11話 紅葉狩り②
袋に包まれたレジャーシートを抱えながら、莉恋ちゃと楓杜君と共に傾斜が続く道を歩き、ついに上り坂らしきものを登りきる。
少し息を落ち着かせながら右手側を見れば、瓦屋根で出来た一軒の平屋が鎮座している。
ここが件の売店とするならば、後もう少し上に展望台がある筈。
もうひと踏ん張りと歩けば、目の前に開けた場所が現れそこには大きなコンクリートで作られた展望デッキが姿を現した。
「おぉ………」
既に先に到着していた茉莉奈さんがこちらに手を振り、集まるよう手招きする。
「展望デッキね〜めっちゃ景色綺麗なんよ〜」
「うん。見晴らし凄い良さそう……」
コンクリート造りの展望デッキに上がる為、螺旋状になった緩やかな階段を皆で登る。
コツコツと円を描きながら段々と上がっていく途中から既に太陽によってキラキラと輝く真っ青な海が瞳に映る。
上に上がればこれよりもっと見渡せる尾道の街並みと瀬戸内の海が、どんな形で見れるのかと言う期待が胸に積もる。
最後の段のを登り切り、左右に広がる柵付きの細長い展望台に到着した。
遮るものの無い高台に登った事で、先程までそよそよと吹いていた風が、潮風と思われるものに変わり私のみ髪を撫ぜて靡かせてくる。
その心地よい風に身を委ねながら、吸い込まれるままに海が見える方の柵へと歩いていく。
「…………わぁ………」
瞳に映ったのは、瀬戸内に点在する様々な島々と水平線までくっきりと見える雄大で、穏やかな鮮やかな群青色の海。
眼下に広がるは、森を彩る赤と橙、黄色。青葉の緑や深緑。
この地に生きる人々の生活圏内である密集した建造物達。
街を見下ろしてみれば、先程ここへとやってくるまでに通って来た道筋も目視出来る。
「きれい……」
その美しいパノラマに呑まれ、見惚れているとトテトテと展望デッキを歩き回っていた楓杜君が近寄って来る。
「写真撮る?」
「え、撮る撮る」
腕に抱えていたバスケットを腕に掛け、自らのズボンのポケットからスマートフォンを取り出す。
トトトッとスマートフォンを操作し、絶景のパノラマを背後に柵の方へ少し寄れかかる。
インカメラにしたであろう楓杜君がスマホを掲げ、こちらに来るよう視線を送ってくる。
「おいでおいで〜」
「おぉ、自撮り!」
すかざず私もその傍らに潜り込み、レジャシートを片脇に挟む。
画面に映る背後の景色と手前に映る私達二人。
楓杜君の指がシャッターに触れそうになるのを確認し、自らの指でピースサインを作る。
カシャッとシャッター音が鳴ったと思えば、再びシャッターが押され…………たと思えばいきなりカシャカシャカシャカシャと連続したシャッター音が鳴り始める。
「へぇ!?なぜ連写!?!」
スマートフォンが落ちないように握り直した事で偶然シャッターのところを押してしまったのかと思い、隣に居る楓杜君に話しかけようと顔を向ける。
「ぶ、は!?!え!?!」
先程までほのかな微笑みを称えながら比較的お澄まし顔でこのスマートフォンの画角に収まっていたはずなのに。
隣に居た楓杜君の表情はその表情と比べ物にならないぐらい歪んだ…………実に破壊力の強い変顔をしていた。
それはもう、普段の穏やかな表情からは想像できないほど、言葉に言い表せない凄まじいギャップの変顔。
「あはっ!!!あはははは!ちょっ、と待って!!やめてそれ!やばい!!」
「ふっww笑いすぎじゃろ」
笑いが込み上げ、抑えきれない爆笑が本人を目の前にしているというのに心の底からの笑いが溢れ出る。
当の本人は何処吹く風。
まるで先程の事は無かったことにでもなっているかのように、スンっと元のいつも通りの表情に戻る。
そして私の爆笑具合いに釣られてか、少し吹き出したように笑いを零す。
「あ〜ちょっとずるいぞ〜うちも入れてぇや〜」
すると少し離れた場所で茉莉奈さんと共に景色を写真に収めていた莉恋ちゃんがいそいそとこちらへとやってくる。
「一笑〜!」
そう言って、快活な笑顔を浮かべた莉恋ちゃんは私の方へと回り込み楓杜君と共に私を挟み込むようにギュッと中央に寄る。
それを見計らったかの様に、楓杜君は自らのスマートフォンのシャッターを切る。
「今日のひと笑いは楓杜か」
「昨日は莉恋に譲ったけぇな」
そう、昨日の一笑は莉恋ちゃんによる功績だった。
休み明けから私も遂にカフェ紅亞の従業員の一員として働くと考え若干ナイーブになっている時に、偶然と言うか、ほぼほぼ事故のような事象で起こった笑いだったのだ。
莉恋ちゃんが私が原因で巻き込まれ、その状況と言動に私が元凶だと言うのにも関わらず笑いのツボが浅い私は盛大に笑ってしまったのだ。
本当に、莉恋ちゃんには申し訳ないと思っています。
「てか楓ちゃんバカ爆笑しとったけど楓杜はなんしょーたん?」
「………っくふwものすっっっごい変顔w」
今思い出しても思い出し笑いが込み上げてくるほどには、私の脳内にあの変顔が脳内の記憶細胞に記憶された。
昨日も昨日で面白かったが、今日は今日で普段とは違う楓杜君のおかしな表情を見た事は私のツボに突き刺さった。
ここ一週間二人とともに暮らし、初対面の時よりかは二人の内面を知れ、気心はまだ知れていないかもしれないが同じクラスのちょッと仲の良いグループと言う関係性にはなったと思う。
そんな中で一見クールそうに見える楓杜君はやはり、莉恋ちゃんと双子と言うだけあって意外と感情の起伏が分かりやすい。
莉恋ちゃんよりかは表に出てくる表情の緩急は穏やかだと言うことも理解した。
その上での、ある程度ここまでの表情をするんだという基準が定まってきていたこの状況下で、天元突破したかのように表情筋を総動員したこれまでと比べ物にならない盛大な変顔をかまされてしまえば笑わずにはいられない。
「んっふふ〜楓杜のほっぺは柔らかいけぇ〜色んな表情出来るんよ〜こー見えて意外と表情豊か」
「タレ目が特徴な気だるげ男子じゃあ無いんだな、これが」
ぷにぷにと楓杜君の左頬を莉恋ちゃんがつつくと、それに呼応するように楓杜君は自らの頬をビヨーンと伸ばしその柔らかさを証明して見せた。
確かに頬の筋肉が柔らかい人は表情が豊かな傾向があるとどこかで聞いたことがある。
本当に、黙っていればその莉恋ちゃんと似ているタレ目とキュッと締まった唇から醸し出されるダウナーな雰囲気は初見じゃあコロコロと表情の変わる男の子だと判断するには難しい。
実際、紅亞での楓杜君は家に居る時より気を引き締め、表情を取り繕っていると言うのは見ていて分かる。
きっと気の緩む家族の前や、家の中でしか素である姿を晒していないのだろう。
現時点でも、己の頬っぺたの柔らかさを自慢するかのように少し自慢げに眉根を上げ得意げに笑っている。
その姿は喜怒哀楽のハッキリとした人懐っこい犬のようで、思わず喜びに勢い良くしっぽを振る犬の様だと錯覚した。
「んふふwどっちかって言うとワンコ系なの?」
「ん?まぁ、ワンコ好きじゃし、そーじゃね?」
「そーいう意味のワンコちゃうじゃろ」
軽快な莉恋ちゃんのツッコミを受けた楓杜君は若干意味の分かって無さそうな表情で首を傾げながら「ワンコは好き」と復唱していた。
「さぁ〜。皆お写真撮れた〜?私段々お腹がすいてきたわ〜」
お腹をサスサスと擦りながら私達の会話の切れ目を見計らった茉莉奈さんがこちらへとやって来る。
「あー、餡子ボール消化された??」
「そうみたい〜」
それもそうだろう。
茉莉奈さんは今日の紅葉狩りの為、朝早くから起床し、我々のお昼ご飯を拵え、尚且つ朝食を抜き私達と共に此処、千光寺へ行く為運転をしてくれた。
茉莉奈さん曰く、軽食を食べてはいたとの事だが、しかし朝から効率良く活動するには、一日で一番朝食が大切なのだ。
それを少し疎かにし、一番身体を張ってくれていたのだからお腹が空くのは至極当然のことだろう。
茉莉奈さんに無理を強いるのは本意では無い為、丁度いい感じに写真も取れたことで、皆と共に展望デッキを降りる。
売店の店先に飾られたソフトクリームの宣伝用の大きな暖簾をチラ見すれば、それに気付いた莉恋ちゃんからまた後で食べに来ようねとウィンクされる。
先程登ってきた坂を少し下った場所にある開けた芝生広場がある場所。
広場の端っこには東屋の様な簡易的な休憩所が鎮座している。
目的である紅葉狩りをする為そちらとは反対に木々が生え揃う崖側前の芝生へと歩いて行く。
その場まで足を運べば、幹から枝分かれした事で私達と同じ目線に鮮やかな紅葉が見える所に枝葉か位置する。
「よぉし、では楓ちゃん!シートを敷くよ!」
「うん!」
左脇に抱えていたビニール袋に入った少し大きめなレジャーシートを取り出す。
丁寧に畳まれたレジャーシートを広げ、一辺を私、一辺を莉恋ちゃん。
楓杜君、茉莉奈さんの全員で四方向を掴みフワリと芝生の上へと着地させる。
「うし」
すかさず、レジャーシートが風で飛ばされぬよう、楓杜君が手に持っていたお昼ご飯の入ったバスケットを端に置く。
次いで、茉莉奈さんもゆっくりと腰を下ろし、りこちゃんも持っていた紙袋をレジャーシートの上に丁寧に置き、ストンッと座り込む。
私も座ろうと思い、その場にしゃがみ膝を立て、靴を脱ぎ足を崩しながらその場に座る。
「うはぁ〜!!毎年ながら綺麗じゃねぇ!」
「じゃな」
ゴソゴソとバスケットの中を探り、茉莉奈さんの食べ損ねた朝食用のパンを見つけ出し、楓杜君はそれを茉莉奈さんへと手渡す。
「ありがとう〜」
茉莉奈さんはピリリッと包まれた袋に貼り付けられたセロテープを剥がし封を開け、早速リラックスしたように足を伸ばし切り頭上に広がる紅葉を眺めながらまぐまぐとパンを頬張り始める。
私達は先程朝食のパンは車内で食べきってしまったので、少しつまめるようにと買っていたクッキーを取り出す。
全体的に透明ながらも、下部が白のレース柄をしたラッピングに赤色のサテンリボンで封をされた綺麗な円状のクランベリークッキー。
クルクルと捩じられたサテンリボンを捩じり閉じられた封を開ける。
「いっただっきまーす!」
先手を打つかのように、早々に包装紙を開け放っていた莉恋ちゃんは、クッキー生地にドライクランベリーが入れこまれた一口サイズのクッキーを頬張る。
次いで、楓杜君も一つクッキーを取り出し、サクリと一口齧りサクサクと咀嚼する。
私も食べようと、一枚取り出し、まじまじと見つめる。
バターの練り込まれた黄金色をしたクッキー生地に、真紅が輝くルビー宝石の様なクランベリーが私の唾液腺を刺激する。
匂いを感じている訳でも、ましてや食べている訳でもないのに。
ゆっくりと口元に運び一口、ザクリと噛み締め、ポロリと零れた欠片を咄嗟に反対側の掌で受け止める。
噛んだ瞬間の食感と、分離したクッキー生地を口内で咀嚼して感じる食感とは少し種類が違っていた。
円状のクッキーを割るには、少し力を要するが、口に入れてしまえば、そこから綻びるようにホロホロと噛めば噛むほどシャクシャクとした軽快な食感へと変化する。
所々に入れられたドライクランベリーが、ねっちり、もっちりとした刺激を歯に与え、食感の緩急を感じさせてくれる。
「んん〜〜!!サクホロでバターの風味が美味しぃ〜」
「このクランベリー甘酸っぱくて美味い。ジャムとかあったらすげぇパンに合いそう」
「うわ、何それ最高じゃん」
バターの甘味とクランベリーの果物としての甘酸っぱさが感じれない私は念の為、嗅覚が機能していないかと確認する様に、クッキーのラッピングを開け匂いを嗅いでみる。
スンスンと嗅いでみてもその願いは叶わず、またしても何も香らず味も感じられなかった。
シャクシャクとクッキーを頬張りながら、肩を落としていると、それに気付いたのか莉恋ちゃんがこちらへとすりすりと近寄ってくる。
「大丈夫よ〜そんな急がんくてもきっと味分かるようになるよ〜」
「そうそう。焦ってもええ事なんて無いんじゃけぇ」
そう言って頭上に広がる燃えるような鮮やかな炎のような紅葉を見あげ手をのばす。
するとはらはらと枝から離れた一枚の紅葉がレジャーシートの上へ落下する。
「それにこう言うのは雰囲気を楽しむのが良いんじゃん!」
「ん〜、じゃあ、俺達の紅葉狩りの醍醐味を早速やろう」
「醍醐味?」
手に持っていたクランベリークッキーの封を閉じた莉恋ちゃんは、横たわらせていた紙袋を立てる。
両方の取っ手を持ち、入口を広げこちらへと中身を見せてくる。
何が入っているのだろうと導かれるがままにその中身を覗いてみると、その中に入っていたのは個包装された様々な種類のもみじ饅頭と、私がお土産屋さんで買っていた可愛らしい箱のもみじ饅頭だった。
「花より団子。反対言葉は、紅葉とまんじゅう。広島県民ならば紅葉狩りでもみじ饅頭食べるんが常識じゃ!」
「そうなの?」
「いや、これは莉恋の暴論……と言うか、茉莉奈さんの受け売り」
「うふふ。でも粋でしょう?」
もぐもぐと白身フライを挟んだバーガー風のパンを食べていた茉莉奈さんは、にこやかに微笑む。
「この儀式はね私達の原点なの」
「原点………?」
「俺達が今の俺達になったきっかけ、的な?」
「なんかかっこいい」
原点と言うことは、過去の二人がこの出来事をきっかけに何か変化が起こり、今の二人になったということだろう。
正直心根から優しく明るい二人の変化する前の姿が想像出来ない。
しかし、この紅葉狩りでもみじ饅頭を食べるという習慣は、三人にとってどうやら大切な行為のようだった。
「………!」
もしかしたら二人が変わったと言うこの行為で、今の私にも何か良い変化を齎すかもと誘ってくれたのだろうか。
この考えは自意識過剰かもしれないが、もしそうだとしてもそうでなくても。
私をここまで連れ出し、綺麗な景色を皆で共有し、美味しさを分け与えてくれる。
これだけでも私の心は十分に安らいでいる。
「あ!楓ちゃんにオススメなんはこのクロワッサンもみじね!」
「え!たい焼きじゃなくて!?」
「そーそー!これね〜生地がモッチモッチしてて美味いの!」
「鳴門金時と餡子どっちがええ?」
「じゃあ餡子で」
「金時じゃなくていいの?」
「………鳴門金時はあんまり食べたことがないから、味覚が戻ってから食べたいな」
「「!」」
「そーね、そーね!!その時は一緒に食べようね〜!」
「鳴門金時は美味いぞ〜」
そうしてまた、私と双子の間に美味しい約束が結ばれこの二人の傍らに居場所が着実に築かれているのが静かに分かった。
もみじが繋ぐ美味しい縁。
一旦この辺りで区切りとさせていただくと同時に短期連続更新を切らせていただきます´ω` )/
またストックが溜まりましたらゆっくりと投稿していこうと思いますのでまたその時はのほほんと読んでいただけると幸いです☘︎︎*・




