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『引きこもり高校生、犯罪都市でギャングを始める ~友達ゼロだった俺の成り上がり~  作者: 阿鼻恭介
第3章

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第3章 第129話 三年

 銃撃戦から二週間ほどが過ぎた。


 悠斗の脇腹にはまだ鈍い痛みが残っていたが、ようやく一人で起き上がり、病棟の中をゆっくり歩けるところまで回復していた。


 窓の外では、レイヴンシティがいつも通り動いている。


 朝になれば道路を埋める車が増え、昼には遠くから救急車のサイレンが聞こえる。夜になれば高層ビルに明かりが灯り、眠らない街がまた次の一日へ向けて動き続ける。


 自分たちが銀行を襲った日も、その翌日も、街は止まらなかった。


 大きく変わったのは、自分たちの方だ。


 病室の外には毎日警察官がいる。


 治療の合間には事情聴取が行われ、弁護士とも何度も話した。


 銀行強盗。


 人質を伴う武装犯罪。


 逃走。


 公務執行妨害。


 倉庫街での警察との銃撃戦。


 幸い、警察官に死者も負傷者も出ていない。発砲についても殺人未遂としては立件されなかったと説明されている。


 だからといって、軽い事件になるはずがなかった。


 逃走に使ったストラドについても、何度か質問された。


 登録名義は悠斗たちとは無関係の人物だった。


 警察は当然、その名義人にも事情を聞いているらしい。


 けれど名義人は、最近はほとんど車を使っておらず、誰かへ貸した覚えもない。なくなっていたことにも気づいていなかったと話しているという。


 盗難届も出されていない。


 悠斗自身、その名義人が誰なのかすら知らない。


 ストラドがどこを経由して自分たちのところまで来たのか。少なくとも、警察はまだそこまで辿り着いていないようだった。


 悠斗も、車を誰から用意してもらったのかについては話していない。


 ガレージについて聞かれたことも、一度もなかった。


 ナナについても同様だ。


 彼女の名前が共犯者として具体的に出されたことは、今のところない。


 警察が裏で何を調べているのかまでは分からない。


 だからこそ、こちらから余計なことを話すつもりもなかった。


     ◇


 午後になると、橘遥が病室へ入ってきた。


 傷の状態を確認し、いつものようにモニターへ目を向けたあと、手元の書類を閉じる。


「神谷さん。病院での治療は、今日で一区切りです」


「退院できるんですか?」


「病院からは」


 悠斗は一瞬だけ期待したが、その言い方ですぐに意味を理解した。


「……家には帰れないですよね」


「そこは私の担当ではありません」


「ですよね」


 苦笑した途端、脇腹が僅かに痛んだ。


「っ……」


「まだ笑うだけでも痛むんですから、無理しないでください」


「笑うのも駄目なんですか?」


「傷が痛まない程度なら構いません」


 橘は淡々と答える。


「傷は塞がっています。ただ、完全に回復したわけではありません。激しい運動や重い物を持つのは、しばらく避けてください」


「分かりました」


「本当に?」


「……はい」


「今、間がありましたね」


 悠斗は返事に困った。


 橘は小さくため息を吐いたが、以前より表情は柔らかかった。


「今回は助かったんです。ちゃんと治してください」


 倉庫街から運ばれてきた時にも言われた言葉だった。


 次も同じとは限らない。


 その意味を、今は以前よりよく分かっている。


「はい」


 悠斗は素直に頷いた。


     ◇


 病院を出た先で待っていたのは、自分のヴェローチェではなかった。


 警察の護送車だった。


 手続きを終えて車内へ乗り込むと、向かい側の席に見慣れた顔があった。


「よ」


 蓮が片手を上げる。


「蓮」


「思ってたより元気そうじゃん」


「そっちも」


「俺は撃たれてねえからな」


 そう言ったあと、蓮は少しだけ視線を逸らした。


「シオンとアキラは?」


「今日、二人も移されるって聞いた」


「そっか」


 短い返事だった。


 それでも、蓮の肩から僅かに力が抜けたのが分かる。


 護送車が走り始めた。


 小さな格子窓の向こうで、街並みが後ろへ流れていく。


 二人とも、それ以上はほとんど話さなかった。


 ここは警察の管理下だ。


 事件について話す場所ではない。


 蓮もそれくらいは分かっている。


 悠斗も余計なことは口にしなかった。


 それでも、二週間ぶりに同じ空間へ蓮がいるというだけで、少しだけ気持ちが軽くなった。


     ◇


 四人が揃ったのは、その日の夕方だった。


 司法施設の控え室へ入ると、先にシオンとアキラが座っていた。


 シオンの右肩には、まだ固定具が残っている。


 アキラも左脚を庇うようにしていた。


「お、生きてる」


 アキラが悠斗を見るなり言った。


「そっちもね」


「俺は余裕」


 立ち上がろうとして、左脚に痛みが走ったのか動きが止まる。


 蓮がすぐに笑った。


「どこが余裕だよ」


「これは歩き方のファッションだから」


「新しすぎるだろ」


 シオンが三人を見る。


「元気そうだな」


「シオンもな」


 アキラが肩を見ながら言った。


「右肩撃たれてその感想出る?」


「生きてる」


 シオンはそれだけ答えた。


 一瞬、部屋が静かになる。


 やがて蓮が吹き出し、アキラも笑った。


 悠斗もつられて笑う。


 たった二週間。


 それでも四人がこうして同じ場所へ集まるのは、随分久しぶりに感じられた。


     ◇


 入院している間にも、司法手続きは進んでいた。


 弁護士から説明を受け、証拠や罪状の整理も行われている。


 悠斗が十七歳であることについても、すでに説明を受けた。


 レイヴンシティでは、一定年齢以上の者が重大犯罪を起こした場合、未成年であっても成人と同様の刑事手続きが取られる。


 今回の悠斗も、その対象だった。


 四人の役割には違いがある。


 悠斗、アキラ、シオンは銀行へ入った。


 蓮は逃走車を担当した。


 その後、四人全員で逃走し、最後には警察との銃撃戦になった。


 一連の事件を共同して行った犯罪として扱われ、最終的に四人へ言い渡された刑は同じだった。


 懲役三年。


 施設の廊下へ出てからも、しばらく誰も口を開かなかった。


「……三年か」


 最初に呟いたのは蓮だった。


 さすがに、いつもの軽い調子は消えている。


 三年。


 悠斗も頭の中でその数字を繰り返した。


 銀行強盗、人質、逃走、公務執行妨害。


 加えて警察との銃撃戦まで起こしている。


 警察官に死者も負傷者も出なかったこと。


 発砲について殺人未遂としては扱われなかったこと。


 最後には自分たちから武器を捨てて投降したこと。


 そうした事情が考慮されても、実刑三年だった。


「長えな……」


 蓮が呟く。


 アキラが壁にもたれた。


「銀行襲って警察と撃ち合って、それ言う?」


「分かってるけどさ」


「俺たち、普通にやりすぎたよな」


「今さら?」


 シオンが淡々と返す。


「シオン、三年だぞ?」


「聞いた」


「もうちょっと何かないの?」


 シオンは少し考えてから答えた。


「死ぬよりいい」


 誰もすぐには返せなかった。


 倉庫街の光景が蘇る。


 血に濡れたシオンの肩。


 左脚を撃たれて倒れたアキラ。


 自分の脇腹から流れていた血。


 もしあの時、武器を捨てなかったら。


 あと少し銃撃が続いていたら。


 三年という数字を聞くところまで、生きていなかったかもしれない。


「……それはそうだな」


 悠斗が言うと、アキラも小さく頷いた。


 ただし、必ず三年間すべてを刑務所で過ごすわけではない。


 弁護士から仮釈放制度についても説明されていた。


 刑期が一年を経過すると、服役態度など一定の条件を満たした受刑者は仮釈放の審査対象になる。


 審査に通る保証はない。


 それでも、問題を起こさず模範的に過ごせば、一年後に出られる可能性はある。


「一年か……」


 蓮が呟く。


「最短でな」


 アキラが横を見る。


「お前、絶対問題起こすなよ」


「何で俺なんだよ」


「一番やりそうだから」


「むしろお前だろ」


「俺、超模範囚になる予定だから」


「そういうこと言う奴が一番信用できねえんだよ」


 シオンが短く言った。


「全員、大人しくしてればいい」


 蓮が眉を寄せる。


「お前は普通にできそうだから腹立つな」


 思わず悠斗も笑った。


 一年は長い。


 三年なら、なおさら長い。


 それでも今、隣には三人がいる。


 外にはナナもいる。


 少なくとも、一人きりで耐える時間ではなかった。


     ◇


 施設を出る頃には、もう夜になっていた。


 警察官に囲まれながら護送車へ向かう途中、悠斗は柵の向こうに見覚えのある黒い車体を見つけた。


 セブンⅡ。


 その横にナナが立っている。


 今日ここで司法手続きが行われることは事前に知らされていた。ナナも何らかの形で日程を知り、待っていたのだろう。


「……ナナ」


 声は届かない。


 それでもナナは四人を見つけると、大きく片手を上げた。


 蓮も気づく。


「来てたんだ」


 アキラが少し笑った。


「暇人だな」


「本人に言えよ」


「一年後にな」


 シオンもナナを見た。


 僅かに口元が緩む。


 悠斗は手錠をされた両手を少しだけ持ち上げた。


 ナナも分かったらしい。


 もう一度、大きく手を振った。


 それ以上はできなかった。


 警察官に促され、四人は護送車へ乗り込む。


     ◇


 重い扉が閉まった。


 車が動き出すと、格子窓の向こうを街の明かりが流れていく。


 蓮が座席へ深く腰を下ろした。


「一年で出たいな」


 アキラがすぐ返す。


「だから問題起こすなって」


「まだ入ってすらねえだろ」


「その言い方がもう不安なんだよ」


「お前もな」


 シオンが口を挟む。


「全員、大人しくしてればいい」


 悠斗は二人を見て、少し笑った。


「それが一番難しそうなのが二人いるけど」


 蓮とアキラが同時にこちらを見る。


「俺?」


「俺?」


「息ぴったりじゃん」


「お前も他人事じゃねえからな」


 久しぶりに四人の声が重なった。


 刑務所へ向かっているとは思えないほど、ほんの一瞬だけいつもの空気が戻る。


 悠斗は格子窓へ目を向けた。


 これからは自由に街を走れない。


 ヴェローチェにも乗れない。


 蓮はレイザーに触れず、アキラもプラントSを運転できない。


 ガレージへ行くこともできない。


 ナナと飯を食べることもできない。


 一年後に出られる保証さえない。


 それでも、終わったわけではなかった。


 刑務所を出た時、レイヴンシティがどれだけ変わっているのか。


 自分たちがどれだけ変わっているのか。


 今はまだ分からない。


 けれど、戻りたい場所はもうある。


 五人で集まっていた、あのガレージ。


 前世の自分には、一年後に帰りたいと思える場所などなかった。


 今は違う。


 戻った時に、また四人とナナがいればいい。


 悠斗は流れていく街の明かりを見つめた。


 護送車はそのままレイヴンシティを離れ、四人を乗せて刑務所へ向かって走り続けた。

お読みいただきありがとうございます。

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