第5章 第160話 噂の先
南部のダイナーに着いた頃には、昼の混雑もすっかり落ち着いていた。
悠斗とナナが店へ入ると、カウンターの女性店員が顔を上げる。
「二人?」
「あと二人来ます。それと、マサトさんを探してるんですけど」
店員の表情に警戒が浮かんだ。
「知り合い?」
「ダイスケさんから、ここに来ることが多いと聞きました。少し確認したいことがあって」
「じゃあ、来ても用件は本人に話して。こっちからは何も教えられないよ」
「分かりました」
二人は入口の見える四人掛けへ座った。
間もなく、トウマとアキラも到着する。
「こっちは新しい名前までは出なかった」
席へ着いたトウマが言った。
「ただ、『NOXの悠斗たちの仕事』って言葉は別の場所でも出た。誰かが同じ説明で仕事を回してるのは間違いない」
「こっちは、その話をしてたマサトさんが来るのを待ってます」
ナナが答えた。
「なら、そいつからどこまで辿れるかだな」
二十分ほど経った頃、入口のベルが鳴った。
黒いキャップに作業用のジャケットを着た男が入ってくる。
ダイスケから聞いた特徴と一致していた。
「多分、あの人」
ナナが小声で言う。
「まず二人で行ってこい」
トウマが男を一度だけ確認する。
「四人で囲めば、警戒されるだけだ」
「分かりました」
ナナが立ち上がり、悠斗も後に続いた。
◇
「マサトさん?」
男が足を止めた。
「誰だ?」
「雨宮ナナです。こっちは神谷悠斗。ダイスケさんから、ここに来れば会えるかもしれないと聞きました」
悠斗の名前を聞いた瞬間、マサトの目つきが変わった。
「神谷悠斗って……あんたが?」
「はい」
「車の話か」
「その件を確認しに来ました」
マサトは店内を見回した。
「場所を変えよう。ここで話すことじゃねえ」
三人は店を出て、建物脇の人通りが少ない場所へ移動した。
「先に言っておくけど、俺は何もやってないぞ」
「犯人だと決めつけて来たわけじゃありません」
悠斗が答える。
「誰から、どんな仕事を持ちかけられたのか知りたいんです」
「名前を出したら、俺が話したって相手に伝わるだろ」
「こちらから言う必要がなければ言いません」
ナナが答えた。
「ただ、私たちとNOXの名前が使われてるなら、放ってはおけません」
マサトは黙り込んだ。
逃げることも、怒鳴って追い払うこともしない。しばらく迷った末、観念したように息を吐いた。
「ユウジだ」
悠斗とナナが顔を見合わせる。
「ユウジさんの特徴を教えてもらえますか?」
ナナが尋ねた。
年齢、髪型、体格。普段は運びや車関係の仕事を仲介しており、自分ではほとんど現場に出ない。
どれも、悠斗たちが知っているユウジと重なっていた。
「電話で仕事を持ちかけられたんですか?」
「ああ」
「番号は残ってます?」
「着信履歴なら」
マサトがスマートフォンを取り出し、数日前の履歴を開く。
表示された番号を見た悠斗は、自分の連絡先を確認した。
登録してあるユウジの番号と一致していた。
「同じ番号だ」
「じゃあ、私たちが知ってるユウジさんで間違いなさそうだね」
これで、同名の別人という可能性は消えた。
「ユウジは何て言ってました?」
悠斗が尋ねる。
「『NOXに入った悠斗たちから回ってきた仕事だ』って。指定した車を南部の倉庫まで運べば、金を払うと言われた」
「車種と色は?」
「銀色のスポーツセダン。写真とナンバーも送られてきた」
「受け渡し場所は?」
「南部工業地帯の古い倉庫だ。正確な場所は地図で送られてきた」
「そのメッセージは?」
「消した。裏仕事の連絡は、受けても断っても残さないようにしてる」
マサトの仕事を考えれば、不自然ではなかった。
「覚えている範囲で、地図を見てもらえますか?」
ナナが地図を開く。
マサトは南部工業地帯を拡大し、一本の通りを指した。
「この辺りだ。倉庫が並んでるから、どれかまでは覚えてない」
ナナが範囲を記録する。
「報酬は?」
「普段、同じような仕事で出る額の倍近かった。それも怪しいと思った理由だ」
「ほかに変だと思ったことは?」
「NOXが、何で俺みたいな奴に車を盗ませるのかってことだ。それもユウジを挟んで」
「俺たちは頼んでません」
悠斗がはっきり告げた。
マサトは小さく息を吐く。
「……やっぱり断って正解だったな」
「ほかに声をかけられた人を知りませんか?」
「知らない」
返事は早かった。
だが、その直前にマサトの目が僅かに横へ逸れた。
「今、誰か思い浮かびました?」
ナナが見逃さずに尋ねる。
「……よく見てるな」
「それが役目なので」
マサトはしばらく迷ってから口を開いた。
「リョウって奴がいる」
「リョウさんも、ユウジさんから声をかけられたんですか?」
「本人はそう言ってない。ただ、俺が断った翌日に『車を一台運ぶだけの仕事が入った』って話してた」
「それだけなら別の仕事かもしれませんよね」
「ああ。だが、その数日後には急に羽振りがよくなってた。『思ったより楽だった』『あと二台あるらしい』とも言ってた」
悠斗の表情が変わる。
「あと二台って、いつやるか聞きました?」
「いや。ただ、『すぐ次が来る』とは言ってた」
すでに二台目の仕事へ動いている可能性もある。
「リョウさんは一人で車を盗むんですか?」
「いつもケンジって男と一緒にいる。今回も一緒かは知らねえ」
「二人と連絡は取れます?」
「番号は知らない。南の《サウスモーテル》に泊まってることが多い。駐車場で車を弄ってる時もある」
「普段乗ってる車は?」
マサトから二人の外見と車の特徴を聞き、ナナが記録していく。
「リョウさんは、車をどこへ運んだと言ってました?」
「南部の倉庫としか聞いてない。ユウジから俺に指定された場所と同じかもしれないが、断定はできねえ」
「最後にリョウさんを見たのは?」
「昨日の夜だ。モーテルの駐車場にいた」
必要な情報は揃った。
「ありがとうございます」
悠斗が言う。
「あなたから聞いたことは、必要がない限りユウジには言いません」
「そうしてくれ」
◇
ダイナーの駐車場へ戻ると、トウマが二人を迎えた。
「どうだった?」
ナナが記録した内容を順に説明する。
ユウジの電話番号が一致したこと。
銀色のスポーツセダンが狙われたこと。
一台がすでに南部の倉庫へ運ばれた可能性があり、さらに二台の仕事が残っていること。
実行した可能性があるリョウと、その仲間のケンジが《サウスモーテル》にいること。
「次の二台がまだなら、急いだ方がいいな」
アキラが言う。
「ああ」
トウマはすぐカナメへ電話をかけた。
「ユウジ本人で間違いありません。マサトの着信履歴と、悠斗が持ってる番号が一致しました」
続けて、リョウとケンジ、残る二台について報告する。
「はい。分かりました」
短いやり取りで通話が終わった。
「何て?」
ナナが尋ねる。
「『四人でそのまま追え。ユウジにはまだ触るな』だ」
先にユウジへ接触すれば、リョウたちや、その先にいる人間へ連絡される可能性がある。
まず実行した二人から、車の受け渡し場所と報酬を渡した人物を確認するべきだった。
「今回は俺の負けだな」
トウマがナナを見る。
「え?」
「勝負だよ。次に繋がる情報まで先に取られた」
ナナが僅かに笑う。
「もう新人だからって甘く見ないでくださいね」
「ああ。次からはな」
それだけで話を切り上げ、トウマは車へ向かった。
「急ぐぞ。残りの二台がまだ無事とは限らない」
四人は一台の車へ乗り込む。
ナナが《サウスモーテル》を目的地に設定し、トウマがすぐに車を出した。
ユウジへ向かうのはまだ早い。
今追うべきなのは、NOXの名を信じ、すでに一台を盗んだ可能性のある二人だった。
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