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『引きこもり高校生、犯罪都市でギャングを始める ~友達ゼロだった俺の成り上がり~  作者: 阿鼻恭介
第1章

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第1章 第10話 車好きたちの夜

 久我蓮から次の連絡が来たのは、二日後の夕方だった。


『今日二十時。暇?』


 《レイヴン交通》の休憩室でそのメッセージを見つけた悠斗は、紙コップの水を飲みながら画面を見つめた。


 今日は早番で、勤務終了まであと一時間ほど。


 以前「面白いものを見せる」と言われたものの、肝心の内容は教えられていない。


『何するんですか』


 返事はすぐに来た。


『車見る』


「……それだけ?」


 思わず声が漏れる。


『危ない仕事じゃないですよね』


『違う』


『違法ですか』


 少し間が空いた。


『集まるだけなら普通』


 続けて、もう一通。


『集まってる連中が全員普通かは知らん』


「それ全然安心できないんだけど……」


 悠斗は小さく息を吐いた。


 それでも、裏仕事を頼まれているわけではない。


 しばらく迷った末、


『行きます』


 と返信した。


          ◇ ◇ ◇


 指定されたのは、南部の工業地帯にある古い立体駐車場だった。


 夜八時を少し回った頃、悠斗が建物の前へ着くと、上の階から低いエンジン音が響いていた。


 料金を払い、階段を上る。


 二階を過ぎた辺りから、タイヤの匂いに混じって音楽と笑い声が聞こえてきた。


 屋上へ続く扉を開ける。


 乾いた夜風が頬を撫で、その向こうに三十台近い車が並んでいた。


 古いスポーツクーペ。


 低く構えたセダン。


 磨き上げられた高級車。


 外装には傷が残っているのに、ホイールや足回りだけ妙に手が入っている車もある。


 人々は車の横へ椅子を持ち出したり、ボンネットを開けて中を覗いたりしながら、それぞれ好き勝手に話していた。


 危険な取引の空気はない。


 少なくとも今のところは、純粋に車好きが集まっているように見えた。


「二分遅刻」


 背後から声が飛んできた。


 振り向くと、黒いパーカー姿の蓮がいた。


「二分ですよ」


「遅刻は遅刻」


「集合時間が八時なら、ほぼ誤差じゃないですか」


「お、言い返すようになってんじゃん」


「カイさんにも最近同じこと言われます」


「カイ?」


 蓮が首を傾げる。


「友達の整備士です」


 口にしてから、悠斗自身がほんの少しだけ目を瞬いた。


 友達。


 前なら、そんな言葉を自分から使うこと自体に妙な照れがあった。


 今は以前ほど引っかからない。


「へえ」


 蓮は特に気にした様子もなく、隣に停まっていた青いクーペへ歩いていった。


「これ、俺の」


「蓮の車?」


「そう」


 悠斗は車を眺める。


 派手な外装ではない。


 塗装には少しくすみがあり、年式も新しくはなさそうだった。


 それでも太いタイヤや大きなブレーキが目につく。


「もっと派手なのに乗ってると思ってました」


「何だよその偏見」


「前に乗せた時、結構そういう感じだったので」


「見た目だけ派手にしても速くならねえからな」


 蓮はボンネットを軽く叩いた。


「俺は走ればいい」


 短い言葉なのに、妙に蓮らしい。


 以前、自分の車を使いたくないと言って送迎を頼んできたことは覚えている。


 理由までは聞いていない。


 聞かない方がいいこともある。


 悠斗も今は、それくらいは理解していた。


「今日は走らないんですか?」


「今日は集まってるだけ。車見て、喋って、たまに自慢」


「じゃあ、普通なんですね」


 蓮が少しだけ笑った。


「この時間に、この場所へ、この台数が集まってる時点で、普通って言うかは知らねえけどな」


「……なるほど」


「安心しろ。今日はお前に何かやらせる気はねえよ」


「それならよかったです」


 悠斗は周囲へ視線を向けた。


 知らない人ばかりだ。


 十人程度ならまだしも、何十人もいる。


 しかもすでにいくつもの輪ができあがっていて、途中から入ってきた自分がどこに立てばいいのか分からない。


 胸の奥が少しだけ縮む感覚がした。


 前世なら、この時点で適当な理由をつけて帰っていただろう。


「悠斗」


「はい?」


「固まってるぞ」


「……人、多いなと思って」


 蓮は周りを一度見た。


「ああ。こういうの苦手?」


「ちょっと」


「じゃあ俺の横いればいいだろ」


 あまりにも簡単に言われて、悠斗は返事が遅れた。


「……はい」


「何でそこでそんな深刻そうな顔すんだよ」


 蓮は笑いながら歩き出す。


 悠斗も少し遅れてその後を追った。


          ◇ ◇ ◇


「これ、何の車ですか?」


「《ヴァルカンR》。古いやつ」


「速いんですか?」


「その聞き方、持ち主の前ですんなよ」


「何でです?」


「古い車好きに速いかどうかだけ聞くと面倒なんだよ」


「難しい……」


 蓮について歩いているうちに、少しずつ肩の力が抜けていった。


 エンジンを載せ替えた車。


 内装だけ丁寧に直した旧車。


 外見は地味なのに、中身だけ大きく手が入っているセダン。


 悠斗に詳しい知識はなかったが、蓮の話を聞くのは面白かった。


「蓮、その子誰?」


 声をかけてきたのは、蓮と同年代くらいの男だった。


 悠斗は反射的に姿勢を正す。


「悠斗。最近知り合った」


「へえ。車乗る?」


「……まだ、あんまり上手くないです」


「免許取りたて?」


「そんな感じです」


「じゃあ無理すんなよ。この辺、高い車も多いから」


「脅すなって」


 蓮が笑う。


 男も冗談めかして片手を上げ、そのまま別の車へ向かっていった。


 悠斗は小さく息を吐いた。


「今、緊張してたろ」


「分かりました?」


「分かりやすい」


「知らない人ばっかりなので」


「俺も最初は知り合い二人くらいだったぞ」


「蓮でも?」


「俺を何だと思ってんだよ」


「初対面でも普通に喋れる人」


「それは合ってる」


 蓮は笑って、近くの柵へ背中を預けた。


「でも最初から顔見知りだらけの奴なんていねえよ。何回か顔出してれば、そのうち向こうから名前覚える」


 悠斗は車の間を行き交う人々を見る。


 全員と話さなくてもいい。


 次に会った時、顔が分かる相手が一人増える。


 その程度からでも、人間関係というものは始まるのかもしれない。


「こういう集まりって、また来ても大丈夫ですかね」


「好きに来りゃいいだろ。俺の場所じゃねえし」


「そうですよね」


 悠斗は少し笑った。


          ◇ ◇ ◇


 屋上を一周したあと、蓮の車の横で缶の炭酸飲料を飲んでいると、少し離れた場所から聞き慣れた声がした。


「……悠斗?」


 振り向く。


「カイさん?」


 作業着ではなく、黒いシャツにデニム姿の朝倉カイが、こちらを見ていた。


「何でお前ここにいんの?」


「蓮に誘われて」


「蓮?」


 カイの視線が隣へ動く。


 蓮も同時に眉を上げた。


「あれ。カイって、お前?」


「久我蓮って、お前かよ」


 悠斗が二人を見比べる。


「知り合いなんですか?」


「まあ、何回か」


「こいつの車、うちに持ってきたことある」


「高えんだよ、あそこ」


「整備代ケチる奴が車乗んな」


「ちゃんと払っただろ」


 二人のやり取りを見て、悠斗は思わず笑った。


 街そのものは広い。


 けれど、整備士と走ることが好きな人間が同じ車の集まりへ来れば、繋がっていても不思議ではない。


「車好きの界隈って、結構狭いんですね」


「狭いぞ」


 カイが即答する。


「特に夜にこんなとこ集まってる連中は」


「お前も来てるじゃん」


「知り合いの車見に来ただけ」


「それで毎回長居するじゃん」


「うるせえ」


 その時、乾いた排気音が屋上へ響いた。


 一台の赤いスポーツカーがゆっくり入ってくる。


 周囲の何人かが自然にそちらを見た。


「あいつも来たか」


 カイが呟く。


 車は少し離れた場所に停まり、運転席から若い男が降りてきた。


 二十代前半くらい。


 明るい髪を無造作に後ろへ流し、ジャケットを肩に引っかけている。


 降りるなり近くにいた女性へ声をかけ、その直後には別の男から背中を叩かれていた。


 かなり顔が広いらしい。


「誰ですか?」


「一ノ瀬ハルト」


 カイが答える。


「ストリートレーサー。昔からの知り合い」


「レーサー……」


「速いぞ。性格は軽いけど」


「聞こえてんぞ、カイ!」


 離れていた男――ハルトがこちらへ声を飛ばした。


「耳だけはいいんだよ」


「悪口言う方が悪いだろ」


 ハルトは笑いながら近づき、その途中でも二人ほどに声をかけられていた。


「そっちは?」


「俺の友達。悠斗」


「神谷悠斗です」


「一ノ瀬ハルト。よろしく」


 差し出された手に少し戸惑ってから、悠斗も握り返す。


「よろしくお願いします」


「敬語なんだ」


「二十一って聞いたので」


「そこ律儀なんだな」


 横で蓮が笑う。


「俺も直してもらえねえ」


「一歳ならまだ迷いますけど、四歳は普通に年上です」


「基準あるんだ」


 ハルトが面白そうに笑った。


「車好き?」


「詳しくはないです。でも、見るのは好きです」


「運転は?」


「まだ練習中です」


「いいね」


 ハルトは赤いスポーツカーへ一度目を向けてから、悠斗へ戻した。


「じゃあ今度、走ってる方も見に来いよ」


 カイがすぐに口を挟む。


「お前の『走ってる方』は普通じゃねえだろ」


「公道じゃなきゃ俺じゃないし」


「堂々と言うな」


 悠斗はハルトを見る。


 今夜ここで車を見るのとは違う。


 本当に走る。


 それも、おそらく合法とは言えない場所で。


「興味ある?」


 ハルトに聞かれ、悠斗は少し考えた。


 最初の逃走で、車を速く走らせる怖さは十分に味わっている。


 自分がまだ下手なのも分かっていた。


「……見るだけなら」


「十分十分。いきなり走れなんて言わねえよ」


 ハルトが笑う。


 その答えに、悠斗は少しだけ安心した。


「悠斗、こいつに煽られて車壊すなよ」


 カイが言う。


「まだ自分の車もないです」


「じゃあまずそこからか」


「買う予定もまだないです」


「夢ねえなあ」


「始めたばっかりなんだから当たり前だろ」


 カイとハルトが言い合い、その横で蓮が笑う。


 悠斗もつられて笑った。


 ほんの三週間前まで、この街で自分の名前を知っている人間は一人もいなかった。


 今は、こうして三人の会話の中に自分がいる。


 それだけで十分だった。


「じゃあ、そのうち連絡する」


 ハルトがスマートフォンを取り出した。


「今度、走ってるとこ見せてやるよ」


 悠斗は小さく頷いた。


「お願いします」


 期待はある。


 不安もある。


 けれど以前のように、その不安だけを理由に離れようとは思わなかった。

お読みいただきありがとうございます。

ブックマークや評価をいただけると励みになります。


そして本日はここまで明日も5話投稿します。

よろしくお願いいたします。

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