第3章 第108話 銀行強盗の計画
翌日の昼過ぎ。
悠斗の部屋には、いつもの五人が集まっていた。
ローテーブルの上には飲み物と菓子、その横にはナナが買ってきた紙の地図が広げられている。スマートフォンでも場所は調べられるが、全員で同じものを見ながら話すなら、紙の方が使いやすかった。
「で、本当に銀行やるの?」
ナナが地図の端を押さえながら悠斗を見る。
「昨日、私が働いてる間にその話になったんでしょ?」
「話に出しただけ。まだ何も決めてないよ」
「悠斗から?」
「うん」
ナナが少し意外そうな顔をした。
「珍しいね」
昨夜、自分の口から「銀行」という言葉が出た時は、悠斗自身も少し驚いた。
これまでは誰かから仕事を持ち込まれたり、目の前に機会が転がり込んできたりして、それを五人でどうするか考えることが多かった。
今回は違う。
自分たちで、今までより一段大きな犯罪を選ぼうとしている。
「でも、やってみたい」
悠斗が改めて言うと、蓮がソファの背にもたれた。
「俺も賛成。最近はそこそこまとまった仕事もできるようになってきたし」
「銀行はその延長で考えない方がいいでしょ」
アキラが口を挟む。
「コンビニとか現金回収の車とは警察の動きも違うだろうし、人質を取るなら話す相手も増える」
「だから、いきなりやるつもりはない」
悠斗は頷いた。
「まず、どんな銀行があるのか見たい」
シオンが地図を覗き込む。
「一番大きい銀行は?」
「無し」
蓮が即答した。
「早いね」
「初めて銀行やります、でも一番でかい銀行行きます、は馬鹿だろ」
「蓮でもそこは分かるんだ」
「アキラ、最近俺の扱い雑じゃない?」
ナナが笑いながら、中央地区にいくつか印を付ける。
「だったら支店から探す?」
「そのつもり」
悠斗も地図へ視線を落とした。
前世で見ていた配信では、銀行強盗そのものは何度も見た。
人質を取る。
警察と交渉する。
逃走車を用意する。
必要なら途中で車を替える。
言葉だけなら知っていることは多い。
けれど、実際にいくつかの犯罪を経験した今なら、それだけでは意味がないことも分かっていた。
人質は思い通りに動かない。
警察も毎回同じ対応をするわけではない。
逃走車だって壊れる。
道路には関係のない市民もいる。
画面越しなら「惜しかった」で済む失敗が、ここでは逮捕や大怪我に繋がる。
「とりあえず見に行かない?」
ナナが言った。
「場所だけ見ても、道とか人の多さまでは分かりにくいし」
「昨日から現地確認派になったな」
アキラが笑う。
「元から調べるの好きだし。ネットだけで決めるより両方見た方がいいってだけ」
「じゃあ何軒か回ろう」
悠斗が立ち上がると、蓮もすぐに車の鍵を手に取った。
「車は二台でいいだろ」
「その方がいいね」
ナナも頷く。
わざわざ五人で何台も連ねて銀行を見て回る必要はない。
蓮の青いレイザーには悠斗。
アキラの黒いクーペには、助手席にシオン、後部座席にナナ。
二台に分かれて向かうことになった。
◇
外へ出ると、昼の街には平日の忙しさが戻っていた。
蓮の青いレイザーが先に道路へ出て、その少し後ろをアキラの黒いクーペが追う。
五人とも、走行中でも会話できるようヘッドセット型のトランシーバーを着けている。
「聞こえる?」
悠斗が声を入れる。
『聞こえてる』
アキラの声が返ってくる。
『こっちも大丈夫』
続いてナナ。
「じゃあ最初の銀行まで十分くらい」
『了解』
二台は必要以上に近づかず、少し間を空けながら街の流れに混ざって走った。
◇
一軒目は中央地区の外れにある銀行だった。
大通り沿いに建つ大きめの支店で、昼ということもあり、ガラス張りの入口からは客が絶えず出入りしている。
悠斗たちは少し離れた場所へ二台を停め、近くのカフェへ入った。
窓際の席から通りを眺める。
「人多いね」
ナナがストローを咥えたまま外を見る。
「多すぎるくらい」
アキラも頷いた。
銀行の前にはタクシーが停まり、配送車が荷物を降ろし、スーツ姿の会社員が次々と横断歩道を渡っていく。
蓮の視線は銀行より道路に向いていた。
「逃げる時、これ詰まりそう」
「交差点も多いしな」
アキラは銀行の正面を見る。
「入口から外の様子も見づらそう」
シオンは少し違う位置へ目を向けた。
「前、開けすぎてる」
「どこ?」
「銀行の前。隠れる場所少ない」
同じ建物を見ていても、気にする場所が違う。
蓮は道路。
アキラは人と出入口。
シオンは危険になりそうな位置。
ナナは周囲の人通りや店。
悠斗はそれを聞きながら、自分一人なら人の多さくらいしか気づかなかったかもしれないと思った。
「あと、この辺は警察もよく通る」
悠斗にも覚えがあった。
タクシーをしていた頃、近くの行政施設へ客を送るために何度も走った場所だ。
「じゃあ候補から外す?」
ナナが聞く。
「今のところは」
悠斗が答えると、誰も反対しなかった。
◇
二軒目は少し南へ離れた商業地区にあった。
今度は車を停めず、そのまま二台で前を通り過ぎる。
「右側。あの建物」
悠斗がヘッドセット越しに伝える。
『見えた』
アキラの声が返る。
『駐車場狭いね』
ナナも後部座席から声を入れた。
「出口も一つっぽいな」
蓮が前を見ながら言う。
そのままヘッドセット越しに続ける。
「俺、ここ嫌だな」
『なんで?』
ナナが聞く。
「道細い。路駐一台あっただけで邪魔になる」
実際、少し先には配送トラックが停まり、後続車が反対車線へ膨らんで避けていた。
『あと、角』
今度はシオンの声が入る。
「どの角?」
『銀行出てすぐ。向こうから来る車見えにくい』
「確かに」
蓮もすぐに納得した。
「次行こうか」
悠斗が言う。
『了解』
二台はそのまま銀行を通り過ぎた。
少し先の赤信号で止まると、蓮がふと横を見た。
「うわ、あの車珍しくない?」
「どれ?」
「右の赤いやつ」
悠斗も窓の外を見る。
反対車線を、低い赤のGTスポーツが通り過ぎていった。
蓮はその姿を目で追いながら、ヘッドセット越しに声を入れた。
「今の赤いGT見た?」
『見てない。何?』
アキラの声が返ってくる。
「珍しいの走ってた」
『銀行見に来てるんだけど』
今度はナナの呆れた声だった。
「見えたんだから仕方ないだろ」
『信号青だよ』
「はいはい」
蓮は前へ向き直り、アクセルを踏んだ。
「ほんと車好きだね」
悠斗が言う。
「ナナだってバイク買ったばっかじゃん」
『今その話してないでしょ』
すぐにナナが返してきて、悠斗は思わず笑った。
◇
三軒目へ向かう途中。
赤信号で止まったレイザーの横へ、一台のパトカーが並んだ。
悠斗は無意識に姿勢を正した。
今日は何もしていない。
ただ銀行を見て回っているだけだ。
それでも、さっきまで強盗の相談をしていたせいで妙に落ち着かない。
助手席の警官がちらりとレイザーを見る。
目が合った。
悠斗は反射的に軽く頭を下げた。
警官も特に何もせず、前へ視線を戻す。
信号が青になり、パトカーはそのまま左折していった。
少し走ったところで、ナナの声が聞こえた。
『今、二人ともめっちゃ固まってなかった?』
「見えてた?」
『真後ろにいたから』
「まだ何もしてないのにな」
蓮が笑う。
『考えてることは十分悪いけどな』
アキラの声が返ってくる。
「それはそう」
悠斗も笑った。
◇
三軒目は南部寄りの地区にある中規模の銀行だった。
中央地区の支店ほど大きくはない。
周囲には小さなオフィスや商店、住宅が混ざり、昼でも交通量はほどほどだった。
二台を少し離れた駐車場へ停め、五人で歩いて周辺を見る。
「ここ、さっきよりはいいかも」
蓮が道路を眺める。
「道広いし、分かれるところもいくつかある」
「人も多すぎないね」
ナナも周囲を見回した。
アキラは正面入口へ目を向ける。
「外の様子は見やすそう。中は実際入らないと分かんないけど」
シオンは銀行の向かいにある建物を見上げていた。
「ここも完璧じゃない」
「何が?」
「向こうから見られる」
悠斗も振り返る。
二階建ての建物が銀行の正面にあり、窓から通りをかなり広く見渡せそうだった。
「なるほど」
蓮が腕を組む。
「俺、道しか見てなかった」
「俺は入口」
アキラが笑う。
「全員見るところ違うな」
悠斗も改めて銀行を眺めた。
最初に見た時は、三軒の中では一番良さそうに思えた。
けれど、五人で見れば問題も出てくる。
それでも候補として残す価値はありそうだった。
「今日は決めなくていいと思う」
悠斗が言う。
「初めてだし、もう少し見たい」
「賛成」
ナナがすぐに頷いた。
「一日見ただけで決めるのは怖い」
「車も決めないとな」
蓮が言う。
「さすがにレイザーとアキラの車は使わないよね?」
ナナが聞く。
「使わない」
蓮が即答した。
「これは普通に乗る車だから」
アキラも黒いクーペへ視線を向ける。
「俺も嫌だな」
悠斗も頷く。
「テンペストも今回は使いたくない」
「それは分かる」
アキラが答えた。
「五人で使ってる車だし、銀行強盗で失うのは嫌だな」
「捕まったら押さえられる可能性もあるしね」
ナナも続ける。
蓮の表情が少しだけ明るくなる。
「じゃあ逃走用は別に考えるか」
「そこだけ楽しそうだね」
「大事だろ」
「車なら何でも楽しいだけでしょ」
「それもある」
否定しない蓮に、全員が笑った。
結局、その日は三軒の銀行を見ただけで終わった。
狙う場所はまだ決めない。
人質をどうするか。
警察との話を誰がするか。
逃走車は何を使うのか。
準備しなければならないことはいくらでもある。
それでも、昨日までは一言の思いつきに過ぎなかった銀行強盗が、今日一日で少しだけ現実味を帯びた。
帰り道。
蓮のレイザーの助手席で、悠斗は窓の外を流れていく街並みを眺めていた。
少し後ろには、アキラの黒いクーペがついてくる。
ヘッドセットからは、アキラたちの何気ない会話が時々聞こえていた。
今日は何も盗んでいない。
銀行へ押し入ってもいない。
それでも、同じ街が昨日までとは少し違って見えた。
次に銀行の扉をくぐる時、自分たちは客として入るわけではないかもしれない。
そう思うだけで、悠斗の胸の奥に緊張と高揚が同時に広がった。
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