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9話 初めまして③

 

 店内に流れる軽快なジャズを耳に捉えながら、ここカフェ紅亞に訪れたお客様は、皆それぞれの代物を頼み、それぞれの楽しみ方で寛いでいる。


 一人で足を運んだ女性は私と同じく、カウンター席に座り食事が来るまでの間を目の前で繰り広げられる調理の様子を環境音として聞き流しながら本を読む。


 何人かと共にやって来た人達は、四人がけのテーブル席へと座り、楽しそうに会話に花を咲かせ気ままな昼食を摂っていたり、お茶会を開いていたりしている。


 一番人気とされる正面入口横の席には、このカフェの目の前に広がる雄大な瀬戸内海を見ることの出来るガラス窓がある。


 今の時期は紅葉が見ごろという事で、カフェのちょっとした庭先に植えられた紅葉の木が良い感じにしなっており、瀬戸内の青い海と、鮮やかに色付いた紅葉の赤色が目を惹く絶好の写真スポットとなっていた。


 ただ、このカフェと瀬戸内海までの間には、車道がある為、意外と車が通っているというのもありそこに座っている二人の女性達はシャッターチャンスを狙い成功したり失敗したりとでクスクスと笑い楽しんでいるようだった。


 そして一つ。なんと言われても驚く事がある。


「お待たせしました。本日の日替わりランチとなります」

「あ、ありがとうございます」

「では、ごゆっくり」


「カフェオレとワッフルのお客様」

「はーい」

「ガトーショコラのお客様」

「あら、ありがとう楓杜君。今日も一段と男前ね」

「ふふ。ありがとうございます」


「………………」


 いや、普段の二人との態度が違いすぎて風邪ひきそう!!!!


 そりゃあね?カフェ紅亞の従業員として人様の前に出て接客をする接客業なのだから、あからさまに変な態度では務まらないということは重々承知している。


 しかし!!!!あの爛々とした太陽のように弾けるギャル味の強い莉恋ちゃんが。


 一見、飄々とした表情を浮かべながらも意外とノリがよくおちゃらけている楓杜君が。


 その片鱗を一切見せないようなこの猫のかぶりよう!!!


 しかも見てよあのお客さんに少しからかわれてもさり気無い微笑で華麗に躱す様を………!!


「…………すご……」


 おまけに今はお昼時。開店直後の数時間前はパラパラといたお客さんも、時間を追う毎に人が増し、今では空いている席がほとんどない状態だ。


 それ故に、追加される注文も多く、目の前のキッチンカウンターでは茉莉奈さんを中心とした莉恋ちゃんと楓杜君も接客の合間に調理補助及び主導でそれぞれの調理に取り掛かっている。


 メインの日替わりランチや、パスタ、ワッフル等様々な料理を作っては、席に運び、注文を受けまた調理場に戻れば、お会計の為にレジスターの前に立ち見送る。


 忙しくとも、ここは寛ぎを届けるカフェであるか故に調理にかかる作業音も、お客様が去った後の片付けをする際も。


 どの工程を行うにも、店内の雰囲気を壊すような雑音を出来るだけ出さないように細心の注意を払いながらも、的確な動きで物事をこなして行く。


 その姿は、私の瞳に昨日駅中の土産物屋で見た店員さんと同じものを感じた。


 いや、もしかするとその人よりももっと驚異的な手捌きで目の前にある仕事を捌いている気がする。


「お待たせしました〜カフェラテとピザトーストです」

「わぁ……美味しそう……ありがとうございます」

「うふ。ごゆっくり〜」


 カウンターキッチンに籠りきりの茉莉奈さんも、手元で様々な工程を同時並行で行いながら、主にカウンター席に座るお客様の対応を受け持っている。


 しかも、カウンターキッチンという事で、お客さんとの距離が物理的に近い為、合間合間に行う会話にも一つ一つ丁寧に対応している。


 茉莉奈さんに関しては普段とは殆ど何も変わらないにしても、その表情は、なんて事ないとで言うかのようににこやかに微笑んでいる。


 莉恋ちゃんや楓杜君に至っても、出会ってまもない間柄であれど、彼女達の素の姿と言うのを少なからず見せてもらった。


 その情報のまま今の二人を見てしまえば、普段とのギャップに驚かざるを得ない。


 テキパキと行われるホールの回し具合に若干の疎外感を感じながらクピリとはちみつレモンを飲み込む。


 段々と、本当に私がこんな凄い所で働いても良いのかという疑問が浮かび上がってくる。


 私の前職は、工場勤務だった為、こうした対人間の接客業は未経験者だ。


 勿論、この数時間の間、茉莉奈さんから手渡されたマニュアルを何度か読み込みながらこのお店のある程度の動きも把握した。


 しかしそれは把握しただけであって、私自身が実際に実行出来るかなどという事とはイコールでは無いのだ。


「てい。眉間に皺〜」

「!」


 コースターの上に置かれたはちみつレモンを見ていると、急に眉間のところに何かがぶつかる。


 驚いて少し視線を上げれば、その目の前には莉恋ちゃんが立っており、自身の右人差し指を私の眉間にツンっと触っていた。


 その様子は先程お客さんの対応をしていた様子とは違い、普段のものと同じ口調だった。


「どしたん。お腹空いた?」

「ううん。そうじゃないけど……」


 ちらりと近くでオーダーを取る楓杜君を視界の端で捉えながら少し口篭る。


 すると何かを察したのか、莉恋ちゃんはほほぅ?と納得したように一つ頷きいつもの様にニカッと笑う。


「もしかしてうちらの姿に見惚れとったん!?」


 見惚れ……と言うとそうでもないけれど、しかし事実、働く二人の姿を目で追いかけていたのでそう言っても相違ないかもしれない。


「………そうだね……うん、そう。凄いなぁって思って二人の事ちゃんと見てた」

「あ、まさかの当たり??えへへそれ程でも〜」


 照れるなぁといいながら気恥しそうにモジモジとしている様子は可愛らしく、つい先程の出来る大人というような態度とのギャップに驚かされる。


「なになに〜惚れた腫れたのお話〜?」


 すると突然、私の席から一つ飛ばした左側に座っていた女性から声をかけられる。


 ベリーショートヘアのその人は、先程から茉莉奈さんとポツポツとお喋りをしながらパンケーキをつついていた人だ。


「違いますよなつきさん〜この子が私達の勇姿に見惚れてたって事ですよ」

「あらま。そうなのね〜楓杜君かっこいいものね〜」


「楓ちゃんこの人はなつきさんって言ってね。ここの常連さんなんだよ」

「あ、そうなの!初めまして瀬戸楓って言います」

「あらあら〜初めましての子だったのね。私なつきって言うの」


 うふふと笑いながらなつきさんは再び手元にあったパンケーキを一切れ口に含み、もぐもぐと咀嚼する。


「それで?見惚れてたって何。楓杜君の事好きなの?」

「なつきさん大胆〜楓ちゃん困るじゃないですか」


 ホールから下げてきた食器を丁寧に洗いながら莉恋ちゃんが口を挟む。


 普段と同じ崩した喋り方なのを見て、どうやら中々に気心が知れている相手の様だった。


「えぇと、非常に好ましくはありますが、恋愛的ではないですね」


 確かに、初対面の時から莉恋ちゃんと同様に私に向けられる人助けに分類される好意的な態度はとても好ましくあった。


 とても優しい人だし、喋りやすいし、なんと言っても、双子の姉弟である莉恋ちゃんとの掛け合いは聞いているだけで面白い。


 むしろこんなフレンドリーな人を嫌う人がいたら、それこそ耳を疑う話だ。


「あらぁ〜楓杜君振られちゃったわ?」

「勝手に振られた男にせんでくださいよ」

「あ、話題の主役」


 先程取ってきたオーダーを茉莉奈さんに伝えた後、既に準備していた他の商品の仕上げをする為楓杜君が厨房に入ってくる。


 頭に被った少しズレたキャスケットを手直しし、冷蔵庫にあるホイップクリームとベリーが入った銀ケースを取り出し、ワッフルを彩っていく。


「え〜何。二人と楓ちゃんはどういう関係なの?」


 ソワソワとした表情でキッチンでそれぞれの作業をしている二人と私を見比べながらなつきさんが問う。


 その質問に二人がお互いチラリと見合い、口を開く。


「「昨日出会った仲です」」

「昨日!?」

「「同居してます」」

「同居!?」

「暫くしたら楓ちゃんもここで働きます」

「え、え、待って待って。おばちゃん理解追いつかない………」


 順を追うようにして今口に出された言葉を繰り返し、慎重に言葉を噛みくだくようにしてなつきさんが頭を抱える。


 確かに。昨日出会った仲の人と同居してますなんて言ったら理解が追いつかないに決まっている。


 ましてやその相手となつきさんが足繁く通うこのカフェで働くこととなるという話ならば尚更。


「これにはふかぁ〜い理由があってですね」

「かくかくしかじか的ですね」

「なるほど。全く分からないけれど、初対面のおばちゃんが踏み込む話じゃないわね」


「楓杜君これお願い〜」

「はーい」


 今しがた出来上がった熱々の料理と、楓杜君が仕上げたワッフルをお盆に乗せ届けに行く為キッチンを離脱して行く。


 莉恋ちゃんは洗い終わった食器を清潔な布巾で磨きそれぞれの配置へと片す。


 一度会話が途切れ、なつきさんもホイップクリームとメープルシロップをパンケーキに乗せ、一口頬張る。


「楓ちゃんは二人とお友達なの?」

「…………の部類なのでしょうか…?」

「あはは!そこも分かってないのね!」

「おかしな話ですよね………」


 自分でも分かっている。


 二人の厚意によって二人のアパートの一室に転がり込みあろう事か暫くの間にかかる料金は負担しなくてもいいと言う。


 それじゃあただの居候だ。同居人とも言えない。


 そんな相手を二人は烏滸がましくも友人と呼べる仲なのかというのは些か疑問ではある。


 通常の人であればまずそもそもの話、友人でも無い人を家に上げることはせず警察に行くよう促す気がする。


 こう考えると、私も然程自覚は無かったものの意外とパーソナルスペースが狭かったのかもしれない。


「でも同居か〜良いねぇ楽しそうじゃない」


 しかし、なつきさんから帰ってくる返事は意外と好意的なものであった。


 ニコニコとこちらを覗き見るようにしてフォークを持っている姿は、何処か楽しそうだった。


「え、否定しないんですか?」

「しないしない!あ、でもこれは私が莉恋ちゃんと楓杜君の人柄をある程度知っているから言える事じゃけぇ、間違っても他の人だった場合は私もこんな呑気な事言ってないわよ?」

「なつきさんが嬉しいこと言ってる」

「そりゃあ二人はこのカフェの看板双子なんじゃけぇいい子なのは知ってるわよ〜」


 ヤダ嬉しい〜と少し照れくさそうに含羞む莉恋ちゃんは、手をじゃぶじゃぶと洗い、水滴を拭う。


 すると、お会計をするためにレジスター前に立ったお客さんを対応する為にサッとキッチンから立ち去り颯爽とレジ対応をし始める。


 今の今までお皿洗いと、私となつきさんの対応を同時進行で行っていたのに、レジスター前に立ったお客さんを待たせる暇なく対応に向かった。


 二つの物事だけに囚われず、意識して周りの状況を把握しているのか。


 目、何個あるの。すごい。


「は〜い楓ちゃん。今日のお昼ご飯だよ〜お客さんの波やっと落ち着いたけぇちょっと遅くなってごめんねぇ」


 そう言って目の前に茉莉奈さんがやってきたと思えば、飲みかけのはちみつレモンのグラスのすぐ側に今日の日替わりランチであるプレートとスープの小鉢を置く。


 プレートの上には、レタスと紫キャベツのサラダに特製のポテトサラダとザク切りにされた一切れ一切れが大粒のフライドポテト。


 メイン所に肉厚のハンバーグと円状に盛られたパセリが降りかかった白米。おまけのデミグラスソースの入った小鉢が乗っていた。


 その隣に置かれたスープは黄金色に輝くコンソメスープだった。


「わぁ………美味しそう…………」

「あらほんとね〜私も食べたくなっちゃったわ」

「なつきさんも食べる〜?」

「あはは、食べたいけど全部食べれないから無理よ〜また今度食べちゃお」


 そしてなつきさんは一口紅茶を口に含み、一息ついた。


 私も目の前に出されたワンプレートランチを眺め、まずは手を合わせこの素晴らしき食事を作ってくれた茉莉奈さんや莉恋ちゃんに対して感謝の挨拶をする。


 手前にある箸を持ち、ドレッシングのかかったレタスと紫キャベツのサラダを一口頬張る。


 紫キャベツのシャキシャキとした食感が耳に響き、爽快感を感じさせる。


 隣にあるポテトサラダを削り取る。


「!」


 わざと潰しきれていない原型の残ったじゃがいもと共に和えられているアクセントの紫キャベツがホクホク、シャクシャクと食感が楽しい。


 よくよく見てみれば、ポテトサラダの所々には黒い斑点が見える。


 香りは分からないがおそらく、ブラックペッパーだろう。


 となればこのポテトサラダはきっと、マヨネーズのまろやかな味わいの中にブラックペッパーのピリリと痺れる鼻を抜ける風味を感じ美味しいのだろう。


 そしてメインであるハンバーグを食べるべく、小鉢に入ったデミグラスソースをゆっくりと回しかける。


 肉厚のハンバーグが円状に盛られた白米の上に寄りかかっているため、自ずとそのデミグラスソースがキラキラと輝く雪原のような白米の上を滑りひたひたに染みていく。


 視覚から来るとてつもない誘惑に生唾をゴクリと飲み込む。


 箸を手に取りデミグラスソースが滴るハンバーグに箸を入れ割る。


 割り出た中から出てくるのは甘美な肉汁。深い褐色を持つデミグラスソースに溢れ出た肉汁が混じり合い、箸で持ち上げればポタポタと滴り落ちる。


 白米の上に一度バウンドさせ、勢いのままに口の中へと入れ込む。


 すると噛んだ瞬間に感じるお肉の柔らかさとそれに付随して噛めば噛むほどジュワリと肉汁が滲み出る。


 堪らず、白米も口に放り込み込めば口内に広がる肉汁が白米に吸われ、一体化していくのが分かる。


 仕上げにコンソメスープを一口口に含めば、暖かなスープが口内を潤し、入っているクルトンがカリジュワッほぐれていく。


「………美味しい」


 味覚は感じないながらも、これは美味しいものだと脳が判断する。


 今この時一生に一度のお願いを使うなら心の底から早く味覚が戻って欲しいと願いたい。


「あ、そう言えば楓ちゃん。来週のお休みは皆で紅葉狩りに行くの?」


 もぐもぐとハンバーグを咀嚼していれば、パンケーキ食べ終わり優雅に紅茶を飲んでいたなつきさんがそう問いかける。


「来週の、紅葉狩り??」


 確かに季節が秋となった今の時期は、青々とした木々は赤く色付き丁度今が見頃だ。


 しかし、なつきさんは皆で、と言っている。


 私にはその言葉の意図が分からずに首を傾げる。


「あ〜それ今日の夜に言おうとしたのに〜なつきさん先に言っちゃわないでよ〜」

「あら!?そうなのね!ごめんなさい茉莉奈さん〜」


 少し不貞腐れたように茉莉奈さんが言うと、焦ったようになつきさんがすぐさま謝る。


 でもその様子は本気で怒っているようではなく、すぐにコロッと普段通りに笑いながらダメだぞったとなつきさんにダメ出ししていた。


「???」


 状況が分からず、ひたすらに目の前にあるサラダをもしゃもしゃと口に含み、話が振られるのを待つ。


 暖かなコンソメスープが段々とぬるくなってきたので、ぐっと一息に飲む。


「実はね楓ちゃん。来週の火曜、水曜が今月唯一の連続休みでね?その日に莉恋ちゃんと楓杜君と紅葉狩りに行こうってお話だったのよ〜」

「おぉ……成程」


 確か頂いたマニュアルの説明書の所に、月毎の休みは基本火曜日と金曜日だが、月一回だけそのお休みを火曜日か、金曜日にくっつくけて二連休にしていると書かれていた。


 私はまだ確認していないがどうやら、茉莉奈さんが運営しているカフェのSNSに月毎のシフト表が月末になると公開されているようだ。


「じゃけぇ、楓ちゃんも加わったことじゃけぇ皆で行こうって昨日の夜LINEでお話してたのよ〜」


「ね、楓ちゃんさえ良ければ皆で行かない?一人でお留守番は寂しいでしょう?」


 花見ではなく、紅葉狩り。


 桜を見る為にどこかへ出かけたことはあっても、山の紅葉を見る為に出掛けたことは生きてこの方経験したことが無い。


 それに、花見と同じ部類だと思われる紅葉狩りも莉恋ちゃんと楓杜君、茉莉奈さんたちと行けばきっととても楽しいだろう。


 それに皆が家を空けるというのに、家主でも無い私だけが残るというのもおかしな話だ。


 となれば答えは一つだ。


「はい、是非行きたいです!!」

「ふふ。楓ちゃんならそう言ってくれると思ったわ!」

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