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『引きこもり高校生、犯罪都市でギャングを始める ~友達ゼロだった俺の成り上がり~  作者: 阿鼻恭介
第5章

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第5章 第138話 NOXの一日目

 翌朝。


 悠斗がヴェローチェで待ち合わせ場所のスーパーへ着いた時、約束の時間まではまだ二十分ほど残っていた。


 昨日、カナメから最後に言われた言葉が頭に残っている。


『遅刻するな』


 初日からそれだけは避けたかった。


 エンジンを切ってしばらく待っていると、黒いプラントSが駐車場へ入ってくる。


 続いてレイザー。


 さらに少し遅れて、ナナのセブンⅡも姿を見せた。


 蓮はレイザーを停めて降りるなり、スマートフォンで時間を確認した。


「十五分前。完璧」


「それを毎回やればいいんだよ」


 アキラがプラントSのドアを閉める。


「今日くらいは遅れねえって」


「今日くらい?」


「言い方の問題だろ」


 ナナもセブンⅡを停め、ヘルメットを外した。


「シオンは?」


「もう来てるよ」


 悠斗がスーパーの入口を指す。


 ちょうどシオンが紙袋を片手に店から出てくるところだった。


「何買ったの?」


 ナナが聞く。


「朝飯」


「食べてなかったの?」


「途中で腹減った」


 紙袋からサンドイッチの包みが覗いている。


 蓮が笑った。


「ギャング初日の集合前にスーパーで朝飯買ってる奴、たぶんお前くらいだぞ」


「時間には間に合ってる」


「それはそう」


 シオンはここまでは一人で来ていたため、NOXの拠点までは悠斗のヴェローチェへ乗ることになった。


 五人揃った。


 顔ぶれは昨日までと同じなのに、今日だけは少し違って見える。


 昨日、自分たちは五人まとめてNOXへ入ると決めた。


 そして今日から、本当にその中で過ごすことになる。


「じゃあ行こうか」


 悠斗が言うと、四人がそれぞれ車へ戻った。


     ◇


 NOXの拠点へ着いたのは、指定時刻の十分前だった。


 敷地へ入ったところで、助手席のシオンが窓の外を見る。


「黒い」


「やっぱ気になるよな」


 悠斗も同じものを見ていた。


 駐車スペースに並んでいる車。


 スポーツカー、四ドアセダン、大型SUV。


 車種も形もばらばらなのに、車体はどれも黒を基調にしている。


 ただし、全部がまったく同じ見た目というわけではない。


 ホイールやブレーキ周りに差し色を入れた車もあれば、ボディの細いラインだけ別の色にしている車もある。


 そして、ところどころに白い《NOX》のロゴが見えた。


 一番目立つのは、奥に停まっている黒いスポーツカーだった。


 ボンネットの中央に、白いNOXのロゴが大きく貼られている。


 けれど隣のセダンはそうではない。


 リアウインドウの隅に小さなステッカーが一枚。


 別のSUVはサイドウインドウに控えめな白いロゴを貼っているだけだった。


 貼る場所も大きさも違う。


 それでも黒い車体のどこかに同じ印があるだけで、どの車がNOXのものなのか自然と分かった。


 蓮はレイザーから降りるなり、真っ先に車列を見渡した。


「……いいな」


 ナナもセブンⅡから降り、ヘルメットを外す。


「まだ建物にも入ってないのに」


「見ろよ。あのボンネットのやつ」


「見えてるよ」


「あれくらいでかいのもありなんだな」


 アキラがプラントSを降りながら笑う。


「絶対、自分の車に何貼るかしか考えてないだろ」


「まだ聞いてないからな。勝手にはやらねえよ」


「そこはちゃんとしてるんだ」


「俺を何だと思ってんだよ」


「車だけは真面目な人」


「だけは余計だ」


     ◇


 建物へ入ると、早乙女カナメが待っていた。


 五人を一度見回し、それから壁の時計を見る。


「全員いるな」


「はい」


「時間も問題なし」


 蓮が少し得意そうな顔をする。


「当然です」


「その当然を続けろ」


「……はい」


 アキラが隣で笑いを堪えていた。


 カナメはそれ以上いじらず、踵を返す。


「今日からお前たちはNOXの新人だ。外で何をしてきたかは一度置け。ここでは一番下から覚えてもらう」


「分かりました」


 悠斗が答えた。


「ついて来い」


     ◇


 案内されたのは、以前使った応接室とは違う場所だった。


 広い部屋に長いテーブルがいくつか並び、壁際にはロッカーや棚。奥にはソファと簡単なキッチンまである。


 何人かの構成員が、それぞれ勝手に過ごしていた。


 コーヒーを飲みながらスマートフォンを見ている男。


 ソファで横になっている女。


 車の雑誌を広げて言い合っている二人。


 冷蔵庫を開けたまま、何かを探している男までいる。


「鍵知らねえ?」


「昨日そこ置いてただろ」


「ねえんだよ」


「ポケット見た?」


「……あった」


「帰れ」


 近くから笑い声が上がった。


 蓮が小声で言う。


「もっと全員ずっと怖い顔してると思ってた」


 カナメが振り返る。


「一日中そんな顔してたら疲れるだろ」


「ですよね」


 悠斗も周囲を見回した。


 NOXという名前から想像していた場所より、ずっと生活感がある。


 誰かが飯を食べ、誰かがくだらないことで笑い、誰かが鍵をなくす。


 ここも結局、人が集まっている場所なのだ。


     ◇


「まずこれだ」


 カナメが棚から五台の無線機を取り出した。


「NOX用だ。組織の仕事や連絡ではこっちを使え」


 悠斗が受け取る。


 側面には小さく識別番号が入っていた。


「今まで使ってる無線は?」


 ナナが聞く。


「持っていて構わない。お前ら五人で使う分まで取り上げる気はない」


 カナメは続ける。


「ただしNOXとして動く時はこれだ。外部へ貸すな。なくしたらすぐ報告しろ」


「分かりました」


 悠斗は手の中の無線機を見る。


 今日から、ここにいる人間たちと同じ回線を使う。


 それだけなのに、妙に嬉しかった。


「悠斗」


「ん?」


 ナナがこちらを見て笑っている。


「顔」


「何?」


「嬉しそう」


「……まあ、嬉しい」


「分かりやすいね」


 隣ではシオンが無線機をじっと眺めている。


「俺も喋る?」


 蓮がすぐ食いついた。


「そこから?」


「必要なら」


「必要なくても、たまには喋れよ」


「考える」


「なんで検討事項なんだよ」


 カナメが小さく息を吐く。


「雑談までは禁止しない。ただし仕事中は必要な報告を優先しろ」


「はい」


 蓮が一番大きな声で返事をした。


「特にお前だ」


「まだ何もしてないですよ?」


「する前に言ってる」


     ◇


「次は服装だ」


 カナメがそう言って、近くの壁へ目を向けた。


 そこにはNOXの構成員らしい何人かの写真が飾られている。


 黒い服を着ている者が多い。


 ただし、全員が同じ格好ではなかった。


 ブルゾン。


 パーカー。


 薄手のジャケット。


 革ジャン。


 形はそれぞれ違うが、どれも黒を基調にし、白いNOXのロゴが入っている。


「NOXの色は黒だ」


 カナメが言う。


「普段は好きな黒のアウターを使っていい。そこにNOXのロゴを入れろ」


 蓮がすぐ手を上げた。


「パーカーでも?」


「いい」


「ブルゾンも?」


「構わない」


「革ジャンは?」


「好きにしろ」


「コートは?」


「駄目だ」


 即答だった。


 蓮が瞬きをする。


「そこだけ駄目なんですか?」


「黒のコートは玲司さんだけだ」


 悠斗は九条玲司の姿を思い出した。


 いつも身につけている黒いコート。


 あれは単なる好みではなく、ボスだけが着ることを許されているらしい。


「ボス専用ってことですか?」


 ナナが聞く。


「ああ」


 カナメが答えた。


「他の奴が黒のコートを着ることはない」


「分かりやすいな」


 アキラが小さく頷く。


「それと、正規の服装は別にある」


 悠斗がカナメを見る。


「正規?」


「黒のスーツだ」


「スーツなんですね」


「ああ。ただし今日はない」


 蓮が首を傾げる。


「支給じゃないんですか?」


「既製品を適当に渡すわけじゃない」


 カナメは淡々と答えた。


「後日、店に連れていく。NOXが昔から使ってる仕立て屋がある」


 ナナが少し目を丸くする。


「オーダーメイド?」


「ああ。一人ずつ採寸して作る」


「本格的だな……」


 アキラが呟いた。


「正式な場や、組織として揃える必要がある時はそのスーツを着る。完成するまでは普段の黒い服でいい」


 悠斗は少しだけ想像した。


 五人で黒いスーツを着て並ぶ姿。


 まだ手元にはない。


 だからこそ、それが出来上がる日が少し楽しみになった。


「ロゴも入るんですか?」


 悠斗が聞く。


「入れる。位置や見せ方は店で説明される」


「じゃあ採寸の日、ちゃんとしたイベントじゃん」


 蓮が笑う。


「何がイベントだ」


「いや、初オーダースーツですよ?」


「はしゃぐな」


「まだ行ってないのに怒られた」


 アキラが吹き出した。


     ◇


 蓮はそのまま思い出したように窓の外を見る。


「じゃあ車のことも聞いていいですか?」


「結局そこに戻るんだ」


 ナナが呆れる。


「言え」


「NOXの車って全部、黒ですよね?」


 カナメは窓の外を顎で示した。


「見れば分かるだろ」


「やっぱり」


「NOXとして使う車は、車体のベースを黒にする」


「差し色は?」


「構わない」


「ホイールとかも?」


「好きにしろ」


「ライトの色は?」


「それも自由だ」


 蓮の表情が一気に明るくなる。


「じゃあ結構遊べるな」


「車の話だけ返事が速いんだよ」


 アキラが呆れる。


「大事だからな」


 蓮はさらに窓の外を見る。


「あのNOXのステッカーも、貼り方は自由なんですか?」


「ああ」


 カナメが答えた。


「ロゴが分かれば、位置も大きさも決められてない」


「じゃあ、ボンネットにでかく貼るのもあり?」


「外にあるだろ」


「ですよね」


「リアやサイドに小さく入れてる奴もいる。好きにしろ」


 蓮はかなり真剣な顔で頷いていた。


 たぶん今の時点でもう、自分のレイザーをどうするか考えている。


「ただし」


 カナメの声で、空気が少し変わった。


「お前らの車にあるPlaceholderのステッカー」


 悠斗の意識が、自分のヴェローチェへ向く。


 白いステッカー。


 五人でつけた、自分たちだけの印。


「NOXとして使う車からは外せ」


 少しの沈黙。


 悠斗が聞く。


「……全部ですか?」


「お前らの過去まで捨てろとは言わない」


 カナメは淡々と答えた。


「ただ、今日から外に見せる看板はNOXに一本化する。Placeholderの印をつけたまま、NOXの仕事をされても困る」


 悠斗は少しだけ黙った。


 分かっていた。


 五人だけのグループとして動くのと、大きな組織へ入るのは同じではない。


 ステッカーを剥がしたところで、これまでの時間が消えるわけでもない。


「分かりました」


 悠斗が答える。


 蓮も、アキラも、シオンも、ナナも頷いた。


「塗装も今日すぐじゃなくていい」


 カナメが続ける。


「自分の車をNOXの仕事に使いたいなら、それまでに黒をベースにしておけ。ロゴも入れる。それまでは組織の車を使えばいい」


 蓮がまた外を見る。


「組織の車、借りられるんですね」


「当然だ」


「壊したら?」


「報告」


「修理代は?」


「壊し方次第だ」


 蓮は数秒考えた。


「やっぱ自分の車使いたいな」


「判断早えよ」


 アキラが笑った。


     ◇


 カナメは続けて、最低限の規則を説明した。


「NOXの名前を勝手に使うな。店で無理を通すために使うな。個人的な揉め事に組織を持ち込むな」


 声に冗談はない。


「大きな仕事を受けた時、他のギャングと問題が起きた時、判断に迷った時は報告しろ。勝手に話を大きくするな」


 昨日ジンに言われた言葉が、悠斗の頭に浮かぶ。


 看板を背負う。


 言い方は違っても、意味は同じだった。


「それと」


 カナメが五人を見る。


「お前らだけで固まるな」


 悠斗が顔を上げた。


「五人で入ったことは分かってる。だが今日から同じ組織にいるのは五人だけじゃない」


 部屋を見れば、知らない顔がいくつもある。


「別々に動くこともある。他のメンバーと組め。名前を覚えろ。話せ」


 悠斗の胸に、少しだけ緊張が戻る。


 蓮たち四人となら、もう何でもない。


 けれど、知らない人間ばかりの集団へ入るのは別だった。


 その時、奥から体格のいい男が歩いてくる。


「そいつらが新人?」


 伊吹ガクだった。


「そうだ」


 カナメが答える。


 ガクは五人を順番に見て、シオンの前で足を止める。


「お前、撃つ方だったな」


「うん」


「うんじゃねえ。一応先輩なんだから敬語使え」


「はい」


「素直かよ」


 近くにいた構成員が吹き出した。


 ガクはシオンを見たまま続ける。


「今度、撃つとこ見せろ」


「はい」


「変な癖ついてたら直す」


 シオンが少しだけ目を細めた。


「お願いします」


「最初からそれ言えんじゃねえか」


 ガクは満足そうに笑う。


「で、今日は?」


 カナメへ聞く。


「雑用」


「夢がねえな」


「新人だからな」


「まあ頑張れ、新人」


 ガクは片手を上げて奥へ戻っていった。


 蓮が小さな声で呟く。


「思ってたより話しやすそう」


「聞こえてるぞ!」


 奥から声が飛んでくる。


「すみません!」


 部屋のあちこちから笑いが起こった。


     ◇


 説明が終わると、カナメは壁際に積まれた段ボールを指した。


「今日の仕事だ」


 蓮が箱を見る。


「何です?」


「備品整理。終わったら車庫の掃除」


「本当に下っ端だ」


 アキラが笑う。


「不満か?」


「全然」


「なら動け」


 ちょうどその時、近くにいた若いNOX構成員が一箱持ち上げた。


「新人、こっち」


「あ、はい」


 悠斗たちも箱を持つ。


「工具は奥。消耗品は左の棚。そこ間違えるとカナメさんに怒られるから気をつけろよ」


「経験者?」


 アキラが聞く。


「三回怒られた」


「説得力あるな」


「四回目は避けたい」


 そこへ別の構成員が通りかかる。


「お前、昨日また棚間違えてたぞ」


「嘘だろ?」


「新人に教える前に自分が覚えろ」


「……ちょっと見てくる」


 慌てて走っていく背中を見て、五人が笑う。


 悠斗も箱を抱えながら棚へ向かった。


 NOXへ入った初日。


 専用の無線を渡された。


 正規の服装が黒のオーダースーツだと教えられた。


 それを作るため、後日NOX御用達の店へ行くことにもなった。


 車の決まりも、ロゴの決まりも聞いた。


 これまで五人でつけていたPlaceholderの印も、NOXとして動く車からは外すことになる。


 そして最初に任されたのは、備品整理と車庫掃除。


「悠斗」


 蓮が雑巾を一枚つまみ上げる。


「ギャングになった感ある?」


 悠斗は周囲を見た。


 黒を身につけたNOXの構成員たち。


 手元の無線。


 隣にいる四人。


 それから、蓮が持っている雑巾。


「……思ってたのとは違うけど」


 自然と笑みが浮かぶ。


「あるよ」


 派手な銃撃戦だけがギャングではない。


 誰かが備品を片づけ、誰かが車を整え、誰かが次の仕事の準備をする。


 そういう時間まで含めて、一つの組織が動いている。


 悠斗はまだ、その一番下に立ったばかりだ。


 今日から五人は、《NOX》の新人だった。

お読みいただきありがとうございます。

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