第5章 第149話 NOXの全体会議
午後、NOXの拠点に着いた悠斗たちを待っていたのは、五着の黒いスーツだった。
壁際のハンガーラックに、白いカバーを掛けられた状態で並んでいる。
「届いたぞ」
カナメに言われ、蓮が真っ先に近づいた。
「おお……」
「勝手に開けるな。名前確認してから取れ」
「はい」
伸ばしかけた手が止まる。
それぞれのカバーには小さな札が付いていた。
神谷悠斗。
久我蓮。
御影シオン。
水城アキラ。
雨宮ナナ。
悠斗は自分の名前が書かれた一着を受け取った。
採寸した時にはまだ布地の状態しか見ていなかった。それが形になって目の前にあるだけで、思っていた以上に重みを感じる。
「今日着るんですか?」
「ああ」
カナメが答える。
「このあと全体会議がある。そこでお前らを正式に紹介する」
蓮がスーツとカナメを交互に見る。
「全体会議って、NOX全員いるんですか?」
「来られる奴はな」
「何人くらい――」
「着替えてこい」
「はい」
質問はそこで終わった。
◇
更衣室で着替え終え、悠斗は鏡の前に立った。
黒いジャケット。
黒いスラックス。
白いシャツに黒いネクタイ。
胸元には、決められた位置と大きさで白いNOXの正式ロゴが入っている。
五人とも同じ仕様。
好きに選んだ普段着とは違い、こちらに個人の好みが入る余地はほとんどない。
「おおー」
隣で蓮が何度も自分の姿を確認している。
「やっぱオーダーって違うな」
「動くなよ」
アキラが蓮のネクタイへ手を伸ばした。
「ちょっと曲がってる」
「マジ?」
「じっとしてろって」
慣れた手つきで直していく。
その横では、シオンが自分の袖を見ていた。
「どうした?」
悠斗が聞く。
「ぴったり」
「採寸したからね」
「動きやすい」
シオンにとっては見た目よりそちらの方が重要らしい。
「ナナは?」
「まだ着替えてるんじゃない?」
そう言った直後、更衣室の向こうからナナが姿を見せた。
女性用に仕立てられた黒いスーツ。
基本的な仕様も色も四人と同じで、白い正式ロゴも決められた位置に入っている。
蓮が見る。
「おお、ちゃんとNOXっぽい」
「ちゃんとって何?」
「いや、普段より」
「普段からNOXなんだけど?」
「そういう意味じゃなくて――」
「時間だ」
入口からカナメの声が飛び、蓮が黙った。
◇
全体会議に使われる部屋は、悠斗たちがこれまで入ったNOXの部屋の中でもかなり広かった。
中央には長いテーブル。
その周囲と壁際に椅子が並び、すでに多くの構成員が集まっている。
黒い服。
黒いスーツ。
白いNOXのロゴ。
同じ組織の人間だと一目で分かる一方、顔ぶれはかなり違った。
車庫で見たことのある者。
倉庫で何度か会った者。
無線の声だけ知っている者。
初めて見る者もいる。
「結構いるな……」
蓮が小声で呟く。
「静かに」
ナナに言われ、口を閉じた。
悠斗も周囲へ視線を向ける。
NOXへ入ってから、拠点には毎日のように誰かがいた。
それでも一度にこれだけ集まるところを見るのは初めてだった。
少し離れた前方には、玲司。
その隣にアンダーボスのカナメ。
ガクやエマもいる。
ソウやユウキの姿も見えた。
「始める」
玲司が一言発すると、それまで残っていた私語が止まった。
悠斗たち五人も壁際に並ぶ。
会議はまず、NOX内部の近況から始まった。
車両の稼働状況。
拠点の利用。
仕事の予定。
他組織との関係。
悠斗たちには分からない名前もいくつか出てくる。
それでも誰かが長々と説明することはなく、必要な人間が短く報告し、カナメや玲司が確認する形で進んでいった。
やがて一段落したところで、玲司が悠斗たちを見る。
「その前に、新しく入った五人を紹介しておく」
部屋の視線が一斉にこちらへ向いた。
分かっていたことなのに、悠斗の背中にわずかに力が入る。
「前へ」
カナメに促され、五人で並んで前へ出た。
これだけの人数に見られることは、今でも得意ではない。
けれど逃げるほどでもなかった。
悠斗は背筋を伸ばす。
玲司が順番に名前を口にした。
「神谷悠斗。久我蓮。御影シオン。水城アキラ。雨宮ナナ」
五人それぞれへ、いくつもの視線が向けられる。
「外で組んで動いていた連中だ。今日から正式にNOXの構成員として扱う」
ざわつきは起きなかった。
代わりに、何人かが小さく頷く。
すでに顔を知っている者もいるのだろう。
玲司が続ける。
「新人だからといって甘く扱う必要はない。逆も同じだ」
それだけだった。
派手な歓迎もなければ、拍手もない。
玲司らしいと悠斗は思った。
「一言ずつ」
突然カナメに言われ、悠斗の心臓が一つ強く鳴った。
蓮が小声で言う。
「聞いてない」
「俺も」
最初に呼ばれたのは悠斗だった。
数十人の視線が自分に向いている。
昔なら、声が出なかったかもしれない。
悠斗は一度だけ息を吸った。
「神谷悠斗です。まだ分からないことも多いですけど、早く役に立てるように頑張ります。よろしくお願いします」
短い。
気の利いたことも言えていない。
それでもちゃんと声は出た。
「久我蓮です。車関係なら結構いけます。よろしくお願いします」
「御影シオン。よろしくお願いします」
「水城アキラです。色々覚えていくんで、よろしくお願いします」
「雨宮ナナです。よろしくお願いします」
五人の挨拶が終わる。
今度は何人かから「よろしく」と声が返ってきた。
ユウキは後ろの方から軽く手まで振っている。
蓮が振り返しそうになり、ナナが肘で止めた。
◇
全体会議はその後もしばらく続いた。
悠斗はできるだけ内容を頭に入れながら聞いていたが、すべてを理解できたわけではない。
それでも、NOXという組織が五人の知らないところでも常に動いていることだけはよく分かった。
やがて玲司が時計へ目を向ける。
「全体はここまで」
周囲が立ち上がり始める。
「幹部は残れ」
その一言で、動きが分かれた。
玲司。
カナメ。
ガク。
エマ。
ほかにも何人かが席を離れない。
悠斗は一瞬だけ足を止めた。
カナメと目が合う。
「お前らは出ろ」
「はい」
当然だった。
加入したばかりの新人が、幹部だけの会議へ入れるはずがない。
五人で部屋を出る。
扉が閉まったところで、蓮が後ろを振り返った。
「何話すんだろ」
「聞いちゃ駄目なやつじゃない?」
ナナが言う。
「気になるだろ」
「気になるけど」
アキラが自分のジャケットの襟を整えながら笑った。
「まず全体会議に出られただけでも十分じゃね?」
「まあな」
シオンは閉じた扉を一度見たあと、そのまま歩き出す。
「腹減った」
「お前、さっきまで会議だったんだぞ」
「だから?」
蓮が吹き出した。
悠斗も笑いながら四人の後を追う。
胸元には、五人とも同じ白いNOXの正式ロゴ。
今日初めて、それを着た姿でNOX全体の前に立った。
けれど、閉じられた扉の向こうには、まだ自分たちが入れない場所がある。
悠斗はそれを不満には思わなかった。
むしろ、NOXの中にはまだ知らないことが山ほどあるのだと実感できた。
「悠斗、飯行こうぜ」
少し先から蓮が振り返る。
「うん。行く」
悠斗は足を速め、四人のところへ追いついた。
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