第312話 氏の名は
セルツとタルバ、双方の事後処理がひと通り終わる頃、龍門将軍一行はようやく帰国の途についた。
騒動を起こさせず、おとなしくさせておくという役目を果たせたので、ジェイ達はほっと胸を撫で下ろす。
「孫ができたら、すぐに報せるのだぞ!!」
声が大きい。ジェイの隣で照れる明日香は愛らしいが、当のジェイは目を輝かせた武士達の注目を集めていたたまれなくなっている。
「りょ、了解です……」
伝えたら押し掛けてくるのだろうなとジェイは苦笑いだ。
元よりジェイ達の婚姻に反対していない者達だけを援軍として連れてきていたのだろう。集まるのが期待の眼差しばかりなのが救いであった。
龍門将軍と入れ替わるように戻ってきたのは『賢母院』ポーラ。
アメリアについての話はすぐに終わっていたのだが、王家の事後処理を手伝ってきたそうだ。
というのも華族学園の創設者である彼女にとって、連合王国の全ての華族は今でも教え子のような存在なのだ。
百魔夜行との戦いで勇敢に戦い、そして散っていった者達。彼等を称え、労わずにはいられなかったのである。
「アメリア、決まりましたよ」
「えっ、何?」
知らないところで何かが決められる。養子縁組の時と似たような流れを感じたアメリアは、ピャッと逃げてジェイの背に隠れた。
「怖がる事はありません。決まったのは、あなたの家名なのですから」
「……昴でいいです」
ぽそっと呟くアメリア。ジェイと養子縁組したいようだが、そうはいかない。
ポーラはそれをスルーして話を続ける。
「『風魔』それがあなたの新しい家名です」
「良い家名ですねっ!」
強そうな字面に満足気な明日香。
「なるほど……」
エラはその家名に込められているであろう意味合いに納得する。
「……ちょっと安直じゃないです?」
そしてモニカは、少々辛口な突っ込みを入れた。
当のアメリアはというと――
「フーマ……?」
――そもそもどういう字なのかが分からず、ピンときていない様子だった。
この世界では、かつて召喚された武士達によって日本語が伝わっている。
しかし、ひらがなとカタカナはともかく、漢字は『漢字学』という専門の学問が存在するぐらいに習得難度が高い。
そのため華族でも漢字を十全に使いこなせる者は少なく、家名を書くのがやっとという者がほとんどだという。平民出身のアメリアは、言わずもがなであった。
「『風』の『魔』法使いだから『風魔』という事ですか?」
「それだと『カゼマ』じゃ……?」
エラの言葉にツッコミを入れたアメリア。漢字が分からぬ者の意見である。
「それと、武士達によって伝えられた忍者の名です」
「乱波」とも呼ばれた伝説の忍び集団。それが風魔忍者である。
「ああ、風魔小太郎」
「その風魔です」
風魔忍者の頭領が代々受け継いでいたとされる名が「風魔小太郎」だ。
かつてこの世界に召喚された武士達の中に、風魔一族がいた……という設定のドラマや小説がいくつか存在するぐらいには知られた話である。
モニカも、ジェイが「アーマガルト忍軍」を結成したのを切っ掛けにハマり、彼をドラマのヒーローと重ねて想いを馳せたものだ。
「じゃあ、私の名前はアメリア=風魔=フォーサイス?」
「フォーサイスも変わります」
それは高城家の氏名である。新しい家を興す以上、アメリアはその名を使えない。
「あなたの血をたどれば、どこかの華族にたどり着くのでしょうが……」
魔法使いに目覚めたという事は、魔法使い――華族の血を引いている可能性が高い。
「……知りたいですか?」
「どうでもいい」
あっさりと答えたアメリア。彼女としては、仮に恨みはあっても恩などは無い。いや、恨むほどの思い入れもないと言った方が正確だろうか。
「ならば新しい名を付けた方が良いでしょう」
現状では調べる事ができたとしても、これからお取り潰しになる家にたどり着く可能性が高い。
そうなるとアメリアの功績で助命するかどうかという問題も発生するため、最初から調べない方が良いだろうという判断だ。
「…………ハッ! 」
「どうした?」
「実はジェイと血がつながってるとか!?」
「それは父上の隠し子という事になるんだが……」
御家騒動、もとい夫婦喧嘩勃発待ったなしである。おそらく一方的な戦いになるだろう。
実際アメリアの両親のどちらかははタルバ華族の誰かだと思われるので、状況的にも有り得ない話なのだが。
「というか、お義母様の方がアーマガルトの血筋だよね?」
「まぁ、そうなんだが。父上も魔法使いの血は引いてるだろうし」
魔法使いの血をまったく引いていない華族は、いないと言われている。
仮に全く引いていない平民が功績を挙げて華族になったとしても、その代か次代で他の華族の血が入るためだ。
「というか、氏名ってどうやって付けるの? アーマガルトは地名だよね?」
「その土地で興った氏族だから、土地の名前を付けるというのはあるな」
「じゃあ……」
「でも、その氏族が治める事になったから、氏名を地名にするってパターンもあるんだよ」
「や、ややこしい……」
セルツ内だけでも混在しているので、本当にややこしい。
「アーマガルトは地名が先だよね?」
「確か、そうだったはずだ」
ジェイは当然知っていたし、モニカも義母ハリエットから教わっていた。
こういう家の歴史を覚えるのも華族にとっては大事な事であり、モニカにしてみれば昴家に嫁入りするための花嫁修業の一環であった。
「じゃあ、私は?」
「アメリアちゃんは初代だし、どこかの土地を任せられる訳でもないから……」
「では、武功を元に名前を付けるのはどうでしょう?」
そう提案したのは明日香。武功で家を興す場合は、このパターンで名付けられる事も多い。氏族の歴史を名前で表すのだ。
「たとえば?」
「百魔夜行との戦いで功績を挙げたのですから、この場合は戦場となった場所から……ポーラ?」
「それなんか怖いよっ!!」
華族学園があるあの島の名前は「ポーラ島」。氏名ではないが、統治者の名前が付けられた例である。
「私は構いませんが?」
「いや、それは……」
伝説上の人物が、目の前にいるのにその名前を使う。恐れ多いなんてものではない。
「遠慮する事はありません。さあ、さあ」
「ちょっ!? なんかゴーイン!!」
ずいっと顔を近付けて迫るポーラ。その押しの強さにアメリアは訳が分からず腰が引ける。
ポーラがこうなっているのには理由がある。
アメリアがジェイをパパと呼んでいるのに対し、ポーラはジェイの母と名乗っている。
そしてジェイ自身がアメリアを拒んではいない事もあって、ポーラもアメリアに目を掛けているのだ。
「せっかくだ。ポーラ島にちなんだ氏名にさせてもらったらどうだ?」
「マジで!?」
他に語れるような歴史が無い以上、他に選択肢が無いとも言う。
結局はポーラが名付け親という事になり、アメリアの氏名が決められた。
「えっと……アメリア=風魔=ポラリスです!」
こうしてジェイの寄騎、ポラリス氏族の風魔家が誕生したのであった。
今回のタイトルの元ネタは、映画等の『君の名は』です。




