第5章 第145話 加入祝い
翌日の午後一時前。
悠斗たち五人は、NOXの拠点に集まっていた。
今日の予定は、正式な黒スーツの採寸だ。
「全員いるな」
共用スペースへ入ってきたカナメが五人を見回す。
「今日は採寸だけだ。生地、形、ボタン、ロゴの位置と大きさまで、全部NOXの規格で決まってる」
アキラが眉を上げた。
「本当に何も選ばないんですね」
「正装だぞ。新人が入るたびに変えてどうする」
「女性用も?」
ナナが聞く。
「当然ある。男用と女用、それぞれ規格がある」
悠斗が尋ねた。
「スーツ代って、どうするんですか?」
「お前らは払わなくていい」
「え?」
「正式スーツはNOXからの加入祝いだ」
一瞬、五人が黙る。
「正装くらい組織で用意する。好き勝手な格好で並ばれても困るからな」
「ちゃんと理由付きなんですね」
アキラが笑った。
「ありがとうございます」
ナナが言うと、悠斗たちも続いて礼を言う。
その横でシオンが聞いた。
「毎日着る?」
「必要な時だけだ」
「よかった」
蓮が吹き出す。
「そこだけ反応早いな」
「動きやすい方がいい」
「お前、服の基準それしかないだろ」
「行くぞ」
◇
中央地区までは、白いNOXロゴが入った黒いSUVと黒いセダンの二台で向かった。
仕立て屋は大通りから一本入った静かな通りにある。
「もっとギャングっぽい店かと思ってた」
アキラが店を見上げる。
「どんな店だよ」
「店員全員サングラスとか」
「怪しすぎるでしょ」
ナナが笑った。
店内では、六十代ほどの男性店主と五十代ほどの女性スタッフが待っていた。
「早乙女さん。五名ですね」
「ああ。男四人、女一人」
「承知しました。いつもの仕様で」
男性店主が悠斗を呼び、女性スタッフはナナを奥の採寸スペースへ案内する。
「少し力を抜いてください」
「すみません」
肩幅、胸囲、袖丈、胴回り。
測られるたびに妙な力が入る。
後ろからアキラが笑った。
「悠斗、銀行より緊張してない?」
「してない」
「返事早いぞ」
「静かにしろ」
カナメに言われ、アキラが黙る。
悠斗が終わると蓮へ交代。その頃にはナナの採寸も終わり、女性スタッフが男性陣の方へ戻ってきた。
二人で並行して進めたため、三十分ほどで全員の採寸が終わる。
「仕上がりましたら早乙女さんへご連絡します。その後、一度試着を」
「頼む」
◇
店を出ると、カナメが通りの先を指した。
「次、服だ」
「まだあるんですか?」
「NOXで普段使う黒い服と、スーツの上から着るアウターを用意しとけ」
「アウターも黒?」
「ああ。コート以外だ」
蓮が口を開きかける。
「玲司さんだけだ」
「まだ何も言ってないですよ」
「分かる」
近くの大型衣料店へ入り、まずスーツ用のアウターを探す。
しばらくして、アキラが黒のレザーブルゾンを手に取った。
「これ、よくない?」
装飾は少なく、スーツの上からでも違和感のない形だ。
ナナも別サイズを手にする。
「これなら私も着れる」
「五人で揃えたらよくない?」
全員で羽織って鏡の前へ並ぶ。
「いいじゃん」
「俺もこれでいい」
「私も」
「いい」
シオンは即答だった。
カナメも頷く。
「問題ない。白いNOXロゴは後で入れる」
シオンはブルゾンを見下ろした。
「俺、普段もこれ着る」
「それ一着で両方?」
「うん」
「普段用、もう一着買えばいいのに」
「充分」
◇
他の四人は普段用のアウターも探した。
最初に決めたのは蓮だった。
黒のライダースを羽織り、鏡の前で背中を見る。
「俺これ。ここに、でかくNOX入れたい」
アキラが笑う。
「めちゃめちゃチンピラじゃん」
蓮は満足そうに笑った。
「めっちゃかっこいいだろ?」
「まあ、蓮には似合いそう」
ナナも笑う。
「しかも普通のプリントじゃなくてさ。型当てて、白いペンキをスプレーで吹き付けたい」
「そこまでやるんだ」
「ちょっと掠れた感じにしたら絶対いいって」
カナメが横から口を挟む。
「正式なロゴの形は崩すな」
「形はそのままです。塗り方だけ」
「なら、やる時に確認を通せ」
「よし」
次に悠斗は、黒いMA-1を何着か見比べた。
選んだのは、光沢が控えめで余計な装飾のない一着だ。
「悠斗、それ?」
「うん。これなら普段でも着やすそう」
袖を通し、肩を回してみる。
「結構似合ってるじゃん」
アキラが言った。
「そう?」
「白いNOXロゴ入ったら、また雰囲気変わりそうだね」
ナナの言葉に、蓮が反応する。
「悠斗もロゴ、背中に入れようぜ」
「蓮だけの方が目立つよ?」
蓮は一瞬考えた。
「……それはそうか」
「納得するんだ」
ナナが笑う。
「じゃあ俺だけ背中のロゴをでかくする」
「結局目立ちたいんじゃん」
「悪い?」
悠斗も笑って、MA-1を脱いだ。
「俺はこれにする」
アキラが選んだのは黒のキルティングジャケットだった。
サイズ違いを試し、丈や肩の落ち方まで鏡で確認する。
「こっちだな」
「アキラ、結構ちゃんと見るね」
「着るなら似合う方がいいだろ」
近くにいた若い女性店員が声をかけた。
「そちら、お似合いですよ」
「ありがとうございます。じゃあこれにします」
アキラは自然に笑って返す。
蓮が小声で言った。
「……なんかお前だけ反応違わない?」
「何が?」
「いや、別に」
最後にナナが選んだのは黒のダウンジャケットだった。
丈を確かめ、腕を前へ伸ばす。
「セブンⅡに乗る時も、これなら邪魔にならなそう」
「バイクで着るのも考えてるんだ」
「そりゃあね。バイクはめっちゃ寒いから」
◇
「まだ終わりじゃないぞ」
カナメが言った。
「冬以外どうする気だ」
「あ」
「黒のTシャツとロンTも買っとけ」
五人は売り場を移動した。
黒無地のTシャツを見ていた蓮が、一枚を手に取る。
「これさ、ロゴの入れ方、一人一個ずつ考えない?」
「一人一個?」
「俺ら五人で五種類作るんだよ。悠斗が一個、俺が一個、アキラ、シオン、ナナも一個ずつ」
「で、その五種類を全員が持つ?」
「そう」
「それいいな」
アキラも乗る。
ナナは蓮を見た。
「でも、みんなが着るんだからちゃんと考えてよね」
「分かってるって」
「蓮だけ変なの作りそうなんだもん」
「変なのじゃなくて、かっこいいやつな」
「その基準が心配なの」
「ひどくね?」
アキラが少し考えてから言った。
「じゃあ、まず下書きしたデザイン見せ合おうぜ」
「それがいいね」
ナナも頷く。
「下書き見せ合って、良さそうなら五種類とも作る感じ?」
悠斗が確認する。
「そうしようぜ。それで全員が五種類とも持つ」
「着る時は好きなの選べばいいしね」
「じゃあ全員同じになる日もあるな」
「全員違う日もありそう」
「その方が面白いじゃん」
五種類を一枚ずつ持つなら、Tシャツは一人五枚。ロンTも同じように五種類作ることになり、一人五枚ずつ選んだ。
「ロゴは正式なやつだけですか?」
アキラがカナメへ聞く。
「文字だけでもいい。白いNOXの文字か、正式な白ロゴ。配置は好きにしろ。ただし文字やロゴ自体は変えるな」
「結構遊べるな」
「胸に小さく文字だけでもよさそう」
アキラが言うと、四人の視線がシオンへ向いた。
「……何?」
「シオンも一種類考えるんだよ」
「俺も?」
「五人なんだから」
「普通のでいい」
「その普通を考えるの」
少し黙ってから、シオンは頷いた。
「……分かった」
◇
選んだ服をそれぞれ抱え、五人はレジへ向かった。
「じゃあ俺から」
アキラが商品を置き、財布を出す。
悠斗たちも後ろへ並んだ。
「それ、全部一緒で」
横からカナメが言った。
「え?」
カナメはカードを取り出す。
「これ全部、カードで」
「いや、カナメさん。俺ら自分で払いますよ」
「いい」
「でも五人分ですよ?」
「見れば分かる」
蓮も財布を持ったまま聞く。
「本当にいいんですか?」
「俺からの加入祝いだ」
五人が黙った。
「……カナメさん、そういうことするんですね」
アキラが言う。
「どういう意味だ」
「絶対、自分で買えって言うと思ってました」
「勘違いするな。今回だけだ。次からは自分で買え」
「ですよね」
ナナが笑った。
「ありがとうございます」
会計を終え、シオンが袋を受け取る。
蓮が横から覗き込んだ。
「シオン、もう一着買えばよかったのに」
「充分」
「せっかくカナメさんが払ってくれたのに?」
「充分」
「ほんと欲ないな」
◇
店を出ると、午後の通りには人が増えていた。
正式なスーツはNOX全体から。
今日買った服は、カナメ個人から。
五人が車へ向かおうとした、その時だった。
一台のパトカーが速度を落とす。
助手席の窓が開いた。
「……神谷くん?」
「アリサさん?」
桐生アリサだった。
その視線が悠斗、蓮、アキラ、シオン、ナナへ移り、カナメ、そして二台の黒いNOX車へ向かう。
「あなたたち、出てきたばかりよね」
「はい」
「で……何してるの?」
蓮が紙袋を持ち上げた。
「服買ってました」
アリサは紙袋を見て、それからカナメと黒いNOX車へ視線を移す。
「そう」
短く返したあと、悠斗を見る。
「神谷くん」
「はい?」
「少し話せる?」
悠斗は一度だけカナメを見た。
カナメは止めなかった。
「はい」
パトカーが路肩へ寄る。
黒いNOXの車と警察車両が、同じ通りに並んだ。
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