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『引きこもり高校生、犯罪都市でギャングを始める ~友達ゼロだった俺の成り上がり~  作者: 阿鼻恭介
第5章

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第5章 第140話 NOXの看板

 昼を回る頃には、拠点の空気にも少し慣れてきた。


 朝から別々の場所へ散らされた五人は、昼食の時間になっても全員が揃わなかった。


 蓮はまだ車庫。


 シオンはガクに連れられたまま戻っていない。


 ナナは奥の部屋で何かの在庫表と格闘中。


 アキラだけが先に戻ってきて、ソファに身体を沈めていた。


「俺、午後も荷物だって」


 紙コップの飲み物を片手に、アキラがうんざりした顔をする。


「ギャング入った初日にもっとこう……悪そうなことすると思ってた」


「朝からずっとそれ言ってない?」


「夢くらい見させろよ」


 悠斗が笑ったところで、背後からカナメの声がした。


「神谷」


「はい」


「午後は東雲について行け」


 聞き覚えのある名前に、悠斗は少し姿勢を正した。


 東雲エマ。


 NOXの交渉や対外的なやり取りを担当している人物だ。


 これまで顔を合わせたことはあるが、まともに二人で話したことはほとんどない。


「何をするんですか?」


「聞けば分かる」


「はい」


「今日は見るのが仕事だ。勝手に仕切るなよ」


「しません」


「ならいい」


 カナメが去っていく。


 アキラが羨ましそうに悠斗を見る。


「エマさんか。俺そっち行きたい」


「お前は荷物」


「分かってるよ」


     ◇


 十分ほど後。


 悠斗は拠点の駐車場で、黒い四ドアセダンの助手席に座っていた。


 朝に見た車とは別の一台で、NOXのロゴはリアウインドウの端に小さく入っているだけだった。


 運転席のエマは黒い薄手のジャケット姿で、袖を軽くまくっている。


「緊張してる?」


 エンジンをかけながら聞かれた。


「少し」


「正直でいいね」


 エマは笑ってシートベルトを締める。


「今日は大したことしないよ。倉庫に寄って、頼んでた物を受け取って、ついでに二か所顔出すだけ」


「俺は?」


「助手席」


「本当に見るだけ?」


「最初はね」


 セダンがゆっくり駐車場を出る。


「話した方がいいと思った時は話していい。でも、相手が誰かも分からないのに先に口を出さない。それだけ覚えて」


「分かりました」


「あと、私に全部合わせなくていいからね」


「え?」


「交渉って人によってやり方違うし。私の真似したから上手くなるわけじゃない」


 柔らかい言い方なのに、言葉の中身ははっきりしている。


 悠斗は素直に頷いた。


     ◇


 中央地区へ向かう途中、エマはガソリンスタンドへ入った。


「朝、燃料入ってなかった車があったらしいですね」


「もう聞いた?」


「車庫で騒ぎになってました」


「ソウ、怒ってたでしょ」


「かなり」


「昔からああいうの嫌いだから」


 エマが給油口側をスタンドへ寄せる。


「犯罪で警察に捕まるより、ガソリン入れ忘れてソウに怒られる方が怖いって言う子もいるよ」


「そんなに?」


「ちょっと盛った」


 エマが何でもない顔で答え、悠斗は思わず笑った。


 給油を終え、再び大通りへ出る。


 昼過ぎの道路は混んでいた。


 配送トラック。


 タクシー。


 観光客を乗せたバス。


 隣の車線では派手なスポーツカーが無理に前へ出ようとして、後ろの車からクラクションを浴びている。


 悠斗がぼんやりそちらを眺めていた時だった。


「うわ」


 エマが短く声を上げる。


 路肩に停まっていた配送バンが、こちらを確認しないまま前へ出てきた。


 エマがすぐにブレーキを踏む。


 大きな衝撃ではなかった。


 それでも、鈍い音とともにバンの後部がセダンの左ミラーへ触れた。


 バンが慌てて停止する。


「……当たりましたね」


「当たったね」


 エマは怒るでもなく、ハザードを出して路肩へ寄せた。


     ◇


 配送バンから降りてきたのは、三十代くらいの男だった。


「す、すみません!」


 駆け寄ってきた男は、最初こそ車のミラーを見ていた。


 だが、次にリアウインドウの白いNOXロゴへ気づいた瞬間、明らかに顔色が変わった。


「いや、本当に……その、わざとじゃなくて」


「分かってます」


 エマは傷を確認する。


 ミラーの外側に細い擦り傷ができた程度で、割れてはいない。


「動くね」


「修理代、払います。今すぐでも」


 男は慌てて財布まで出そうとした。


 エマがそれを手で制する。


「ちょっと待って」


「でも……」


「先に普通に事故の話しよう。NOXだからって財布出さなくていいから」


 男が動きを止める。


 悠斗も黙ってその様子を見ていた。


 男は怖がっている。


 エマが怒鳴ったわけでも、脅したわけでもない。


 ただ車に小さなロゴがあるだけだ。


 それだけで、相手の態度が変わった。


 ほどなくして、近くを走っていたパトカーが路肩の二台に気づいて停車した。


 降りてきた警察官が車と二人を順番に確認する。


「接触事故?」


「そうです」


 エマが答える。


「向こうが出る時に左ミラーへ当たりました。怪我人なし。車も自走できます」


「そっちは?」


 警察官が配送バンの男へ確認する。


「俺が確認不足で……すみません」


「謝るのは後でいいから。免許と車両情報出して」


 警察官はNOXのロゴにも気づいていた。


 視線が一度そこへ止まる。


 だが、それだけだった。


 エマにも男にも同じように必要な確認をしていく。


 悠斗はそのやり取りを助手席の横で静かに見ていた。


 ギャングの車だからといって、それだけで警察が何かしてくるわけではない。


 反対に、NOXだから事故が無かったことになるわけでもない。


 必要な確認を終えると、警察官は二人へ告げた。


「大きな事故じゃなくてよかったけど、ここ交通量多いから気をつけて」


「はい」


「分かりました」


 配送バンの男は最後まで何度も頭を下げていた。


     ◇


 再び車へ乗る。


 エマはミラーを確認し、問題なく角度が変わることを確かめてから発進した。


 しばらく走ったところで、悠斗が口を開く。


「あの人、ロゴ見てから急に変わりましたね」


「うん」


「いつもあんな感じなんですか?」


「人によるかな」


 エマは前を見たまま答える。


「NOXを嫌う人もいるし、怖がる人もいる。近づきたがる人もいるよ」


「……便利そうですね」


「便利だよ」


 即答だった。


「でも便利だからこそ、使い方を間違えると面倒になる」


 悠斗がエマを見る。


「さっきだって、あの人に『NOXの車にぶつけたんだから十倍払え』って言えば、たぶん払おうとしたと思う」


「はい」


「一回だけなら得するね」


 信号が赤になり、セダンが静かに止まる。


「でも、そういうこと続けてたら、この街の店も人も、NOXを見たら逃げるようになる」


 エマは横目で悠斗を見た。


「看板って、相手を怖がらせるためだけにあるんじゃないよ」


「……信用も含まれる?」


「そういうこと」


 信号が青へ変わる。


 セダンが再び動き出した。


「交渉って、相手を言い負かすことじゃないからね」


 悠斗は、その言葉を頭の中でもう一度繰り返した。


     ◇


 目的の倉庫へ着くと、エマは注文していた備品を確認し、担当者と短く話を済ませた。


 相手はNOXと昔から付き合いがあるらしく、必要以上に怯えることもなければ、妙に媚びることもない。


「いつもの金額でいい?」


「もちろん」


「じゃあこれで」


 エマが支払いを済ませる。


 担当者が笑った。


「新入り?」


「そう」


 視線が悠斗へ向く。


「若いね」


「あ、はい」


「頑張れよ。この人、笑ってるけど怒ると怖いから」


「余計なこと言わない」


「ほら怖い」


 悠斗が思わず笑う。


 数分後、荷物を積んで車へ戻ると、エマが運転席のドアを開けながら言った。


「今の人、十年以上NOXと取引してる」


「そんなに?」


「長く付き合える相手って大事なんだよ」


 さっきの事故の話と繋がった。


 名前の力だけで押し通せば、一度の得はできる。


 けれど、同じ街で何年も活動するなら、それだけでは続かない。


「神谷くん」


「はい」


「今日、何もしてないって思ってる?」


 突然聞かれた。


「……ちょっと思ってました」


「じゃあ十分」


「え?」


「見て考えてたなら、それが今日の仕事」


 エマはそう言って車へ乗り込んだ。


     ◇


 拠点へ戻ったのは夕方前だった。


 駐車場へ入ると、朝より車が増えている。


 車庫の方では蓮がソウと何か話し込み、少し離れたところではシオンがガクに姿勢について注意されている。


 建物の入口ではアキラが荷物を抱え、ナナは知らない女性構成員とスマートフォンを見ながら話していた。


 一日しか経っていないのに、五人がそれぞれ別の場所へ少しずつ混ざり始めている。


「おかえり」


 ナナが悠斗に気づいて手を上げた。


「どうだった?」


「車ぶつけられた」


「初日から?」


 蓮までこちらを見る。


「どこ!?」


「そこ食いつく?」


「傷は?」


 エマが苦笑する。


「まず私たちの心配しなよ」


「怪我してないじゃないですか」


「そうだけど」


 蓮はもうミラーを確認しに行っていた。


 悠斗が笑っていると、耳元のNOX無線にカナメの声が入る。


『新人五人、戻ってるなら共用スペースに集まれ』


 蓮がミラーから顔を上げる。


「今度は何だ?」


 アキラが荷物を置きながら答える。


「雑用第二弾じゃね?」


 シオンがぼそりと言った。


「飯ならいい」


「お前はそれしかないのかよ」


 五人が笑いながら建物へ向かう。


 朝までは、知らない人ばかりだった場所。


 それが夕方には、もう少しだけ違って見えていた。


 悠斗も四人の後を追い、NOXの拠点へ戻っていった。

お読みいただきありがとうございます。

ブックマークや評価をいただけると励みになります。


そして本日はここまで明日も5話投稿します。

よろしくお願いいたします。

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