第5章 第150話 幹部会のあと
全体会議が終わると、幹部だけが会議室に残った。
悠斗たち五人はそのまま廊下へ出る。
「飯行こうぜ」
蓮が言った横で、シオンはすでに出口の方へ歩き始めていた。
「肉」
「まだ何も聞いてないけど?」
ナナが呆れたように見る。
「肉でいい」
「早いな」
アキラが笑う。
悠斗もその後ろについていこうとしたところで、別の通路からユウキが顔を出した。
「お前ら、ちょうどいい」
「何ですか?」
「飯行く前にちょっと手伝って」
蓮が嫌そうな顔をする。
「何を?」
「車」
その一言で表情が変わった。
「どの車です?」
「食いつくの早いな」
◇
拠点裏の駐車スペースへ出ると、理由はすぐ分かった。
「……多い」
悠斗が思わず口にする。
普段より明らかに車が詰まっていた。
黒いセダン、大型SUV、クーペ、バン、ピックアップ。
NOXの白いロゴが入った車もあれば、個人所有らしい無地の車もある。
全体会議で普段は別行動している構成員まで集まったせいで、奥の車はそのままでは出せそうにない。
「誰だよ、こんな停め方したの」
アキラが奥を見る。
「みんな」
ユウキが即答した。
「帰ろうとした奴から順番に『出せない』って言い始めてる」
「最初に停め方決めなかったんですか?」
「決めた」
「じゃあ何でこうなってるんです?」
「途中から誰も守らなくなった」
アキラが吹き出した。
「NOXでもそういうのあるんですね」
「人間が集まればこうなる」
ユウキが数本の鍵を掲げる。
「持ち主に許可取れてる車から動かす。悠斗とナナは誘導」
「はい」
「アキラはあのバン。蓮は――」
「俺どれです?」
「だから早いって」
ユウキが一本の鍵を投げる。
蓮が片手で受け取った。
「あのセダン。二台分前に出して左へ寄せろ」
「了解」
「ぶつけるなよ」
「誰に言ってるんですか」
「お前」
「信用ないなあ」
シオンが聞く。
「俺は?」
「運転する?」
「しない」
「じゃあ車止め退けて」
「分かった」
本人も特に不満はなさそうだった。
悠斗はセダンの後ろへ回り、周囲を確認する。
「そのまま真っ直ぐ!」
蓮がゆっくり車を下げる。
反対側からナナが手を振った。
「もうちょい左!」
「見えてる!」
「後ろしか見てないじゃん!」
「横も見てるって!」
蓮がハンドルを切る。
左後輪が縁石へ軽く乗り上げた。
「ほら!」
「これは乗せたんだよ!」
「絶対嘘!」
「騒がしい新人だな」
近くから笑い声がした。
振り向くと、黒いシャツを着た男がSUVにもたれている。
全体会議では見た気がするが、悠斗はまだ名前を知らない。
「あ、すみません」
反射的に頭を下げると、男は手を振った。
「別にいいよ。俺の車じゃないし」
蓮が窓を開ける。
「これ誰のですか?」
「カナメさん」
蓮の顔が固まった。
「……え?」
「嘘」
「やめてくださいよ!」
周囲に笑いが広がる。
ナナまで肩を揺らしていた。
「めっちゃ焦ってるじゃん」
「そりゃ焦るだろ!」
男も楽しそうに笑う。
「久我だったよな?」
「はい」
「車好きって聞いた」
「誰からです?」
「もう結構広まってるぞ」
「何が!?」
「うるさい新人が入ったって」
「絶対ユウキさんじゃん!」
「俺じゃない!」
少し離れたところからユウキが否定する。
会議中は静かだった人間たちも、外へ出れば普通に冗談を言う。
まだ名前すら知らない相手なのに、同じNOXの人間だというだけで距離が少し近い。
「神谷だっけ?」
今度は別の声だった。
SUVの助手席から降りてきた女性が悠斗を見る。
「はい」
「銀行の四人の一人だよね?」
「そうです」
女性は悠斗の顔を少し確かめるように見たあと、近くにいたアキラと、車止めを運んでいるシオンにも目を向けた。
「四人は知ってた。あの銀行の件で結構名前出てたから」
そこから、少し離れた場所で誘導していたナナへ視線が移る。
「で、あの子が今回一緒に入った雨宮?」
「はい。ナナです」
女性が軽く頷いた。
「雨宮は初めて見た」
ナナもこちらへ気づき、軽く会釈する。
「雨宮ナナです。よろしくお願いします」
「よろしく」
女性はそれだけ言うと、自分の車の方へ戻っていった。
ナナが悠斗の隣へやって来る。
「四人、やっぱり結構知られてるね」
「銀行の件は大きかったからね」
「私は全然だけど」
「そのうち覚えられるんじゃない?」
「悪い意味じゃなければね」
ナナが笑う。
NOXに入ってから、顔を合わせた人間は増えた。
それでも、この組織にはまだ名前すら知らない仲間が大勢いる。
全体会議で一度に集まったことで、その広さを改めて実感した。
◇
三十分ほどかけて車を動かし終えると、ようやく駐車場中央に通路ができた。
「これで出せるな」
ユウキが鍵をまとめる。
「次から最初からこう停めればいいのに」
ナナが言う。
「それができたら苦労しない」
「規律厳しいギャングなのに?」
「車の停め方までカナメさんに見張られたくないだろ」
「それはちょっと嫌かも」
蓮がセダンから降りて鍵を返す。
「次もこれ乗っていいです?」
「何で次がある前提なんだよ」
その時、拠点の扉が開いた。
最初に出てきたのはガク。
少し遅れてエマが続く。
その後ろから、悠斗がまだ名前を覚えていない幹部たちが何人か出てきた。
「終わったみたい」
ナナが呟く。
最後に玲司とカナメが姿を見せる。
カナメが駐車場を見渡し、悠斗たちに気づいた。
「お前ら、まだいたのか」
「ユウキさんに頼まれて、車動かしてました」
悠斗が答える。
「そうか」
カナメは一度だけ通路の空いた駐車場を確認した。
「ちょうどいい。五人とも来い」
蓮が小声で呟く。
「飯……」
「諦めろ」
アキラが肩を叩いた。
◇
連れて行かれたのは、小さな打ち合わせ室だった。
大きな会議室とは違い、机と椅子がいくつか置かれているだけの部屋だ。
五人が座ると、カナメが薄いファイルを机へ置いた。
「幹部会で決まったことのうち、お前らに関係する分だけ伝える」
五人の視線がファイルへ集まる。
「車両の運用と、倉庫の出入りを一部変える。細かいところは担当から聞け」
「分かりました」
「それと、お前ら五人も次の仕事に出る」
蓮が少し身を乗り出した。
「五人全員?」
「ああ」
「何するんです?」
「港から荷物を運ぶ」
カナメがファイルを開いた。
中には港湾地区の地図と、数台の車両写真が入っている。
「詳しい説明は出る前にする。今は使う車と集合場所だけ覚えろ」
蓮が真っ先に車両写真へ手を伸ばした。
「俺どれ乗ります?」
「まず全部見ろ」
「はい」
シオンは地図。
ナナは集合場所。
アキラは人数と車両の割り振り。
悠斗も資料を引き寄せた。
幹部会で何が話し合われたのか、自分たちには分からない。
今知る必要があるのは、ここに渡された内容だけだ。
「悠斗」
蓮が一枚の車両写真を指差した。
「これ結構速そうじゃない?」
「仕事の資料で最初に見るのそこ?」
「大事だろ」
「今は集合場所の方が大事」
ナナに即座に返される。
カナメは何も言わず、五人が資料を確認する様子を見ていた。
悠斗は笑いを堪えながら、港湾地区の地図へ視線を戻した。
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