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『引きこもり高校生、犯罪都市でギャングを始める ~友達ゼロだった俺の成り上がり~  作者: 阿鼻恭介
第3章

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第3章 第114話 決行の日

 翌日の昼前。


 スーパーの駐車場へ、三台の車と一台のバイクが順番に入ってきた。


 最初に来たのは悠斗のヴェローチェ。


 少し遅れて蓮のレイザーと、アキラのプラントSが続く。プラントSの助手席にはシオンが乗っていた。


 最後に、ナナのセブンⅡが駐車場へ滑り込んでくる。


 悠斗はヴェローチェを停めてエンジンを切ると、ドアを開けた。


 外へ出たところでレイザーも停まり、蓮が運転席から降りてくる。


 少し離れた場所では、ナナがセブンⅡを慎重に駐車していた。


 車体を真っすぐにし、両足を着く。


 周囲を確認してから、ゆっくりスタンドを出した。


「……よし」


 ヘルメットを外したナナが、小さく息を吐く。


 それを見ていた蓮が笑った。


「やっぱ走ってる時より駐車の方が真剣だな」


「倒したくないんだから仕方ないでしょ」


「今日一番緊張した顔してたぞ」


「まだ始まってもないから」


 プラントSから降りてきたアキラが、ドアへ鍵を掛けながら笑う。


「銀行強盗より駐車の方が怖かったら伝説だな」


「そんな伝説いらない」


 シオンも助手席から降り、四人の方へ歩いてきた。


 昨日と似たようなやり取り。


 同じスーパー。


 同じ五人。


 けれど、悠斗の胸の奥には普段とは違う重さがあった。


 今日は、このあと本当に銀行へ行く。


「飲み物いる人?」


 ナナがスーパーの入口を見た。


「いる」


 蓮が即答する。


 アキラが呆れた顔をした。


「昨日も買ってたろ」


「昨日のは昨日飲んだ」


「またそれかよ」


「今日の分が必要なんだよ」


「毎日同じこと言えるな」


 悠斗も少し笑った。


「俺も一本買っとこうかな」


「じゃあ行こ」


 五人はそのままスーパーへ入った。


     ◇


 長居はしなかった。


 蓮はスポーツドリンクを二本。


 ナナは水。


 悠斗はお茶。


 アキラは炭酸飲料とガム。


 シオンだけは何も取らず、四人を待っている。


「二本いる?」


 レジへ向かう途中、ナナが蓮の手元を見る。


「一本は今。もう一本は後」


「後って?」


「終わった後」


 一瞬だけ会話が止まった。


 蓮自身も、自分が何気なく口にした言葉に気づいたらしい。


 手に持った二本のボトルを見下ろす。


 ナナが先に笑った。


「じゃあ、ちゃんと終わってから飲まないとね」


「……だな」


 蓮は二本とも籠へ入れた。


 悠斗は何も言わなかった。


 終わった後。


 普段なら何でもない言葉なのに、今日は妙に耳へ残る。


 アキラがガムを籠へ放り込み、空気を変えるように言った。


「俺はこれ噛んで落ち着く」


「緊張してんじゃん」


 蓮が笑う。


「お前も二本買ってるだろ」


「水分補給」


「言い方変えただけだろ」


 会計を済ませ、五人は外へ出た。


 スーパーの駐車場では、普段通り買い物客が行き交っている。


 子供を連れた家族。


 カートを押す老人。


 荷物を車へ積み込む会社員。


 配送車が通り、大通りからはクラクションも聞こえてくる。


 悠斗は一度、自分たちの車を振り返った。


 ヴェローチェ。


 レイザー。


 プラントS。


 そしてナナのセブンⅡ。


 このうち三台は、今日はここへ置いていく。


 セブンⅡだけは違う。


 ナナはこれで銀行周辺を動く。


「じゃあ、行こ」


 ナナの声で、悠斗は視線を戻した。


「うん」


 五人でガレージへ向かった。


     ◇


 横一列に五つのシャッターが並ぶ古い平屋が見えてくる。


 悠斗が端から二番目の区画の鍵を開け、シャッターを持ち上げた。


 中にはストラドが停まっている。


「今日は『お』って言わないんだ」


 ナナが蓮を見る。


「何が?」


「昨日、見るたび言ってたじゃん」


「今日は本番だから」


「本番だと禁止なの?」


「そういうことじゃねえよ」


 アキラが笑いながら中へ入る。


「緊張して余裕ないだけだろ」


「ガム買ったやつに言われたくない」


「俺は緊張してるって認めてるから」


「開き直るなよ」


 悠斗が照明を点ける。


 蛍光灯の白い光が、長机と椅子、小さな棚、それからストラドを照らした。


 長机の上には、昨日のうちにまとめておいた荷物が置かれている。


 黒い目出し帽が四つ。


 それから、金を入れるためのボストンバッグ。


 銀行へ入るのは悠斗、蓮、アキラ、シオンの四人だ。


 ナナは外に残る。


 悠斗は机の上の目出し帽を一つ手に取った。


 柔らかい布地。


 ただそれだけの物なのに、昨日までより妙に重く感じる。


「これ見ると一気にそれっぽくなるな」


 アキラが言った。


 蓮も自分の目出し帽を広げて見る。


「そりゃ銀行行くのに素顔ってわけにはいかないだろ」


「今ここで被る?」


「被らねえよ」


 ナナが即座に言う。


「そのままスーパーの前歩いたら、銀行行く前に警察呼ばれそう」


「それは嫌だな」


 アキラが笑う。


 シオンは自分の目出し帽を確認すると、折り畳んでポケットへ入れた。


 悠斗も同じようにしまう。


 ボストンバッグもそれぞれ手に取った。


 中身はまだ空だ。


 軽い。


 このバッグへ本当に金が入るのか。


 そんなことを考えた瞬間、さっきまで少し落ち着いていた胸がまた速く鳴り始める。


「悠斗」


 アキラがガムのケースを差し出してきた。


「いる?」


「……もらう」


 一粒受け取り、口へ入れる。


 甘い味が広がった。


「効果ある?」


 ナナが聞く。


「分かんない」


「だろ?」


 アキラが言う。


「アキラが勧めたんじゃん」


「俺には効いてるから」


 蓮が呆れたように笑う。


「何してんだお前ら」


「今日だけのガム仲間」


「その名前ダサい」


「ギャングになる前に解散だな」


「そもそも結成してないから」


 ナナが笑った。


 シオンは静かに椅子へ座っている。


 悠斗がそちらを見る。


「シオン、緊張してる?」


「してる」


 即答だった。


「やっぱりするんだ」


「する時はする」


 アキラが少し笑う。


「それ聞くと安心するな」


「なんで?」


「シオンだけ平気だったら、俺らだけビビってるみたいじゃん」


「別に思わない」


「そこは優しいんだな」


「普通」


 また小さく笑いが起きた。


 机の上には目出し帽とボストンバッグ。


 ガレージの中央にはストラド。


 いつも通りくだらない話をしているのに、その景色だけは明らかに今日が普段と違うことを示していた。


 誰も新しい作戦を話し始めない。


 もう決めることは決めている。


 今さら余計な変更を加えるつもりもなかった。


 やがてナナが時計を見る。


「そろそろだね」


 笑い声が自然に止まった。


 悠斗も時間を確認する。


「うん」


 蓮がボストンバッグを持って立ち上がった。


 アキラも自分の分を肩へ掛ける。


 シオンも席を立つ。


 悠斗は最後に机の上を確認してから、自分のバッグを手に取った。


「行こう」


「おう」


 ナナもヘルメットを持ち上げる。


「私は先に周り見てくるね」


 悠斗が頷いた。


「うん。気をつけて」


「そっちも」


 ナナはヘルメットを片手に持ち、そのままスーパーの方へ歩き出した。


     ◇


 悠斗がシャッターを大きく開ける。


 昼の光が差し込み、ストラドの濃いグレーのボディを照らした。


「最後に見る」


 蓮がボストンバッグを一度置き、運転席へ向かう。


 アキラが笑う。


「やっぱりやるんだ」


「今日はやるって言ってただろ」


 シャッターは開いたまま。


 蓮がキーを回す。


 ストラドのエンジンが低い音を響かせた。


 メーターへ視線を走らせ、音を聞く。


 数秒。


「変な感じはしない」


 それだけだった。


 マカベが点検している以上、蓮もここで細かな状態まで判断するつもりはない。


 蓮はそのままストラドをゆっくり外へ出した。


 悠斗とアキラ、シオンはそれぞれボストンバッグを持って外へ出る。


 少し先を歩いていたナナが振り返った。


「じゃ、先行くね」


「転ぶなよ!」


 ストラドの運転席から蓮が声を飛ばす。


「転ばないって!」


「まだ慣れてないだろ」


「大丈夫!」


「無理すんなよ!」


「分かってる!」


 アキラが蓮を見る。


「心配してんじゃん」


「そりゃまだ乗り始めたばっかだからな」


「さっき散々駐車いじってたくせに」


「それとこれとは別だろ」


 ナナは呆れたように笑いながら手を振り、そのままスーパーの方へ歩いていった。


 悠斗はガレージ内を最後に確認してから、シャッターを下ろした。


 鍵を掛ける。


 それからボストンバッグを持ってストラドの助手席へ乗り込んだ。


 後部座席にはアキラとシオン。


 四人分の目出し帽も、それぞれ手元にある。


「全員乗ったな?」


 蓮が聞く。


「うん」


「行くぞ」


 ストラドがゆっくり動き出した。


     ◇


 スーパーの前を通る。


 ヴェローチェとレイザー、プラントSは、さっき停めた場所に残っていた。


 少し離れたところでは、ナナがセブンⅡの横でヘルメットを被っている。


 顎紐を確かめてから跨がり、エンジンをかけた。


 ストラドが駐車場の前を抜ける頃、セブンⅡも動き出す。


 少しして、無線からナナの声が入った。


『聞こえる?』


「聞こえてる」


『こっちも大丈夫。先に回るね』


「了解」


 通信が切れる。


 ナナはセブンⅡで銀行周辺へ向かい、四人より先に外の様子を見る。


 ストラドの車内は、次第に静かになった。


 蓮はいつもより丁寧にハンドルを握っている。


 アキラは窓の外を眺めながら、ときどき口の中のガムを噛んでいる。


 シオンは背もたれに体を預け、膝の上にボストンバッグを置いていた。


 悠斗も自分のバッグへ視線を落とす。


 空のバッグだから軽い。


 なのに、今は膝の上に置くだけでも妙な存在感があった。


 指先が少し震えている。


「悠斗」


 蓮が前を向いたまま呼ぶ。


「何?」


「緊張してる?」


「してる」


「俺も」


 後部座席からアキラが言う。


「俺も」


「俺も少し」


 最後にシオン。


 悠斗が振り返った。


「シオンも?」


「さっき言った」


「あ、そうだった」


「緊張しすぎだろ」


 アキラが笑う。


「忘れてた」


「でも分かる」


 蓮も少し笑った。


 その時、前方の交差点からパトカーが一台出てきた。


 車内から会話が消える。


 パトカーはストラドへ近づき、そのまま反対車線を何事もなく通り過ぎていった。


 悠斗は自然とバックミラーを見る。


 後ろでもアキラが振り返っていた。


「……全員見た?」


 蓮が言う。


「見た」


「見た」


「見てた」


 三人の声が重なる。


 蓮が吹き出した。


「まだ何もしてねえぞ」


「今日だから気になるんだよ」


 アキラが言う。


「蓮も見てただろ」


「見たけど」


「全員同じじゃん」


 ほんの少しだけ、車内の空気が軽くなった。


 信号が青になる。


 ストラドが再び走り出した。


     ◇


 その頃、ナナはセブンⅡで銀行周辺を走っていた。


 まだ乗り始めたばかりということもあり、無茶な走り方はしない。


 大通りを流し、そのまま周辺を一度回る。


 信号待ちの車。


 歩道を行き交う人。


 配達用のバン。


 買い物袋を提げた女性。


 特別変わったものは見えない。


 それでも、今日は普段の街並みを見る目が違う。


 四人はこれから銀行へ入る。


 自分だけは外に残る。


 ナナは余計なことを考えず、目についた範囲の様子を確認することへ集中した。


 しばらく走ったあと、銀行から少し離れた場所でセブンⅡを停める。


 エンジンを切り、スタンドを出した。


 ヘルメットは被ったまま。


 ナナは周囲を見回してから、無線へ声を入れる。


『こっちは着いたよ』


     ◇


 ストラドが見慣れた通りへ入る。


 その先に、何度も見に来た銀行の建物が見えてきた。


 悠斗の口の中から、ガムの味はほとんど消えていた。


『こっちは着いたよ』


 ナナの声が耳元へ届く。


『今のところ、特に変な感じはない』


「了解」


 悠斗は短く返した。


 蓮がストラドを停める。


 エンジンが止まった。


 途端に、車内へ静けさが落ちる。


 悠斗は膝の上のボストンバッグを掴んだ。


 アキラとシオンも同じように動く。


 目出し帽は、まだ被らない。


 悠斗はドアノブへ手を掛けた。


 掌が少し汗ばんでいた。


 生前なら、ここから先が一番楽しみなところだった。


 画面の向こうで誰かが銀行へ入り、警察が集まり、何が起こるか分からなくなる。


 その瞬間を何度も見てきた。


 今は、自分がドアを開ける側にいる。


「行くか」


 蓮が言った。


「うん」


 悠斗はドアを開けた。


 外の空気が一気に車内へ入り込む。


 アキラとシオンも後部座席から降りる。


 四人がそれぞれボストンバッグを持ち、ストラドの横へ揃った。


 悠斗は銀行へ目を向けた。


 入口は、もう目の前だった。

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