理会社から連絡を取り次いでもらえるかもしれません」
「任せる。補償が必要なら、勝手に決めず俺へ確認しろ」
「了解」
話がまとまったところで、別の仕事を任されていた蓮とシオンが戻ってきた。
二人を見た悠斗が尋ねる。
「そっちは終わり?」
「終わったよ」
蓮が答え、シオンも頷いた。
「じゃあ、飯行く?」
「行く。昼から何も食ってない」
「俺も」
シオンの返事も早かった。
蓮は、見覚えのないリョウとケンジへ目を向ける。
「ところで、この二人は?」
「昼から調べてた車の件で、実際に仕事を受けた二人。詳しいことは飯を食べながら説明する」
トウマとナナを残し、六人は先にダイナーへ向かった。
◇
六人が選んだのは、店の奥にある八人掛けの席だった。
背の高い仕切りで周囲から隔てられており、声を落とせば隣の客へ会話が届きにくい。
注文を済ませると、悠斗は昼から判明したことを説明した。
車関係の裏仕事で「NOXの悠斗たち」という名前が使われていたこと。マサトからユウジの名前が出たこと。リョウとケンジが一台目を盗み、指定された倉庫へ運んだこと。
「ユウジが俺たちの名前を使ったの?」
蓮の表情から笑みが消える。
「まだ、ユウジが勝手に使ったとは決まってない」
悠斗が声を抑えて答えた。
「ユウジも誰かから、俺たちの仕事だと聞かされてる可能性がある」
「それを確かめるための二台目か」
シオンが言う。
「うん。指定された車を置いて、誰が回収に来るかを見る」
蓮がリョウへ視線を移した。
「一台目を盗んだのは本当?」
「はい」
「どうやって?」
「ロックピックでドアを開けて、始動制限を外しました」
リョウは目を逸らさなかった。
「ユウジさんから、NOXに入った悠斗さんたちの仕事だと聞いてました。確認しなかったのは俺です」
「報酬は?」
「もう受け取ってます」
ケンジも口を開く。
「俺たちも、悠斗さんたち本人が知らないとは思ってませんでした」
「騙されてたとしても、盗んだ事実は消えないけどな」
アキラが言う。
「分かってます」
料理が運ばれてくると、会話が一度途切れた。
食事を進めながら話を聞いた蓮が、悠斗を見る。
「夜は俺とシオンも行くから」
「それはトウマさんに確認しないと」
「戻ってきたら聞くよ。回収に何人来るか分からないんだろ?」
「人数はいた方がいい」
シオンも参加するつもりだった。
しばらくして、店の扉が開いた。ナナとトウマが奥の席まで来て、残してあった二席へ座る。
「見つかりました?」
アキラが尋ねた。
「ああ。協力してもらえる」
所有者は当初、警察へ通報すると主張したという。しかし、自分の車が標的にされているメッセージを確認し、条件付きで一晩だけ貸すことを了承した。
車の位置は所有者自身も確認できる。NOXの車が常に近くを走り、傷や故障があれば全額を負担する。万が一車を失った場合には、同等の車をNOXが用意する。
そこまでの補償をつけることは、交渉中にカナメへ確認を取っていた。
返却期限は翌朝だった。
「かなり渋られたけどね」
ナナが言う。
「当然だろ。実際に一台盗んだ奴へ運転させるんだから」
トウマはリョウを見る。
「信用されたとは思うなよ。顔も名前も自分の車も、こっちに知られてるから成立した話だ」
「分かってます」
「それでもリョウさんに運転させるんですか?」
悠斗が尋ねた。
「ユウジから電話が来た場合、普段どおり状況を説明できるのはこいつだからな。俺たちの車で前後を押さえる」
トウマがリョウへ尋ねる。
「車を置いたあとは、普段どうする?」
「エンジンをかけたまま、ロックせずに離れます。回収する人がそのまま乗っていく手順です」
「なら、今回も同じように見せる。ただし、借りた車には触らせない。近づいた段階で押さえる」
蓮が自分とシオンも参加したいと伝えると、トウマは少し考えてから認めた。
「回収役が一人とは限らないからな。ただし、俺の指示より先に動くなよ」
◇
二十二時半過ぎ。
三台の車がNOXの拠点を出た。
黒いプラントSにはアキラとトウマ。
悠斗が運転する黒いテンペストには、助手席にナナ、後部座席にシオンと蓮。
リョウの青いクーペには、リョウとケンジが乗っている。
所有者と合流すると、リョウが黒いセダンへ乗り換え、ケンジが青いクーペの運転席へ移った。
黒いセダンはキーレス式だった。正規のキーを持って離れても、一度かけたエンジンは止まらない。ただし、切られれば再始動はできない。
倉庫へ着くと、一台目の銀色のスポーツセダンはすでに消えていた。
リョウは黒いセダンを指定位置へ停め、倉庫の外壁まで入るように写真を撮る。その写真をトウマ、悠斗、アキラ、ナナへ送り、確認を受けてからユウジへ送信した。
ほどなくして、ユウジから返信が届く。
『確認した。エンジンをかけたまま、ロックせずに離れろ』
リョウが画面を四人へ共有する。
トウマは、ユウジとの連絡を邪魔しないよう、ケンジの端末へ電話をかけた。
『指示どおりにしろ。正規のキーは持って離れろ』
「分かりました」
リョウは黒いセダンのエンジンをかけたまま運転席を降りた。ドアをロックせず、近くに停めた青いクーペへ向かう。
ケンジが助手席へ移り、代わってリョウが運転席へ乗った。二人は事前に決めた待機場所へ向かい、ケンジの端末で連絡を取れる状態を保った。
写真とユウジからの指示は、トウマから無線で蓮とシオンにも共有された。
◇
二十三時三十七分。
人気のない倉庫前では、誰も乗っていない黒いセダンだけが低いエンジン音を響かせていた。
『タクシーが止まった。男が一人降りた』
アキラから連絡が入る。
倉庫から一つ手前の交差点に、白いタクシーが停まっていた。後部ドアから男が降りると、車は大通りへ走り去った。
『後ろから来る車はない。タクシーもそのまま離れたよ』
テンペストに残るナナの報告が続く。
『全員、配置につけ。雨宮はそのまま周辺を見てろ』
トウマの指示を受け、悠斗、蓮、シオンが車を降りる。
悠斗は倉庫裏のフェンスへ向かい、蓮は男が来た道を見渡せる古いバンの陰へ入った。シオンは反対側の通路を押さえる。
正面側では、トウマとアキラもプラントSを離れていた。
タクシーを降りた男が倉庫前へ現れる。
男は周囲を確かめてから、エンジン音を響かせている黒いセダンへ向かった。
車まで数メートルの位置へ来た瞬間、トウマが姿を見せる。
「止まれ。その車から離れろ」
男の足が止まった。
反対側からアキラが出る。倉庫の照明を受け、二人の上着に入ったNOXのロゴが浮かび上がった。
悠斗もフェンスを抜け、男と黒いセダンの間へ回る。蓮とシオンは、それぞれの逃走経路を押さえた。
回収役が武器を持っている可能性も、別の仲間が潜んでいる可能性もある。誰一人、油断してはいなかった。
「待ってくれ。俺は頼まれて回収に来ただけだ」
「なら、誰に頼まれたか話せ」
トウマが一歩近づく。
男はNOXのロゴと周囲の五人を見比べ、逃げようとはしなかった。
その声に、悠斗は聞き覚えがあった。
「……ユウジ?」
悠斗が倉庫の照明の下へ出る。
男はその顔を見た瞬間、目を見開いた。
「悠斗……?」
黒いセダンを回収しに来た男は、間違いなくユウジだった。
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