↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『引きこもり高校生、犯罪都市でギャングを始める ~友達ゼロだった俺の成り上がり~  作者: 阿鼻恭介
第3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

118/165

第3章 第118話 逃走開始

『それじゃあ、車を動かしてくれ』


 相原の声が銀行内へ響いた。


 交渉が纏まってからも続いていた待ち時間が、その一言で終わる。


 悠斗は足元のボストンバッグを持ち上げた。肩へ掛け直した瞬間、ずしりとした重みが食い込む。


 アキラもさっきまでの軽口を消し、正面のガラス扉へ目を向けた。


『車、動かしていいって』


『了解』


 無線から短い返事が返ってくる。


 少し離れた場所では、シオンが銃を手にしたまま人質たちへ目を配っていた。


 店内に残る人質は誰も動かない。


 具合を悪くして先に外へ出した男性を除けば、全員この銀行内へ残していく。


 悠斗は人質たちを一度だけ見てから、外へ視線を戻した。


     ◇


 少し離れた場所で待っていたストラドが、ゆっくりと動き始めた。


 運転席の蓮はすでに目出し帽を被っている。


 これまで何度も逃走役を経験してきたが、これほど多くの警察官が待つ場所へ自分から車を寄せていくのは初めてだった。


「……行くか」


 ハンドルを握り直し、深い灰色のストラドを道路へ出す。


 銀行へ近づくにつれ、赤と青の光がフロントガラスへ強く映り込んだ。


 警察官たちの視線が一斉に集まる。


 蓮は余計な動きをせず、そのまま銀行前へストラドを進めた。


 停車してもエンジンは止めない。


『着いた』


     ◇


 悠斗はガラス越しにストラドを確認した。


 その向こうには何台もの警察車両が並び、少し離れた場所には救急車も待機している。


『車を確認した』


 相原の声が響く。


『約束通り、乗り込むまではこちらから撃たない。そちらも撃つな』


「分かってる!」


 アキラが返した。


 悠斗は人質たちへ向き直る。


「俺たちは出ます。このまま中にいてください。警察が来るまで外には出ないでください」


 返事はなかった。


 年配の女性だけが小さく頷く。


 悠斗も僅かに頭を下げた。


 シオンが入口側へ移動する。


 銃は下ろさない。


 交渉では互いに撃たないと決まっている。


 それでも、銀行の外には武装した警察官が何人も待っている。約束を信じることと、完全に無防備になることは別だった。


「行ける」


「うん」


 アキラも銃を構え直す。


 悠斗も片手でボストンバッグを支えながら、もう一方の手に握った銃を下げきらないまま入口へ向かった。


 自動扉が開く。


 サイレンと警察無線、遠くのクラクションが一気に耳へ飛び込んできた。


 冷房の効いた店内とは違う熱気が、目出し帽の隙間から頬へ触れる。


 悠斗の足が一瞬だけ重くなる。


 警察官たちはこちらを見ている。


 銃を構えている者もいる。


 こちらも同じだ。


 けれど、誰も引き金には指を掛けない。


「そのまま行こう」


 悠斗が低く言う。


 三人は銃を手にしたまま、ゆっくりとストラドへ向かった。


 走らない。


 急な動きもしない。


 シオンが先に助手席のドアを開け、そのまま滑り込む。座ったあとも銃を手放さず、外へ視線を向けた。


 アキラは後部座席へ乗り込む。


 悠斗が重いボストンバッグを持ち上げると、車内からアキラが手を伸ばした。


「貸して」


「お願い」


 バッグを渡し、悠斗も後部座席へ乗り込む。


 ドアを閉めた瞬間、外の騒音が少しだけ遠くなった。


 運転席に蓮。


 助手席にシオン。


 後ろには悠斗とアキラ。


 これなら四人が無理なく座れる。


「全員いる?」


「いる」


「大丈夫」


 蓮が前を向いたまま確認する。


 助手席のシオンはまだ銃を手にし、周囲の警察官を見ていた。


 悠斗も窓越しに銀行を見る。


 中には人質たちが残っている。


 入口付近の警察官も、まだ建物へ入ろうとはしていない。


 交渉は守られている。


『乗った』


『見えてる』


 少し離れた場所からナナの声が返った。


 蓮がハンドルを握り直す。


「行くぞ」


 ストラドが銀行前を離れた。


     ◇


 逃走は、驚くほど静かに始まった。


 後方から複数の警察車両がついてくる。


 サイレンは鳴っている。


 だが、まだ距離を詰めてはこない。


 最初の3分。


 交渉で決めた時間だ。


 一つ目の交差点を抜ける。


 歩道にいた通行人がサイレンへ振り返り、前方の一般車が慌てて道路脇へ寄っていく。


「ほんとに追ってくるだけなんだな」


 アキラが後ろを見る。


「今はね」


 悠斗が答えた。


 蓮は会話へ入らない。


 普段なら何かしら冗談を言う男が、今は前だけを見ていた。


 助手席のシオンも銃を膝元へ下げたものの、完全には手放していない。


 二つ目の交差点。


 信号待ちから動き始めた一般車が前へ入り、ストラドの速度が少し落ちる。


「前、詰まった」


「焦らなくていい」


「分かってる」


 蓮は無理に抜こうとはしなかった。


 ここで一般車にぶつかれば、それだけで余計な問題が増える。


 車列が少しずつ動き、ストラドも流れに乗って進む。


『こっちは少し離れてる。今のところ変わったものは見えない』


 ナナの声が入る。


「無理してついてこなくていいよ」


『うん。もうそっちから離れる』


「お願い」


『あとは任せた』


 それを最後に通信が途切れた。


 悠斗は僅かに息を吐く。


 免許を取ってまだ日が浅いナナが、この先の追跡へセブンⅡでついてくる必要はない。


 外の状況を見てもらう役目は、もう十分に果たしている。


     ◇


 1分を過ぎる頃には、銀行前の景色が少しずつ遠ざかっていた。


 警察車両は依然として一定の距離を保っている。


 サイレンだけが、ずっと後ろからついてくる。


「時間は?」


 アキラが聞く。


「見てる」


 蓮の返事は短い。


「あと?」


「まだ」


「それ一番気になるやつ」


「だから喋るなって」


「確認しただけじゃん」


 助手席からシオンが言う。


「静かにした方がいい」


「また俺だけ?」


 僅かに車内の空気が緩んだ。


 悠斗も口元を少しだけ緩める。


 2分を過ぎる頃には、銀行周辺の高い建物も後ろへ離れ始めていた。


 前方にはまだ一般車がいる。


 信号もある。


 街は自分たちのために空いてくれるわけではない。


 それでも蓮は焦らずストラドを走らせている。


 アキラが後ろを見る。


「まだ車間変わってない」


 シオンもサイドミラーを確認する。


「同じくらい」


 悠斗は後部座席の足元へ置かれたボストンバッグを一度だけ見た。


 今は金額など考える余裕はなかった。


「そろそろ」


 蓮が言う。


 車内から笑いが消える。


 ストラドのエンジン音と、後方から響くサイレンだけが残った。


「あとどれくらい?」


「ほんの少し」


 蓮が時間を確認する。


 警察車両はまだ距離を保っていた。


 約束を守っている。


 だからこそ、3分が終わった瞬間に何が変わるのかが分かる。


「……来るぞ」


 蓮の声が低くなる。


 悠斗は後ろを見る。


 アキラも身体を捻った。


 助手席ではシオンが銃を握り直す。


「まだだよな?」


「まだ」


 数秒。


 ほんの僅かな時間が、妙に長く感じられた。


 やがて蓮が前を見たまま言う。


「3分」


 その瞬間。


 それまで距離を保っていた先頭の警察車両が、目に見えて速度を上げた。


 続く一台も動く。


「来た!」


 アキラが声を上げる。


「分かってる!」


 ストラドのエンジン音が一段高くなった。


 警察は3分待った。


 こちらもその間、一発も撃っていない。


 交渉は最後まで守られた。


 だからこそ、ここから先にはもう猶予がない。


「距離詰まってる」


 シオンが低く告げる。


 悠斗は前へ向き直った。


「任せる」


「おう」


 蓮が短く返す。


 直後、ストラドがさらに速度を上げた。


 3分間の猶予は終わった。


 本当の逃走は、ここからだった。

お読みいただきありがとうございます。

ブックマークや評価をいただけると励みになります。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。