第5章 第146話 警察から見たNOX
パトカーは、黒いNOXのSUVから少し離れた路肩へ停まった。
午後の中央地区は人通りが多く、買い物袋を提げた客や、店先でスマートフォンを見ている若者たちが行き交っている。その中に黒い車二台と警察車両が並べば、それなりに目立った。
悠斗は持っていた紙袋をナナへ預ける。
「ちょっと行ってくる」
「うん」
ナナが受け取った袋を抱え直す。
蓮とアキラはその場に残り、シオンも特に気にした様子を見せなかった。カナメも悠斗を止めず、少し離れたところから様子を見ている。
悠斗がパトカーの方へ向かうと、アリサも助手席から降りた。
「ここでいいですか?」
「ええ。別に署まで連れていくわけじゃないから」
「よかったです」
「今ので安心するのもどうなの?」
アリサは呆れたように言いながら、パトカーから少し離れた歩道脇へ移動した。
悠斗もその後についていく。
通行人の邪魔にならない場所まで来ると、アリサが改めて悠斗を見る。
「久我くん、水城くん、御影くんも一緒なのね」
「はい」
アリサの視線が、少し離れたところで待っている四人へ向く。
「もう一人いるけど、あの子は?」
「雨宮ナナです。俺たちと一緒にいる仲間です」
「雨宮さんね」
名前を確認しただけで、それ以上は聞かなかった。
視線がそのまま奥へ移る。
「それに早乙女カナメ」
悠斗は少しだけ目を見開いた。
「知らないと思った?」
「いや……そこまでは」
「NOXのアンダーボスよ。警察が知らないわけないでしょ」
「ですよね」
街第2位のギャングで、そのアンダーボスともなれば警察に顔を知られていて当然だ。
アリサは一度だけ黒いNOX車へ目を向け、それから悠斗へ戻した。
「それで?」
「はい」
「NOX、入ったの?」
思った以上に直球だった。
だが、隠す必要もない。
「入りました。五人で」
アリサの眉がわずかに上がる。
「あの雨宮さんも?」
「はい」
「……そう」
少し驚いているようだったが、そこで何かを決めつけることはしなかった。
「出てきたばかりよね」
「はい」
「それでもうNOX?」
悠斗は苦笑する。
「俺も、こんなに早いとは思ってませんでした」
「もうちょっと大人しくしてる期間とかないの?」
「一応、大人しくしてますよ」
アリサが黒いSUVを見る。
「第2位のギャングに入って?」
「加入しただけです」
「それはそうなんだけど」
小さく息を吐いたあと、表情が少し引き締まる。
「神谷くんたち四人は、今は仮出所中なんだからね」
「分かってます」
「また犯罪で捕まったら、前みたいには済まないよ」
冗談ではなく、警察官としての警告だった。
悠斗も笑わずに頷く。
「はい。前よりは、ずっと分かってるつもりです」
銀行強盗。
銃撃戦。
病院。
刑務所。
どれももう、画面の向こうで見るだけの出来事ではない。
夢だったギャングにはなれた。
だからこそ、今まで以上に考えて動かなければならない。
アリサは数秒だけ悠斗の顔を見たあと、肩の力を少し抜いた。
「ならいいけど」
腕を組み直す。
「NOXでは何してるの?」
「今のところは、車の確認とか、倉庫の整理とか、荷物運んだりですね」
「……地味ね」
「俺も思いました」
「そこは否定しないんだ」
「まだ入ったばかりなんで」
「まあ、いきなり好き勝手やらせる組織なら、あそこまで大きくなってないか」
悠斗は少し意外そうにアリサを見る。
「警察から見ても、そうなんですか?」
「嫌でも見ることになるからね」
アリサは肩をすくめた。
「NOXだからって、全員が四六時中撃ち合ってるわけじゃないのは知ってる。でも、NOXはNOX。そこは忘れないで」
「はい」
「あなたたちが何もしてなくても、周りからは看板込みで見られるから」
悠斗は黒いSUVに入った白いNOXのロゴへ目を向けた。
これまでは、自分たちだけの名前で動いていた。
今は違う。
自分たちが何をするかだけではなく、どこの人間として見られるかまで変わっている。
「分かりました」
アリサもそれ以上、説教を続けようとはしなかった。
「今日は何してたの?」
「スーツの採寸と、服を買ってました」
「スーツ?」
「NOXの正式なやつです」
「ああ、あれ」
「知ってるんですか?」
「何度も見てるからね」
アリサが少し離れたカナメを見る。
「むしろ、ああいうのをきっちり揃えるところがNOXらしいんじゃない?」
「俺も今日知りました」
「神谷くん、本当に入ったばっかりなのね」
「はい」
少しだけ空気が緩んだ。
大通りを一台のスポーツカーが低い排気音を響かせて走り抜ける。
その後ろを配送バンが追うように通り過ぎ、信号の向こうでは観光客らしい集団が横断歩道を渡っていた。
街は、悠斗とアリサが話している間も普段通りに動いている。
「神谷くん」
アリサがもう一度名前を呼ぶ。
「はい」
「NOXに入ったこと自体は、私が止められることじゃない」
少し間を置く。
「でも、また病院か刑務所で会うのは勘弁して」
悠斗は一瞬だけ目を見開いた。
警察官としての言葉というより、昔から顔を合わせてきたアリサ自身の言葉に聞こえた。
だから、素直に頷く。
「気をつけます」
「犯罪者が警察に言う台詞としては変だけどね」
「それは……まあ」
「まあ、いいわ」
アリサは小さく笑った。
「じゃあ、私は行くから」
「はい」
「久我くんたちにも、仮出所中なの忘れないように言っといて」
「分かりました」
アリサはパトカーへ戻る。
助手席へ乗り込み、ドアを閉めた。
運転席の警察官が車を発進させ、パトカーはゆっくりと通りへ戻っていく。
悠斗はそれを見送ってから、四人とカナメのところへ戻った。
「何だった?」
最初に聞いたのはアキラだった。
「NOXに入ったのかって」
「やっぱそれか」
蓮が黒い車を見る。
「まあ、これ見たら分かるよな」
「早乙女さんもいるしね」
ナナが言う。
「私のことも聞かれた?」
「うん。名前だけ教えた」
「そっか」
ナナは特に気にした様子もなく頷いた。
そこでカナメが悠斗を見る。
「加入したことは話したのか?」
「はい。五人で入ったって」
「それでいい」
悠斗は少し迷ってから聞く。
「加入したことくらいは、普通に話していいんですね」
「構わん。ただし仕事の中身は別だ」
カナメの声が少し低くなる。
「誰と何をした。何を運んだ。どこへ行った。そういう話を外で勝手にするな」
「はい」
「どこまで話していいか分からなければ先に聞け」
四人も一緒に頷く。
それを確認して、カナメは黒いSUVへ向かった。
「帰るぞ」
「拠点ですか?」
アキラが聞く。
「ああ。今日買った服は一度持ち帰れ。ロゴを入れる物は後でまとめて預かる」
蓮が自分の紙袋を見る。
「じゃあ、デザインも考えとかないとな」
「まず下書きだろ」
アキラが言う。
「分かってるって」
「みんなが着るんだから、本当にちゃんと考えてよね」
ナナまで念を押す。
「なんで俺だけ信用ないんだよ」
「日頃の行い」
「ひどくね?」
悠斗は思わず笑った。
さっきまで警察に釘を刺されていたことなど関係なく、四人の会話はいつも通りだ。
カナメが振り返る。
「置いていくぞ」
「今行きます!」
蓮が慌てて車へ向かい、アキラたちもその後を追う。
悠斗はナナから紙袋を受け取り、最後にもう一度、パトカーが消えていった通りを見る。
警察から見れば、今の自分たちはもう単なる半グレではない。
NOXの一員だ。
けれど、だからといって毎日が急に派手になるわけでもなかった。
服を買い、警察に声をかけられ、仲間とくだらない話をしながら拠点へ戻る。
そういう時間も全部含めて、今の生活なのだろう。
悠斗は黒いSUVのドアを開け、仲間たちの声がする車内へ乗り込んだ。
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