第3章 第131話 街は止まらない
四人が刑務所へ入ってから、一週間が過ぎた。
夕方のレイヴンシティは、いつもと変わらず騒がしい。
仕事帰りの車が大通りを埋め、交差点では信号が変わるたびに車列が動く。少し先では警察官が路肩に停めた車の運転手と話していて、その横を配達用のバイクが通り過ぎていった。
ナナはセブンⅡをゆっくり走らせながら、その光景を眺めていた。
四人がいなくなっても、街は普通に動く。
当然のことなのに、今は少しだけ変な感じがした。
以前なら夕方になれば、誰かから連絡が来た。
蓮が暇だと言い出し、アキラが飯へ行こうと誘う。シオンは自分からあまり連絡してこないくせに、集合すると当たり前のようにいる。
悠斗は、最後にみんなの話を聞いて予定をまとめる。
今はスマートフォンを確認しても、五人のグループ画面は静かなままだ。
「……暇」
ヘルメットの中で呟いてから、ナナは自分で少し笑った。
四人がいなくなって初めて、今までどれだけ一緒にいたのかが分かる。
けれど、ぼんやり寂しがっている暇もなかった。
残されたものが多すぎた。
◇
最初に問題になったのは、車だった。
銀行強盗の日、五人はスーパーの駐車場へ集まり、そこから徒歩でガレージへ向かった。
そのため、ヴェローチェ、レイザー、プラントSはそのままスーパーに残っていた。
ナナだけはセブンⅡで別行動へ移っていたため、自分のバイクは手元にある。
だが、四人が逮捕されて戻れなくなった以上、三台をいつまでもスーパーへ置いておくわけにはいかない。
本人たちが入院している間からナナは弁護士へ相談し、車を動かせるようになった段階で朝倉カイにも連絡した。
事情の細かいところまでは話していない。
「しばらく本人たちが戻れないから、車を家に戻したい」
それだけだった。
カイも、悠斗たちが大きな事件で捕まったこと自体は知っている。
必要以上には聞いてこなかった。
何度かに分け、カイにも手を借りながら三台をそれぞれの家へ戻した。
レイザーは蓮の家。
プラントSはアキラの家。
そしてヴェローチェは悠斗の家。
悠斗の住居には二台分の駐車スペースがあり、テンペストもそこに置いてある。
ヴェローチェを隣へ戻した時、ナナは少しだけ立ち止まった。
二台並べば、いつもの光景に近い。
けれど、運転する人間はいない。
カイも二台を見比べながら、腕を組んだ。
「一年だっけ?」
「最短でね」
「車って置いとくだけでも傷むからな」
「たまに見てくれる?」
「ヴェローチェとテンペスト?」
「できればレイザーとプラントSも」
カイがゆっくりナナを見る。
「四台?」
「車好きでしょ?」
「好きと無料メンテは別なんだよ」
「ちゃんと払う」
「なら仕事として考える」
現金な返事だった。
ナナは笑う。
「そこは友達価格とかないの?」
「悠斗本人が頼みに来たら考える」
「じゃあ一年後まで無理じゃん」
「だから普通に払え」
そう言いながらも、カイはヴェローチェのタイヤや車体をざっと見ていた。
結局、放っておくつもりはないらしい。
ナナはそれを見て、少しだけ安心した。
◇
車を戻せば終わりではなかった。
むしろ、そこからが面倒だった。
悠斗たちにはそれぞれ家がある。
家賃。
光熱費。
通信関係。
保険やその他の契約。
車の維持。
そして五人で借りているガレージの家賃。
今までこういった支払いは、それぞれが自分の分を自分で管理していた。
だから四人まとめて一年近く街から消えるとなれば、話が変わる。
何を残すのか。
何を止めるのか。
どこまで本人の口座から払い続けられるのか。
ナナ一人では整理しきれなくなった。
そこで相談したのが、白石玲奈だった。
◇
待ち合わせたのは、中央地区から少し離れたカフェだった。
夕食にはまだ少し早く、店内には空席も多い。窓の外を車が流れ、時折、大きなピックアップトラックが視界を塞いでいく。
玲奈はテーブルの上に置かれたナナのメモとスマートフォンを交互に見ていた。
「で、これが四人分の家賃」
「うん」
「こっちはガレージ?」
「そう」
「光熱費と通信費が……これ?」
「たぶん」
玲奈が顔を上げた。
「たぶん?」
「全部本人が管理してたから」
「ちょっと待って」
玲奈はメモを自分の方へ寄せた。
「これ、今まで誰が管理してたの?」
「個人で」
「……じゃあ今、その四人分をあなたが一人で確認してるの?」
「そうなるね」
「それは無理があるでしょ」
「やっぱり?」
「やっぱりじゃない」
即答された。
ナナは飲み物へ口をつけながら、少しだけ目を逸らす。
「でも、誰かやらないと」
「それはそう。でも一人で全部抱える必要はないでしょ」
玲奈はスマートフォンのメモを新しく開いた。
「まず、絶対に残すものから決める」
「家?」
「本人たちが戻るつもりなら、家は残す方向でいいと思う。もちろん本人確認は必要だけど」
「ガレージも残したい」
「それは五人で使ってるんだよね?」
「うん」
「じゃあそれも固定費」
玲奈の指が画面を滑る。
「次に、止めても困らないもの。使ってないサービスとか、本人がいなくても払い続ける必要がない契約」
「結構あるかな?」
「人による」
「蓮とか何契約してるか全然分かんない」
「本人に聞くしかないね」
「刑務所に?」
「弁護士を通せるんでしょ?」
「時間かかるけど」
「なら時間がかかっても確認する。勝手に解約して怒られる方が面倒」
「確かに」
玲奈はさらに数字を並べていく。
「車は各自の家に戻した?」
「戻した。悠斗のところだけ二台」
「二台?」
「ヴェローチェとテンペスト」
「維持は?」
「カイに相談してる」
「じゃあ、それも年間でどれくらい必要か聞く」
「年間……」
その言葉で、一気に現実味が増した。
一年。
口にするのは簡単だ。
家賃なら十二回。
光熱費も十二回。
車も一年分。
ガレージも一年分。
四人がいない時間は、数字にすれば容赦なく積み重なる。
「思ったよりお金かかるね」
「当たり前でしょ」
「……私、刑務所って本人だけの問題だと思ってた」
玲奈の手が一瞬止まった。
「本人がいなくなっても、本人の生活まで全部消えるわけじゃないからね」
その言葉に、ナナは黙った。
街は止まらない。
人がいなくても、契約日は来る。
家賃の支払日も来る。
車だって置いておけば勝手に一年後まで新品のまま待っていてくれるわけではない。
「とりあえず」
玲奈が画面をナナへ向けた。
「四人それぞれの支払いを分けて一覧にする。あと五人共通のガレージ。それから車関係」
「先生みたい」
「違う」
「会計係?」
「もっと違う」
「向いてそうだけど」
「勝手に役職つけないで」
玲奈は呆れながらも、メモを閉じなかった。
◇
夜になり、ナナはガレージへ寄った。
シャッターを開けてセブンⅡを中へ入れる。
照明を点けると、長いテーブルと六脚の椅子が白い光の下へ浮かび上がった。
以前ストラドが置かれていた場所は、今も空いている。
ナナはその空間を横切り、テーブルへスマートフォンを置いた。
奥には、あの日アキラの家から運んできたボストンバッグがある。
まだ開けていない。
数えてもいない。
玲奈と話した家賃。
ガレージ代。
車の維持費。
一年分の生活を残すために必要な金。
今なら、あのバッグを開けば簡単に解決するようにも思える。
ナナはしばらく見つめた。
「……駄目」
小さく呟き、視線を外す。
四人に何も言わず、自分の判断だけで使うつもりはなかった。
そもそも、あの金がどれだけ入っているのかすら知らない。
まずは正規に使える金と、それぞれの支払いを整理する。
玲奈に相談して正解だった。
椅子へ腰を下ろし、五人のグループ画面を開く。
『今日、玲奈にお金のこと相談した』
送信。
『家とかガレージとか、ちゃんと残せるように整理する』
続ける。
『車も全部家に戻したよ』
そこで一度手が止まる。
悠斗のヴェローチェ。
蓮のレイザー。
アキラのプラントS。
悠斗の家で待っているテンペスト。
所有者が帰ってこないまま、一年だけ時間を止める車たち。
『カイにもたまに見てもらう』
最後に、少し考えてから送った。
『だから一年で帰ってきてね』
当然、既読はつかない。
ナナはしばらく画面を見つめたあと、スマートフォンを伏せた。
◇
同じ夜。
街の別の場所では、NOXの拠点にもいつもの時間が流れていた。
早乙女カナメはソファに座り、端末へ届いた情報を眺めていた。
向かいでは九条玲司が書類へ目を通している。
「玲司」
「何だ」
「前に組んだ五人、覚えてる?」
「覚えてる」
「銀行の件、判決出たらしい」
玲司がページをめくる手を止める。
「四人とも三年」
「死者は?」
「出てない。四人とも生きてる」
「そうか」
玲司は短く返した。
カナメは少しだけ口元を緩める。
「外にいた女も捕まってないみたいだ」
「……そうか」
「気になる?」
「前に仕事をした相手だ」
「それだけ?」
玲司は返さなかった。
カナメが端末をテーブルへ置く。
「一年経てば仮釈放の審査対象になるって話もある」
玲司は数秒だけ考えた。
「出てきたら連絡を取る」
今度はカナメが少し驚いた。
「珍しく早いね」
「五人まとめてだ」
「なるほど」
カナメは笑った。
銀行強盗に成功したからではない。
最後には捕まり、三人が撃たれた。
それでも、誰一人置いて逃げなかった。
以前から見ていた五人組が、大きな事件を経ても崩れなかった。
玲司が見ているのは、そこだった。
「一年後か」
カナメが呟く。
「忘れなければね」
「忘れない」
玲司はそれだけ答え、再び書類へ視線を戻した。
◇
ガレージでは、ナナが照明を消した。
シャッターを閉め、セブンⅡへ跨がる。
大通りからは、今日も車の音が聞こえていた。
四人がいなくても、レイヴンシティは止まらない。
玲奈は金のことを手伝ってくれる。
カイは車を見てくれる。
自分には、自分にできることがある。
ナナはヘルメットのシールドを下ろした。
「……ちゃんと帰ってきてよ」
セブンⅡのエンジンがかかる。
小さな排気音とともに、ナナは一人で夜の街へ走り出した。
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