第305話 華族に必要なもの
「あ、仕事ってここでやるんだ」
「領主邸だからな」
朝食後、一行が向かったのは領主邸内の執務室だ。
ポーラを先頭に廊下を進んで行くが、アメリアはまだ慣れていないのかキョロキョロと辺りを見回しながらついて行く。
「こういうのって領主華族ならではかしら? お爺様みたいな宮中伯だとお仕事はやっぱり宮廷でやる訳だし」
「村領主は、机に向かっているよりも村に出て仕事している時間の方が長いと聞いた事があるな」
ジェイが龍門将軍と戦った『第五次サルタートの戦い』の時に援軍に来てくれた男爵から聞いた話である。
「領地の規模によって、その辺りは変わりますよ」
執務室の前に到着したポーラが、振り返らぬまま指摘した。
「ここでは、そのようなやり方はできないでしょうね」
「やはり手が回りませんか?」
「ええ……」
即座に理解したのはジェイ。アーマガルトがそうだったのだ。
領地規模が大きくなると、領主だけでは手が回らなくなってくる。
連合王国でも指折りの温泉郷であるアルマ。セルツの一大観光地であり、その規模は領主一人で管理できるものではなかった。
「……なので、ここでの仕事が重要になります」
ポーラが扉を開け、ジェイ達を中への招き入れる。
まず目に入ったのは、奥の壁一面を埋める大きな本棚。その手前には重厚そうな机がある。
更にその手前、部屋の中央には来客用であろうテーブルとソファがある。
「けっこー、地味……」
「部屋がギラギラしてても落ち着かないよ?」
ポツリとつぶやくアメリアに、モニカがツッコんだ。なお、経験談である。彼女の父が、一時期そういう物にハマっていたのだ。
なお、前代官が使っていた頃の執務室は、そういうギラギラした状態だったとか。温泉郷アルマの実入りの良さが窺える話である。
そして仕事が始まる訳だが、アメリアが想像していたよりもスムーズに、滞りなく仕事は進んでいる。
「……やってた?」
「軍事関連だけならな。あと、ゴーシュでの実習」
言うまでもなく、ジェイの経験によるものである。
軍事関連については、故郷アーマガルトで経験したものだ。
倒れた祖父レイモンドに代わって『第五次サルタートの戦い』を指揮して以降、軍事方面に関しては任されるようになっていたのである。
当時の年齢を考えれば無茶振りの類ではあるが、レイモンドが一線を退いてしまったためやむを得ずといったところだった。
ダイン幕府軍が再び攻めてくるかも知れない。当時はそんな龍門将軍の脅威が、人々の心に色濃く残っていたのだ。
それならば年若くとも英雄となったジェイの方が、現当主カーティスに任せるよりはマシと判断された……という訳である。
何にせよ、ジェイは書類仕事にも慣れているという事だ。
アメリアにとっては、失敗を見て学ぶというのは期待できないが、四苦八苦している様子はないので「華族の生活」というものに悪印象を抱かずに済むのは悪い事ではないのかも知れない。
むしろ彼女が見たのは、新領主への挨拶も兼ねて次々に書類を持ち込む者達。
彼等がペコペコしている姿を見て、彼女は思った。
「なるほど、面倒な仕事は部下に押し付ければ……」
「それはダメですよー」
アメリアの頭に、明日香の手加減少なめチョップがズビシッと決まった。
涙目になるアメリアを見下ろしながら、ポーラが声を掛ける。
「任せられる者を見極めるというのは難しいものです。能力、信用、様々なものを見なければなりません」
「うぅ……」
反論できなかった。そもそもアメリアは見極める目以前に、そのような人材に心当たりが無かったのだ。
その後もアメリアは、真面目に見学を続けた。
華族なんて面倒なだけだと思っていたが、やり方によっては楽して暮らせる道が広がっていると感じたためだ。
甘い考えではあるが、それを指摘してくれる人も、自らそれに気付く事ができる知識も無い。
ただ「任せられる者」とはどんなものかを意識しながら見ていた。
ジェイは言うまでもなく任せられる側の人だろう。
しかし、彼が自分の下につくというのは有り得ない。それはアメリアにも理解できた。
ただ、こういう人を頼ればいいんだなという基準が彼女の中にできたと言える。
ジェイの隣でサポートしているのはエラ。こちらも優秀なのはひと目で分かった。
なんというか、立ち姿が様になっている。普段の軽さがなりを潜めている。
また彼女の侍女も、絶妙なタイミングで魔草茶を用意して休憩を勧めるなどしている。
二人の甲斐甲斐しさは見ていてうらやましくなる程であり、こういう人が部下にいれば楽になるだろうなと思えた。
モニカは隣にこそいないが、一番仕事を任せられているように見えた。
彼女は従者を連れてきていないが、一人で仕事をこなしている。領主夫人ハリエットの下で学んでいたのは伊達ではないという事だろう。
ジェイと幼馴染だという話はアメリアも聞いていたが、その息がピッタリと合っている様子を見せられると、なるほどと納得してしまう。
正しく相棒。アメリアには、彼女の存在が一番うらやましく思えた。
そして明日香は……。
「私と同じ枠じゃなかったの!?」
「枠ってなんですか?」
アホの子枠である。
確かに明日香は、書類仕事を手伝う事はできない。
だが、こちらは三人の侍女が優秀だった。
幕府の姫の侍女を任されただけあって文部両道であり、上手く縁の下の力持ちとなっている。
また明日香自身も、書類を届けなければいけないとなると率先して引き受けた。
その時は一人の侍女が彼女の護衛につき、二人は残って仕事を続ける。その人数を活かしていた。
「これが……任せられる人達……」
アメリアは、思わず呟いた。
これだけの人材が揃えば楽ができる。彼女にはそう思えた。
だが、同時にそれが難しい事であるのも理解できた。
彼等ほどの人材に心当たりは無い。まったく無い。
このままでは理想だけ高くなって、かえって苦しむ事になってしまいそうだ。
そう考えた彼女だったが、その時天啓が舞い降りる。
「……いっそ私が、この家に入り込んで養ってもらえば……?」
「働かざるもの、食うべからずですよー」
直後、アメリアの頭に明日香の手加減少な目チョップが再び舞い降りた。




