第310話 アメリア一世はタルバ人
一方その頃、内都の王城、その一室では……怒気が渦巻いていた。
「ほう……年齢を偽って入学させていたと……」
アメリアの年齢詐称の件が、冷泉宰相を通じて宮廷に伝わったのだ。
これは華族学園、ひいてはセルツ王家を謀った事になるため、バルラ太后の怒りは相当なものがあった。
「太后殿下、その家はタルバで叛逆の罪に……」
「ぐぬっ……!」
もっとも高城家は既にタルバで処分を待つ身なので、直接処罰する事はできそうにないが。
「では、その入学した娘はどうなっている!?」
手の届く範囲にいるのは、養子のアメリアだが……。
「『アーマガルトの守護者』の保護下にありますな」
「此度の戦いで活躍した功労者ですぞ」
こちらも冷泉宰相と武者大路団長が口々に擁護する。
百魔夜行との戦いにおける功績もあり、宮廷では彼女は利用された被害者として扱われていた。
ましてや、実際は十三歳だったと判明したのだから尚更である。
「ぐうぅ……!」
悶絶するバルラ。元服前の子供に責任を押し付けるなど、彼女の羞恥心が許さなかった。
「タルバから、有望な魔法使いを引き込めるのです。それで良しとしましょう」
「……そうだな」
武者大路のフォローで、バルラはなんとか落ち着きを取り戻した。
今回の戦いで、戦場における魔法使いの価値は高まったと言える。
一人で軍に匹敵する力。忘れかけていた魔法使いの怖さを思い出したと言い換えてもいいだろう。
そんな魔法使いの一人であるアメリアは、今回の功績でセルツ華族として新しい家を興す。これは既にタルバ王家とも話がついている既定路線であった。
「まあ、その件は今はよろしいでしょう。既に決まっている事ですから」
「…………そうだな」
そして冷泉宰相の指摘に、バルラは肩を落としてため息をついた。
そうだ。その件は既に決まっている。今から話し合う事は何も無い。
対してまだ決まっていない事が多過ぎる。
この数日で、被害の全容を把握。そちらに対する処置を優先的に終わらせていた。
これによる代替わりがいくつも発生している。しかし、それはまだマシな方。
問題は、後継者がおらず、これによって断絶してしまいそうな家である。
国を守るために命を落とした功労者。その家を無下に扱う訳にはいかない。
縁戚から養子縁組を斡旋する等、家を存続させるために宮廷は四苦八苦していたのだ。
「……『アーマガルトの守護者』が、娘を保護していたのは不幸中の幸いだったな」
「まさに」
バルラのぼやきに、周りの面々もしみじみと頷く。
というのも一連の養子縁組の動きの中で、養子を取らねばならないのならアメリアを養子に欲しいと言い出した家がいくつもあったのだ。
他にも後継者の婚約者にと希望した家もあった。価値が高まった魔法使い。それを跡取りに、その妻にできれば家は安泰とでも考えたのだろう。
後継者不在というピンチをチャンスに変えようという、強かさと逞しさを感じさせる。
養子の当てがある家もいくつか希望してきたのだから、感心すればいいのか、呆れればいいのかという話であった。
とはいえアメリアは一人しかいない。下手に認めようとすれば、どの家の養子にするかでひと悶着あるのは目に見えている。
そこに『アーマガルトの守護者』が保護したという言い訳がすっと効く。
流石に英雄に、新進気鋭のアルマ子爵に口出しできる者はおらず、この養子縁組騒ぎは鎮静化する事となった。
そして落ち着いたところで、宮廷は養子縁組を成立させるべく動き出した。功労者に報いるべく、その家を存続させるべく。
ここでも条件面等で色々と揉め、家同士の争いに発展しかねない問題を何とか回避し、ようやく可能な限りの縁組をまとめた。
その時であった。アメリアの年齢詐称の件が飛び込んできたのは。
そう、ここまでの話は、全て「元服済みのアメリア十六歳」として話が進められていたのだ。宮廷は直前まで騙されていたのである。
危うく詐称された情報で、家の存続に関わる重大事をまとめるところだった。
それが、バルラの怒りの火に油を注いだのは間違いない。それはもう盛大に。
それはともかく、戦後処理はまだ終わっていなかった。
次は生き残った者達への褒賞を決めなければならない。
バルラは高城家への怒りを書類仕事にぶつけている。その勢いで処理が捗っている面もあるため、周りの面々は顔を見合わせている。
「殿下、判断を誤らないでくださいよ」
「……分かっている!」
冷泉宰相だけは釘を刺すのを忘れない。
不謹慎な話ではあるが、生きている相手への褒賞の方が調整が難しい。
更に戦果は自己申告がほとんどなため、どこまで調査するかという問題もあった。
こちらも養子縁組とは別の意味で、様々な調整が必要な案件揃いだ。それだけに判断は冷静に下してもらわねばならなかった。
「流石に、魔神を討伐したとか言い出す奴はおらんな」
書類を手にふと呟いたのは武者大路。
とある戦場で、敵総大将を討ったと申告した者が三人いたというケースを彼は知っていた。
「魔神に一太刀与えたと申告してきた者なら五人いるぞ」
バルラが再び不機嫌そうな顔になる。
虚偽と言うよりも、過大に申告していると言ったところか。
「可能なのか?」
「魔神の攻撃を防ぐぐらいならできたかもな」
冷泉宰相の問い掛けに、武者大路が呆れ混じりに答えた。
具体的には硬質の羽による遠隔攻撃だ。あれならば、自分に迫ってきた羽を斬り払うぐらいならば不可能ではなかっただろう。
「それを一太刀与えたと言っていいかは迷うところだがな」
「迷うな。却下しろ」
それでも戦場に立っていた事は確かなので、処罰ではなく再提出案件となる。
もっとも再提出したところで、大変な時に余計な手間をかけさせやがってと思うバルラ達の心象は最悪であろうが。
これ以降、冷泉宰相も不機嫌になったのか書類を処理するスピードが上がってきた。こちらも鬱憤を仕事にぶつけるタイプらしい。
「いい年なのだから、無理をするでないぞ」
ここぞとばかりに注意するバルラ。
先程の仕返しである事は確かだが、年齢に関しては至極真っ当な指摘であった。
「太后殿下も……」
なお、冷泉宰相も負けていない。
「は?」
「無理をするなと申し上げております」
二人にとっては軽口の類なのだろう。こんな事でもしなければ、やってられないという思いもあるのかも知れない。
互いに怒りもせず、無表情のまま書類を処理するスピードだけがどんどんと上がっていく。
しかし周りで見ている面々はそうはいかない。空気がピリピリしているように感じられ、嫌が応にも緊張感が煽られてしまう。
「お前ら、周りを脅すな。冷静に判断させろ」
皆を代表して、武者大路がツッコミを入れた。こちらもまた至極真っ当なものであった。
今回のタイトルの元ネタは、映画『ラルフ一世はアメリカン』です。




