第304話 しかし まわりこまれてしまった!
それでもなんとか逃げ出そうとするアメリアだったが、腕を掴むジェイはビクともしない。
「うわっ!?」
しかし、彼が不意に手を放すと、アメリアはつんのめって倒れそうになる。
そのまま扉にぶつかりそうになったアメリアだったが、彼女に襲い掛かったのは扉の硬さではなく包み込むような柔らかさだった。
「話は聞かせてもらいました」
そこに扉を開いて立っていたのは『賢母院』ポーラ。アメリアは彼女の雄大な双峰に顔から飛び込んだのである。
アメリアは顔をうずめたまま、おそるおそる双峰の主の顔を見上げる。
ポーラはそんな彼女の頭を撫で、慈母の微笑みを浮かべた。
そして自らの髪をひと房摘まみ……それを鞭へと変える。
「華族として必要な事を学べていない……ならば、私が叩き込んであげましょう」
物騒な言葉とは裏腹に、彼女は慈しむような笑みを浮かべたままだった。
人によっては羨む状況だと言うのに、アメリアは怯えたリスのように小刻みに震えている。
その小さな肩を優しく抱きしめるポーラ。しかし、アメリアにはホールドされたように感じられた。これはもう逃げられそうにない。
「わ、私、エラ姉さんに教わりたいな~……なんて」
ならばとアメリアは、少しでも被害を軽減しようとする。
「直に『賢母院』様の指導を受けられるなんて名誉な事よ」
しかし、エラがそのルートを塞いだ。
エラの言葉は、華族の価値観としては間違っていない。問題は、アメリアがその価値観を持ち合わせていない事だ。だからこそ学ぶ必要がある訳だが。
誰か助けてくれないか。アメリアは頭を動かして周りを見る。
目が合った侍女達は、揃って視線を逸らした。アメリアもそれを責める気は無い。彼女達ではどうしようもないのだから。
ジェイは無理だ。アメリアから見た彼は、立派な華族。多くの人が夢見る理想的な騎士である。
彼もまた、エラと同じような価値観の持ち主に違いないと、アメリアは最初から助けを求める対象と考えていなかった。
明日香も駄目だ。親しみやすい性格をしているし、アメリアも彼女とは仲が良いと思っている。
しかし、その根っこの部分はダイン武士であり「試練から逃げる」ような発想自体が無いタイプだと思われた。
助けを求めても「どうしてですか?」と首を傾げる姿が容易に想像できる。
アメリアは、最後にモニカを見る。
彼女とはそこまで親しくない。明日香と比べての話だが。
しかし、モニカは昴家で唯一の平民出身だ。商家のお嬢様ではあるが、その価値観は華族や武士よりは自分に近いに違いない。
視線に微かな希望と託して視線を向ける。
それに気付いたモニカは、チラリとジェイの方を見て、少し考えた後、おずおずと手を挙げた。
「あの……」
来た! 助け船が来た! アメリアは目を輝かせた。
どうやって助けてくれるのかは全く想像できないが、なんとかしてくれるに違いないと。
「その授業……ボクも一緒にいいですか?」
「お前もかよッッッ!!」
アメリアは知らなかった。モニカが子供の頃から、ジェイの母ハリエットから領主夫人としての教育を受けてきた事を。
モニカは華族でも武士でもない。しかし、ジェイの事に関しては覚悟が決まっている。そんな彼女が、学びの機会を逃す訳がなかった。
ここで助け船を出したのはジェイだった。
「あ~……詰め込み教育は良くないぞ」
「『私の守護者』ぁ!」
「『アーマガルトの』ですよ」
明日香がツッコんだ。
規模が小さくなっているのは確かだが、アメリアの気分的には同程度の存在感であった。
アメリアからは立派な華族と思われていたジェイ。
しかしジェイは、現代日本からの転生者。価値観の違いに悩まされたという点では彼も負けていない。
アメリアにとっては想定外だが、今の彼女の気持ちを最も分かっているのは彼だろう。
「まず華族の生活に慣れてもらう感じで。そうですね……母上の付き人から始めるのはどうでしょう?」
これはジェイ自身の経験からくる提案だ。
華族の生活は一生続く。それならば詰め込まれて覚え、意識して取り繕う事を続けるよりは、慣れて自然とできるようになる方が良いという考えである。
要するに無理して続けても辛いだけという事だ。アメリアが今のままポーラの教育を受ければ、そうなるだろうと思えた。
華族として生まれ育ったという下地を持つ者達と一緒にしてはいけないのである。
「付き人、ですか……」
「アメリアは、華族が普段どんな生活しているか知らないだろう?」
「毎日贅沢しているかと思ったら、拍子抜けだったよ」
「ほら、こういう認識なので……」
「なるほど……」
アメリアの返事に、ポーラもおおよそを察した。
「いいでしょう。今日から私について来なさい」
「うぇっ!? いきなり仕事!?」
「大丈夫、こういうのって最初は見学と雑用だから」
そう言うモニカは、正式な付き人という訳ではないがハリエットについて回って色々と手伝っていた経験がある。
「誰かが会いに来る時もあるだろうが、そういう時はボロが出る前に一礼して控室に引っ込んでおけばいい」
「……それでいいの?」
「仕事の話は聞いちゃいけないものもあるから、さっさと退散した方がいいぞ」
「オッケー、ダッシュで逃げる」
「走るな」
逃げてはいけない、とは言ってない。
「う、う~ん……まあ、それでいいなら」
この提案は、アメリアにとっても納得できる範疇だったようだ。
ひとまずポーラの付き人をしながら華族の生活、いや、華族そのものを知る事から始めるのだ。
「よし、じゃあがんばれよ」
アメリアもすぐに逃げ出すような事はなさそうで、ジェイとしてもひと安心である。
満足気にうんうんと頷いていると、ポーラが静かに、その肩に手を置く。
「あなたも来るのですよ、ジェイ」
「……えっ?」
ここアルマにおけるポーラの役目、それは代官だ。領主であるジェイの代理を務める立場にある。
そう、これからアメリアが見る事になる彼女の仕事は、本来ジェイがやるべき事なのだ。
つまり、ジェイもそれを学ばなければならない立場となる。
「お母さま、お母さま、あたしも行っていいですか?」
「それなら私も……」
「もちろんです。しっかりと学びなさい」
ジェイが行くならばと明日香とエラも参加を希望。
こうしてアメリアだけでなく、ジェイ達も共にポーラから学ぶ事となったのである。
今回のタイトルは、ゲーム『ドラゴンクエスト』シリーズの逃げるのに失敗した時のメッセージです。




