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『引きこもり高校生、犯罪都市でギャングを始める ~友達ゼロだった俺の成り上がり~  作者: 阿鼻恭介
第2章

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第2章 第107話 ナナの初出勤

 翌日の夕方。


 悠斗が自宅でスマートフォンを眺めていると、五人のグループチャットに一枚の写真が送られてきた。


『どう?』


 送り主はナナだった。


 鏡越しに撮られた写真には、いつもの私服ではなく、黒いワイシャツと黒いズボンを着たナナが映っている。その上には《ブルームーン》共通の黒いベスト。首元には細身のネクタイまで締められていて、昨日までバイクに乗っていた姿とはかなり印象が違う。


 悠斗が何と返そうか考えている間に、蓮のメッセージが先に飛んできた。


『店員っぽい』


『店員なんだけど』


 続いてアキラ。


『思ったよりちゃんとしてる』


『思ったよりって何』


『もっとネクタイ曲がってると思ってた』


『失礼』


 しばらくして、シオンからも短い返信が入る。


『似合ってる』


 悠斗もそれに続いた。


『似合ってると思う』


 数秒後、ナナから満足そうなスタンプが返ってきた。


『今日初日だから、暇だったら来て』


 その一言をきっかけに話が進み、結局、四人とも夜に《ブルームーン》へ行くことになった。


     ◇


 日が落ちた中央地区は、昼とは違う賑わいを見せていた。


 大通りには仕事帰りの車が列を作り、その隙間をタクシーや派手なスポーツカーが抜けていく。飲食店の看板やネオンが灯り始め、歩道を歩く人の姿も昼間より増えていた。


 悠斗は白いヴェローチェを《ブルームーン》近くの駐車場へ入れた。


 少し遅れて、蓮の青いレイザーが隣へ滑り込む。その向こうにはアキラの黒いクーペが停まり、助手席からシオンが降りてきた。


「ナナのバイクある」


 シオンが店の方を指す。


 建物脇の駐輪スペースには、買ったばかりの黒いバイクが停まっていた。後ろ側には、白いPlaceholderのステッカーも見える。


「ちゃんと来てるな」


「初日に遅刻するのは蓮くらいでしょ」


 アキラが言うと、蓮が眉を寄せた。


「昨日だけだって」


「最近は昨日だけ、だろ?」


「同じじゃん」


「全然違う」


 くだらない言い合いを続けながら店へ入る。


 夜の《ブルームーン》は、すでにそれなりに客が入っていた。


 カウンターではスーツ姿の男が一人で食事をし、その少し離れた席では仕事帰りらしい男女が飲みながら笑っている。奥のテーブルでは三人組が料理を囲み、入り口近くには革ジャン姿の男がスマートフォンをいじっていた。


 裏社会の人間だけが集まるような雰囲気はない。


 少し賑やかで、常連客も多そうな、ごく普通のバーだった。


「いらっしゃいませ」


 聞き慣れた声に視線を向ける。


 ナナがメニューを抱えて立っていた。


 四人を見た瞬間だけ店員らしい表情が崩れる。


「ほんとに全員来たんだ」


「呼んだのお前だろ」


 蓮が笑う。


「来るとは思ってたけど、全員とは思わなかった」


 ネクタイも曲がっていないし、ベストもきちんと整っている。


 アキラがまじまじと眺めた。


「やっぱ違和感あるな」


「帰っていいよ」


「まだ何も頼んでない」


「じゃあ席座って。四名様」


「急に店員になった」


「最初から店員なんだけど」


 カウンターの向こうでは、いつもの洒落たスーツと短いつばの帽子を身につけたレイがグラスを拭いていた。


「初日から客四人連れてくるなら優秀だな」


「私が連れてきたみたいに言わないでください」


「来た以上は売上に貢献してもらえ」


「店主がそれ言うんですか?」


「店主だから言うんだよ」


 悠斗たちは笑いながら空いていたテーブルについた。


     ◇


「注文どうぞ」


「じゃあ俺、これ」


「俺こっち」


「肉」


 シオンがメニューを指す。


「昨日もステーキ食べたじゃん」


「今日は別」


「何が違うの?」


「店」


 ナナは諦めたように注文を書き込んだ。


 悠斗も料理を選び、ナナが復唱してからカウンターへ戻っていく。


 初日とはいえ、思ったより動けているようだった。


 もっとも、完璧というわけでもない。


 少しして料理を運んできたナナが、隣のテーブルへ一皿置こうとして止まった。


「あ」


 客の男が皿を見る。


「俺、それ頼んでないよ」


「すみません、こっちでした」


 慌てて引き返すナナへ、カウンターからレイの声が飛ぶ。


「テーブル番号見ろ」


「見ました!」


「じゃあ間違えるな」


「今ので覚えました!」


 客も怒るどころか笑っていた。


「新人?」


「今日からです」


「頑張って」


「ありがとうございます……」


 少し恥ずかしそうに戻ってきたナナを見て、蓮が笑いを堪えている。


「何?」


「いや、ちゃんと新人なんだなって」


「次笑ったら水だけにするよ」


「金払う客への態度じゃないだろ」


 その後は大きな失敗もなく、店内を忙しそうに動き回っていた。


 注文を取る。


 料理を運ぶ。


 空いた皿を下げる。


 レイに言われて棚から新しいグラスを補充する。


 それだけなら普通のアルバイトだ。


 けれど、ナナが時々周囲の会話へ耳を向けていることに、悠斗は気づいていた。


 カウンターの端に座った中年の男がレイへ尋ねる。


「北側の橋、まだ工事してんの?」


「昼は片側潰してる。夜は知らん」


「昨日は?」


「昨日の夜は普通に通れた」


「今日も通れそうだな」


「知らん。急いでるなら西から回れ」


 男が苦笑する。


「相変わらず断言しねえな」


「知らないことまで知ってるふりする方がおかしいだろ」


 それだけ言うと、レイは別の客から注文を取った。


 ナナは少し離れた場所でテーブルを拭きながら、そのやり取りを聞いている。


 しばらくして別の客がレジへやってきた。


「レイ、これ会計」


「あいよ」


「そういや、週末また高架下で走るって話聞いたぞ」


「レース?」


「らしい」


「誰から?」


「知り合い。そいつが店の奴から聞いたって」


「じゃあまだ噂だな」


「まあ、そうなるな」


「決まったら誰かまた言ってくるだろ」


 レイはそれ以上追及せず、そのまま会計を済ませた。


 情報を聞けば何でも信じるわけではない。


 誰が言ったのか。


 本人から聞いたのか。


 今も正しいのか。


 分からなければ、分からないままにしておく。


 ナナがここで働きたいと言った理由が、悠斗にも少し分かった。


     ◇


 二時間ほど経つと、店内は少し落ち着いてきた。


 空いた皿を下げに来たナナへ、アキラが尋ねる。


「初日どう?」


「楽しい」


「もう?」


「うん。色んな人来るし」


「何か面白い話聞いた?」


 蓮が聞いた。


 ナナは一瞬だけ黙った。


「言わない」


「え?」


「店で聞いたことだから」


「俺らにも?」


「俺らにも」


 今度は迷わず答える。


「全部外で喋ってたら、ここで誰も話してくれなくなるでしょ」


 アキラが感心したように頷いた。


「初日から結構染まってるな」


「南雲さんに言われたこと、そのままだけどね」


「それでいいんじゃない?」


 悠斗が言う。


 ナナがこちらを見る。


「そう思う?」


「うん。聞いたこと全部教えてくれるより、その方が安心する」


「だよね」


 少し嬉しそうに笑うと、ナナは皿を抱えて戻っていった。


 その背中を見ながら、悠斗は料理の残りを口に運ぶ。


 これまでもナナは、五人の中で一番よく情報を集めていた。


 スマートフォンで調べ、噂を拾い、店や人の動きを見つけてくる。


 けれど、これから覚えるのは集め方だけではないのだろう。


 何を信じるのか。


 誰に話していいのか。


 何を話さないのか。


 それも情報を扱う人間には必要なのだと、悠斗も初めて意識した。


     ◇


 さらにしばらくして、四人は会計を済ませた。


「じゃあ、俺たち帰るけど」


 悠斗が言うと、ナナは時計を確認した。


「うん。私はまだあるから」


「終わるの何時?」


「今日は十一時くらい」


「バイク気をつけろよ」


 蓮が言う。


「分かってる。帰りの方が道空いてそうだし」


「空いてるからって飛ばすなよ」


「蓮に言われたくない」


「なんで?」


「なんでだと思う?」


 アキラが笑いながら店の扉を開ける。


「じゃあ初出勤頑張って」


「また来て」


「安くなる?」


「ならない」


「じゃあ考える」


「来なくていい」


 店を出る直前、カウンターの向こうからレイが声をかけた。


「またな」


「ごちそうさまでした」


 外へ出ると、昼間の熱気はすっかり消え、夜風が気持ちよかった。


 駐車場には白いヴェローチェ、青いレイザー、黒いクーペが並んでいる。その少し先には、ナナが帰るまで待つ黒いバイク。


 蓮がレイザーの鍵を指先で回しながら言った。


「で、明日どうする?」


「別に何も決めてないけど」


 悠斗が答える。


「最近ちっちゃい仕事多かったじゃん」


 アキラもクーペへ寄りかかる。


「そろそろ自分たちで何か大きいの考えてもいいかもな」


 シオンが二人を見る。


「何する?」


「それを考えるんだよ」


 蓮が笑った。


 悠斗はすぐには答えなかった。


 運搬もした。


 取引の付き添いもした。


 現金を狙う仕事も、自分たちだけで成功させた。


 失敗も逮捕も経験している。


 五人で動くことにも、以前よりずっと慣れた。


 それでも、次に思い浮かんだものを口にするには少しだけ勇気がいった。


「……銀行は?」


 三人の視線が悠斗へ向く。


 数秒の沈黙のあと、蓮の口元がゆっくり上がった。


「それ、いいじゃん」


 アキラも少し驚いた顔をしたあと笑う。


「ついにそこ行く?」


 シオンは短く頷いた。


「やりたい」


 悠斗自身、口にした途端に心臓が少し速くなるのを感じていた。


 生前なら、画面の向こうで始まるだけで何時間でも見ていられた犯罪。


 今度は、自分たちで計画する側になる。


「とりあえず、明日みんなで考えよう」


「ナナにも聞かないとな」


「勤務中だから、今はやめとこう」


「じゃあ明日」


 まだ何も決まっていない。


 狙う銀行も、方法も、逃げ方も。


 それでも、次に五人で挑むものだけは決まった。


 悠斗はヴェローチェのドアを開けながら、もう一度《ブルームーン》の明かりを振り返った。


 店の中では、ナナが別の客へ料理を運んでいる。


 その姿を確認してから、悠斗は運転席へ乗り込んだ。


 明日は五人で、初めての銀行強盗を考える。

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