第320話 隠されし山脈
「……ソフィちゃん、きちんと話してもらいますよ」
その日の放課後、エラはジェイ達とは別行動を取った。新たに白兎組の担任になったソフィアを問い質すためだ。
「ちょっと、エラちゃん怖いって。え、なに、取り押さえ役?」
軽く流そうとするソフィア。彼女が視線を向けているのはエラの後ろに控える侍女達、特に普段は連れていない二人目の侍女だ。
彼女はソフィアに話を聞きに行くと言ったエラに、ジェイが付けたアーマガルト忍軍の一人である。いわゆるくノ一だ。
くノ一だけあって傍目にはただの侍女だが、既に侍女を連れているエラに付けるのだから、ただ者ではないだろうと推測できる。
実際ジェイは、まだ島が完全に落ち着いたとは言い難いため、護衛としてくノ一侍女を付けていた。
現在彼女達がいるのは図書館。放課後なのもあって利用者はそれなりにいるが、咳払いするだけでも目立ちそうな静寂に包まれている。
ソフィアにとってはホームグラウンドと言える場所。勝手知ったる我が家のようにエラを司書室へと招き入れ、魔草茶を入れた。
卒業生であるエラは知っている。華族学園の歴史教師、ソフィア。彼女は普段から授業が無い時は図書館に入り浸っており『図書館の主』と呼ばれていた事を。
そんな彼女は、率先して担任になりたがるタイプではない。
ましてや、こんな政治が絡んできそうな話は避けるタイプだろう。好奇心は強いが、それが特定方向にしか向いていないのがソフィアという女性である。
にもかかわらず、こうして白兎組の新担任になっているという事は、何かしらの理由があったはず。そこで前述のセリフにつながったという訳だ。
「どこまで聞いてるんです?」
「どこまでって言われてもねぇ……私に関しては、本家が勝手に推挙したらしいんだけど」
ここで言う「本家」というのは、ソフィアの実家の事だ。タルバ華族桐本家が本家であり、セルツ華族桐本家は分家という事になる。
「それで、本家は何と?」
「……それ聞いちゃう?」
頬を引きつらせるソフィア。そういう反応をするという事は……。
「つまり、色仕掛けしろと」
「いや、それは手段であって目的ではないよ」
要するにジェイに取り入って、誼を結びたいという事だろう。
そのための手段が、いわゆるハニートラップになるのは否定できないが。
「そもそもさ、向き不向きがあると思わないかい?」
半ば呆れ気味のソフィア。彼女の性格的に、心底そう考えているのだろう。
エラも同じく呆れ顔だが、内心は正反対だったりする。
確かにソフィアは自分の趣味以外にはとんと無頓着だし、そも趣味に関しても研究馬鹿なところがある。この図書館で本に埋もれている彼女を発見したのは一度や二度ではない。
身だしなみに関してもそうだ。長い髪は寝ぐせでボサボサだし、色白の肌は、青白いと言われ不健康に見られがちだ。
ローブは地味で、眼鏡も垢ぬけない。全体的に風采の上がらない出で立ちである。
私生活のズボラさはお察しの通りであり、お世辞にも結婚に向いているとは言い難い。在学当時から友人だったらエラは、それをよく知っていた。
しかし、それだけではない事もエラは知っていた。
長いボサボサ髪の印象が強く残るが、それに隠された顔立ちは童顔寄りだが整っている。
野暮ったいローブのせいか、着ぶくれしていて中は不健康なひょろりとした身体つきだと思われがちだが、そうではない。
そもそも本当にそんな身体ならば、大量の本を抱えて図書館内を動き回ったりできないし、それらに埋もれても平気でいられるはずがない。
そう、ソフィアは意外と肉付きが良く健康的な身体をしている。
田舎臭いローブの中に、たわわに実ったふたつの果実を隠している事をエラは知っていた。
そうなると色白の肌も美しさを飾る一要素として評価される。磨けば光る、いや、輝く原石だ。
それだけにもったいない。それが学生時代のエラ達の、ソフィアに対する評価である。
更に言うとソフィアは、コミュニケーション能力に少々問題がある。距離感が近過ぎておかしいという意味で。
誰に対してもそうなので、適切な距離を測る事が不得手なのだろう。
当の本人は婚活よりも趣味という人なので、彼女の原石っぷりを知ったエラ達は「学生の頃は数多の男子を勘違いさせてきたのでは?」と語り合ったものだ。
問題があるとすればジェイよりもずっと年上だという事だが、華族の婚姻としては無くもない年齢差だ。何よりエラ自身も年上である。
桐本の本家も、エラという前例があるからこそソフィアを推挙したのだろう。
それだけに色仕掛けを仕掛けてくるならば手強い相手になる。エラはそう判断していた。
もっとも、本人にやる気は無さそうではあるが。
「それにしても……」
エラが気になったのは、どうして急に各国が動き出したかだ。
自分達の縁談が連合王国中から注目されていた事は理解している。
いずれ何かしらの形で介入されるだろうと思っていた。だから、それまでに確固たる関係を築いておこうと努力もしてきた。
しかし、各国一斉にというのは予想の範疇外だ。
特にタルバはソックがいるのだから、そこから更に、しかもクラスメイトではなく担任教師を送り込んでくるとは思わなかった。
今回のクラス再編成が、チャンスだったというのは分かるのだが……。
「……やり過ぎた?」
「君の婚約者君がね」
つまるところは「活躍し過ぎた」という事だろう。
「確かに魔神は倒したけど……」
「エラちゃん、ちょっと麻痺してないかい? それ、英雄レベルの武功だからね?」
普通ならば、一柱撃退しただけでも英雄だ。ましてやジェイは四柱の魔神を滅ぼしている。
あと、百魔夜行もあって今回は各国の注目度が高かったというのもあった。
『アーマガルトの守護者』が入学した時点で各国が介入の機を窺っていたところに今回の魔神ダ・バルト討伐の報。そして、そのタイミングでのクラス再編成である。
ジェイに接近させるまたとないチャンス。多少強引な手を使ってでも、白兎組に関係者を送り込まなければならなかったのだ。
「強引な手……」
「まったくだね」
そう、クラスメイトではなく担任教師として送り込むのもやむなしと考えられるレベルの事態だったのである。
「その……他にいなかったの? ソフィちゃんがダメって訳じゃないけど」
「そこはダメと言ってくれてもいいんだよ?」
自分とエラでは同じ年上でも年齢差が違うのにと、ソフィアは力なく肩を落とす。
それだけエラがジェイより年上である事を気にしているという事なのだが、友人にして大人であるソフィアは、それに触れる事は無かった。




