第5章 第161話 盗んだ二人
南部の幹線道路を外れた先に、《サウスモーテル》の色褪せた看板が見えてきた。
先を走るのは、アキラが運転する黒いプラントS。その後ろを、悠斗の運転する黒いテンペストが追っている。
《Placeholder》時代の共用車だったテンペストは、NOXへ加入してから出番が減っていた。今日は朝から悠斗とナナが使っているが、聞き慣れたエンジン音も、使い慣れた車内も以前のままだった。
二階建ての古いモーテルを囲むように駐車場が広がり、外壁には何度も補修した跡が残っている。大型トラックの走行音に交じって、二階のどこかから大きな音楽が漏れていた。
プラントSが速度を落とす。
悠斗も少し車間を空け、テンペストを減速させた。
「マサトさんが言ってた車、あります?」
助手席のナナが駐車場を見回す。
「青い古いクーペだったよね。左前のフェンダーだけ黒い」
「あれじゃない?」
悠斗が駐車場の奥を指す。
外階段の近くに、青いクーペが停まっていた。左前のフェンダーだけ、交換した部品を塗装せず取り付けたように黒い。
車の前では二人の若い男がボンネットを開け、エンジンを覗き込んでいる。
「特徴も合ってる」
ナナが二人の服装と髪型を確認した。
プラントSがモーテルの前を通過する。悠斗も後に続き、少し離れた場所で二台を停めた。
トウマがプラントSから降りてくる。
「あの駐車場、車で出られるのは正面だけだ。アキラ、プラントSを入口寄りに置け。何かあればすぐ塞げるようにな」
「了解です」
「神谷と雨宮はテンペストで裏へ回れ。二人が話を聞いてる間、反対側を見てろ」
「分かりました」
アキラはプラントSを動かし、モーテルの正面へ向かった。
悠斗もテンペストを発進させ、建物の反対側へ続く細い道へ入る。裏口から少し離れた場所に車を停めると、ナナと一緒に降りた。
室外機が並ぶ狭い通路を進み、建物の角から駐車場を覗く。
プラントSは普通に駐車しているように見えるが、動かせばすぐ正面出口を塞げる位置にあった。
その横を抜け、トウマとアキラが二人へ近づいていく。
二人が着ている黒い上着には、NOXの白いロゴが入っていた。
「リョウだな」
トウマが声をかける。
背の高い男がボンネットを閉じた。マサトから聞いた特徴では、こちらがリョウだった。
トウマたちの上着にあるロゴへ気づくと、その表情に緊張が走る。
「……はい。そうですけど」
「少し聞きたいことがある」
「何でしょうか」
返事は慎重だった。隣にいる男も工具を置き、二人の会話へ意識を向けている。
「お前、俺たちから回った車の仕事を受けたそうだな」
リョウが隣の男と顔を見合わせる。
「はい。ユウジさんから、NOXに入った悠斗さんたちが車を必要としてるって聞きました」
「それで車を盗んだのか?」
「指定された銀色のスポーツセダンなら、もう運びました。言われた倉庫に置いて、鍵も指定された場所へ入れてます」
悪びれた様子はなかった。
仕事を依頼した側へ、完了を報告するような口調だった。
「悠斗本人と話したのか?」
「いえ。ユウジさんが間に入ってたので、直接は話してません」
「なら、本人に確認しろ」
トウマが建物の裏手へ視線を向けた。
合図を受け、悠斗とナナが物陰から姿を現す。
リョウたちの視線が二人へ向いた。
「こいつが神谷悠斗だ」
「……あなたが?」
「はい」
悠斗は二人の前まで歩いた。
リョウの顔には、憧れに近い緊張さえ浮かんでいる。自分が騙されていたとは、まだ考えていないのだろう。
「俺たちは、ユウジさんに車の盗難を頼んでません」
「……え?」
「あなたたちへ仕事を回したこともないです」
リョウの表情が止まった。
隣の男も意味を理解できないように、悠斗とトウマを交互に見る。
「でも、ユウジさんは……」
「『悠斗たちから頼まれた仕事だ』と言ったんだな?」
トウマが確認する。
「はい。NOXへ納める車だから、問題が起きても組織が処理するって」
「そんな話はNOXの誰も知らない」
リョウの顔から少しずつ血の気が引いていく。
「じゃあ、俺たちは……」
「ユウジに騙された可能性が高い」
逃げ出すことも、声を荒らげることもなかった。
二人は自分たちが何をしたのか、ようやく理解したらしい。青いクーペの前に立ったまま、動けなくなっていた。
悠斗はその反応を見つめた。
少なくとも、NOXの名前を勝手に利用していた人間の反応には見えない。本当に正式な仕事だと信じていたのだろう。
ただし、確認もせず他人の車を盗んだ事実まで消えるわけではない。
「そっちは?」
トウマがもう一人へ尋ねた。
「名前だ」
男は僅かに迷ってから答える。
「……ケンジです」
「二人で盗んだのか?」
「はい」
声は小さかった。
「連絡は残ってる?」
ナナが尋ねる。
リョウがケンジを見る。
「見せた方がいい」
「でも……」
「俺たちが勝手にやったんじゃないって証明できるの、あれしかないだろ」
ケンジは迷った末、スマートフォンを取り出した。
「これです」
画面にはユウジとのやり取りが残っていた。
三台分の車種、色、ナンバー、普段停められている場所。銀色のスポーツセダンには、完了を示す印が付いている。
その下には、はっきりと書かれていた。
『悠斗たちがNOXで使う車だ。問題が起きてもこっちで処理する』
「記録させてもらいます」
ナナが自分のスマートフォンで画面を撮影する。
「一台目を盗んだのは、いつですか?」
「三日前の夜です」
「どこへ運びました?」
「南部工業地帯の倉庫です。地図も残ってます」
「倉庫で誰かに会いました?」
「誰もいませんでした。中に車を置いて、鍵を工具棚の引き出しに入れました」
「報酬は?」
「次の日にユウジさんから受け取りました」
「本人から?」
「はい。南部のガソリンスタンドで」
「車がその後どうなったかは?」
「分かりません」
トウマが残る二台の情報を確認する。
「二台目はいつだ」
「まだ聞いてません。場所だけ先に送られてきました」
「三台目は?」
「二台目が終わってから詳しく教えるって」
その時、ケンジのスマートフォンが震えた。
全員の視線が画面へ落ちる。
送り主はユウジだった。
『予定が決まった。二台目は今夜だ。写真の駐車場から持ち出して、二十三時半までに前と同じ倉庫へ運べ』
続けて、一枚の写真が送られてくる。
中央地区の立体駐車場に停まる、黒い高級セダン。
ナナが時刻を確認した。
「夜まで、まだ時間はありますね」
「準備する余裕はあるな」
トウマはケンジへ画面を操作しないよう告げ、カナメに電話をかけた。
「実行した二人と接触しました。証拠もあります。二人はNOXからの正式な仕事だと信じていたようです」
続けて、一台目の受け渡し場所と、届いたばかりの指示を報告する。
「二台目は今夜、二十三時半までに同じ倉庫へ運べと」
電話の向こうから短い返事が届いた。
「了解」
通話を終えたトウマが、リョウとケンジを見る。
「二人とも、ユウジには何も連絡するな。このメッセージにも、まだ返信するな」
「俺たち、これからどうなるんですか?」
リョウが恐る恐る尋ねる。
「それは全部確認してからだ。騙されていたとしても、車を盗んだ責任までなくなるわけじゃない」
「……はい」
リョウは抵抗せずに頷いた。
トウマの視線が、画面に映る黒い高級セダンへ戻る。
噂を追うだけだったはずの調査は、今夜の窃盗を利用し、ユウジの背後まで辿るための機会へ変わっていた。
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