第5章 第144話 武器庫のルール
車庫での作業を終えた五人は、カナメに連れられて拠点の奥へ向かった。
加入して二日目。昨日から何度も歩いている建物なのに、まだ入ったことのない場所はいくつもある。
共用スペースを抜け、事務室の横を通る。途中、段ボールを抱えたユウキとすれ違った。
「お、今日は武器庫?」
「らしいです」
アキラが答えると、ユウキは少し楽しそうに笑った。
「ガクさんいるなら、分かんないこと勝手にやらない方がいいぞ」
「経験談?」
ナナが聞く。
「……助言」
「経験談だな」
「違うって」
後ろでそんな会話が続く中、カナメは立ち止まりもしない。
「置いていくぞ」
「はい!」
五人は慌ててその後を追った。
廊下の突き当たりには、他とは明らかに造りの違う扉があった。窓はなく、厚い金属製。壁には入退室を管理する端末が設置されている。
カナメが認証すると、重い音とともに鍵が外れた。
「入れ」
◇
武器庫へ足を踏み入れた悠斗は、少しだけ意外に思った。
もっと物々しい場所を想像していた。
壁一面に銃が並べられているわけでも、机の上に武器が無造作に積まれているわけでもない。
金属棚。
施錠された保管庫。
番号の振られた黒いケース。
弾薬や装備品ごとに分けられた収納箱。
奥には長い作業台があり、端末と複数の記録用紙が置かれていた。
油と金属の匂いが薄く漂っている。
「来たか」
作業台の前にいたガクが顔を上げた。
黒いシャツの袖を肘までまくっている。
視線がシオンで一度止まった。
「昨日言った構え、覚えてるか?」
「覚えてる」
「ならいい。後でまた見る」
「うん」
シオンの返事は短い。
だが、少しだけ目が鋭くなったのを悠斗は見逃さなかった。
カナメが扉を閉め、五人へ向き直る。
「最初に言っとく。ここは自由に出入りする場所じゃない。管理権限を持ってる奴を通せ」
「俺たちは?」
蓮が尋ねる。
「当然まだない」
「ですよね」
「それと悠斗、蓮、シオン、アキラ」
四人がカナメを見る。
「お前らは仮釈放中だ。組織の武器を好きに持ち出せると思うな」
空気が少しだけ引き締まった。
「必要がある時も、誰が何を持つかは上で決める。勝手に判断するな」
「はい」
悠斗は素直に頷いた。
自分たちがNOXに入ったからといって、刑務所を出たばかりという事実まで消えるわけではない。
ガクが作業台を軽く叩く。
「今日は武器を選ばせるために呼んだんじゃない。管理の仕方を覚えてもらう」
「管理?」
ナナが書類へ目を向ける。
「個人で一丁持ってるのと、組織で何十人分も管理するのは別物だ」
ガクが記録表を一枚持ち上げた。
「誰が持ち出した。何を持った。いつ返した。状態はどうだった。異常があったか。全部残す」
アキラが覗き込む。
「結構細かいですね」
「細かくしないと、なくなった時に誰も分からなくなる」
「銃が?」
「銃だけじゃない。弾薬、マガジン、ケース、装備品。何でもだ」
ナナが棚を見回した。
「人数増えたら大変そう」
「だから記録する」
ガクの答えは簡単だった。
◇
五人に任されたのは、返却品の整理と記録の照合だった。
四人の仮釈放組は、ガクの指示なしに銃そのものへ触れない。ケースの番号確認や付属品の仕分け、返却記録の照合を中心に進める。
ナナも同じ作業を行い、分からないものがあればその都度ガクへ確認した。
シオンだけは途中からガクの横へ呼ばれた。
「これ」
ガクが一つのケースを指す。
「開ける前に何を見る?」
「番号。返却した人。日付」
「他は?」
「状態欄」
「そう」
シオンが記録とケースを交互に見る。
「いきなり中身見ようとするな。先に記録。その後に現物だ」
「分かった」
以前なら、悠斗たちは自分たちが使う武器を自分たちで把握していれば済んだ。
だが目の前には、誰の物かすら一目では分からない同じようなケースが何段も並んでいる。
五人で顔を合わせて確認するやり方とは、最初から規模が違った。
「悠斗」
「はい?」
ガクに呼ばれ、悠斗は手元の記録へ視線を戻す。
「どうした?」
「これ……ケースは戻ってるんですけど、返却欄が空いてます」
隣にいたアキラも確認する。
「本当だ」
ガクがやってきて、番号と記録を見比べた。
「昨日の分か」
端末でも確認し、眉を寄せる。
「返した奴が記入してないな」
「中身が合ってても駄目なんですか?」
アキラが聞いた。
「駄目だ」
ガクは即答した。
「今日は物が合ってるからいい、で済ませたら、次に数が合わなくなった時どこから狂ったか分からなくなる」
ガクは無線を取った。
「昨日この番号返した奴、武器庫来い」
少しして返事が返る。
『……俺です。何かありました?』
「来れば分かる」
『その言い方怖いんですけど』
無線が切れた。
蓮が悠斗へ小声で言う。
「絶対行きたくない呼ばれ方だな」
「うん」
「そこ、聞こえてるぞ」
ガクが言った。
二人とも黙って作業へ戻った。
◇
数分後、若い構成員が武器庫へやってきた。
「ガクさん?」
ガクは怒鳴ることもなく、記録表を見せる。
「昨日これ返したな」
「あ……」
「返却記録」
「あー……書くの忘れてました」
「今確認して埋めろ」
「はい」
それだけだった。
男は記録を確認し、必要な欄を埋める。
「次から忘れるな」
「すみません」
男が出ていったあと、アキラが少し意外そうにガクを見る。
「もっと怒るかと思った」
「一回の書き忘れで怒鳴って何になる」
ガクは棚へケースを戻す。
「直させればいい。ただ、同じ奴が何回もやるなら話は別だ」
悠斗はその言葉を聞きながら、先ほどの記録表へもう一度目を落とした。
人数が増えれば、誰か一人の記憶だけには頼れない。
こういう地味な仕組みが、組織を動かしているのだろう。
「悠斗」
今度はカナメだった。
「また手止まってるぞ」
「あ、すみません」
隣でアキラが笑う。
「お前今日よく止まるな」
「考えてただけ」
「考えながら手を動かせ」
カナメがそのままアキラを見る。
「お前も止まってる」
「……はい」
今度はナナが笑った。
◇
一時間ほどで作業は終わった。
最後に記録と数を照合し、ガクが保管庫を施錠する。
「今日はここまで」
蓮が肩を回した。
「武器庫って聞いて、もうちょっと派手なの想像してました」
「何を期待してた?」
「壁に銃がずらっと並んでて……みたいな」
「そんな管理してたら、必要な時にどれが使えるか分からねえだろ」
「ですよね」
ナナが笑う。
「結局今日、ほぼ数字と箱だったね」
「でも必要だろ」
悠斗が言うと、ガクが頷いた。
「使うところだけ覚えても組織じゃ役に立たねえ。準備と管理ができて、初めて必要な時に使える」
その横で、シオンが保管庫を見ていた。
「ガクさん」
「何だ」
「昨日の続きは?」
「射撃か?」
「うん」
「今日はやらない。また時間取る」
ガクはシオンの肩へ軽く手を置いた。
「お前は慣れてる分、自己流の癖もある。そこから直す」
「分かった」
「他の四人も順番に見る。全員同じ教え方はしねえぞ。得意不得意が違うからな」
悠斗はそれを聞き、自然に四人を見る。
蓮。
シオン。
アキラ。
ナナ。
同じNOXへ入っても、同じ人間になるわけではない。
それぞれ違うものを任されるからこそ、五人でやってこられたのだ。
◇
武器庫を出ると、時刻は午後三時を過ぎていた。
カナメが廊下で足を止める。
「明日の確認だ。午後一時にここへ集合」
「スーツですよね」
ナナが聞く。
「ああ。店までは組織の車で行く」
「分かりました」
「遅れるなよ」
カナメが去ったあと、五人も共用スペースへ戻ろうと歩き始める。
その途中だった。
シオンの無線機から声が流れた。
『ソウからシオン。聞こえるか』
シオンがすぐ無線を取る。
「聞こえる」
『さっき言ってたレンジャー、知り合いの店に近い条件の一台が入るかもしれない』
シオンの足が止まった。
「本当?」
『まだ入るかもって段階だ。売りに出るかも、状態も分からん。期待しすぎるな』
「分かった」
『四ドアでホロ付きらしい。詳しいこと分かったら連絡する』
「お願い」
『了解』
無線が切れる。
ナナが隣からシオンの顔を覗き込んだ。
「嬉しそう」
「まだ決まってない」
「顔は決まってるけど」
「そう?」
アキラが笑う。
「今日、武器庫にいた時より反応いいぞ」
「どっちも好き」
「レンジャーと銃?」
「あと肉」
「結局そこ入るのかよ」
悠斗も思わず笑った。
明日は五人でスーツを作りに行く。
その先には、シオンが欲しがっていた車の話まで出てきた。
武器庫へ入る前より少しだけ足取りの軽くなったシオンを先頭に、五人は騒がしい共用スペースへ戻っていった。
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