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『引きこもり高校生、犯罪都市でギャングを始める ~友達ゼロだった俺の成り上がり~  作者: 阿鼻恭介
第3章

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第3章 第124話 崩れた均衡

 倉庫の長い外壁。その中央付近だけが少し奥へ引っ込み、大型車両の荷下ろしに使われる搬入口になっている。


 悠斗たち四人は、そのくぼみへ追い込まれていた。


 背後には閉じた大きなシャッター。左右には壁と一体になった太いコンクリート柱があり、その先には長い外壁が続いている。


 警察がいるのは、さらに離れた左右それぞれの壁の角だ。


 四人とも拳銃を構えていた。


 蓮が左。シオンが右。アキラと悠斗も、どちらから動きがあっても反応できるよう銃を握ったまま周囲を見ている。


 警察も角から大きく身体を出してこない。


 誰も動かない。


 誰も銃を下ろさない。


『武器を捨てろ!』


 左側から警察官の声が響いた。


 悠斗たちは返さなかった。


 返したところで、状況が変わるとは思えない。


 拳銃を握る手に汗が滲んでいる。


 壁の角。


 反対側の角。


 正面。


 悠斗は何度も視線を動かした。


 少し前までは逃げることしか考えていなかった。


 今は、自分たちが次に撃たれるかもしれない場所を探している。


     ◇


 耳につけた無線からナナの声が入った。


『聞こえる?』


 悠斗は送信を入れる。


「聞こえる」


『さっきから、サイレン鳴らした警察車両が何台も走ってる』


「……そっか」


『今どこにいるの?』


 悠斗は周囲を見た。


 ここまで逃げるのに必死で、通りの名前までは分からない。


「倉庫街」


『どの辺?』


「分かんない。南の方だと思う」


『そっち行った方がいい?』


「来ないで」


 迷わず答えた。


「そのまま離れてて」


 少しだけ間が空いた。


『……分かった』


 ナナの声が小さくなる。


『みんな大丈夫?』


 悠斗は三人を見る。


 まだ全員立っている。


「今は大丈夫」


『ちゃんと戻ってきてね』


 一瞬、返事が遅れた。


「……うん」


 送信を切る。


 自分で口にした言葉なのに、胸の奥へ重く残った。


     ◇


 遠くから新しいサイレンが近づいてきた。


 倉庫街のどこかで音が止まり、少しして複数の車のドアが閉まる音が聞こえる。


「まだ来るな」


 蓮が小さく言った。


「時間かけるほどまずい」


 シオンは右側の角を見たまま答える。


 悠斗も分かっている。


 それでも動けない。


 ふと正面へ視線を向ける。


 道路の向こうにも倉庫や事業所らしい建物が並んでいた。


 その一つの上で、何かが動いたように見えた。


「……上」


 悠斗が呟く。


 シオンも視線だけを向ける。


 向かい側の建物の屋上付近。


 人影のようなものが一瞬見えたが、すぐに姿が消えた。


「警察か?」


「分からない」


 シオンが答える。


 距離がある。


 本当に人だったのかも、断定できない。


 だが無視もできなかった。


 蓮が正面を一度確認し、また左へ視線を戻す。


「見る場所増えたな」


 その言葉に誰も返さなかった。


『武器を捨てろ!』


 今度は右側から警告が飛ぶ。


 それだけ。


 また静かになる。


 風が倉庫の間を抜ける音。


 遠くのサイレン。


 警察側の短い無線。


 それ以外の音がなくなるほど、悠斗には自分の呼吸が大きく聞こえた。


     ◇


「右」


 シオンが小さく言った。


 右側の角から警察官が少しだけ身体を見せる。


 シオンの拳銃がその動きを追った。


 警察官も銃を構えている。


 互いの銃口が向き合った。


 悠斗の喉が乾く。


 数秒。


 どちらも撃たなかった。


 警察官が角へ引く。


 張り詰めていた息が少しだけ抜ける。


 直後、警察側の無線が短く聞こえた。


 左側の角にいた警察官が姿を消す。


 シオンの表情が変わる。


「来る」


 右側から銃声が響いた。


 悠斗たちは一斉に身体を引く。


 数発の弾が搬入口の柱や壁の縁へ当たり、コンクリートの欠片が床へ散った。


「くそ……」


 アキラが顔を庇う。


 銃声が止む。


 しばらくして、左側の角から再び人影が覗いた。


 悠斗にも何となく分かった。


 片側から撃つ時、反対側は角の裏へ下がっている。


 警察側も無茶に撃っているわけではない。


 だからこそ、次が怖かった。


「返す?」


 シオンが右側へ銃を向けたまま尋ねる。


 悠斗は迷った。


「……まだ」


 シオンが一度だけ頷いた。


     ◇


 次に動いたのは左側だった。


 警察官が角から身体を出す。


 シオンが銃口をそちらへ振る。


 相手も止まる。


 一瞬、二人が互いに狙い合った。


 銃声。


「――っ!」


 シオンの身体が大きく後ろへ揺れた。


 右肩を押さえ、そのままシャッターへ背中をぶつける。


「撃たれた!?」


 悠斗の声が裏返った。


「肩……」


 シオンの指の隙間から血が滲む。


 右腕が落ちる。


 拳銃も下がった。


 アキラが一歩寄ろうとした、その時。


 左側の角から再び警察官が姿を見せた。


 シオンが顔を上げる。


 痛みに歪んだ表情のまま拳銃を左手へ持ち替えた。


 次の銃声は、ほとんど重なった。


 警察側から一発。


 シオンから二発。


 警察官が角の裏へ引く。


 右側からも銃声が響いた。


「伏せろ!」


 蓮の声に、悠斗は反射的に柱の内側へ身体を寄せた。


 アキラも銃を構え直す。


「もう撃ち合いになってるぞ!」


 悠斗は返せなかった。


 分かっている。


 さっきまでとは違う。


 シオンが撃たれた瞬間、ぎりぎり残っていた均衡が壊れた。


     ◇


 左側から銃声。


 続いて右。


 ずっと撃ち続けているわけではない。


 数発飛んでは静かになる。


 誰かが角から覗けば、また銃口が向く。


 悠斗たちも撃ち返す。


 コンクリートが欠ける音が搬入口に響いた。


「右!」


 アキラの声。


 悠斗はそちらへ拳銃を向ける。


 警察官が一瞬見える。


 悠斗は引き金へ指をかけた。


 だが、撃てなかった。


 相手がすぐ角へ消える。


 心臓が激しく鳴っている。


 シオンは左手で銃を構えながら、右肩から血を流していた。


「平気か?」


「まだ動ける」


 短い返事。


 大丈夫なはずがない。


 それでも今は止まれなかった。


『武器を捨てろ!』


 警察の声が銃声の合間に響く。


 誰も答えない。


 蓮が周囲を見る。


「ここ、このままじゃ持たないぞ」


 アキラが背後のシャッターを見る。


「開けられねえのか?」


「今は無理だろ」


 悠斗も一度だけ振り返る。


 閉じたシャッター。


 左右には警察。


 正面の建物にも誰かがいるかもしれない。


 逃げ道が見つからない。


     ◇


 警察側の無線が聞こえた。


 左側の角から人影が消える。


「次、右」


 蓮が言った。


 悠斗はすぐに右側へ銃を向ける。


 警察官が角から少しだけ姿を見せた。


 銃声。


 柱の縁が弾ける。


 アキラが一発撃ち返した。


 警察官が隠れる。


 その瞬間、悠斗の視線が正面へ流れた。


 向かい側の建物。


 さっき人影が見えた場所。


「前見るな!」


 蓮の声。


 悠斗が右へ視線を戻す。


「もっと中!」


 腕を強く掴まれた。


 身体が横へ引かれる。


 ほぼ同時に銃声が響いた。


 脇腹へ、何か硬いものを思い切り叩き込まれたような衝撃が走った。


「――っ」


 息が止まった。


 身体から力が抜ける。


 蓮が支えなければ、そのまま倒れていた。


「おい!」


 アキラの声が聞こえる。


 悠斗はゆっくり自分の脇腹を見る。


 服に赤い染みが広がっていく。


「……え?」


 蓮が引いてくれた。


 身体は確かに動いた。


 それでも避け切れなかった。


「撃たれてる!」


 悠斗は答えようとした。


 まともな声が出ない。


 膝が床につく。


 痛みは少し遅れてやってきた。


 熱い。


 脇腹だけが燃えているようだった。


     ◇


 銃声が途切れたわずかな間に、悠斗は壁際へ身体を寄せられた。


 蓮が隣にいる。


 シオンの右肩からもまだ血が流れている。


 アキラは銃を構えたまま左右を見ていた。


 しばらくして、耳元の無線からナナの声が入る。


『みんな大丈夫?』


 誰もすぐには返せなかった。


 悠斗は脇腹を押さえる。


 手のひらが濡れていく。


 震える指で送信を入れた。


「……大丈夫」


 声が掠れた。


 少し間が空く。


『……本当に?』


「うん」


 それ以上は続けられなかった。


 送信を切る。


 四人ともまだいる。


 誰も欠けてはいない。


 けれど、シオンは肩を撃たれた。


 自分も撃たれた。


 警察とは完全に撃ち合いになった。


 少し前まで残っていた「まだ逃げられる」という感覚は、もうほとんど消えていた。


 悠斗は荒い呼吸を繰り返しながら、それでも三人の姿だけは見失わないように目を開け続けた。

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