第5章 第147話 五人のNOX
翌日の昼前。
NOXの拠点にある共用スペースの長机には、昨日買ってきた黒い服がずらりと並べられていた。
悠斗のMA-1。
蓮のライダース。
アキラのキルティングジャケット。
ナナのダウンジャケット。
そして、五人全員で揃えて買った黒いレザーブルゾン。
今日は、それぞれの上着へ白いNOXのロゴを入れ、そのあとTシャツとロンTのデザインを詰めることになっている。
机の端には、NOXで使われている二種類のロゴ見本も置かれていた。
一つは、鋭く尖った三文字だけで構成された《NOX》の文字ロゴ。
もう一つは、その文字を中心に、Oを縦に貫く槍のようなラインと十字、周囲を囲む鋭い円弧まで組み合わせた正式ロゴだ。
「先に上着から決めるぞ」
カナメが五人を見る。
「白以外は使うな。正式ロゴでも文字ロゴでも、形そのものは勝手に崩すな」
「はい」
「位置と大きさは好きに決めていい」
その言葉を聞いて、悠斗は自分のMA-1を手前へ寄せた。
選んだのは、小さな文字ロゴを胸元へ一つだけ入れる配置だった。
背中も袖も無地。
「神谷はこれで?」
「はい。あんまり派手なのはいいかなって」
「問題ない」
アキラのキルティングジャケットも方向性は近い。
ただし、ロゴの位置や大きさは服のシルエットに合わせて細かく調整していた。
「そこ、ちょっと外じゃない?」
悠斗が聞く。
「着た時にこっちへ来るんだよ」
アキラは自分の胸元を指で示す。
「平置きだけで決めると微妙になるから」
「なるほど」
ナナのダウンジャケットにも、小さな白い文字ロゴを入れる。
バイクで着ることも考え、背中には何も足さない。
「次、このブルゾン」
カナメが五着の黒いレザーブルゾンへ視線を向けた。
「これも位置は別々で構わんぞ」
悠斗たちは一度顔を見合わせた。
最初に口を開いたのはアキラだった。
「これは同じでよくない?」
「俺もそう思う」
悠斗が頷く。
「五人で揃えて買ったやつだし」
「うん。同じ方がまとまりあるかも」
ナナも賛成する。
シオンは短く、
「同じでいい」
とだけ答えた。
蓮だけは少し考えていた。
「……俺だけ背中にでかくロゴ入れたらダメ?」
「それはライダースでやるでしょ」
ナナがすぐに返す。
「こっちは揃えようよ」
「まあ……それもそうか」
蓮も納得したように頷いた。
「五人で同じなら、それはそれでかっこいいな」
そうして共通のレザーブルゾンは、五着とも同じ位置、同じ大きさで白いNOXのロゴを入れることになった。
NOXの決まりで統一しなければならないわけではない。
五人が自分たちで揃えることを選んだだけだ。
シオンだけは普段着用の上着を別に買っていないため、このレザーブルゾンを日常でもそのまま着るつもりらしい。
そして最後に残ったのが、蓮のライダースだった。
「俺はこれ」
待っていましたとばかりに、蓮が黒い革のライダースを裏返し、その背中へ大きな下書きを置いた。
「……でか」
ナナの第一声だった。
前面には何も入れない。
その代わり、背中の中央へNOXの正式ロゴを大きく配置する。
肩甲骨の辺りから腰の少し上まで届くほどの大きさだ。
鋭く尖ったNOXの三文字。
Oを縦に貫く槍のような一本線。
その中心に浮かぶ十字。
文字の周囲を囲う、矢尻のように尖った円弧。
正式ロゴそのものの形は崩さず、そのまま大きく使う。
「これ、普通にプリントするんじゃないんだろ?」
アキラが聞く。
「うん。ロゴの形に合わせてマスキングして、白いペンキをスプレーで吹く」
蓮が背中を指でなぞる。
「全部を綺麗に塗り潰すんじゃなくて、少し掠れさせたい。周りにも細かく飛沫を残す」
さらにロゴの左下を指した。
「ここは元のロゴにある垂れもそのまま残す。綺麗すぎるより、ちょっと荒い方がライダースに合うだろ?」
アキラが下書きと黒い革を見比べる。
「めちゃめちゃチンピラじゃん」
「めっちゃかっこいいだろ?」
「まあ、お前には似合う」
「だろ?」
蓮が満足そうに笑う。
悠斗も完成した姿を想像してみた。
黒い革の背中いっぱいに白い正式ロゴ。
輪郭そのものはマスキングで崩さず、その中だけ少し塗料の濃淡を残す。周囲には細かな飛沫が散り、プリント品とは違う荒っぽさが出る。
確かに、蓮が選んだライダースには似合いそうだった。
カナメはしばらく無言で下書きを見たあと、紙を少し上へ動かした。
「位置はこっちだ」
「もう少し上?」
「腰に掛かると着た時に崩れる」
「ああ、確かに」
「掠れと飛沫は構わん。ただし正式ロゴそのものが分からなくなるほど汚すな」
「はい」
「加工する前に、マスキングした状態を一度見せろ」
蓮が眉を寄せる。
「俺だけですか?」
「お前だけだ」
「なんでですか!」
ナナが吹き出した。
「自覚ないの?」
「ない」
「それが一番怖いんだけど」
◇
上着の確認が終わると、今度は五人が机を囲んだ。
紙には黒いTシャツの前面と背面が簡単に描かれている。
一人一案。
五種類のデザインを作り、それを五人全員がTシャツとロンTの両方で持つ。
「じゃあ、まず下書きしたデザイン見せ合おうぜ」
アキラの言葉で、それぞれが紙を出した。
最初は悠斗。
前面の左胸へ、小さな白い文字ロゴ。
余計な装飾はない。
その代わり、背面には文字ロゴを大きく配置していた。
「前は悠斗っぽい」
ナナが言う。
「後ろは結構でかいけど」
「前まで大きいと派手すぎるかなって」
「前から見たら普通で、後ろ向いたらNOXって感じか」
アキラが頷く。
「これなら着やすいな」
次は蓮。
「俺はこれ」
前面の中央には巨大な文字ロゴ。
その周囲へ、稲妻のような鋭い白線と、光が弾けたような星形の装飾が散っている。
一方、背中は控えめで、首の下へ小さな文字ロゴと光のマークだけ。
「また前でかい」
ナナが言う。
「これくらいあった方がいいだろ」
「背中は急に大人しいのね」
悠斗が紙を見る。
「前で全部やったから」
「予算みたいに言うなよ」
アキラが笑った。
三枚目はアキラ。
左胸へ小さな文字ロゴを置き、その周囲へ細い円と縦横のラインを重ねている。
照準器にも方位記号にも見える、すっきりした幾何学模様だ。
背面は首元へ小さなシンボルだけ。
「これ、普通にオシャレ」
ナナが言う。
「だろ?」
アキラが少し得意そうに笑う。
蓮が自分の紙と見比べた。
「俺の方が強そうじゃね?」
「服に強さ求めんなよ」
「ギャングの服だぞ?」
「Tシャツ同士で戦うわけじゃないだろ」
四枚目はシオン。
左胸に、小さな文字ロゴ。
背中は無地。
それだけだった。
「……終わり?」
「終わり」
ナナが紙を持ち上げる。
「普通のでいいって言ってたけど、本当に普通にしたね」
「普通がいい」
蓮が横から覗く。
「背中、何か入れようぜ」
「いらない」
「袖は?」
「いらない」
「ちっちゃいマークくらい」
「いらない」
「強いな、お前」
悠斗は笑った。
「でも、一枚くらいこういうのがあってもいいんじゃない?」
「俺もそう思う」
シオンがすぐに頷いた。
「自分で言うんだ」
最後はナナ。
「私はこれ」
前面には、正式ロゴを大きく配置していた。
鋭いNOXの三文字を中心に、Oを貫く縦のラインと十字、その周囲を囲む円弧まで含めた正式な意匠だ。
背面にも同じ正式ロゴをさらに大きく入れている。
「ナナ、俺より派手じゃね?」
蓮が言う。
「派手さの種類が違うの」
「前も後ろもでかいぞ」
「全員が着るんだから、別に可愛い感じにする必要ないでしょ」
アキラが五枚を横一列に並べた。
悠斗は文字ロゴを使い、前を控えめにして背中を大きく。
蓮は文字ロゴを中心に、光や稲妻を前面へ大胆に広げる。
アキラは文字ロゴへ幾何学模様を合わせる。
シオンは文字ロゴだけで徹底してシンプル。
ナナは正式ロゴを前後とも大きく使う。
黒と白。
同じNOX。
条件はほとんど同じなのに、五枚を並べると性格の違いまで見える気がした。
「これ、五種類全部作るんだよな?」
蓮が聞く。
「そう。TシャツもロンTも」
ナナが答える。
「誰が考えたデザインか関係なく、五人とも全部持つ」
「その日の気分で選べるな」
アキラが言う。
「全員俺のやつ着る日作ろうぜ」
「なんで蓮ので統一するの」
「一番かっこいいから」
「却下」
「早くない!?」
五人の声を聞きながら、カナメが下書きを一枚ずつ確認していく。
「細かすぎる線は加工した時に潰れる。水城と久我はそこを少し整理しろ」
「はい」
「雨宮の正式ロゴは形を変えるな。大きさだけ調整」
「分かりました」
「他は問題ない」
五枚の紙が再び机へ並ぶ。
昨日まで何の印もなかった黒い服が、少しずつ自分たちなりのNOXの服へ変わろうとしている。
悠斗は、自分の下書きと、その隣に並ぶ四人の案を眺めた。
一人で服を選んでいた頃なら、背中にこれほど大きなロゴを入れようとは思わなかった。
それでも今は、自分の案だけではなく、蓮やアキラ、シオン、ナナが考えた服まで着るのが少し楽しみだった。
その時、車庫側の扉が開いた。
「御影」
ソウだった。
シオンがすぐに顔を上げる。
「ん?」
「レンジャー、候補が一台出た」
さっきまで服の話をしていたシオンの反応が、目に見えて早くなる。
「見に行ける?」
「明日ならな。状態はまだ分からん」
「行く」
即答だった。
蓮まで椅子から身を乗り出す。
「マジでレンジャー見つかったんですか?」
「お前の車じゃない」
「見るくらいいいじゃないですか!」
「お前は自分の仕事があるだろ」
「まだ明日の予定決まってないじゃないですか」
「だからって勝手に決めるな」
ソウが面倒そうに眉を寄せる。
その横では、シオンがすでにレンジャーのことで頭がいっぱいらしく、机に並んだ下書きへ目を戻す気配すらない。
「黒?」
シオンが聞いた。
「そこも明日見ろ」
「分かった」
短く答えたものの、声は少しだけ弾んでいた。
悠斗はそれを聞いて笑う。
机の上には五人分の服と、五種類の下書き。
その向こうでは、シオンが明日見る車の話をしている。
何か大きな事件が起きたわけではない。
それでも、こうして自分たちの物が少しずつ増え、NOXで過ごす時間も少しずつ形になっていく。
蓮がまたレンジャーを見に行きたいとソウへ食い下がる声を聞きながら、悠斗は自分の下書きをもう一度手に取った。
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