2話 偶然の遭遇②
少女という年齢はとうに越し、家出というより家が無い。
それを伝えるには、人が行き交う通路ではどうにも落ち着かなかった為、少し離れた端に身を寄せる。
「おねーさん、住所不定………ってどゆこと??」
私の言っている意味が理解できないとでも言うように、彼女は私が放った言葉をそっくりそのまま返して来た。
これは至極真っ当な疑問だろう。
誰が偶然自社の求人ポスターを眺めていると思った人が、住所不定だと思うのか。
普通の人ならば、退職するとしても社員寮に住んでいれば退職と共に退去しないといけないと言うのは誰でも分かる。
だからこそ前段階で計画的に他の住居を確保し就職先を見つけて退職する目処がたったら行動に移すものだ。
それが分かった上で見切り発車で行動する私が異常なのだ。自覚はある。全然ある。
それでも、頭が正常に働かなかった私にはそんな思考あったとしてもそこまで考えに至らなかった結果がこれだ。
優しく声を掛け、あまつさえ私の事を心配そうに気に掛けてくれた。
今も尚、手に握る先程お土産屋で買った駅弁をチラチラと見ながら眉を顰めていた。
「うーん……あ、そうじゃちょっと待っとって!」
そう言うと、目の前の女性は私が先程お昼ご飯用にあなご飯を買って来た土産物屋さんに走り、駅弁がずらりと並んでいるショーケースから二つお弁当を手に取りレジへと向かう。
会計が終わったとされるその女性はまた、私目掛けてこちらへと走って来て悪戯げに笑う。
「ね、ね、うちも今からご飯なんじゃけど一緒に食べん?」
「え、ご一緒しても良いの?」
「えーのえーの!うちのお話し相手になってよ!」
まさか初対面で、しかも会ったばかりの相手から食事のお誘いを受けるとは思ってもいなかった。
がしかし、正直言えば駅弁を買ったはいいが何せ食べる場所が無ければどうしようもなかったと言う事実もまた、今になって気付く。
ここは地元の民であろう彼女のお言葉に甘えてご一緒させて頂こう。
「じゃあ、うん。お邪魔しようかな」
「いーよいーよー!んじゃ行こっか!」
そう言って、その女性はおもむろに持っていたトートバックに手を突っ込み、自らのスマートフォンを取り出す。
画面を操作し、それを耳へと当てる。
どうやら誰かに電話をする様だ。
「あ、楓杜!ちょおうち、ご飯買って食べるけぇあそこ来て!………勿論あるで〜うん!待っとる〜!……うぅん、ごめんって〜ありがと!」
会話が終わった彼女がふぃっと息を吐き出し、こちらを見る。
「あ、ごめん!この後うちの弟も来るんじゃけど良ーい?」
「う、うん。寧ろ私邪魔しない?」
「大じょーぶ大じょーぶ!ちょっと弟……あ、楓杜って言うんじゃけど、にはお使い頼んどるけぇ」
なるほど、彼女がお弁当を二個買っていたのは今は別行動をしている弟さんが居たからだったのか。
先程の彼女の行動に納得していればゆっくりと歩き出した彼女はあっと何かを思い出したかのように振り返る。
「失敬失敬!うちの名前を名乗ってなかったね。うっかり〜うちは彩羽莉恋!二十歳のピチピチOL〜!莉恋って呼んで〜」
「え!?二十歳!?」
彩羽莉恋と名乗った彼女の言葉に耳を疑い、思わず少し大きな声が出てしまった。
「あれ?二十歳に見えんかった??」
うちって年相応じゃないのか〜と少し残念そうにしょんぼりしていたのを直ぐさま訂正する為、身振り手振りでそれを制止する。
「あ、違う違う!実は私も二十歳でびっくりしちゃったの」
「えー!!?同い年!?同い年なん!?え、待って!?ちょ〜嬉し〜〜!!!運命じゃん!」
何の運命か。
世の中沢山の人々が居る中で、こんなピンポイントに同い年の子に、それも同じ高卒で働いていると思われる子に初めて来た土地で出会えるなんて。
同い年と言うたったそれだけの事で少し安心感が湧き出て来る。
「あ、私は瀬戸楓っていいます」
「もー!同い年なんなら敬語いらん!タメで話そ?」
「うん。ありがとう」
キラキラとした表情で嬉しそうに笑う莉恋ちゃんは私を先導し先を歩く。
駅中を出て、何度か横断歩道を渡り、歩行者専用道路をしばらく歩き、辿り着いた先は、見上げるほど高い大型ショッピングモールと思しき建物の前。
着いてきてと言われ、そのまま莉恋ちゃんの後ろをコガモのように従順について行けば、そこは、ちょっとした休憩スペースや、キッチンカー、いくつか構えられたお店が入っていた。
四人がけの休憩スペースを莉恋ちゃんが確保し、持っていた手荷物を机に置く。
「ほらほら楓ちゃんも来な来な」
大型ショッピングモールの跡地を改造したであろうこの空間が、過去の賑わいを失ってもなお、こうして形が残り違う形で再利用されている事に感心していれば、莉恋ちゃんが手招きをする。
名残が残る高い天井を一度見上げ、確保してくれた席へと向かい、莉恋ちゃんと向かいあわせの場所の椅子を引く。
その隣の椅子を少し退かして手に持っていたキャリーケースを入れ込み、その椅子の上に肩から下げていたショルダーバックを置く。
「むふ〜おっ弁当おっ弁当♡」
莉恋ちゃんと共に椅子へと座り先程駅中の土産物屋さんで買ってきたあなご飯が入った袋一式を机上に置く。
すると早速莉恋ちゃんはお昼ご飯用に買った偶然にも私と同じあなご飯の蓋を開け、丁寧に手を合わせ食事前の挨拶をし、その栄養源たちを口に頬張り始める。
「ん〜〜うまぁー!」
モグモグと美味しそうにお弁当を頬張る莉恋ちゃんが何か不思議に思ったのか、ゴックンと口に含んでいた物を飲み込み口を開く。
「ご飯、食べんのん?」
至極真っ当な疑問をぶつけられ、私は言葉に詰まった。
そうだ。人はお腹が減り、ご飯が食べたいからご飯を買い、食すのだ。
これは誰もが簡単に行える人間が生きていく為に必要不可欠な行為。
それなのにお腹が空きご飯を買ったのに食べないなど、じゃあ何のためにご飯を買い莉恋ちゃんと一緒にご飯を食べようという誘いに乗ったのか。
これじゃあご飯を一緒に食べようではなく、ただただ莉恋ちゃんがご飯を食べている姿を眺めているだけではないか。
「ご飯………うん。お腹は空いてるんだけど、なんて言うか…………」
体の生理的な欲求では私は今お腹が空いている。
では何故、このあなご飯を前にして袋から出さずに眺めているのか。
「…………ご飯、味しなくて、お腹空いててもあんまり食べたく無いんだよね」
「!?!?!?」
初めて来た知らない土地で運命的に出会った同い年の莉恋ちゃん。
そんな彼女に誘ってもらった嬉しさにより、自分がご飯の味を感じることが出来ずにいる現在、空腹が極限にならない限りは食事をしないと言うことから目を逸らしていた。
久しぶりに対面で話した職場以外の人間、そして歳が同じの身近な存在である莉恋ちゃんの誘いなど、例え初対面だとしてもこのチャンスを逃さまいと無意識下のうちに断る選択肢など消してしまっていたのだ。
「なっ………なっ…………」
「………?」
変な鳴き声のようなものが聞こえるなと思い、誘ってくれたのにこの仕打ちをやらかした申し訳なさに伏せていた顔を上げる。
目の前に座り箸を握って美味しそうに食事をしていた莉恋ちゃんはその可愛らしい瞳をまん丸に見開き、何かに驚いているようだった。
何か私の背後にでもいるのだろうかと思い振り返ろうとすれば、ガタッと物音がしたと思えば、ガッと私の両肩に何かが触れられた。
「なっんて事!?!?そんなのいけません!!!!」
「………へ??」
勢いの良い声量に驚き、振り返る首を止め、視線を戻せばいつの間にか目の前に居る莉恋ちゃんが私のこちら側へと乗り出し、私の両肩に手を添え私を貫くのかと言うぐらいの眼力で見つめる。
「ご飯の味がせんのんなんて!!!それはストレスによる味覚障害です!!!!」
「お、おう………」
あまりに気迫に、押され口から出た言葉が小さい呟きのように零れる。
チラリと莉恋ちゃんが食していた駅弁に目をやれば、既にその駅弁の中身は空になっていた。
「何々?いつから味がせんくなったん?」
「いつ………かな。ここ半年ぐらいは味がしたりしなかったりを繰り返してる感じだったかも」
「は、半年………」
ガックシと肩を落とすように落ち込む仕草をする莉恋ちゃんに大丈夫かと問かければ、何やらうんうんと唸っていた。
確かに味覚障害など、普通に過ごしていれば早々なることはないであろう症状だ。
それこそ、近年起こった大規模な感染症の後遺症としての味覚、嗅覚障害だあったならまぁ、納得は出来る。
しかし、私の場合はそうではなく、ただただ心を患い物の味を感じなくなり食事に楽しさを見出す事が出来なくなった人間だ。
人間の三大欲求のその一つである"食事"
単なる体への栄養補給という面での役割と、心への栄養補給を行う、この二つの点において非常に必要な行為だと言うのは重々承知している。
極度のストレスがかかった人の中には、食事によってストレスを発散させる人がいるというのも知っている。
だが、私には大した趣味も無く、睡眠の質も悪かった。
今のように味覚を失う前であれば、ちょっとしたカフェに行って少し豪華な食事を楽しんでいた。
しかし味覚を感じなくなってしまった今では、味を感じず食事の美味しさを忘れ、食べる事の楽しさを忘れ、食事へのこだわりが失せてしまった。
決して食事を疎かにしていたわけでは無いにしろ、この半年の間は必要用以上の食事はとらず最低限で生きてきた。
そんな人間が、目の前で美味しそうにご飯を頬張る彼女の傍で食事等して良い訳がなかったのだ。
きっと彼女はこんな私に呆れたのだろう。
食事にと誘った相手が一切食事に手を出さず、何故かと聞けばお腹が空いているのに味がしないから食べたくないと。
そんなやつと誰が好き好んでこのまま続けて食事をしたいと思えるのだろうか。
「……あ、ごめんね。気分悪くしちゃったかなやっぱり私」
これ以上初対面の莉恋ちゃんの気分を害すのも良くないと思い、席を立とうと机上に両手をついたその上に莉恋ちゃんの両手が覆い被さった。
「ハチャメチャに訳ありなんじゃな!?そうなんじゃろ!?」
「!?!」
ギュッと握られた両手がまるで机上に縫い付けられたかのように動かせなくなる。
席から立ち上がり前のめり気味に中腰になっていた眼前に、同じように中腰状態で立ち上がった莉恋ちゃんの瞳が私の目の奥を捕らえる。
「え、わ、けありなのかな」
「ありありじゃろ!!だってそんなんじゃないと身一つで家が無い土地に来たりせんよ!!」
いや、それは私が向こう見ずな性格で思い立った瞬間から行動しただけで………
「辛かったんじゃなぁ………相当」
「………!」
眉根を下げ何故か莉恋ちゃんの方が泣きそうな表情になる。
反対に私は、そんな莉恋ちゃんを見て戸惑いが溢れ出てきてどうすればいいのか分からなくなった。
こんな事情も何も説明していない相手に、親身になってくれる人などここ数年出会ったことがなかった。
それこそ、母親や父親にこの一連の出来事は心配させたくないと何とか上手くやっていると誤魔化し続けていた。
久しぶりに浴びる人からの純粋な優しさに心が潤う。
「…………住所不定、無職……女の子。うん予想以上にやばいな」
「…………やっぱりそう思う?」
「うん。無謀すぎじゃね」
初対面の莉恋ちゃんにすらこの評価。
そりゃあそうだ。誰が突発的に収入源も無しに家もない(正しくは実家はある)土地に身一つで行くのか。
普通に考えればやろうと思ってもやらない人が大半を占めるだろう。
しかしどうやら私はその大半の人物では無いようで、今こうしてここに居る。
本当に誰に似たんだろうか。
「つかぬ事を聞くが楓ちゃん」
「うん?」
一旦落ち着いたのか、再び自らが座っていた椅子に腰掛け先程と同じく向かい合わせに座り合う形に戻る。
「楓ちゃんはここに来て、しばらくの間。家はどうするつもりだったん?」
「………ネカフェで過ごしながら家探そうとしてた」
多少のお財布の余裕があり、味覚が無い。
その為質素な食事で生活をしても栄養さえ取れればなんでも良く、食費をあまり気にする必要もないという点に置いても非常に節約した生活を送れると自負していた。
そんな驕りから来る謎の自信が、そんな性格と向き合う為身に付けられた即決即断精神が組み合わさった結果が、ネカフェという選択肢だったのだ。
「うぅ〜ん………うぅーーん!?危ない……危なすぎるなぁ……!?!」
自身が食したお弁当を片しながら会話していた莉恋ちゃんは唸りながら、ついに頭を抱え始めた。
一般論的には考え至らない様な突拍子の無い行動をしているという自覚は大いにあるが、染み付いた行動原理は中々覆すことが出来ない。
この性格を正すには、私の根本である何かを変えなければ永遠に無理なのだろう。
「………分かった、分かった!!!」
「?」
莉恋ちゃんは空になった駅弁を余分に貰っていたであろうレジ袋にしまい、袋の口をキュッと結びつけるとパッと顔を上げこちらを見る。
「じゃあうち住む??」
名案!と言うようにキラキラとした笑顔でそう伝える莉恋ちゃんを前に、私は時が止まったように固まる。
いやいやいやいやいや!!
この所何かと物騒になりつつある世の中で、初対面で素性のしれない人間を簡単に家に招き入れ、しかも!!住むか??などという提案をされるなどと誰が思ったろうか。
初対面の人を家にあげるというのも最近では危険な可能性が高く、大丈夫なのかと逆に心配になった。
大阪で暮らしている時は、町中が華やかではあるもののそれ相応に人が暮らしていたためトラブルも尽きなかった。
実際同じ職場の人達が暮らしていた社員寮ですら隣人トラブルが何度か起こっていたぐらいなのだ。
「いやいやいや!初対面で家に招き入れるのもあれなのに住む!?とはどういう事!?流石にフッ軽すぎて危険だと思うよ!?最近物騒だし……」
「いーや!うちは同い年の女の子が単身ネカフェに泊まる方がどうかと思うね!」
「うぐっ………」
確かに。自分で物騒とか言っておきながら、ネカフェの方がその影響をモロに受ける可能性が高い。
逆を返せば、初対面ながらも既に面識が出来た親身になってくれる同い年の女の子の家の方が何倍も安全だろう。
しかし、それでは彼女に多いなる迷惑がかかってしまうし、住むと言うのは、一体全体どうやって受け止めればいいのだ。
こうして誘ってくれるということはきっと莉恋ちゃんは一人暮らしなのだろう。
となれば、一人暮らしは一人暮らしなりの部屋数である可能性が高く、他の人を泊める想定をしていないかもしれない。
もしそうだとすれば、私の家が見つかるまでは莉恋ちゃんの生活領域を侵害する事になるのだ。
だがしかし、仮に莉恋ちゃんが住んでいる家が一部屋空いているとしても、初対面の人間を招き入れるという工程をすっ飛ばして同居。
それは迷惑をかけるとかそういう次元の問題ではなく、明らかにおかしい選択肢なのだ。
何度も言う。私と今、目の前にいる莉恋ちゃんとは初対面で、出会ってまだ一時間も経過していないのだ。
「こんなの迷惑かけるってレベルの話じゃないよ!?住むってどういう事!?」
「そのまんまの意味!だぁって寧ろこのままほっといて、あ〜なんか事件に巻き込まれとらんかなぁ、大丈夫かなぁってウジウジ考える方が後味悪いんじゃもん!」
「だとしても住む?は違うくない!?」
思考の飛躍というか、気軽すぎるというか。
本当に、何故こんなことになっているのか。まぁ、その原因は全て自分にあるんだと言うのは分かっているのだが。
だとしても住む?はやっぱり違う。絶対違う。
「あ、もしかして部屋のこととか気にしとる?それじゃったら安心して?うちん家まだ空き部屋あるけぇ大丈夫!」
「いや、部屋の心配……って言うか莉恋ちゃんの生活領域の心配と言うか、いきなり住む……同居のお誘いは流石に驚き………」
目の前に座る莉恋ちゃんは悩む私を見て、何かを閃いたのか、分かりやすく掌を叩き笑顔を浮かべる。
「分かった!楓ちゃん!もう一つ特典!今なら破格の、うちの手料理つき!こー見えてうち料理得意じゃけぇ任せてよ!」
フフンと自慢げに胸を張る莉恋ちゃんを見て、若干目頭が熱くなり、咄嗟に俯き膝の上で拳を握り締める。
こんな初対面の人間に心を砕き、あろうことか、住所不定の人間を路頭に迷わせないため家に来ないかと誘う。
その一歩間違えば無謀な優しさとなりえるその心遣いが嬉しい。
「ねぇ〜お願い〜!このままじゃったらうち、心配で夜しか寝れんよ〜」と最早私に懇願するように莉恋ちゃんが提案してくる。
ここは仮に住まわせてもらう私の方がする立場なのになぜ逆転しているのか。
しかし、当の本人がここまでして私の安全に気を配り居場所を提供してくれると言う。
ここまで言われてしまえばもう、この好意を拒否する事が失礼と取られるかもしれない。
それに、こんなラフに話せる相手とであれば荒んだ心が少しでも癒されるかもしれない。
「………莉恋ちゃんがそこまで言うなら……住む……と言うより一旦間借りという体ででも良いかな………?」
恐る恐ると言った様子で言葉を紡げば、バッと立ち上がった莉恋ちゃんが向かい側からやって来る。
両手で優しく握手し、その特徴的な垂れ目が吊り上がる程大きな弧を描き口の端を上げる。
「うんうん!もちろん勿論!!美味しいものいっぱい食べさせてあげるー!!」




