第3章 第112話 ガレージで決める
翌日の昼過ぎ。
蓮のレイザーと、悠斗のヴェローチェが、工業地帯の近くにある大きめのスーパーの駐車場へ入っていった。
レイザーには蓮とアキラ。
ヴェローチェには悠斗、シオン、ナナが乗っている。
ガレージまでは、ここから歩いて二分ほどだった。
普段使っている車をガレージ前へ何台も並べるのは避けたかったし、今日はついでに飲み物も買っていくつもりだった。
悠斗が空いている駐車枠へヴェローチェを停めると、少し離れたところでレイザーも駐車した。
「何か買ってく?」
車を降りながらナナが聞く。
「飲み物は欲しい」
悠斗が答えると、レイザーから降りてきた蓮も近づいてくる。
「俺も」
「どうせコーラでしょ」
「なんで分かるんだよ」
「だいたいいつもそれじゃん」
「じゃあ今日は違うのにする」
「何?」
「店入ってから決める」
「決めてないだけじゃん」
アキラが笑い、五人でスーパーへ入った。
昼過ぎの店内には、それなりに客がいる。
買い物かごを押す家族連れ。
総菜売り場を眺めている作業着姿の男。
レジの近くでは、学生らしい二人組が菓子を選んでいた。
これから銀行強盗について話し合う五人も、この中へ混じれば普通の若者にしか見えない。
「悠斗、何飲む?」
冷蔵棚の前でナナが振り返る。
「お茶かな」
「地味」
「飲み物に派手とかある?」
ナナは笑いながら自分の分を選んだ。
その横では、蓮が真剣な顔で棚を眺めている。
「結局コーラじゃん」
アキラが言った。
「……これが一番いい」
「さっき違うのにするって言ってなかった?」
「考えた結果」
「十秒くらいしか考えてないだろ」
シオンは何も言わず、水を一本取った。
ナナがそれを見る。
「シオンは水?」
「うん」
「毎回シンプルだね」
「喉乾いたから」
「飲み物買う理由って普通それじゃない?」
悠斗が言うと、ナナが少し考えた。
「確かに」
アキラは炭酸飲料と、小さな菓子の袋まで持ってきた。
「それも買うの?」
「会議長くなるかもしれないだろ」
「もうおやつまで準備してるじゃん」
「頭使うからな」
「アキラが一番使うかは怪しいけど」
「ナナ、今日ちょっと当たり強くない?」
そんなくだらない話をしながら会計を済ませ、五人はスーパーを出た。
手にはそれぞれ飲み物。
アキラだけは菓子の袋まで持っている。
「本当に買ったんだ」
「買うって言っただろ」
「誰も止めてないよ」
駐車場を抜け、そのまま工業地帯の方へ歩く。
大通りから一本外れると、周囲の雰囲気はすぐに変わった。
古い倉庫や小さな工場。
資材置き場。
時折通り過ぎる大型車の低いエンジン音。
二分ほど歩けば、横一列に五つのシャッターが並んだ古い平屋が見えてくる。
「あった」
ナナが言う。
「昨日も来ただろ」
蓮が返す。
「分かってるけど、見えたら言いたくならない?」
「それ俺が車見て『あるな』って言うのと同じじゃん」
「それとは違う」
「何が?」
「なんとなく」
「適当だな」
悠斗は笑いながら、端から二番目のシャッター前へ向かった。
鍵を開け、シャッターを持ち上げる。
金属音とともに昼の光が奥へ入り、昨日置いたままの濃いグレーの四ドアセダンが姿を現した。
「ちゃんとあるな」
蓮がすぐに言う。
ナナが振り返った。
「ほら、言うじゃん」
「これは車だから」
「意味分かんない」
五人が中へ入り、悠斗が入口横のスイッチを押す。
天井の蛍光灯が白く点いた。
古い長机。
形のばらばらな椅子が六脚。
小さな棚。
その横に停まる、濃いグレーの四ドアセダン。
まだ使い始めて二日目だが、スーパーで買った飲み物を机へ置き、アキラがさっそく菓子を取り出しただけで、昨日より少し生活感が増したように見えた。
蓮は真っ先にセダンの横へ行き、車体を眺める。
しばらくして、ふと口を開いた。
「なあ」
「何?」
アキラが椅子を引きながら返す。
「『濃いグレーのセダン』って、長くない?」
「急にどうした?」
「毎回それで呼ぶの面倒だろ」
ナナがペットボトルの蓋を開けながら言う。
「じゃあグレーのセダンでいいじゃん」
「そうじゃなくて、ちゃんと名前あるから」
「名前?」
蓮が車体へ軽く手を置いた。
「《ノヴァレス・ストラド》」
「へえ」
「へえ、じゃねえよ」
アキラが笑う。
「知ってたんだな」
「当たり前だろ。買った車の名前くらい知ってるだろ普通」
悠斗も車を見る。
「じゃあストラドでいい?」
「それでいい」
シオンが椅子へ座りながら短く言った。
「ストラド」
「そう。それ」
ナナが笑う。
「満足した?」
「した」
「単純」
「うるさい」
悠斗も笑いながら、シャッターを閉めた。
◇
五人は長机を囲んで座った。
スーパーで買ってきたペットボトルが机の上へ適当に並び、アキラの菓子袋だけが中央に置かれている。
蓮は一度座ったあと、ストラドが見やすい方向へ椅子を少しだけずらした。
「じゃあ始めようか」
悠斗はノートを開いた。
「今日は、まだ決まってないところを詰めたい」
「役割はもうそのままでいいんだよな?」
アキラが聞く。
「うん。そこは変えない」
昨日までに大枠は決まっている。
そこをもう一度最初から話す必要はない。
「じゃあ服?」
蓮が言った。
「いきなり?」
「大事だろ」
「じゃあ全員黒?」
「なんで犯罪になると全員黒なんだよ」
アキラが笑う。
「それっぽいから」
「それで目立ったら意味ないだろ」
ナナが飲み物を置いた。
「揃えなくていいんじゃない? 変に同じ格好にする方が目につきそう」
「俺もそう思う」
悠斗は頷く。
「普通に違う服でいいかな」
「じゃあ俺、黄色とか」
「なんで?」
「目立つから」
「今、一番いらない理由じゃん」
ナナが即答した。
「じゃあ赤」
「もっとダメ」
「何色ならいいんだよ」
「普通」
シオンが短く言う。
アキラが吹き出した。
「シオンが一番まとも」
「俺、シオンに負けてる?」
「何の勝負?」
ナナまで笑う。
話し合いを始めて数分も経っていないのに、すでに真面目な会議とは少し違う空気になっていた。
それでも悠斗は、無理に止めなかった。
五人で話す時はいつもこうだ。
誰かが横道へ逸れて、別の誰かが戻す。
戻ったと思えば、また別の話が始まる。
それでも最後には、必要なところだけはちゃんと決まる。
「連絡はいつものでいいよね」
悠斗が話を戻す。
「いいだろ」
蓮が答える。
「当日の集合はここ?」
ナナが聞く。
「その方がいいと思う」
アキラが周囲を見回した。
「ストラドもここにあるし」
「俺もそう思う」
悠斗も頷いた。
これまでは何か大きな仕事をする前になると、悠斗の部屋に五人で集まることが多かった。
けれど、もうその必要はない。
ここなら五人で座れる。
落ち着いて話もできる。
ストラドも置いてある。
まだ立派な拠点とは呼べないが、集合場所としては十分だった。
「あと」
悠斗はペンを止めた。
「一つだけ、ちゃんと決めておきたい」
四人の視線が集まる。
「誰か一人でも無理だと思ったら、中止にしよう」
さっきまで軽かった空気が少しだけ変わった。
アキラが椅子の背から体を起こす。
「直前でも?」
「直前でも」
「もう全部準備終わってても?」
「うん」
悠斗は迷わず答えた。
「せっかくここまでやったからって理由だけで押し切るのはやめたい」
蓮が少し考えてから頷く。
「俺はそれでいい」
「私も」
ナナが続く。
「俺も」
アキラも同意した。
最後にシオンが悠斗を見る。
「誰が言っても?」
「誰が言っても」
「分かった」
悠斗はノートの端へ短く書いた。
無理なら中止。
簡単な言葉だった。
それでも、今日決めたことの中では一番大切な気がした。
◇
一時間ほど経った頃。
「休憩」
蓮が急に椅子から立ち上がった。
ナナがスマートフォンの時計を見る。
「もう?」
「一時間やった」
「車なら三時間でも見てるのに」
「車と会議は別」
「それ威張るところじゃないよ」
蓮はそのままストラドの方へ歩いていく。
「何するの?」
悠斗が聞いた。
「座る」
「さっきまで椅子に座ってたじゃん」
「こっちの方が落ち着く」
アキラが笑う。
「そのうち机もストラドの横へ動かしそうだな」
「それいいな」
「よくない」
悠斗が止めたところで、外からエンジン音が近づいてきた。
続いて、隣の区画からシャッターが上がる金属音が響く。
「隣、来た」
ナナが少しだけ声を落とした。
「そりゃ誰か使ってるんだから来るだろ」
アキラが返す。
「見る」
蓮がすぐ入口へ向かう。
「絶対車見たいだけでしょ」
「違う」
「じゃあ何見るの?」
「隣」
「同じじゃん」
悠斗も少し気になり、シャッターを途中まで上げた。
外を見ると、隣のガレージ前には古い黄色の小型車が停まっていた。
塗装はかなり褪せていて、左前のフェンダーだけ明らかに色が違う。
「うわ、何あれ」
蓮が悠斗の横から顔を出す。
「声大きい」
ナナが後ろから服を引っ張った。
ちょうどその時、運転席から中年の男が降りてくる。
作業着姿で、片手にはスーパーの袋を持っている。
男は悠斗たちを一度見た。
「新しく入ったの、お前らか?」
「あ、はい」
悠斗が答えた。
「昨日から使ってます」
「そうか。隣使ってる」
「よろしくお願いします」
「おう」
男はそれだけ言うと、自分の区画へ入っていった。
ほんの数秒のやり取りだった。
それでも蓮だけは、男より黄色い車を見ている。
「あれ何だろ」
「知らない」
「フェンダーだけ色違う」
「見れば分かるよ」
「絶対なんか理由あるだろ」
ナナが呆れた顔をする。
「聞きに行かないでよ?」
「ちょっとくらい――」
「やめとけって」
アキラが笑いながら蓮の肩を掴んだ。
「初対面の隣人への最初の質問が『そのフェンダー何ですか』は怖いだろ」
「車好きなら普通だって」
「車好きかどうかも分からねえじゃん」
シオンが静かに言う。
「そのうち分かる」
蓮が振り返る。
「それな」
「シオンまで乗らないで」
ナナの言葉で、また笑いが起きた。
悠斗は隣の区画を一度見てから、シャッターを下ろした。
自分たちだけで使う場所ができても、周囲に誰もいないわけではない。
隣には隣の生活があり、知らない誰かが車を置き、荷物を運び、自分たちとは関係なく一日を過ごしている。
そういう人が近くにいる方が、この場所も本当に街の中にある一角なのだと感じられた。
◇
休憩のあと、話し合いはもう少し続いた。
当日までに確認すること。
まだ用意しておくもの。
決め切れない部分は、その場で無理に決めなかった。
途中で蓮がまたストラドの話へ逸らし、ナナがブルームーンであった話を始め、アキラはいつの間にか菓子袋をほとんど空にしていた。
「それ五人で食べるやつじゃなかったの?」
ナナが袋を見る。
「誰も食わなかっただろ」
「聞いてもないじゃん」
「食べる?」
「もうないじゃん」
袋の底には二つしか残っていない。
「二個ある」
「五人いるんだけど」
シオンが手を伸ばし、一つ取った。
「あ」
アキラが声を漏らす。
「食べるの?」
「食べる」
残り一つになった。
蓮がすぐに取る。
「おい」
「早い者勝ち」
「俺が買ったんだけど?」
「ありがとう」
「腹立つな」
笑いながらも、悠斗はノートへ必要なことを書き足していった。
やがて一通り話が終わり、ペンを置く。
「……こんなもんかな」
アキラが大きく背伸びした。
「結構決まったな」
「最初は服の話しかしてなかったけどね」
ナナが言う。
「誰のせいだよ」
「蓮」
「俺だけじゃねえだろ」
笑いが収まったあと、蓮が悠斗を見る。
「で、いつやる?」
その一言で、空気が少しだけ変わった。
銀行は決まっている。
ストラドも手に入った。
役割も決まっている。
集まる場所までできた。
まだ完全に準備が終わったわけではない。
それでも、もう「そのうちやる」で済ませる段階ではなかった。
「明日までに、それぞれ必要なことをもう一回確認しよう」
悠斗は四人を見回した。
「それで問題なかったら……二日後」
ナナが少し目を見開く。
「二日後?」
「うん」
アキラの表情から笑いが消える。
「本当にやるんだな」
「やる」
悠斗は答えた。
今度は誰も冗談を挟まなかった。
蓮も、ナナも、シオンも、それぞれ静かに頷く。
二日後。
ただ話していただけの計画に、初めてはっきりとした期限がついた。
銀行強盗は、もう遠い予定ではなかった。
「……じゃあ今日は終わり?」
少しして、ナナがいつもの調子で言った。
「うん。今日はここまで」
悠斗がノートを閉じる。
蓮がすぐに立ち上がった。
「じゃあ飯」
「さっきスーパーで何か買えばよかったじゃん」
「飲み物しか買うつもりなかったから」
「アキラはお菓子買ってたけど」
「ほとんど俺食ってないからな?」
「自分で半分以上食べてたじゃん」
アキラが何か言い返そうとしたが、ナナの視線を受けて黙った。
悠斗がシャッターを開けると、昼の光が再びガレージへ入り込み、《ノヴァレス・ストラド》の濃いグレーの車体を照らした。
ストラドはそのままここへ置いていく。
悠斗たちが普段使っているヴェローチェとレイザーは、徒歩二分ほど離れたスーパーの駐車場で待っている。
悠斗はシャッターを下ろして鍵を掛け、四人と一緒に歩き出した。
「何食べる?」
ナナが聞く。
「バーガー」
蓮が即答する。
「また?」
「早いから」
「私は麺がいい」
「じゃあ俺も」
アキラが乗る。
最後に全員がシオンを見る。
シオンは少し考えてから、
「今日は何でもいい」
「珍しい」
蓮が笑った。
五人の声が、人気の少ない工業地帯の道へ流れていく。
初めての銀行強盗まで、あと二日。
それでも今日の午後はまだ、スーパーで飲み物を買い、ガレージでくだらない話をして、これから五人で飯を食べに行く。
そんな、いつもの時間だった。
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