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10話 紅葉狩り①

 

 広島に来てから一週間後。


 それまでなんやかんやと、移住する手続きを済ませ、仕事の内容をザッと把握する為、日々カフェ紅亞で働く茉莉奈さんを始めとする莉恋ちゃんと楓杜君の働く姿を目に焼き付けていた。


 何より、働くことになれば莉恋ちゃんと楓杜君が私の仕事の先輩になるのだ。


 あれだけの手際の良さと普段との違うお客様に向ける専用の畏まった態度をこの一週間眺めていれば、必然的に私も頑張らねばと言う奮起の材料にもなっていた。


 そんな中、今日は秋晴れが広がる太陽が燦々と照りつける快晴。


 一ヶ月に一回の二連休の初日である本日は茉莉奈さんの自家用車に三人で乗り込み、茉莉奈さんの運転で紅葉狩りに行く日だ。


 行き先は、海のまち尾道にある『千光寺』


 事前に莉恋ちゃん達から見せてもらったお花見シーズンのドローン写真を見たが、それはそれは綺麗だった。


 そして今回の目的は、紅葉狩り。


 千光寺の本堂近くや、参道、公園。至る所に美しく色付いた紅葉やイチョウが点在しているそう。


 広島にやって来たこと自体が初めてな私は勿論、尾道にも行ったことがないし、ましてや千光寺に行った事もない。


 それに久しぶりなピクニックとも言える今日の予定は、内心非常にワクワクしている。


 現在は、運転席に茉莉奈さん、助手席に楓杜君。後部座席に私と莉恋ちゃんが乗り込み、途中のパン屋さんで買った惣菜パンでお腹を満たしていた。


 楓杜君が丸く焼かれたパンに、てらてらと輝く照り焼きチキンとコーン、刻み海苔が乗っかった甘辛い醤油の味付けが癖になる王道な照り焼きチキン。


 乗せられたマヨネーズもまろやかなアクセントだろう。


 莉恋ちゃんが大事そうに持っているのは意外と長めなフランスパンの上部全体にバターと共に和えられた明太子がふんだんに盛り付けられただいぶインパクトの強い明太フランス。


 これが意外とフランスパン一本分なので長くてデカい。


 勿論この半分のサイズや四分の一サイズも売っていたのだが、莉恋ちゃんはこれを見た瞬間迷うこと無く即決していた。


 それはもう、早かった。


「むぐ……楓杜〜照り焼きパン一口ちょうだい〜」


 ガジガジとフランスパンを噛みちぎりながら食べていた莉恋ちゃんは、助手席でもくもくと照り焼きチキンを食べていた楓杜君に一口貰うよう強請る。


「ん?もぐもぐ………莉恋が、明太フランスくれたらな」


 咀嚼していた照り焼きチキンを飲み込んだ楓杜君は、背もたれ越しにちらりと視線を寄越しながら莉恋ちゃんの方を見る。


 ちらりと隣に座る莉恋ちゃんの方を見れば、楓杜君の交換条件に少し迷いが出ているのか、自身が持っている食べかけの明太フランスと照り焼きチキンを交互に見ていた。


 だが、この時既に莉恋ちゃんが持っている明太フランスは元の大きさの四分の一程の大きさにまで迫って来ていた。


「………ぐっ………口を、開けるんじゃ」


 意思が決まったのか、助手席に座る楓杜君が一口齧れる様、少し前のめりになり運転席と助手席の間から明太フランスを差し出す。


「あぐ………ん〜うま。ほらよ」

「やりぃ〜」


 二人は物々交換のようにお互いのパンを差し出し、仲良く一口ずつ食べ合う。


 私も手に持っているパンを一口齧りもぐもぐと咀嚼する。


 私のパンは、半分に切られたベーグルの断面にクリームチーズが塗られスモークサーモンとレタスが挟まれたベーグルサンド。


 味を感知できない私は、見た目と食感で自身の脳に向けてこれは美味しいと印象付けなければならない。


 その点を考慮した上で、パン屋さんで選んだのはもっちりとした食感が特徴のベーグルだ。


 具材を挟んだベーグルを必死に顎を開け一口齧りつけば忽ちにその生地の弾力と、シャキッとしたレタス、モギュッとしたスモークサーモンが絡み合う。


 もぎゅもぎゅと噛み込みながら莉恋ちゃん越しに窓の外を眺めてみる。


 沿岸部を走っているだけあってそこは朝日によってキラキラと水面が輝く瀬戸内の海が広がっていた。


「あ〜ん……私にも何かちょうだい〜お腹がすいたわ〜」

「はいはい!じゃあこの餡子ボールあげる〜」


 丁度信号待ちになった瞬間を見計らい、莉恋ちゃんは中に粒あんが入ったコロンと小さい餡子ボールを一つ手に取り、 運転席に座る茉莉奈さんの口へと放り込む。


「ん〜!美味しい〜」ともくもくと糖分を摂取した茉莉奈さんは、幸せそうな表情を浮かべたのをバックミラー越しに見る。


 先程よりも少しシャキッとした様子でハンドルを握り直す。


「後もう少しで着くからね〜」

「「「はーい」」」


 元気よく三人で返事をすれば、車内に目的地を指す道案内のナビの声が響く。


 到着予定時間を見れば、後十分ほどだった。


 ・

 ・

 ・


「着いた〜!」


 ぐんぐんと山の上に上り辿り着いた専用駐車場に着いた所で、茉莉奈さんが一つ大きく伸びをする。


 平日だからか、尾道を代表する観光地であるがしかし、花見シーズンの混雑時と比べれば恐らく訪れている観光客の数が違うだろう。


 朝食であるパンを食べ終わった私達は、茉莉奈さんが餡子ボール以外の別のメインのパンを食べ終わるのを待とうと思ったが、当の本人が「紅葉狩り中に食べるからいいよ〜」と言うので、早速現地に向かうことにした。


 皆がそれぞれ車から降りる為扉を開ける。


 私も自身の右横にあるスライドドアを手動で開け、背後のトランクの方へと歩む。


 同時に反対側から降りていた莉恋ちゃんがガチャリとトランクに繋がるバックドアを開ければ、ゴムパッキンが車体に引っ付いたまま離れなかった。


「えへぇ〜!?何故!?」

「あ〜最近トランク開けてなかったからかしら〜」

「めっちゃくっ付いてる……」


「楓杜の手も借りたい〜」

「ん??どしたん?」


 助手席でゴソゴソと持ってきていた荷物をまとめていた楓杜君は、私たちの嘆きの声を耳で拾い、こちらへとやってくる。


 状況を理解した楓杜君は、少し考え、今一度トランクを開けるためバックドアと車体がくっ付いた箇所を何度か軽くトントンと拳で叩き始める。


 それを見て、成程!と思い私も反対側のバックドアに近い車体部分を軽く叩く。


 衝撃を少し与える事によって、微妙に空気の隙間を作り張り付いたゴムを少しづつ剥がしドアを開ける作戦だろう。


 すかさず、楓杜君がバックドアの取ってに手をかけ引っ張ってみればガッとゴムパッキンが車体から離れ無事ドアが開く。


「うし、開い……」


 ガジャア…………


「あらまぁ……」

「わぉ」


 開いたは良かったが走行中の揺れにより場所が移動していた事によりトランクに入っていた物がアスファルトの上へと散らばる。


「やっぱトランク開けて真っ向から入れた方が良かったんにな?」

「横着したのがいけなかったね」

「まぁまぁ!落ちて心配なもんは無いし大丈夫大丈夫!」


 後部座席からポイポイっとトランクに詰め込んだ事でこんな事に……犯人は………誰とは言わない。


 皆、それでも良いだろう派だったので誰も止める人が居なかったのだから。


 大人しく落っこちてしまった紅葉狩り用もとい、ピクニック用に用意した道具達を拾う。


 扉を閉め、茉莉奈さんが手元に持つキーで鍵を閉め準備が完了した。


 助手席に楓杜君と一緒に乗せていた昼食の入ったバスケットを楓杜君が抱える。


「うちこっち持つ〜」

「じゃあ私はレジャーシートを」


 そう言って莉恋ちゃんは、初対面の時に楓杜君が持っていたお使いで購入したであろう代物が入った紙袋を持つ。


 あの時、駅で買ったお買い物の品というのはどうやら今日この時の為の物だったようだ。


「よし、皆忘れ物は無い?」

「無ーい!」

「ご飯も持った」

「鍵も閉めましたもんね」


 念の為、ガチャガチャと鍵を閉じられたであろう車の扉を茉莉奈さんが開けようとするも、びくともしないのを見る限りちゃんと鍵は掛かっている。


 準備は万端。


「「じゃあしゅっぱーつ!」」


 二人の掛け声と共に、近くに生え茂るイチョウや紅葉の木陰がそよそよと吹かれる風によって囁き始めるのを耳で聞き、目的の場所へと行く為駐車場内を歩き出す。


 十一月上旬になったということで、影に入っていれば暑さはなく、寧ろこの状態で木枯らしが吹けば若干の寒さを感じる。


 しかし、天気は快晴。


 日向に出てしまえば、この気候だと暖かいを通り越して少し暑いかもしれない。


「やっぱりまだちょっと青々してるの多いね〜」

「見頃って大体十一月中旬とかだもんね」


 そよそよと風によりしなる木々達は、真っ赤に色付いたものもあれば、まだまだ深緑色をした葉達も見受けられる。


 しかし、それもまた個人的に言えば風情があっていいかもしれない。


 勿論全てが真っ赤に染った紅葉も良いというのを前提において置いてもだ。


 しばらくの間三人が向かいたい場所へとピッタリとくっついていく。


 絶妙に緩やかな傾斜が続いており、最初こそ余裕ぶって並走していたものの、段々と息が上がって行った。


「…………ふぅ。体の衰えを感じる……」


 歩きやすさ重視として履いてきていたスニーカーだったが、その靴底が破れてしまうのではないかと言うほど足を滑らさないように力を入れる。


 貧弱になったな………


「あらまぁ。楓ちゃんがそれを言うなら私はどうなっちゃうのよ」


 と、言いつつも茉莉奈さんは私や莉恋ちゃん。なんなら楓杜君をも抜いて一人突っ走っているかのように飛び抜けて早く歩いていた。


 当の双子二人も、特に息は上がっておらず、私の歩く速度に合わせて並走してくれていた。


「皆、体力凄いね………私恥ずかしいぐらい体力ないじゃん………」

「そりゃあね!うちらは中学ん時陸上部だったけぇ、足には自信あるんよ!」

「つっても短距離の方じゃけどな」


 成程。それは納得だ。


 納得だがしかしそれでも私の体力の無さが際立って見えるのがなんとも釈然としない。


 もう少し運動して体力つけよう………


 緩い傾斜のアスファルトを踏み締め、歩きながら辺りの見回し景色を眺めてみる。


 右を見やれば、芝生広場の様な場所が広がっておりそこらにもチラホラと子連れの観光客が来ていた。


「あ〜ここね、お花見の季節とかは屋台が来とるんよ〜」


 目の前の曲線上になった道に向かって指差し莉恋ちゃんがニシシッと笑いながら教えてくれる。


 やはり大々的なお花見シーズンになれば、必然的にお花見に来る人が増えるからだろう。


 きっとここの芝生広場に転々と生える木々も、春先となれば薄桃色の綺麗な桜が満開に咲き誇るのだろう。


 それもまたとても粋だ。


「へぇ〜どんな屋台が来るの?」

「んー、前来た時はイカ焼きとか牛串があったな」

「たい焼きも!餡子とカスタードがあったよ〜めっちゃ餡子入ってて美味しかったよ〜!」


 どの品も夏祭りの屋台で定番のラインナップだ。


 やはり屋台といえばオーソドックスに片手で食べれる軽食が醍醐味だ。


 何より、お花見をしながら屋台で買った物を食べるのもまた、夏に花火を見ながら屋台飯を食べる楽しみと似ているだろう。


 普段作ろうと思えば作れるもの物も、あのなんとも言えないその場その場の雰囲気による熱気で普段より特段美味しく感じるバフを得られるのだ。


「また今度お花見で来ようね〜」

「夏とかに来てもまた風情がある良いもん見れるしな」

「………うん」


 二人からすれば何気なく出てきたアンサーである《また今度》と言うワード。


 それは私にとってまた来年も一緒に暮らしたまま一緒の場所で働き、少し関係値が進展した間柄になってからまた来よう、と約束されたも同然の言葉だった。


(………………もう少し)


 ふと頭に過ぎった、両親の顔。


 大阪の会社で働いている時も、仕事の忙しさにかまけて体調を心配してくれた母からのメッセージを数日おきに返信すると言うのがざらにあった。


 その事もあり、何かと母からメッセージが来ればそれだけで自分の事を心配してくれているという事が嬉しくもありながら、同時にこれ以上余計な心配はかけたくないと言う思考が生まれた。


 その思考回路が芽生えたことにより、自分からは辛かったことなど一言も発さず、母や父から来るメッセージだけに返信するだけだった。


 故に、それが爆発して高校卒業から務めていた会社をスッパリ辞め、あろう事か他県へと飛び出して行っていることなど両親には想像もしていない事象だろう。


 幸いここ一週間後はまだメッセージが届いていない。


 これは決して両親達が私を見限ったからこのスパンでのやり取りではない。


 私が返事を疎かにし、まともに家へも帰って居なかったからこそ、少し距離を置かれている…………だけだと思いたい。


「………はぁ、本当に嫌になる」


 二人には聞こえないよう小さく溜息をつき、ボソリと独り言を零す。


 私自身から無駄な心配をさせまいと変な気を使い、距離を置いたというのに。


 今度は逆にそれが私の貧弱な想像力のせいで悪い方向へしか思考が働かなくなる。


 本当に、人間とは実に身勝手な生き物だ。


 自身のズボンに入っている携帯を布越しに摩り、視線を少し地面に落とす。


(…………もう少し……もう少し心の整理がついたら連絡するから………まだ、待っててくれるかな。母さん、父さん)


 呆れられるかも、失望されるかも。


 漠然とした『家族』としての絆を断ち切られてしまうかもしれないという恐怖が私の身を包み体を竦ませる。


 いつもなら何かをする時、頭で考えるより先に行動するくせに。


 心底自分も気の小さいちっぽけな人間なんだと、雄大な自然に囲まれた今ではそう思う。


「皆〜先に展望台に行かん〜?」


 先を歩いていた茉莉奈さんは、その場で立ち止まりこちらに手を振って上り坂の更に先を指差す。


「おー行くいく〜」

「楓ちゃん!海が見えるよ海!」

「売店にソフトクリームもある」


 行こいこ〜と二人に手を取られまた少しペースアップし坂を登っていく。


 少し肌寒いと感じていたのが嘘かのように体の芯から熱が湧き上がってくる。


 やはり太陽が照りつけており、少し息が上がるぐらいの坂道を登ったからか。


 これに関しては私の体力が少ないという線が濃厚なのだが、どっちみち売店でソフトクリームがあると楓杜君から聞いた事により、俄然食べたくなった。


 果たして何味があるんだろうか。


 少し気が滅入る思考を飛ばし、一旦はこの目の前の楽しみを満喫しようともうひと踏ん張り地面を踏み締めて二人と共に坂道を歩いていった。

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