第3章 第110話 狙う銀行
翌日の昼過ぎ。
蓮の青いレイザーとアキラの黒いクーペが、南部へ向かう大通りを流れに合わせて走っていた。
レイザーには蓮と悠斗。少し後ろを走る黒いクーペにはアキラ、シオン、ナナが乗っている。
昨日マカベのところで決めた濃いグレーのセダンは、まだ点検中だ。
逃走に使う車は決まった。
今日は、昨日見て回った三軒の銀行の中から、実際に狙う場所を決めるつもりだった。
『三軒目からでいいんだよね?』
ヘッドセットからナナの声が聞こえる。
「うん。昨日の中だと一番よさそうだったし、今日は中も見たい」
『誰が入る?』
「俺とアキラで行こうと思ってる」
『俺は?』
すぐ横から蓮が口を挟む。
「今日は車で待ってて」
「なんでだよ」
『下見中に知らない車見つけて銀行忘れそうだからじゃない?』
「忘れないって」
ナナの声に、後ろの車からアキラの笑い声が重なった。
『昨日、信号待ちで赤いGT見つけた瞬間、真っ先に無線入れてきたの誰だったっけ?』
「あれは良い車だったんだよ」
「理由になってないよ」
悠斗が笑う。
蓮は不満そうにハンドルを握り直したが、本気で嫌がっているわけではないらしい。
「まあいいけど。ちゃんと見てこいよ」
「そのつもり」
アキラを選んだのにも理由がある。
銀行の中で誰かに声をかけられたとしても、アキラなら普段通りに返せる。悠斗一人で入るより、余計な緊張をしなくて済む。
とはいえ、今日は何か特別なことをするわけではない。
ただ銀行へ入り、普通の客として中の雰囲気を見るだけだ。
◇
三軒目の銀行があるのは、中央地区から少し南へ外れた商業地区だった。
高層ビルが密集する中心街ほど慌ただしくはない。低層のオフィスや飲食店、小さな商業施設が並び、通りには配送車や営業車が行き交っている。
昼休みのピークを過ぎたせいか、歩道にも多少の余裕があった。
二台を少し離れた場所に停める。
悠斗がレイザーから降りると、アキラも黒いクーペから出てきた。
「じゃ、行くか」
「うん」
「顔硬くするなよ」
「まだ何もしてないんだから大丈夫」
「自分に言い聞かせてない?」
「……半分くらい」
アキラが笑った。
「下見で捕まるようなことしてないんだから普通にしろって」
その言い方に少しだけ肩の力が抜ける。
二人は銀行へ向かった。
◇
自動ドアが開くと、冷房の効いた空気と静かな機械音が流れてきた。
店内には十数人ほどの客がいた。
窓口で職員と話しているスーツ姿の男性。順番待ちの椅子でスマートフォンを見ている女性。壁際の機械を操作している年配の夫婦。
職員たちも普段通りに仕事を続けている。
悠斗とアキラは、備え付けの案内を手に取りながら店内を歩いた。
「思ったより人いるな」
アキラが声を落とす。
「うん。でも一軒目よりは全然少ない」
「雰囲気もこっちの方が落ち着いてるな」
悠斗は小さく頷いた。
外から見ていた時より、銀行そのものがずっと現実的に感じられる。
窓口の向こうで笑っている職員も、順番を待っている客も、普段通りの一日を過ごしているだけだ。
自分たちが本当にここを選べば、その日常の中へ踏み込むことになる。
その事実は、計画表の上で「三軒目」と呼んでいた時より重かった。
「悠斗」
「ん?」
「そろそろ出る?」
「ああ」
二人はそのまま銀行を出た。
外の空気に触れた瞬間、悠斗は無意識に息を吐いた。
「やっぱ緊張してたじゃん」
アキラが笑う。
「そりゃするよ。ここを本当にやるかもしれないと思って入ってるんだから」
「まあ、それは俺も少し変な感じした」
「アキラでも?」
「俺を何だと思ってんだよ」
二人で笑いながら車へ戻った。
◇
ところが、レイザーのところまで戻ると、蓮が知らない男と話していた。
男の横には、低く構えた古いスポーツカーが停まっている。
「……何してるの?」
悠斗が聞く。
「いや、この車珍しいなと思って」
「銀行見て待っててって言ったよね?」
「見てたよ。そのあとこの人来たから」
スポーツカーの持ち主らしい男が笑う。
「こいつ、停めた瞬間に話しかけてきたぞ」
「ほら」
ナナが黒いクーペから降りながら指を差した。
「絶対こうなると思った」
「暇だったんだからいいだろ」
アキラがスポーツカーを一度見てから、蓮の肩を叩いた。
「あとでやれ。今銀行」
「分かってるって」
蓮は持ち主へ「また今度」と声をかけ、ようやく戻ってきた。
五人は近くのテイクアウト店で飲み物を買い、そのまま店先のベンチへ移動した。
「で、中どうだった?」
ナナがストローを差しながら聞く。
「候補から外す感じではなかった」
悠斗が答える。
「思ってたより客はいたけど、一軒目ほどじゃない」
「俺も三軒目でいいと思う」
アキラが続ける。
蓮が紙コップを片手に尋ねた。
「二軒目は?」
「俺は嫌」
シオンが即答する。
「道が窮屈」
「俺もあそこは好きじゃない」
蓮も頷いた。
一軒目は周囲が慌ただしすぎる。
二軒目は五人の感覚として動きづらい。
三軒目にも不安がないわけではないが、昨日から今日まで見た三軒の中では、最も自分たちが動く姿を想像しやすかった。
「ナナは?」
悠斗が聞く。
「私も三軒目かな。周辺のことも見たけど、今のところ候補から外すようなものはなかったよ」
「蓮は?」
「三軒目」
「シオン」
「同じ」
「アキラはもう聞いたか」
「満場一致だな」
四人の視線が悠斗へ集まる。
悠斗は少しだけ銀行のある方向を見た。
完璧だから選ぶわけではない。
そもそも、そんな場所があるとは思っていない。
三軒を実際に見て、五人で話し合った上で、自分たちが一番やれそうだと思えた場所。
「……じゃあ、ここにしよう」
声に出した瞬間、空気が少し変わった。
さっきまで車の話をしていた蓮も黙る。
ナナも笑みを消し、紙コップを膝の上に置いた。
「決まったね」
「うん」
銀行強盗をやろう、と言っていた時とは違う。
今、実際に一つの銀行を選んだ。
その違いは悠斗にもはっきり分かった。
「じゃあ次は役割詰める?」
アキラが言う。
「今日は一回整理してからでいいと思う」
悠斗が答える。
「逃走車もまだ受け取ってないし」
「じゃあ飯?」
アキラがすぐに切り替える。
「切り替え早すぎない?」
ナナが呆れる。
その横でシオンが立ち上がった。
「肉」
「また?」
「腹減った」
「この前ステーキ食ったばっかじゃん」
「今日も食える」
蓮が吹き出した。
「そこだけ全然ブレないな」
結局、銀行を決めた直後なのに、五人はどこで食べるかで数分揉めることになった。
蓮はハンバーガー。
アキラはタコス。
シオンは肉。
「肉って店名じゃないからね?」
ナナの指摘にも、シオンは真顔だった。
◇
ようやく店を決めて二台で走り出してから十分ほど経った頃、悠斗のスマートフォンが震えた。
信号待ちで画面を見る。
表示された名前は、昨日ようやく知ったばかりのものだった。
マカベ。
メッセージを開く。
『セダン、見直した。問題なし。明日渡せる』
「お」
「何?」
蓮が横を見る。
「マカベさん。セダン、明日受け取れるって」
「マジ?」
さっきまで銀行の話をしていた時より明らかに声が明るい。
『何が?』
ヘッドセットからアキラの声が入った。
「セダン、明日いけるって」
『早いね』
ナナが言う。
悠斗がもう一度画面を見ると、続けてメッセージが届いた。
『置き場所も一台分空いてる。詳しくは明日』
「保管場所も見つかったみたい」
『順調じゃん』
「うん」
信号が青へ変わる。
蓮がレイザーをゆっくり発進させた。
「じゃあ明日は、まずセダン取りに行く?」
「そうしよう。そのあとみんなで役割決めよう」
『了解』
アキラが返す。
少し間を置いて、シオンの声が聞こえた。
『今日は肉』
「まだ言ってんの?」
ナナが笑う。
『店、肉あるだろ』
「あるよ」
『ならいい』
ヘッドセットにまた笑い声が重なった。
狙う銀行は決まった。
明日には逃走車も手に入る。
まだ準備しなければならないことはいくつも残っている。
それでも、銀行強盗はもう「いつかやってみたい犯罪」ではなかった。
五人が実際にやる、次の仕事になり始めていた。
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