第4章 第136話 五人への誘い
翌日の昼前。
悠斗がヴェローチェでガレージへ着くと、すでに建物の前には青いレイザーと黒いプラントSが並んでいた。
レイザーの運転席から降りた蓮は、ドアを閉めてから満足そうに自分の車を振り返る。
「やっぱこれだわ」
昨日、一年ぶりに刑務所の外へ出た時よりも明らかに機嫌がいい。
「朝からそれ何回言った?」
プラントSのそばにいたアキラが呆れたように聞く。
「まだ三回くらい」
「十分だろ」
「一年乗れなかったんだぞ。一週間くらい言わせろ」
「長えよ」
悠斗は笑いながらヴェローチェを停めた。
自分の車も一年ぶりだった。
ナナやカイが時々状態を見てくれていたおかげで大きな問題はない。それでも久しぶりにハンドルを握った時は、思っていた以上に嬉しかった。
エンジンを切って外へ出ると、ガレージの中からシオンが顔を出した。
「揃ってきた」
「シオン、早いな」
「タクシーで来た」
まだ自分の車を持っていないシオンは、一足先に来ていたらしい。
蓮がレイザーへ寄りかかりながら聞く。
「やっぱ車欲しくならない?」
「なる」
「レンジャー?」
「レンジャー」
即答だった。
「まだ狙ってんのか」
「ずっと欲しい」
「肉の次は車か」
「肉はもう食べた」
真顔で返され、アキラが吹き出した。
そこへ小さなエンジン音が近づいてくる。
黒いセブンⅡだった。
ナナは四人から少し離れた場所へ慎重にバイクを停め、足を着いてからエンジンを切る。ヘルメットを外すと、集まっている四人を見回した。
「全員いるね」
「これで五人」
悠斗がスマートフォンを確認する。
カナメから指定された時間までは、まだ余裕があった。
「そろそろ行こうか」
「おう」
蓮がすぐにレイザーへ乗り込む。
アキラはプラントS。
ナナは再びセブンⅡへ。
シオンは悠斗のヴェローチェの助手席へ乗った。
四台で道路へ出る。
先頭はアキラのプラントSだった。
『俺が先頭でもよかったのに』
無線から蓮の声が聞こえる。
『一年ぶりなんだから、今日は少し大人しく走りなよ』
ナナが返した。
『もうレイザー乗った時点で無理』
『言うと思った』
『別に飛ばしてねえって』
『今はね』
「信用ないな」
助手席のシオンが呟く。
『シオン、聞こえてるぞ』
「聞こえるように言った」
『ひどくね?』
悠斗は笑いながら前を走るプラントSを追った。
ヴェローチェ。
プラントS。
レイザー。
セブンⅡ。
四台で街を走るのは久しぶりだった。
信号で止まれば隣を一般車が通り、歩道には買い物袋を提げた人たちがいる。少し離れた交差点ではパトカーが一台、路肩に停めた車の運転手と話していた。
何でもない昼の街だった。
それでも悠斗には、昨日よりさらに自分の日常が戻ってきたように感じられた。
◇
NOXから指定された場所が近づくにつれて、無線の会話は自然と減っていった。
助手席のシオンが窓の外を見ながら言う。
「何の話だと思う?」
「分からない」
『銀行のことだったりして』
アキラの声が無線から入る。
蓮がすぐ返した。
『一年経ってから説教?』
『長すぎるだろ』
ナナも混ざる。
『それに、あれはNOXの仕事じゃないしね』
その通りだった。
銀行強盗は、五人が自分たちで決めた仕事だ。
NOXとは、それ以前に何度か外部の仕事で関わっている。
同じ現場に立ったからこそ、悠斗たちは街第2位の組織が自分たちとどれほど違うのかを知った。
準備。
連絡。
役割分担。
判断の速さ。
半グレの寄せ集めだった自分たちとは、明らかに完成度が違った。
ただ、その後に銀行強盗を起こし、四人は捕まった。
NOXとの関係も、そこで途切れている。
「行けば分かるよ」
悠斗が言う。
「うん」
シオンはそれ以上聞かなかった。
◇
指定された場所へ着き、四台を停める。
五人で中へ入ると、以前にも顔を合わせたNOXの構成員に奥へ案内された。
部屋にいたのは早乙女カナメ。
そして、その奥には九条玲司がいた。
NOXのボス本人だ。
「座れ」
玲司の短い言葉に、五人は並んで腰を下ろした。
カナメは少し離れた場所に立っている。
玲司はしばらく悠斗たちを見た。
「一年か」
「はい」
悠斗が答える。
「長かったか?」
「……長かったです」
「そうか」
それ以上の感想はなかった。
玲司らしい。
少し間を置き、玲司が口を開く。
「銀行の件は聞いた」
悠斗の背筋がわずかに伸びる。
「酷い仕事だったな」
「……はい」
返す言葉がない。
逃走は崩れ、最後は銃撃戦になった。
四人とも負傷し、逮捕され、一年間刑務所に入った。
成功と言えるような結果ではなかった。
玲司はそれ以上細かく責めなかった。
「だが、最後まで仲間は捨てなかったそうだな」
「はい」
「そこは悪くない」
短い言葉だった。
続いてカナメが口を開く。
「勘違いするな。銀行の一件だけで評価しているわけじゃない」
五人へ順番に視線を向ける。
「以前、うちの人間と仕事をした時から見ていた。運転、戦闘、交渉、情報。それぞれ得意なことが違う。それでも五人で動けば、それなりに形になる」
蓮が少しだけ眉を上げた。
「見られてたんですね」
「仕事に入れた人間を見ない方がおかしいだろ」
「……ですよね」
アキラが小さく笑う。
カナメは構わず続けた。
「あの銀行強盗で、お前たちのグループは以前より知られるようになった。派手に成功したからじゃない。大規模な追跡になって、四人が撃たれて捕まったことまで含めてだ」
「できれば広まり方を選びたかったな……」
アキラがぼそりと言う。
「同感」
蓮も頷く。
カナメの表情は変わらない。
「それでも一年経って、解散していない」
その言葉で、悠斗は少しだけ顔を上げた。
「昨日出てきたばかりなのに、もう五人で集まっている」
カナメはそこで言葉を切った。
「そういう連中は、意外と少ない」
悠斗は隣を見る。
蓮。
シオン。
アキラ。
ナナ。
一年離れていた。
それでも、昨日は全員で飯を食べて、ガレージへ戻った。
今日はまた五人でここへ来ている。
自分たちにとっては当たり前のことだった。
だが、NOXはそこまで見ている。
「本題だ」
玲司の一言で、部屋が静かになった。
玲司は五人を見た。
「NOXに入れ」
悠斗は一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
「……え?」
蓮も目を丸くする。
アキラですら黙っていた。
ナナの表情から笑みが消え、シオンも玲司をじっと見ている。
玲司が続ける。
「五人まとめてだ」
胸の奥が大きく鳴った。
悠斗は、この街へ来る前からギャングに憧れていた。
実際にレイヴンシティで生活し、半グレになり、犯罪を覚えてからも、その気持ちは変わらなかった。
けれど、本物のギャングから加入を求められる瞬間まで具体的に想像したことはなかった。
「……俺たち全員ですか?」
「そうだ」
玲司は即答する。
「一人だけ欲しいなら一人を呼ぶ。お前たちは五人で使う方がいい」
飾り気のない言い方だった。
だからこそ、妙に重かった。
悠斗だけではない。
五人全員が評価されている。
「ただし」
カナメが続ける。
「入ったら今までと同じではない」
その声には先ほどまで以上の厳しさがあった。
「NOXには規律がある。好きな時に集まって、好きな仕事だけやる場所じゃない。報告も必要になる。指示に従えないなら最初から入るな」
「下からやってもらう」
玲司が言う。
「銀行強盗で名前が広まったからといって、扱いは変えない」
蓮が小さく息を吐いた。
「街第2位に入って下っ端か」
「嫌か?」
玲司が見る。
「いや」
蓮はすぐ首を横へ振った。
「むしろ普通だと思います」
「ならいい」
短いやり取りに、アキラがわずかに口元を緩めた。
悠斗は玲司を見る。
「返事は今ですか?」
「いや」
玲司は首を横へ振る。
「五人で決めろ」
少し間を置いてから続けた。
「一人でも嫌なら断って構わない」
悠斗は頷いた。
「分かりました」
席を立とうとすると、玲司がもう一度悠斗を呼んだ。
「神谷」
「はい」
「ここまで来て、半グレのままで終わる気はないだろ」
悠斗は少しだけ目を見開いた。
玲司は答えを急かさない。
悠斗はゆっくり頷いた。
「……はい」
「なら考えろ」
「はい」
◇
建物を出ると、昼の日差しが目に入った。
四台の車とバイクが、来た時と同じ場所に並んでいる。
五人とも、しばらく黙っていた。
最初に口を開いたのは蓮だった。
「……マジか」
「マジだったな」
アキラが答える。
「NOXかぁ……」
ナナも自分のセブンⅡを見ながら呟く。
シオンが悠斗を見る。
「どうする?」
悠斗はすぐには答えなかった。
入りたい。
その気持ちは強い。
ずっと憧れていた本物のギャングだ。
しかも街第2位のNOX。
けれど、今はもう自分一人の夢ではなかった。
「まず五人で話そう」
「だな」
アキラが頷く。
悠斗は少し考えてから続けた。
「そのあと、ジンさんにも話したい」
蓮がこちらを見る。
「相談する?」
「うん」
悠斗は頷いた。
「俺がここまで来られたの、ジンさんのおかげでもあるから」
半グレになったばかりの頃。
何も知らなかった自分へ、裏社会で生きるためのことを教えてくれた。
危ない時には助けてもらった。
その恩を忘れて、何も言わずにNOXへ入ることだけはしたくなかった。
ナナが小さく笑う。
「じゃあ、まずガレージ戻る?」
「うん」
悠斗は四人を見る。
「五人で決めよう」
誰か一人が選ばれたわけではない。
誰か一人だけが誘われたわけでもない。
五人まとめて。
その言葉だけが、悠斗の胸にいつまでも残っていた。
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