第5章 第141話 黒い車列
共用スペースへ戻ると、カナメは長机の前に立っていた。
呼ばれた五人のほかにも、三枝ソウと榊ユウキ、それから悠斗がまだ名前を覚えていない構成員が二人いる。
「揃ったな」
カナメは時計を確認すると、机の上に置いていた紙へ視線を落とした。
「今日はこれで終わり――と言いたいところだが、最後に一つ仕事がある」
「仕事?」
それまで椅子の背にもたれていた蓮が、途端に身体を起こした。
「何するんです?」
朝から備品整理や車庫の掃除、先輩について回りながらの雑用が中心だっただけに、仕事という言葉には素直に興味を惹かれたらしい。
アキラも机の方へ身を寄せる。
「俺らも行く?」
「ああ。北側の倉庫から荷物を回収して、別の保管場所へ運ぶ」
「中身は?」
「車両部品、無線の予備、日用品。それと拠点運営用の現金が少し」
強盗でも銃撃戦でもない。
それでも、NOXの組織内で必要な物を動かす仕事なのだと分かる。
「今日は大人数で動く必要もない。ただ、お前らに複数台で動く時の基本を覚えさせるにはちょうどいい」
蓮がすぐに食いついた。
「何台ですか?」
「三台」
「運転は?」
「お前じゃない」
「ですよね」
今度は大げさに落ち込まず、蓮は素直に頷いた。
ソウが笑う。
「初日から組織車任されると思うなよ」
「一応聞いただけです」
「目が本気だったぞ」
◇
今回使うのは、黒い四ドアセダン二台とSUV一台だった。
先頭のセダンはソウが運転し、悠斗が助手席、ナナが後部座席。
中央のSUVはNOX構成員の高城レンがハンドルを握り、蓮とシオンが同乗する。
最後尾のセダンは真鍋コウが運転し、アキラが助手席へ入った。
五人を一台にまとめなかったのは、明らかに意図的だった。
「本当に分けるんだな」
蓮がSUVのドアへ手をかける。
ソウが鍵を回しながら答えた。
「五人だけで固まるなって言われただろ」
「はい」
「今日は運転じゃなくて、周り見とけ」
「分かりました」
近くでユウキが荷物用のチェック表を確認している。
「出る前に燃料も見とけよ」
ソウがユウキを見る。
「お前が言うと微妙だな」
「俺は空にした本人じゃないですから」
「棚は間違えてたけどね」
ナナが言う。
「もうそれ引っ張る?」
短い笑いが起こる。
ソウが手を叩いた。
「燃料、タイヤ、無線。確認したら出るぞ」
それぞれが車へ散っていく。
悠斗は先頭車の助手席へ乗り込み、シートベルトを締めた。
フロントガラス越しに、後方へ並ぶ黒いSUVとセダンが見える。
エンジン音が順番に重なり、NOX用の無線へ声が入った。
『二番、準備できてます』
『三番も問題なし』
ソウが返す。
「一番了解。出るぞ」
三台がゆっくりと敷地を出た。
バックミラーの中に、黒いSUVと最後尾のセダンが順に入る。
悠斗は何となく一度、もう一度とミラーへ目をやった。
「神谷」
「はい?」
「後ろ気にしすぎ」
ソウが前を見たまま言う。
ナナが後部座席から笑う。
「絶対嬉しいんだよ」
「……まあ、ちょっと」
「今日はちゃんとちょっと?」
「たぶん」
◇
街へ出ると、三台は意外なほど普通に走った。
信号は守る。
前の車へ詰めすぎない。
交差点では周囲を確認する。
昼から夕方へ変わる時間帯で、道路には配送トラックやタクシー、仕事帰りらしい乗用車が増え始めていた。
少し先では派手なスポーツカーが無理な車線変更をして、後ろから長くクラクションを鳴らされている。
その車を見た蓮が、すぐ無線へ入った。
『今の車、いいな』
ソウが眉をひそめる。
「仕事中に車の感想流すな」
『一言だけです』
アキラの声が続く。
『どうせ帰ったら調べるんだろ』
『もう車種分かった』
『早えよ』
無線に小さな笑いが混じった。
次の交差点では、一般車がSUVと最後尾の間へ入る。
悠斗がミラーを見る。
「間に入られましたね」
「別にいい」
ソウは速度を変えない。
「三台で動くからって、ずっとぴったり並ぶ必要はない。一般車を押しのけてまで形を保つ方が面倒だ」
少しして、後ろから無線が入った。
『二番、信号引っかかった』
ソウがすぐ返す。
「一番了解。次の大通り入ったら少し落とす」
『了解』
ミラーからSUVが消える。
けれど誰も慌てない。
先頭車は次の大通りで速度を落とし、しばらくすると後方から黒いSUVとセダンが追いついてきた。
「こういう感じなんですね」
「そういう感じ」
ソウが言う。
「見栄えのために走るわけじゃない。状況に合わせろ」
「追われてる時は?」
「もっと崩す。三台固まって逃げたら、まとめて追われることもあるからな」
悠斗は頷いた。
同じ黒い車が並んでいる姿は確かに目を引く。
でも、実際の動きは思っていたよりずっと合理的だった。
◇
北側の倉庫へ着く頃には、陽がかなり傾いていた。
高い壁に夕日が反射し、搬入口のコンクリートが赤みを帯びている。
三台は順番に裏手へ入り、停車した。
「新人、降りろ」
ユウキの声で全員が車を降りる。
シャッターの向こうには、段ボール箱や小型ケースがいくつも積まれていた。
蓮が箱を見て眉を寄せる。
「また荷物か」
アキラが笑う。
「ギャング入ったら荷物運ばなくて済むと思ってた?」
「もっと危ないもん運ぶのかと思ってた」
ナナが首を傾げる。
「危ない物でも箱に入ってたら結局運ぶでしょ」
「それはそう」
シオンが大きめの箱を持ち上げる。
「重い」
「中身何?」
蓮が聞く。
「オイル」
「そりゃ重いわ」
悠斗も別の箱を抱えた。
中にはフィルター、交換用ライト、整備用品。
別の箱には無線機の充電器や予備バッテリーが入っている。
どれも派手ではない。
だが、こういう物がなければ車も通信も回らない。
最後に出てきた小型ケースだけは、ユウキが自分で持った。
アキラが目を向ける。
「それ、現金?」
「そう。拠点経費」
「いくら?」
「新人に教えると思う?」
「聞くだけなら無料かなって」
「その性格、エマさんと相性いいかもな」
「褒めてる?」
「半分」
普段は抜けたところのあるユウキも、そのケースだけは冗談をやめて自分の手元から離さなかった。
悠斗はそれを横目で見ながら、荷物をSUVへ積み込んでいく。
◇
積み込みが終わると、カナメから無線が入った。
『運搬組、状況』
ソウがすぐに返す。
「積み込み完了。問題なし。これから第二保管庫へ向かいます」
『了解。終わったら帰投』
「了解」
短いやり取りで終わる。
悠斗は無線を聞きながら、五人だけで動いていた頃との違いを考えた。
以前なら、仲間の誰かが状況を知っていれば大きく困らないことも多かった。
NOXでは複数の人間が、別々の場所で同時に動いている。
どこに誰がいるのか。
予定通りなのか。
問題は起きていないか。
必要な情報が上へ届かなければ、全体の判断が遅れる。
「ソウさん」
「ん?」
「こういう報告って毎回するんですか?」
「必要なとこだけな」
「細かいこと全部じゃなくて?」
「全部流したら無線が埋まるだろ」
ソウが笑う。
「出た、着いた、終わった、問題が起きた。まずはそれでいい」
ナナが後ろから頷く。
「情報って多ければいいわけじゃないもんね」
「そういうこと。言わなさすぎても困るし、何でも喋る奴も困る」
悠斗は小さく頷いた。
人数が増えれば、話す量ではなく、何を伝えるかが大事になるらしい。
◇
第二保管庫へ向かう途中、交差点の反対側にパトカーが一台停まっていた。
警察官が路肩で一般車の運転手と話している。
軽い接触事故でもあったらしい。
三台の黒い車が通りかかると、一人の警察官がこちらへ視線を向けた。
車体に入った白いNOXロゴにも気づいたようだった。
それでも、何か違反をしているわけではない。
警察官は追ってこず、こちらもそのまま通り過ぎる。
蓮の声が無線へ入った。
『今、警察こっち見てたな』
高城レンが返す。
『そりゃ見るだろ』
『まあそうか』
ソウも続ける。
「何もしてないなら普通に走れ」
『了解』
それだけで会話は終わった。
悠斗は窓の外を見た。
NOXのロゴを入れた車で走れば、目立つ。
市民にも。
警察にも。
昨日までと同じように街を走っていても、自分たちを見る側の反応は少し変わる。
その意味を、これから覚えていくことになるのだろう。
◇
第二保管庫で荷物を降ろし終える頃には、空が薄紫へ変わっていた。
帰り道、蓮の声が無線へ入る。
『一番、質問』
ソウが嫌そうな顔をする。
「どうぞ」
『帰ったらレイザーの色、相談していいです?』
「今する話か?」
『忘れそうだから』
すぐにアキラが割り込む。
『お前が車のこと忘れるわけねえだろ』
『確かに』
『納得すんな』
ナナが後ろで笑う。
ソウも呆れながら送信する。
「帰ってから聞く。今は運転しろ」
『俺、助手席です』
一瞬だけ無線が静かになった。
「……じゃあ黙って乗ってろ」
三台から笑い声が重なる。
悠斗も耐えきれず笑った。
思っていたギャング生活より、ずっと地味だ。
荷物を運んで、報告をして、信号で離れて、どうでもいい車の話をする。
派手な銃撃もなければ、警察との逃走もない。
それなのに、妙に楽しかった。
◇
拠点へ戻る頃には街灯が点き始めていた。
三台が順番に敷地へ入り、それぞれ決められた場所へ停まる。
ソウがエンジンを切った。
「終わり」
蓮がSUVから降り、肩を伸ばす。
「初仕事、荷物運びで終わったな」
「不満?」
ナナが聞く。
蓮は少し考えてから首を振った。
「いや。思ったより楽しかった」
「俺も」
悠斗が答える。
アキラが笑う。
「悠斗は黒い車三台で走れただけで十分だっただろ」
「まあ……それもある」
そこへカナメが建物から出てくる。
「問題は?」
「ありません」
ソウが答えた。
「なら今日は解散していい」
アキラがすぐ反応する。
「今度こそ本当に?」
「何だ。まだ荷物運びたいのか?」
「帰ります」
「即答だな」
五人も帰る準備を始める。
シオンは迷う様子もなく、悠斗のヴェローチェの方へ歩いていった。
「今日も乗る?」
悠斗が聞く。
「うん」
「分かった」
その横で、蓮だけは車庫の方を気にしている。
カナメが気づいた。
「明日は昼からでいい。それと、自分の車をNOX仕様にしたい奴はソウに相談しろ。勝手に触って失敗しても知らん」
蓮が即座に振り返る。
「今から相談していいですか?」
「帰れ」
「まだ七時前ですよ?」
「ソウにも生活がある」
「あ」
少し離れた車庫から本人の声が飛んでくる。
「明日にしろ!」
「はい!」
また笑いが起きた。
悠斗はヴェローチェの鍵を取り出しながら、拠点を振り返った。
黒い車。
白いロゴ。
まだ途切れず流れている無線。
建物の中から聞こえてくる何人もの声。
今日やったことは、掃除と荷物運びがほとんどだった。
それでも、NOXという組織がどうやって日々動いているのか、少しだけ見えた気がする。
助手席へ乗り込んだシオンを確認し、悠斗も運転席へ座る。
明日もまた、ここへ来る。
その予定が、もう特別な出来事ではなく、少しずつ自分の日常へ変わり始めていた。
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