第313話 ごほうびっておいしいですか?
龍門将軍一行が帰国して数日後、ジェイ達の下に連絡が届いた。
事後処理の方がひと段落ついたため帰還せよとの事だ。
冷泉宰相からの魔道伝話を受けたのはエラ。
彼女の周りにはジェイ達が集まっており、受話器を置いた直後質問攻めにあう。
「褒賞が決まったんですか?」
「何もらえるんです?」
「一時金と宝剣の下賜」
「基本ですね」
「それと……昇爵よ! 今日はお祝いしないと!」
「エラ姉さん、それどっちが?」
ジェイは将来的にアーマガルト辺境伯を継ぐ立場だが、現状既にアルマ子爵にもなっている。
「伯爵になるそうよ」
「あ~、子爵の方か」
爵位の序列は上から順に公爵、侯爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵、騎士爵だ。
なので伯爵になるという事は、昇爵するのは子爵という事になる。
「父上が武功を挙げた訳ではないから……かな?」
ジェイが首を傾げているが、当たらずも遠からずといったところだ。
ジェイ自身まだアーマガルト辺境伯ではないためこちらの方が筋が通るというのもあるが、それだけではない。
序列一位の公爵は王家の血を引く者や近しい立場の者に与えられる爵位であり、一般の華族としては二位の侯爵が最高位であると言える。
そのためアーマガルト辺境伯を侯爵にしようとすれば、難しい調整が必要になっただろう。
しかし、アルマ子爵を伯爵にするのはそこまで難しくはない。
こちらの事情の方が、今回アルマ子爵の方を昇爵させる理由として大きいだろう。
なお、魔神討伐に見合う褒賞かどうかは考えないものとする。
どれ程ならば見合うかと考え始めるとキリが無いし、
何より爵位よりも上――たとえば新しい領地をもらったとしてもジェイは持て余してしまうだろう。
ほどほどで良いと遠慮する訳ではないが、そこをガチガチに求めると国そのものが傾きかねない。
だからと言って王位を譲りますとか言われても困るというのが正直なところだ。
そしてこれまで功績の積み重ねを考えると、有り得なくもないと思えてしまうのが怖いところである。
それならば恩義という無形の褒賞として預けておく方が良いという判断であった。
「あと、宮中伯にもするつもりみたいね」
「キューチューハク?」
今度はアメリアが首を傾げた。
改めて説明すると、宮中伯というのは宮廷において伯爵相当として扱われる役職だ。
というのも本来セルツにおける男爵以上の爵位というものは領主である華族に与えられるもの。
そのため宮廷に仕える領地を持たない華族は、領地を持たない華族――騎士爵という事になる。
しかし、それでは領主華族と相対する時に不都合がある。
男爵以上の爵位を持ち出し「騎士爵風情が……」と言い出す者が出てくるのだ。
騎士爵といえども王家の使い。無礼極まりない話ではあるが、かつてはそういう事もあったというのが現実だ。
そのため用意されたのが、王家が伯爵相当として扱うように定めた役職「宮中伯」である。
厳密には爵位ではないのだが、今では実質爵位のように扱われていた。
眉をひそめたモニカが、疑問を呈する。
「それ、伯爵になるジェイに何か意味あるんですか?」
「…………おお、確かに!」
明日香も言われて気付いた。伯爵になるジェイにとって、伯爵相当として扱われる意味は無いという事に。
「領地は無いけど、俸給は出るわ」
こういう時のエラは、宮廷側の代弁者のようになってしまう。実家の立場的にそうせざるを得ない。
「おいくら?」
すかさず尋ねたのはモニカ。こういう時は素早かった。
エラはおおよその額を答えたが……。
「……どうしよう。基準が分からない」
「あ、あら?」
モニカの反応は芳しくなかった。
彼女が考えていた比較対象が、領主華族の昴家だったので仕方がない。
「モニカ、領主華族と比べてはいけませんよ」
ポーラの指摘通りだ。
そもそも領地からの収入を得られる一方で、領地のための支出も多いのが領主華族。王家から俸給を受ける内都華族とは根本的に異なるのである。
「王家は、かなり奮発していますね」
「ええ、立て続けに領地を与えるのは避けた分も上乗せされてるんじゃないかと」
ポーラとエラの評価としては、一時金も俸給もかなり多めとの事だ。
宮廷もジェイを蔑ろにしたい訳ではなく、むしろ可能な範囲で厚遇したいという意志の表れだろう。
「それとね、宮中伯は宮廷会議に参加できるようになるの」
「え~、めんどくさそ~」
アメリアの反応は予想通りだ。
「大事な事だとは思うけど……」
モニカの反応も芳しくない。こちらは宮廷会議の重要性は分かっているが、それはジェイがやらないといけない事か?という疑問があるのだろう。
「えっ? ジェイが? 参加するんですか?」
「しないんじゃないかなぁ」
明日香の問い掛けに、ジェイは天井を仰ぎ見ながら答えた。
本来宮中伯というのは、宮廷に仕える華族のための役職だ。宮廷会議に参加する事がその役目と言える。
もっとも、宮廷はそこまで求めてはこないだろうが。
「え、えっと、宮中伯になると……いつでもお城に入れるわね」
エラは、これが宮廷の本命だろうなと考えていた。
これは名誉な事であり、宮中伯の持つ特権だ。しかし、ジェイ自身にメリットがあるかと言われると微妙なところである。
というのもジェイにとって宮廷というのは呼ばれれば行く所であり、自分から行こうとする場所ではないというイメージがあった。
これはジェイが特別という訳ではなく、領主華族の共通認識と言える。
「まぁ、どちらかと言うと宮廷側の都合だろうな」
「そうなの? パパ」
「これまでは冷泉宰相を通すなりしないと、城に入れなかったし」
「……そうね。いざという時に呼び出しやすくなると思うわ」
「それ宮廷の都合じゃん」
アメリアの言う通りではある。
ただ宮廷側としても今回の百魔夜行の襲撃のような事態において、冷泉宰相を通さなければ連絡もままならないという状況は改善する必要があったのも事実だ。
「宮廷会議に出ろって言われない限りは、持ってて損は無いだろ」
「そんな感じでいいのかなぁ……『宮中伯』の扱いって」
「断ったら、それはそれで問題になりそうだし」
「止めてね? ジェイ君」
ジェイも必要性は分かるため反発まではしないというのが正直なところだ。
これはジェイが宮廷に譲歩したと言えるだろう。
「……よしっ!」
それが理解できてしまうエラは、今晩サービスしなければと決意して小さく拳を握るのであった。
それを言い訳に、甘い時間を過ごしたい……という本音については触れぬのが情けである。
ある意味これは、家庭と宮廷の板挟みになっている彼女へのごほうびでもあった。




