第2章 第106話 レンジャー探し
翌日の午前十一時過ぎ。
東部の工業地区へ向かう幹線道路を、三台の車両が走っていた。
先頭は悠斗の白いヴェローチェ。その後ろをナナの黒いバイク、最後尾をアキラの黒いクーペがついてくる。シオンはアキラの助手席だった。
本来なら、ここに蓮の青いレイザーもいるはずだった。
『蓮、まだ寝てるんじゃない?』
無線からナナの声が聞こえる。
『さっき起きたって。十五分くらい遅れるから先行ってて、だって』
アキラが笑った。
「昨日、起きなかったら置いてくって言ったしね」
『店の場所は送ってあるから来るでしょ』
悠斗は苦笑しながら赤信号で速度を落とした。
中央地区を離れるにつれて高層ビルは減り、低い工場や資材置き場、運送会社の営業所が増えていく。大型トラックが行き交う道路沿いには、古びた中古車店も目立ち始めていた。
ミラーを見ると、ナナも問題なくついてきている。
昨日より乗り方は落ち着いていたが、信号待ちになるたび肩を回していた。
「ナナ、疲れてない?」
『ちょっと腕痛い』
『昨日あれだけ乗って、今日もバイクだからな』
「無理だったら休もう」
『大丈夫。まだ停める時の方が怖いけど』
貨物線の高架をくぐり、少し進むとナビが目的地への到着を告げた。
《イーストサイド・モータース》。
金網で囲まれた広い敷地には、古いセダンやバン、ピックアップ、SUVが雑然と並んでいる。
三台を駐車区画へ入れた直後、後ろから聞き慣れたエンジン音が近づいてきた。
青いレイザーが敷地へ入り、ヴェローチェの横へ停まる。
運転席から降りてきた蓮は、何事もなかったような顔をしていた。
「間に合った」
「間に合ってないよ」
ナナが即座に返す。
「十五分遅刻」
「でも店にはほぼ同時に着いたじゃん」
「集合時間に遅れた時点でアウト」
アキラも笑いながら車を降りる。
「目覚ましは?」
「かけた」
「止めた?」
「止めた記憶がない」
「それ寝坊した奴が言うやつ」
そんなやり取りの横で、シオンだけは敷地の奥を見ていた。
「……あれ」
全員の視線が向く。
奥に、角張った緑色の四駆が置かれていた。
太いタイヤに高めの車高。古い軍用車を思わせる無骨な姿だ。
「レンジャー?」
悠斗が聞く。
「違う」
シオンはすぐに答えた。
◇
近くまで行くと、悠斗にも違いが分かった。
写真で見た《ヴァルカン・レンジャー》より一回り小さい。全長も短く、ドアは二枚しかない。
「同じヴァルカン?」
蓮が車体を眺める。
「うん。《ヴァルカン・スカウト》」
「レンジャーの小さいやつ?」
「そう」
アキラが運転席側から中を覗いた。
「これ、二人乗り?」
「うん」
「レンジャーは?」
「四人」
シオンは後ろへ回りながら続ける。
「レンジャーの方が大きい。四人乗れるし、後ろも広い」
ナナが少し意外そうにシオンを見る。
「ちゃんとみんな乗れること考えてるんだ」
「便利だから」
「街で乗るだけならスカウトの方が楽そうだけどな」
アキラが言うと、シオンは迷わず首を振った。
「レンジャーがいい」
「全然揺らがないな」
「あとレンジャーの方がかっこいい」
「最後そこなんだ」
蓮が笑った。
そこへ事務所から五十代くらいの店主が歩いてくる。
「レンジャー探してるの?」
「はい」
「今はないな。何日か前に払い下げ車が入ったって話なら、たぶんうちだ。ただレンジャーは入ってなかった」
レイから聞いた話自体は間違っていなかったらしい。
シオンはスカウトの運転席にも座ってみた。
「どう?」
悠斗が聞く。
「目線高い。前も見やすい」
ナナが後ろのホロを見る。
「これも外せる?」
「外せるよ」
店主が答えると、アキラが笑う。
「じゃあこれでも乗りながら撃てるじゃん」
「二人しか乗れない」
「そこが駄目なんだ」
「あと小さい」
「結局レンジャーなんだな」
スカウト自体は気に入った部分もあるらしいが、シオンが妥協する様子はなかった。
◇
せっかく東まで来たので、その後も何軒か中古車店を回った。
二軒目には古い大型SUV。
三軒目には軍用風に改造されたピックアップ。
レンジャーは見つからない。
代わりに、その三軒目で今度は蓮が動かなくなった。
「……ちょっと待って」
「今度は何?」
ナナが振り返る。
店の奥に、一台だけ明らかに雰囲気の違う車が置かれていた。
低く構えた流線型のボディ。大きく張り出したフェンダー。スポンサー名やチームロゴは消されており、その部分だけ塗装の色味がわずかに違っている。
何より車高が異常に低い。
フロントは地面へ吸いつくようで、普通の道路にある小さな段差ですら怖くなるほどだった。
蓮の顔が変わる。
「……アルディス・GTSじゃん」
「知ってるの?」
悠斗が聞く。
「知ってる。スーパーカー」
蓮はすぐに車内を覗き込んだ。
「でもこれ、普通のGTSじゃない」
店員が近づいてくる。
「元レースチームの車両だよ。市販のGTSをベースに競技用へかなり手を入れてる」
「マジで?」
「スポンサー関係は消してあるけど、中身はレースで使ってた頃のまま」
「エンジンも?」
「そのまま」
蓮の目が完全に輝いた。
悠斗も車内を覗いてみる。
座席は運転席だけ。
助手席も後部座席も撤去され、内装もほとんど残っていない。太いロールバーが車内を這い、床まで金属がむき出しになっていた。
「助手席すらないじゃん」
アキラが言う。
「いらないだろ」
「荷物は?」
ナナが聞く。
「載せない」
「買い物は?」
「レイザーで行く」
「じゃあこれ何に使うの?」
「走る」
即答だった。
蓮はロールバーを避けながら運転席へ身体を滑り込ませる。
「街乗りできるの?」
悠斗が店員へ聞く。
「絶対無理」
答えも即答だった。
「公道用には戻してないし、車高が低すぎる。普通の道走ったら下擦るぞ」
アキラがしゃがみ込み、車体の下を覗く。
「街乗りもできないし、こんなの積載車がないとサーキットまで持ってもいけないぞ」
蓮の勢いが一瞬だけ止まった。
「……それはそう」
「普通の道走ったら下ズルズルになるだろ」
「コンビニの入口で終わりそう」
ナナも笑う。
「それは嫌だな」
「そこは嫌なんだ」
「壊したくはない」
それでも蓮はまだ運転席から降りようとしない。
「いくら?」
「280,000ドル」
「……高っ」
今度こそ蓮が固まった。
「しかも積載車まで必要だからな」
アキラが言う。
「サーキット行くたび運ばないと駄目だし」
ナナも続ける。
「分かってるって」
ようやく蓮は運転席から降りた。
それでも車体の周りを一周して、最後にもう一度振り返る。
「……いい車だな」
「買わないよね?」
「買わない」
「珍しく即答」
「280,000ドルだからな」
「そこまで聞く前は結構危なかっただろ」
「見るだけならタダじゃん」
結局、五人は笑いながら店を出た。
◇
四軒目は、ネットでは営業中になっていたのに門が閉まっていた。
「……営業中って書いてるんだけど」
ナナがスマートフォンと看板を見比べる。
「ネット負けてるじゃん」
「昨日からそれちょっと悔しい」
「南雲さんに?」
「人間の情報網に」
ナナはスマートフォンをポケットへ戻した。
「こういうの、検索だけじゃ分からないんだね」
「そのためにブルームーンで働くんだろ?」
「うん」
返事は楽しそうだった。
最後に《イーストサイド・モータース》へ戻ると、シオンは店主へ連絡先を渡した。
「レンジャー入ったら連絡ほしい」
「何が入るかは仕入れてみないと分からないけどな」
「それでいい」
「覚えてたら連絡するよ」
「状態いいやつ」
「注文多いな」
「買うならちゃんとしたのがいい」
「それは正しい」
結局、今日レンジャーは見つからなかった。
「帰る?」
悠斗が聞く。
「肉」
「……肉?」
「腹減った」
アキラが吹き出す。
「帰るか聞かれて肉って返す奴いる?」
「肉食べたい」
「じゃあステーキでも行く?」
「それでいい」
ナナが笑いながらスマートフォンを取り出した。
「近く探すね」
「今度はネット勝てる?」
蓮が聞く。
「飲食店なら勝てる」
シオンはもうアキラのクーペへ向かっている。
「早く」
「肉になると急に積極的だな」
悠斗も笑いながらヴェローチェへ戻った。
白いヴェローチェ。
青いレイザー。
黒いクーペ。
黒いバイク。
シオンだけは、まだアキラの助手席だ。
欲しいレンジャーは見つからなかった。
それでも、五人で車屋を何軒も回り、目的とは関係のない車にまで足を止める。
そんな一日も、悪くなかった。
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