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『引きこもり高校生、犯罪都市でギャングを始める ~友達ゼロだった俺の成り上がり~  作者: 阿鼻恭介
第5章

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第5章 第143話 残しておく印

 翌日の昼前。


 悠斗がNOXの拠点へ着くと、駐車場にはすでに見慣れた二台の車と、一台のバイクが並んでいた。


 アキラの黒い《ヴァレント・プラントS》。


 ナナの黒い《アルディス・セブンⅡ》。


 そして、蓮の《ヴァルカン・レイザー》。


 悠斗は白い《ヴェローチェ》を空いている区画へ停め、助手席から降りてきたシオンと一緒に車を出る。


「おはよ」


 セブンⅡのそばにいたナナが手を上げた。


「おはよう」


「悠斗たちで最後」


「まだ十分前だけど」


 悠斗がスマートフォンで時間を確認すると、プラントSにもたれていたアキラが笑った。


「蓮なんか三十分くらい前からいるぞ」


「そんなに?」


 悠斗がレイザーへ視線を向ける。


 当の蓮は車の周囲を歩きながら、ボディを眺めたり、少し離れて全体を確認したりしていた。


「昨日ソウさんに相談できなかったからな」


「だからって早すぎない?」


「車の話だぞ?」


「理由になってないよ」


「俺の中ではなる」


 シオンがレイザーを見て、淡々と言った。


「楽しそう」


「だろ?」


「呆れてる方」


「お前までアキラみたいなこと言うようになったな」


「俺はそこまで性格悪くねえぞ」


「おい」


 五人が話していると、NOXの車庫から三枝ソウが姿を見せた。


 黒い作業着姿で、片手には紙コップのコーヒーを持っている。


 蓮がすぐに近づいた。


「ソウさん」


「朝から圧が強いな」


「昨日の車の話なんですけど」


「覚えてる。忘れてねえよ」


「俺のレイザー――」


「逃げねえから少し待て」


「はい」


 返事だけは素直だったが、蓮はその場から離れなかった。


 ソウが紙コップを傾けながら、五人の顔を見回す。


「ちょうどいい。今日は先にお前らの個人車を見とくか」


「全部ですか?」


 悠斗が聞く。


「ここに持ってきてる分だけな。NOXの仕事に使える車と、そうじゃない車を整理する」


「すぐ全部NOX仕様にするんですか?」


「しねえよ」


 ソウは即答した。


「私用車まで全部黒くしろなんて話じゃない。仕事に出すなら条件を合わせろってだけだ」


 それを聞いて、悠斗は少しだけ肩の力を抜いた。


     ◇


 最初に確認したのはアキラのプラントSだった。


 ソウが車体の周囲を一周し、タイヤや灯火類、ボディの状態を目で追っていく。


「大きな問題はなさそうだな」


「そりゃ大事に乗ってますから」


「昨日給油残量ギリギリだった奴が言う台詞じゃねえぞ」


「それ俺じゃないです」


「ああ、別の馬鹿だったな」


「危なかった……」


 アキラが胸を撫で下ろし、蓮が笑う。


 ソウは車体後部へ回ったところで足を止めた。


「NOXの仕事に使うなら、ここは変えるぞ」


 視線の先には、白い《Placeholder》のステッカーがある。


 アキラもそちらを見る。


「……やっぱ、これですよね」


「ああ」


 加入初日にカナメから聞いている。


 NOXとして表へ出す車に、別のグループの看板を残すことはできない。


「私用のままなら、そのままでもいい」


 ソウはそう付け加えた。


「どうする?」


 アキラは少しだけ考えたあと、プラントSを見た。


「仕事でも使えるようにしたいです」


「なら外す」


「お願いします」


 返事はいつもより少しだけ静かだった。


 次はナナのセブンⅡ。


 小柄な車体の周囲を見ながら、ソウがタイヤへ視線を落とす。


「昨日も乗ってたな」


「夜も乗りました」


「どこ行った?」


「ブルームーン」


「仕事か?」


「辞めるって言いに」


 ソウが一瞬だけ顔を上げる。


「そうか」


「昨日で店員終わりです」


「なら今日から客だな」


「レイさんにも同じこと言われました」


 ナナが少し笑う。


 それ以上、ソウは踏み込まなかった。


 後部には、こちらにもPlaceholderのステッカーが残っている。


「これも仕事に使うなら外す」


「うん」


「私用だけなら残していい」


 ナナはステッカーを見つめた。


 セブンⅡは、買ってからまだそれほど長くない。それでもブルームーンへの通勤や、四人がいなかった間の移動にも使ってきた。


 これからは同じバイクをNOXの仕事にも使えるようにする。


「外す」


 ナナは決めた。


「仕事でも使いたいから」


「了解」


     ◇


 蓮の番になると、少なくとも本人だけは明らかに楽しそうだった。


 ソウはレイザーの周囲を歩き、足回りを覗き込む。


「サス触ってるな」


「少し前に」


「ブレーキも?」


「はい。エンジンも」


「結構やってるな」


 褒められたと思ったのか、蓮の口元が緩む。


「で、仕事でも使いたいんだろ?」


「もちろん」


「ならNOX車として使える仕様にしないとな」


 蓮がすぐに聞く。


「ボディも?」


「NOXで出すなら黒が基本だ」


 ソウは車を眺めながら続ける。


「ただ、どう仕上げるかは一回ちゃんと決めた方がいい。塗装を触るなら、ホイールや細かい差し色とのバランスもある」


「全部真っ黒じゃなくていいんですよね?」


「ベースが黒ならな。細かい差し色まで統一してない」


「キャリパーは?」


「好きにしろ」


「ホイールは?」


「好きにしろ」


「ライトは?」


「好きにしろ」


「アンダー――」


「好きにしろ。ただし仕事中に目立つ使い方して怒られても俺は知らん」


「了解です」


 蓮の返事だけやけに早い。


 アキラが横から口を挟んだ。


「お前もう頭の中で完成してるだろ」


「七割くらい」


「七割もできてんのかよ」


 ソウは呆れながら紙コップの残りを飲んだ。


「塗装までここで全部やるわけじゃない。やるなら付き合いのある店に持っていく」


「いつ行けます?」


「だから焦るな」


「今日?」


「行かねえ」


「じゃあ明日」


「明日はお前ら、別の予定あるだろ」


 そこで悠斗が思い出した。


「あ、スーツ」


 カナメから加入初日に言われていた。


 五人とも予定を空けておけ、と。


 NOXの正式な黒いスーツを仕立てるため、明日は御用達の店へ向かうことになっている。


 蓮も思い出したらしく、露骨に残念そうな顔をした。


「じゃあ明後日」


「予定次第だ」


「店に連絡だけでも――」


「後で俺がやる」


「お願いします」


「お前、車の時だけ返事がいいな」


「いつもいいですよ」


「それはない」


「全員で否定するのやめろよ」


     ◇


 最後は悠斗のヴェローチェだった。


 白いボディの前で、ソウが足を止める。


「これは仕事に使うなら分かりやすいな」


「黒にする必要がありますよね」


「ああ」


 悠斗は自分の車を見る。


 中古で買った時は深い緑色だった。


 そこから白へ塗り替え、少しずつ手を入れて、自分の車になってきた。


 リアにはPlaceholderのステッカーも残っている。


「どうする?」


 ソウに聞かれた。


 黒くすればNOXの仕事にも使える。


 けれど、今すぐ変えたいとは思わなかった。


 白いヴェローチェで仲間と走った時間は、まだ悠斗の中で新しい。


「……しばらく、このままで乗ります」


 蓮が振り向く。


「黒にしないの?」


「今はいいかな」


「仕事で使えないぞ?」


「その時はNOXの車借りればいいし」


 悠斗は白いボディへ目を向けたまま言った。


「まだ、この色で乗りたい」


 ソウは理由を深く聞かなかった。


「ならそれでいい」


「いいんですか?」


「さっきも言っただろ。個人の車まで全部NOX仕様にする必要はない」


 それだけだった。


「必要になった時に考えろ」


「はい」


 悠斗は頷いた。


     ◇


 車庫の中から、ソウが工具箱とは別のケースを持ってきた。


 中には小型のヒートガンや樹脂製のヘラ、クリーナー、クロス、それに何枚かの剥離紙が入っている。


「外すなら自分でやるか?」


「やります」


 アキラが即答した。


 ナナも手を挙げる。


「私も」


「じゃあボディ焼くなよ。温めすぎんな」


「怖いこと言わないでくださいよ」


 まず車体表面の汚れを軽く落とし、ステッカーの端へ少しずつ熱を当てる。


 粘着が柔らかくなったところで、アキラは樹脂製のヘラを差し込んだ。


「うわ……緊張するな」


「貼った時より?」


「別の意味で」


 白いステッカーが、ゆっくりと黒いボディから離れていく。


 無理に引っ張らず、角度を浅く保ちながら剥がしていく。


 隣ではナナも同じようにセブンⅡのステッカーへ手をかけていた。


「急ぐなよ」


 ソウが見ながら言う。


「分かってる」


 やがてアキラが一枚を綺麗に剥がし終えた。


 手のひらに残ったPlaceholderの文字を見て、少しだけ動きが止まる。


「……これ、どうしよう」


「捨てるならゴミ箱」


 シオンが答える。


「いや、捨てねえよ」


 アキラはすぐに言った。


 ソウがケースから剥離紙を一枚出して渡す。


「残すならこれに貼っとけ。そのまま持つと粘着面にゴミ付くぞ」


「ありがとうございます」


 アキラは慎重にステッカーを貼り直した。


 少し遅れて、ナナも剥がし終える。


「私もそれ欲しい」


「ほら」


「ありがと」


 ナナも同じように剥離紙へ貼る。


 悠斗は二人の手元を見ていた。


 正式なギャングでもなかった頃、五人で決めて作った印。


 表から外しても、それまでの時間まで消えるわけではない。


 それだけで十分だった。


     ◇


 ステッカーを外した跡には、わずかに糊が残っていた。


「このまま新しいの貼るの?」


 ナナが聞く。


「貼らねえよ」


 ソウはクリーナーをクロスへ染み込ませる。


「糊落として、表面整えてから。せっかく貼るのに下が汚かったら格好悪いだろ」


「確かに」


 アキラも自分の車を覗き込む。


 残った粘着を丁寧に拭き取り、最後に脱脂する。


 そこまで終えてから、ソウが白いNOXステッカーを数種類取り出した。


 どれも同じロゴだが、大きさが違う。


「位置はある程度選べる。見えなきゃ意味ないけどな」


「俺、ここがいい」


 アキラはリア側のボディを指した。


「一回仮で合わせるぞ」


 ソウがマスキングテープで軽く位置を取る。


 一度離れて全体を見る。


「もう少し上じゃない?」


 蓮が口を出す。


「お前の車じゃねえ」


「見るだけならいいでしょ」


「俺も今そっちの方がいいと思った」


「ほら」


「うるせえな」


 アキラ自身も数歩下がって確認し、結局少しだけ上へ動かした。


 ナナのセブンⅡには、車体に合う小さめのロゴを選ぶ。


「これくらい?」


「その方が収まりいいな」


「じゃあここ」


 位置が決まると、空気が入らないようゆっくり圧着していく。


 数分後。


 黒いプラントSとセブンⅡには、それまでとは違う白い印が入っていた。


「……おお」


 アキラが腕を組み、少し離れて自分の車を見る。


「思ったより変わるな」


 ナナもセブンⅡをぐるりと回った。


「急にNOXの車っぽくなった」


「仕事に出せるようになっただけだ。勘違いして好き勝手すんなよ」


「しませんって」


 ソウの注意に、ナナが笑う。


 蓮は羨ましそうに二台を眺めていた。


「俺も早くやりてえ……」


「明後日までその話禁止な」


「二日もある」


「二日しかない」


 シオンが淡々と言う。


「お前は車ないから言えるんだよ」


 蓮に言われ、シオンは少し考えるように間を置いた。


「レンジャー欲しい」


 その一言に、ソウがシオンへ顔を向けた。


「《ヴァルカン・レンジャー》だったか?」


「うん」


「四ドアの大型四駆だろ」


 シオンが頷く。


「ホロ外せるやつ」


「ああ。状態いいのがあれば探しといてやるよ」


 シオンの目がわずかに見開いた。


「……本当?」


「見つけるだけならな。値段も状態も個体差あるし、出てきたからって無理に買う必要はねえ」


「お願い」


 普段より返事が少しだけ早い。


 ナナがそれに気づいて笑った。


「シオン、めっちゃ欲しいんじゃん」


「欲しい」


「即答だ」


 アキラも笑う。


「肉の時と同じくらい迷わねえな」


「肉もレンジャーも欲しい」


「並べるものじゃないだろ」


 ソウも少し口元を緩めた。


「条件あるなら言っとけ」


 シオンはすぐに答える。


「四ドア。ホロ外せる。変なのじゃないやつ」


「最後が一番難しいな」


「ちゃんと走ればいい」


「分かった。良さそうなの出たら声かける」


「ありがとう」


 蓮がすかさず割って入る。


「俺のレイザーより先に話進めないでくださいよ」


 ソウが眉を寄せる。


「お前はもう車持ってるだろ」


「そういう問題じゃないんです」


「どういう問題だよ」


「気持ちの問題です」


「面倒くせえな、お前」


 アキラとナナが笑い、シオンだけが満足そうにレンジャーの名前を小さく呟いていた。


     ◇


 作業が終わった頃、カナメが車庫へ姿を見せた。


「終わったか?」


「プラントSとセブンⅡは、NOXの仕事にも出せます」


 ソウが答える。


「レイザーは本人が仕事用にする方向で考えてる。仕様はこれから。ヴェローチェは当面私用のままだ」


 カナメは悠斗を見る。


「それでいい」


「はい」


「白いまま仕事に出すなよ」


「分かってます」


 それだけ確認すると、カナメは五人を見渡した。


「今日は次、武器庫だ」


 蓮の表情が変わる。


「武器庫?」


「ガクが待ってる。棚とケースの整理、返却品の確認、記録の付け方を覚えろ」


「撃つんですか?」


 アキラが聞く。


「今日は撃たない」


 カナメは即答した。


「勝手に触るな。勝手に持ち出すな。分からない物はガクに聞け。武器は車以上に管理を間違えるな」


「はい」


 四人が答える中、シオンだけはいつも通り静かだったが、視線はすでに車庫の出口へ向いていた。


 蓮がその横顔を見る。


「武器庫も楽しみだけど、今はレンジャーの方が気になってるだろ」


「両方」


「欲張りだな」


「蓮に言われたくない」


「それはそう」


 ナナが笑う。


 五人が車庫を出ようとする中、悠斗は最後に一度だけ振り返った。


 白いNOXのロゴが入った、黒いプラントSとセブンⅡ。


 その近くには、まだPlaceholderの印を残したヴェローチェとレイザーがある。


 アキラとナナが剥がしたステッカーも、捨てられずに剥離紙の上へ残っていた。


「悠斗、行くぞ」


 アキラの声が飛んでくる。


「ああ」


 悠斗は前を向き、仲間たちの後を追った。


 NOXへ入って二日目。


 まだ知らない規則も、触れたことのない仕事も多い。


 次に覚えるのは、彼らがこれまで何度も使ってきたものとは違う――組織として武器を扱うためのルールだった。

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