第3章 第123話 引き金
倉庫街に、警察官の声が何度も反響していた。
『武器を捨てろ! 両手を見える位置に出せ!』
悠斗たちは、倉庫の長い側壁に身を寄せていた。
前にはストラド。
そのさらに向こうに、追ってきた二台の警察車両が止まっている。
赤と青の光がストラドや古いフェンスへ交互に反射し、鳴り続けるサイレンが低い倉庫の間を跳ね返っていた。
四人とも拳銃は抜いている。
ただし、銃口は下げたままだ。
ここまで追い込まれた状態で武器をしまっておけるほどの余裕はない。それでも、警察へ向けるつもりはなかった。
「どうする?」
アキラが声を落とす。
悠斗はストラドの向こうを見ながら考えた。
武器を捨てて出ていけば捕まる。
銀行強盗、人質、逃走。
簡単に帰れるはずはない。
だが、今のところ警察も撃ってきてはいない。
「今は撃たないで」
「分かった」
シオンが短く答える。
アキラは壁から身体を出さないまま声を張った。
「こっちは撃つ気ない! そっちも撃つな!」
少し間を置いて返事が飛んでくる。
『なら武器を捨てろ! 両手を上げて出てこい!』
「それやったら捕まるだろ!」
『銀行強盗をして逃走している! 逮捕されるのは当然だ!』
「それは分かってる!」
蓮が小さく息を漏らした。
「そこ認めるんだな」
「否定したって仕方ねえだろ」
「静かに」
シオンの一言で二人とも口を閉じる。
会話はできる。
だが、どちらも譲れない。
◇
その時、別方向から新しいサイレンが近づいてきた。
シオンが顔を上げる。
「増える」
悠斗にも分かった。
ストラドの向こうにいる二台とは違う方向から、別の警察車両が近づいている。
「ここにいたら囲まれるな」
蓮の声から笑いが消えた。
悠斗は壁沿いの先を見る。
倉庫は横に長い。
このまま壁に沿って進めば、反対側の角へ出られる。
途中には閉じた大きなシャッターの搬入口があり、その部分だけ壁より少し奥まっていた。左右には太いコンクリートの柱が張り出している。
今いる場所よりは、ずっと身を隠しやすい。
「壁沿いに動こう」
「先まで?」
「うん。あのシャッターのところを使おう」
シオンが進行方向を確認する。
「行ける」
「銃は持ったままでいい。でも向けないで」
「了解」
四人は壁から離れず、そのまま横へ移動し始めた。
拳銃は手にしたまま。
銃口は低く下げている。
ストラド側の警察からは、壁の位置関係で四人の姿が見えなくなっていた。
『武器を捨てろ!』
『聞こえているなら返事をしろ!』
警察の声は、まださっきまで四人がいた辺りへ向けられている。
一方、別方向から近づいてくるサイレンは、どんどん大きくなっていた。
◇
シャッターの搬入口を通り過ぎ、倉庫の反対側の角まであと少し。
その時、角の向こうからタイヤの音が聞こえた。
シオンがすぐに足を止める。
「待って」
三人も止まった。
エンジン音が近づき、そのまま止まる。
続けて車のドアが開いた。
一枚。
さらに、もう一枚。
蓮が眉を寄せる。
「さっきのサイレンだな」
「うん」
別方向から近づいていた警察車両が、ちょうど倉庫の反対側へ到着したのだ。
角の向こうはこちらからは見えない。
向こうからも、まだ四人の姿は見えていないはずだった。
「少し見る」
「俺が見る」
シオンが言った。
悠斗は頷く。
「気をつけて」
シオンは拳銃を低く持ったまま角の手前まで進み、壁からほんの少しだけ顔を出した。
その瞬間。
向こうにいた警察官と目が合った。
『いた!』
鋭い声が飛ぶ。
シオンは即座に顔を引いた。
「見つかった」
同時に、角の向こうで無線へ位置を伝える声が聞こえる。
悠斗は迷わなかった。
「搬入口!」
四人が一斉に来た道を戻る。
数秒後、反対側から複数の足音が聞こえてきた。
最初にストラドの向こうにいた警察も、位置を共有されて動き始めたのだ。
「後ろも来てる!」
蓮が叫ぶ。
「そのまま!」
悠斗は前に見えてきたシャッターへ向かう。
後方から警察官の声が飛んだ。
『止まれ! 武器を捨てろ!』
反対側の角からも声が響く。
『その場から動くな!』
四人は止まらない。
シャッター前へ駆け込み、そのまま左右に張り出した柱の内側まで身体を寄せた。
そこでようやく、左右どちらの角からも直接見通されない位置へ入る。
「全員いる?」
「いる!」
「いる」
「俺も!」
三人の返事が返った。
まだ四人いる。
悠斗は荒い呼吸を整えながら、拳銃を握り直した。
◇
搬入口は奥まっているとはいえ、袋小路に近い。
背後には閉じたシャッター。
左右の角には、それぞれ警察がいる。
逃げ道ができたわけではない。
むしろ、完全に挟まれたことがはっきりしただけだった。
『武器を捨てろ! 一人ずつ出てこい!』
右側から声が響く。
左側からも、
『銃を捨てて出てこい!』
と警告が飛んだ。
四人とも拳銃は握ったままだ。
だが、柱の外へ銃口を出してはいない。
「これ、どうすんだよ」
蓮が低く聞く。
悠斗は答えられなかった。
出れば捕まる。
ここにいれば、時間が経つほど警察は増えていく。
アキラがシャッターを背にして声を張った。
「撃つ気はない! そっちも撃つな!」
『なら武器を捨てろ!』
「それは無理だ!」
『武器を持ったままでは認められない! 投降しろ!』
「だからそれは無理だって!」
警察官たちは角から出てこない。
こちらが銃を持っている以上、遮蔽物を捨てて近づくつもりはないらしい。
悠斗たちも同じだった。
両者とも動けない。
ただ、その間にも遠くから新しいサイレンが重なってくる。
「……増えてるな」
蓮が呟いた。
「うん」
時間は明らかに自分たちの味方ではなかった。
◇
右側の角から警察官が一瞬だけ顔を出し、すぐに隠れる。
少し遅れて左側でも同じ動きが見えた。
互いに相手の位置を確認するだけで、それ以上は出てこない。
『武器を捨てろ!』
『これ以上、状況を悪くするな!』
投降を求める声だけが続く。
シオンは左右を交互に確認していた。
「右にいる」
「左もいるな」
蓮が答える。
「出ないで」
悠斗が言う。
「分かってる」
シオンは柱の内側へ戻る。
その時、警察側の無線らしい声がかすかに聞こえた。
内容までは全部聞き取れない。
ただ、左右で何かを確認し合っていることだけは分かった。
数秒後。
左側の警察官たちが完全に角の陰へ引っ込んだ。
「……左、消えた」
アキラが言う。
シオンが右側を見る。
嫌な予感がした。
『銃口を上げるな!』
右側から鋭い声が飛ぶ。
四人の拳銃はまだ低い。
「上げてない!」
アキラが叫び返す。
直後、右側の警察官が無線へ短く何かを伝えた。
そして――
一発の銃声が響いた。
◇
搬入口の右側にあるコンクリートの柱が弾けた。
白い欠片が飛び、床へぱらぱらと落ちる。
悠斗は反射的に身体を縮めた。
「撃った!」
蓮の声が強張る。
『射撃停止!』
すぐに警察側から声が響いた。
それとほぼ同時に、先ほど姿を消していた左側の警察官たちが再び角の位置へ戻った。
悠斗はそこでようやく理解した。
片側が撃つ間、反対側は角の陰へ下がっていたのだ。
互いの射線が重ならないようにしている。
「……連携してる」
アキラが呟く。
警察は闇雲に撃っているわけではない。
次の発砲も、同じように来る可能性がある。
『武器を捨てろ! 次は当たるぞ!』
右側から警告が飛ぶ。
「脅してんのかよ!」
アキラが叫ぶ。
『投降しろ!』
悠斗の喉が鳴った。
今の一発は柱に当たった。
でも、それは外れたのか、それとも最初から柱を狙ったのか。
悠斗には分からない。
分かるのは、警察が本当に撃ったということだけだった。
◇
「どうする?」
シオンが静かに聞く。
悠斗はすぐには答えられなかった。
撃ち返せば、完全に警察との銃撃戦になる。
だが、何もしなければ次の一発がどこへ来るか分からない。
左側の警察官がまた無線へ何かを伝える。
今度は右側の姿が消えた。
蓮が気づく。
「逆だ」
次に撃つのは左側。
そう理解した瞬間、悠斗の胸が跳ねた。
『武器を捨てろ!』
左側から最後の警告が飛ぶ。
誰も銃を捨てない。
数秒の沈黙。
そして、再び銃声。
今度は左側の柱の外側でコンクリートが弾けた。
「……っ!」
アキラが身体を引く。
悠斗の心臓が激しく鳴った。
警察は左右を入れ替えながら撃っている。
撃つ側とは反対の警察が隠れる。
それなら同士討ちにはならない。
そして、このままなら悠斗たちだけが一方的に追い詰められていく。
「返す?」
シオンが聞いた。
悠斗は拳銃を見る。
手が震えていた。
「……撃たれたら返して」
一度言葉を切る。
「でも、無理には撃たなくていい」
「了解」
シオンが頷いた。
◇
今度は右側から無線の声が聞こえる。
左側の警察が角の陰へ下がった。
シオンが柱の内側で構える。
銃声。
コンクリートが弾けた直後、シオンが短く撃ち返した。
倉庫街に、今度は悠斗たち側の銃声が響く。
『発砲確認!』
『武器を捨てろ!』
警察側の声が一気に鋭くなった。
悠斗は拳銃を強く握る。
始まってしまった。
アキラも蓮も銃を持っているが、まだ撃ってはいない。
今のところ撃ち返しているのはシオンだけだった。
「これ、どうする!」
蓮が叫ぶ。
「分かんない!」
悠斗も叫び返す。
本当に分からない。
左右の角には警察。
背後には閉じたシャッター。
ここに留まれば、警察はさらに増える。
遠くから、また新しいサイレンが重なった。
「……さっきまで」
悠斗の口から声が漏れる。
「何?」
アキラが振り向く。
「さっきまで、帰れると思ってたのに」
アキラは少しだけ黙った。
「……俺も」
蓮も何も言わなかった。
シオンだけが左右の角を警戒し続けている。
また警察側で無線の声が聞こえた。
片側の警察が角の陰へ下がる。
次の発砲が来る。
悠斗にも、それが分かるようになってしまった。
四人ともまだいる。
まだ誰も撃たれていない。
けれど、もうさっきまでとは違う。
警察が撃った。
自分たちも撃ち返した。
悠斗は三人の姿を確かめながら、汗ばんだ手で拳銃を握りしめた。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマークや評価をいただけると励みになります。
よろしくお願いいたします。




