第5章 第157話 初めまして、警察です
日が傾き始めた頃、ナナは中央地区を抜ける大通りをセブンⅡで走っていた。
昼間より交通量は増えているものの、渋滞するほどではない。前を走る車との距離を取りながら、黒い小型バイクをゆっくり流す。
晩御飯の買い物を済ませ、あとは家へ帰るだけだった。
信号が赤になり、ナナは停止線の手前で足をつく。
隣には白いワゴン。その向こう側にはパトカーが一台停まっていた。
何となく視線を向ける。
運転席にいる女性警察官と目が合った。
「……あ」
見覚えがある。
服を買いに行った時、店の近くで悠斗たちと話していた警察官だ。
向こうもこちらを見ていた。
もっと正確に言えば、ナナではなく、黒いダウンジャケットの胸元に入った白いNOXの文字ロゴを見ていた。
信号が青になる。
ナナはそのままセブンⅡを発進させた。
しばらく走ったところで、右側から一台のパトカーが追いついてくる。
「ん?」
さっきのパトカーだった。
パトランプは点いていない。
そのまま速度を合わせるように並走し、助手席側の窓が下がった。
「すみませーん!」
女性警察官がこちらへ声をかけてくる。
「はい?」
「その先で横に停まってもらっていいですか?」
「私ですか?」
「はい!」
ナナは少し戸惑いながらも頷いた。
ウインカーを出し、前方に見えた広めの路肩へセブンⅡを寄せる。
エンジンを切ると、パトカーも少し後ろへ停車した。
助手席から女性警察官が降りてくる。
やはり、あの時の人だ。
桐生アリサ。
悠斗たちから名前だけは聞いている。
「こんにちは」
「……こんにちは」
ナナはヘルメットのシールドを上げた。
アリサはナナの顔を確認してから、セブンⅡの後ろへ回る。
「免許証、見せてもらっていい?」
「はい」
ナナは財布から免許証を取り出して渡した。
アリサが端末で確認しながら名前を読む。
「雨宮ナナさん」
「はい」
そこでアリサが顔を上げた。
「やっぱり、あなたなのね」
「私のこと知ってるんですか?」
「名前だけ」
アリサの視線が胸元のロゴへ落ちる。
「神谷くんたちと一緒にいた子でしょう?」
「ああ……」
あの日、直接話してはいない。
少し離れたところから見られていただけだ。
「はい。そうです」
「NOXにも?」
ナナは一瞬だけ黙った。
隠しても意味はない。服にも堂々とロゴが入っている。
「入りました」
「そう」
アリサはそれ以上追及せず、免許証を返した。
ナナが受け取りながら尋ねる。
「あの、もしかしてNOXだから止めたんですか?」
「違う」
即答だった。
「じゃあ何で?」
「後ろ見て」
ナナがセブンⅡの後ろへ回る。
アリサがテール部分を指した。
「ブレーキ握ってみて」
「はい」
ナナが前ブレーキを握る。
左側は赤く光った。
だが、右側は暗いままだ。
「右、点いてない」
「え?」
ナナも後ろへ回って確認する。
「本当だ……」
「気づかなかった?」
「全然」
「自分じゃ見えにくいからね」
ナナは切れたランプを覗き込む。
「いつからだろ」
「そこまでは分からないけど、このまま暗くなってから走るのは危ない」
「切符ですか?」
「いきなりそこ?」
「警察に止められたので……」
「今日は警告だけ」
「よかった……」
思わず本音が漏れる。
アリサが少し笑った。
「ただし、直すまでは夜に乗らないで。もうすぐ暗くなるし、できれば誰かに迎えに来てもらって」
「えー……」
「えー、じゃない」
「家までそんなに遠くないんですけど」
「事故も家の近くなら起きない、なんてことはないでしょう?」
「それはそうですけど……」
正論だった。
ナナは少し考え、スマートフォンを取り出す。
五人のグループを見る。
シオンのレンジャーはカイのところで整備中。
蓮のレイザーも塗装中。
アキラは少し離れた場所にいると書いていた。
悠斗なら近いかもしれない。
個別に電話をかける。
数回の呼び出しで繋がった。
『もしもし?』
「悠斗、今どこ?」
『中央寄り。どうしたの?』
「警察に止められた」
『え!? 何したの?』
「何もしてないって」
目の前にいたアリサが眉を寄せる。
「ブレーキランプが片方切れてるだけでしょ」
ナナは少し笑った。
「うん。セブンⅡのブレーキランプが片方切れてるみたい」
『ああ、そういうこと……』
「もう暗くなるから、このまま乗って帰らない方がいいって」
『分かった。迎え行く。今どこ?』
「中央地区の南側。大通り沿いのガソリンスタンドを越えたところ」
『ガソリンスタンドって、角にコンビニあるとこ?』
「そう。そこから少し南」
『分かった。そっち行く』
「ありがと」
通話を切る。
アリサが腕を組んでこちらを見ていた。
「神谷くん?」
「はい」
「近いの?」
「中央にいるみたいです。来てくれるって」
「なら待ちましょう」
◇
しばらくして、白いヴェローチェが反対車線を通過した。
「あ」
ナナが手を上げる。
「反対車線だったね」
アリサが言った。
「うん」
ヴェローチェはそのまま少し先まで進んだ。
すぐにブレーキランプが点き、次の交差点でUターンする。
「気づいたみたい」
少しして、白いヴェローチェがこちら側の車線を戻ってきた。
悠斗はセブンⅡを見つけるとウインカーを出し、その前へ停車した。
運転席から降りてくる。
「大丈夫?」
「私は何もない」
「よかった」
悠斗はそこでアリサに気づいた。
「……桐生さん」
「こんにちは、神谷くん」
「こんにちは」
悠斗がセブンⅡの後ろへ回る。
「ブレーキランプ?」
「うん。右だけ点かない」
ナナが前ブレーキを握る。
悠斗が確認した。
「ほんとだ」
「今日はもう乗らない方がいいって」
「それがいいと思う」
「カイに持っていこうかな」
「でも今日はもう暗くなるよ」
「だから置いて帰る」
「ここに?」
三人でセブンⅡを見る。
路肩へ置きっぱなしにはできない。
アリサが近くの建物を指した。
「あそこの時間貸し駐車場ならバイク区画あるわよ」
「じゃあそこ入れようかな」
「今日はそこに置いて、明るい時間に直しに持っていった方がいいね」
「うん。カイに連絡してみる」
ナナがスマートフォンを取り出す。
その間、アリサが悠斗を見る。
「神谷くん」
「はい」
「あなたたち、最近ずっと黒い服ね」
悠斗は自分のMA-1を見る。
胸元には小さな白いNOXの文字ロゴ。
「まあ……そうですね」
「そのジャケット、似合ってる」
「ありがとうございます」
「前よりそれっぽくなったね」
「それっぽくって何ですか」
「自分で考えて」
アリサが少しだけ笑う。
ナナは二人を交互に見た。
警察官とギャング。
本来なら同じ側に立つことのない二人なのに、会話だけ聞けば妙に慣れている。
「……なんか変な関係」
「何が?」
悠斗が聞く。
「二人」
「普通です」
「普通じゃないでしょ」
アリサまで同時に答えた。
二人が顔を見合わせる。
ナナが笑った。
「息合ってるじゃん」
「合ってない」
「合ってません」
またほぼ同時だった。
「ほら」
アリサが小さくため息をついた。
◇
セブンⅡは近くの時間貸し駐車場へ移した。
カイには連絡がつき、明るい時間に持ってくれば見てくれることになった。
ナナがヘルメットと晩御飯の買い物袋を抱え、ヴェローチェの助手席へ乗り込む。
アリサはパトカーへ戻る前に、窓越しに声をかけた。
「雨宮さん」
「はい?」
「次はちゃんとランプが点く状態で会いましょう」
「できれば次は止めないでください」
「それは雨宮さん次第かな」
「気をつけます」
アリサが悠斗を見る。
「神谷くんも、じゃあね」
「はい。また」
アリサは片手を上げ、そのままパトカーへ戻っていった。
ヴェローチェを発進させる。
少し走ったところで、ナナが横を見る。
「アリサさん、思ってたより普通だった」
「どんな人だと思ってたの?」
「悠斗たちを見つけたら手錠持って走ってくる人」
「そんなわけないじゃん」
「でも、たまに話すくらいには顔見知りなんでしょ?」
「まあね」
「それがもう変じゃない?」
「この街だとそうでもない気がする」
ナナは少し考えてから笑った。
「確かに」
その日の初対面は、逮捕でも尋問でもなく、切れたブレーキランプ一つで終わった。
レイヴンシティでは、そんな出会い方も珍しくなかった。
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