第306話 学問のすゝめ
「楽な仕事なんかないですかー?」
「普段楽なのならあるぞ」
「それいいかも!」
駄目元で尋ねてみたアメリア。予想外の返事に目を輝かせる。
「それ、いざという時に最前線で戦うお役目だよ。魔法使いとして」
しかし、世の中はそう甘くはなかった。
アメリアは「騙したのか」と言いたげにジェイをジト目で見るが、彼は意にも介さず書類仕事を続けている。
というのも彼は嘘は言っていないのだ。
魔法使いの数が少なくなった今、その存在は軍の切り札になり得る。
先の百魔夜行の戦いもそうだった。
ジェイとラフィアス、それに龍門将軍ばかり目立っていたが、アメリアだって防衛線を支え続けた一人である。
数が少ないからこそ、その内の一人を召し抱えているかどうかが大きくなる。
これは今のアメリアにとって大きな武器であると同時に、危険要素でもある。なにせどこにも属さず、戦場で実績を挙げた魔法使いなのだから。
「そういう人って、日々鍛錬なのでは?」
おつかいから戻ってきたばかりの明日香が、元気よくランニングステップをしながら尋ねた。
「そういうのって人それぞれだから『仕事』にはならないんだよなぁ」
それこそ普段は寝て過ごしていてもいいのだ。いざという時に役に立てば。
「サボっているように見えて、普段は体内魔素を溜めていたというのを聞いた事があるわね」
「おお、なんか格好良い……エラ姉さん、それホントの話ですか?」
「ホントよ。ひいお爺様が召し抱えていた人の話だから」
「おぉぅ……」
当時発生した百魔夜行との戦いで大活躍したらしい。
「同じような人でも、実は魔法使いでもなんでもなかった詐欺師って場合もあるからね」
「……モニカ、それもホントの話?」
「うん、商人の間では有名な話。そいつはいざという時に逃げちゃったらしくて、召し抱えてた商家はその時になくなっちゃったって」
「…………」
いざという時は逃げればいいやと内心考えていたアメリアは、何も言えずに視線を逸らした。
「本物かどうか……見て分かりませんか?」
「魔法使いでも難しいですよ、母上」
魔神を基準にしてはいけない。
それはともかく、アメリアがそういう立場を求めれば引く手あまたとなるだろう。
魔法使い、それも百魔夜行との戦いで実績を挙げたと考えれば当然である。
「しかも未婚の女の子となると、縁談もよりどりみどりよね」
「うぇぃ!?」
「そりゃ魔法使いは血筋で受け継がれると言われてるし」
だから『純血派』というものが生まれたのだ。
その一方でアメリアやモニカのような、華族以外から魔法使いが生まれたりもしているが。
これは隠し子等の理由があって華族と認められなかった御落胤や、家を継げずに平民となった者、それらの末裔から魔法使いが誕生しているためだ。
そういう魔法使い達は見つかり次第、養子入り等で華族となる。
すると、すぐさま『純血派』が寄ってくるのだ。目覚めた魔法使いの濃い血を取り込むために。モニカが魔法使いである事を隠していたのも、その辺りに理由があった。
「私の子供が魔法使いになるかも知れないからって事!?」
「『純血派』以外からも狙われると思うぞ」
今ならば、魔法使いが生まれれば無役騎士の家でも一発逆転を狙える。
だからこそエラの言う通り、アメリアの縁談はよりどりみどりとなるだろう。
「いやーーーーーっ!!」
「心配するな。ウチにいれば大丈夫だから。自衛できない内から放り出したりはしない」
ジェイ達がアメリアを保護しているのは、放り出せばただでは済まない事が分かりきっているからでもあった。
良い条件で召し抱えられてホイホイついて行けば、相手の本命は婚姻狙いで囲われて逃げられなくなる姿が容易に想像できる。
本人がそれでも楽できるなら満足と言うのであれば、ジェイからは何も言えない。
しかし今の彼女は、その判断をする以前の問題だ。
更に言えば『純血派』はほぼ壊滅状態とは言え、全滅した訳ではない。
彼等が再興するためには、次代の魔法使いを増やす事が不可欠だ。アメリアはその鍵を握る一人と言える。しかも極めて無防備な。
その辺りを学び終えるまで危なっかしくて放り出す事はできない。それがジェイ達の考えであった。
「実際のところ、使える家臣が増えてくれるのはありがたいんだよな」
ジェイがポツリと呟くと、アメリアがハッと顔を上げる。
「わ、私の魔法が目当てなんでしょ!」
「それ以外目当てにできないんだよ、今のところ」
それも単独で仕事を任せられるかと言われると、微妙なラインの当てである。
ハッキリと言われてしまい、アメリアは言葉に詰まる。
なんとか反論しようとするが……できない。
ジェイは特別枠として除外するとしても、比較対象として彼の婚約者達三人が残る。
見た目で負けているとは思わないが、それ以外の面では勝ち目が無いと思える。見た目で負けているとは思わないが。
「もっと勉強しろ。全部できるようになれとは言わないが、当てにできる事を増やしてみろ。それだけお前の選択肢が増えるんだから」
アメリアが涙目になりながらジェイを見ると、彼はなだめるように諭した。
華族の仕事については、まだ分からない事だらけだ。
しかし、自分を取り巻く危険な環境。ジェイ達がそれらから守ってくれている事は理解できる。
「…………うん」
だからこそ、アメリアは素直に頷く事ができた。
それからアメリアはおとなしく、少しぼんやりした様子でジェイ達の仕事ぶりを見ていた。
彼等はスムーズに書類仕事を終わらせると、次の仕事に向かうための準備を始める。
「次は商人達との会合ですよ」
「分かりました。モニカ、情報は集まってるか?」
「バッチリ」
情報を集めてきたのは、別行動中の彼女の従者達だ。
テキパキと仕事を進めていくジェイ達。その姿を眺めながら、アメリアは真剣な顔で隣の明日香に告げた。
「私……この家の子供になりたい。ジェイのこと、パパって呼んでいいかな?」
「……はい?」
斜め上にブッ飛んでいた。




