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『引きこもり高校生、犯罪都市でギャングを始める ~友達ゼロだった俺の成り上がり~  作者: 阿鼻恭介
第5章

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第5章 第158話 NOXの名前

 昼を少し回った頃。


 NOXの拠点を出た黒いプラントSが、中央地区の大通りへ滑り出した。


 運転席にはアキラ。助手席には悠斗が座っている。


 今日カナメから任されたのは、NOXの縄張り内にある店を何軒か回り、決められたみかじめ料を受け取って拠点まで持ち帰る仕事だった。


 悠斗はスマートフォンに送られてきた一覧へ目を落とす。


 店名。


 住所。


 回収額。


 必要な情報だけが簡潔に並んでいる。


「三軒だっけ?」


 信号待ちでアキラが聞いた。


「うん。最初がレストラン。次がバー。最後が南側の店」


「思ってたより普通だな」


「何が?」


「みかじめ料の回収」


 アキラが笑う。


「もっとこう、怖い顔して金出せってやるのかと思ってた」


「もう話ついてる店だからでしょ」


「まあな」


 出発前、カナメから言われたのも短かった。


『金額を確認して持って帰れ。余計なことはするな』


 脅す必要もなければ、勝手に金額を変えることもない。


 決まった店へ行き、決まった額を受け取る。


 単純な仕事だった。


「俺たちが怖い顔する側なんじゃない?」


 悠斗が何となく言う。


 アキラが横を見る。


「お前が?」


「……やっぱり違うか」


「悠斗に睨まれても、たぶん店の人困るだけだろ」


「アキラもそんな怖くないじゃん」


「俺は顔がいいからな」


「関係ある?」


 信号が青になる。


 プラントSがゆっくり前へ出た。


     ◇


 一軒目は中央地区の大通りから一本入ったところにあるレストランだった。


 昼営業の混雑は落ち着き始めているものの、店内にはまだ何組か客が残っている。


 悠斗とアキラが入ると、入口近くにいた店員が二人を見る。


 視線が最初に止まったのは顔ではなかった。


 黒い服に入った白いNOXのロゴ。


「あ、NOXの方ですね」


「はい」


「少々お待ちください」


 店員はすぐに奥へ下がった。


 アキラが小さな声で言う。


「早いな」


「うん」


 少しして、店長らしい男が封筒を持って現れた。


「お待たせしました」


 慣れた様子でアキラへ差し出す。


 怯えているようには見えない。


 アキラが封筒を開け、中身を確認する。


 悠斗もスマートフォンの一覧と照らし合わせた。


「合ってる」


「じゃあ、確かに受け取りました」


「お願いします」


 それだけで終わった。


 店を出てプラントSへ戻る途中、悠斗は何となく後ろを振り返る。


「どうした?」


「いや……」


「何?」


「俺たちの顔より先にロゴ見てたなって」


 アキラも店の方を見る。


「ああ」


「前だったら絶対なかっただろ」


「そりゃな。前はただの半グレだったし」


「そうなんだけど」


 悠斗は自分の胸元を見る。


 白いNOXの文字ロゴ。


 自分自身は急に別人になったわけではない。


 それでも、この印が一つ入っているだけで、知らない相手の反応が変わる。


 まだ少し不思議だった。


     ◇


 二軒目のバーでも流れは似ていた。


 名前を名乗る前にNOXだと分かる。


 封筒を受け取る。


 その場で金額を確認する。


 問題なし。


 店を出たアキラが言った。


「順調すぎるな」


「いいことでしょ」


「こういう時って、なんか起きそうじゃん」


「起きなくていいって」


 アキラが笑いながらプラントSへ向かった、その時だった。


「……アキラ?」


 後ろから声がした。


 二人が振り返る。


 少し離れた歩道に、一人の男が立っていた。


 細身の体格に黒いパーカー。


 肩から小さなバッグを提げている。


 悠斗にもすぐ分かった。


「タクミ?」


「やっぱり」


 桐谷タクミが近づいてくる。


「久しぶりだな」


「久しぶり」


「お前ら全然見なかったから、どうしてんのかと思ってた」


 アキラが笑う。


「まあ、色々あったからな」


「色々で済ますなよ」


 タクミが呆れたように返す。


 悠斗たち五人とタクミ、それに相馬大河。


 七人で大きめの犯罪をやったこともある。


 タクミは荒事こそ得意ではなかったが、監視カメラや電子ロック、通信機器が絡む場面では何度も助けられた。


 ただの顔見知りより、ずっと近い。


「元気だった?」


 悠斗が聞く。


「見ての通り。そっちは……」


 そこでタクミの視線が止まった。


 悠斗とアキラの服。


 白いNOXのロゴ。


「……聞いてたけど、本当に入ったんだな」


「うん」


「五人とも?」


「全員」


「マジか」


 タクミが二人を改めて見る。


 怯えているわけではない。


 ただ、以前とは違うものを見るような目だった。


「一緒に監視カメラ切って走り回ってた奴らがNOXかよ」


「その言い方だと俺らが出世したみたいだな」


 アキラが言う。


「してるだろ。街二位だぞ?」


「俺らはまだ下っ端だけどな」


「それでもNOXはNOXだろ」


 タクミは笑った。


「今、仕事中?」


「まあな」


 アキラが短く答える。


 タクミもそれ以上は聞かなかった。


「大河とは会ってる?」


 悠斗が尋ねる。


「たまにな。あいつは相変わらず」


「飯食ってる?」


「まずそこ聞く?」


「だって大河だし」


「食ってるよ。人の分まで」


 悠斗とアキラが同時に笑う。


「変わってねえな」


「全然」


 少しだけ、昔の空気が戻った。


「じゃ、俺行くわ」


 タクミが片手を上げる。


「またな」


「うん。また」


「今度、大河も呼んで飯行こうぜ」


「いいな」


 アキラが答える。


 タクミはそのまま人通りの中へ消えていった。


 悠斗は少しだけその背中を見る。


「懐かしかったな」


「だな」


「タクミ、あんまり変わってなかった」


「でもロゴ見た瞬間だけ止まったな」


「見てたね」


 アキラが運転席へ乗り込みながら言う。


「そりゃ見るだろ。前まで一緒に犯罪してた奴がNOXなんだから」


 悠斗も助手席へ座る。


「俺らも、そういうふうに見られるようになったんだな」


「今さら?」


「まだ慣れない」


「そのうち慣れるだろ」


 プラントSのエンジンがかかる。


     ◇


 最後の店は南部寄りにある小さなナイトバーだった。


 まだ営業前らしく、店内には店主と従業員が一人いるだけだった。


「NOXです」


 アキラが伝えると、店主が奥から封筒を持ってくる。


「これでお願いします」


 アキラが受け取り、中身を数える。


 悠斗も一覧を見る。


「……少ない」


「ん?」


 アキラがもう一度数えた。


「本当だ」


 決められている額に届いていない。


 アキラが店主へ視線を向ける。


「すみません。金額、違います」


「え?」


 店主が封筒の中を確認し、すぐに顔をしかめた。


「あ……すみません。こっちの数え間違いです」


 奥へ戻り、不足分を持ってくる。


「申し訳ないです」


「大丈夫です」


 不足分を足し、今度は悠斗とアキラの二人で確認する。


「合ってる」


「じゃ、確かに」


 店を出てから、アキラが息を吐いた。


「危なかったな」


「カナメさんに金額確認しろって言われてたし」


「そのまま持って帰ってたら普通に怒られてたな」


「アキラが?」


「何で俺だけなんだよ。お前も一緒だろ」


「俺、気づいたのに」


「そういう問題じゃねえ」


 悠斗が笑う。


     ◇


 NOXへ戻ると、三つの封筒をカナメへ渡した。


 カナメは一つずつ中身を確認する。


「三件、全部だな」


「はい」


 アキラが続けた。


「最後の店、最初は金額足りなかったです」


 カナメが顔を上げる。


「どうした」


「店側の数え間違いでした。悠斗が気づいて、その場で不足分を出してもらってます」


 カナメの視線が悠斗へ向く。


「確認したんだな」


「はい」


「ならいい」


 それだけ言うと、カナメは封筒をまとめた。


 悠斗も特に何も返さない。


 拠点を出たところで、隣を歩いていたアキラが口元を緩めた。


「ちょっと嬉しかった?」


「何が?」


「カナメさんに『ならいい』って言われたの」


「別に」


「嘘つけ」


「普通だって」


「はいはい」


 プラントSの前まで戻る。


 悠斗はドアを開ける前に、自分の胸元へ目を落とした。


 店では、ロゴを見るだけで話が通った。


 タクミは、そのロゴを見て一瞬だけ驚いた。


 そしてNOXへ戻れば、自分たちはまだ仕事を覚えている途中の新人だった。


「悠斗?」


「ん?」


「腹減った」


「俺も」


「飯行こうぜ」


「いいよ」


 二人が乗り込む。


 エンジンが低く唸り、黒いプラントSが駐車場を出ていく。


 昔と同じ相手に会っても、自分たちの立場はもう昔と同じではない。


 その変化を、悠斗は街の中で少しずつ実感し始めていた。

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