二つの約束
黒スーツの男は赤い太い杖を持っていた。
それがただの杖でないのは二秒後に分かった。
男はその杖を右手で握り締め、思いっきり、横一文字に払った。
杖がいつの間にか青白く光る日本刀に変わっていた。
仕込み杖だったのだ。
その刀は音羽の両目を襲った。
音羽は目を手で覆いながら悲鳴を上げ、床の上を転げまわった。
目を覆う指の隙間から血があふれているのが見える。
それを呆然と見ていた三人は思わず失禁してしまった。
ズボンが濡れていくのも感じなかったのだろう。
開いた口がワナワナ震え顔は青ざめていた。
男の形相は鬼だった。
目尻は吊り上がり、眉間の縦ジワは二本額の中央まで刻んでいた。ただ、口元は微かに笑みを浮かべている。それが一層不気味に見えた。
「大口、次はお前だ」男は隣に立ち尽くしている学生に言った。
大口は慌ててその場を離れた。
走りながら座っている乗客に助けを求めた。
「誰か助けて!人殺しだ!助けて!」
しかし、乗客達は動かない。まるで皆、蝋人形のように無視だ。
運転車両まで来た大口は運転席のドアを激しく叩き大声を上げた。
「助けて!助けて!死にたくない」
運転手は変速レバーを持ったまま前方を見つめたまま座っている。まるで時間が止まっているように。
「殺しはしない。お前の首を切るだけだ」
黒スーツの男が大口の直ぐ後ろに突然現れた。
大口は振り向いた。
目から涙を流し体を震わせ言った。
「死ぬのは嫌だ…もう、もう悪いことはしません…助けて…」
「安心しろ。殺しはしない。ただ、ちょっと痛いだけだ」
そう言った男は刀を二、三度、素早く振った。
「ギャー」大口は叫びながら床に倒れた。
大口の両手は手首から切り離され、血飛沫がその傷口から噴出した。
が、その血飛沫は空中に放たれると、急にスローモーションのような動きになった。
「両手のない人生をお前にプレゼントだ」
黒スーツの男は、腰を抜かしているモヒカン頭と、鈴木の前に立った。
音羽は相変わらず大声を出して床を転げまわっている。
「お前達二人は大目に見てやる。五体満足の体で過ごすがいい。ただし、二つの事を約束すればだ」
そう言われたモヒカン頭は黒スーツの男を見上げた。
「ひとつは、この事は誰にも言うな。もし言えば再びお前達の前に現れ今度はお前達の首を切り離すぞ…」
モヒカン頭と鈴木は激しく頷いた。
「もう一つは、あの子供だ」
男は椅子に苦しそうな顔で喘いだままの子供を指さして言った。
「あの子供の力になってやれ」
「あのガキ、いえ、あの子の力に?」鈴木は口を震わせ尋ねた。
「そうだ、この二つの約束を必ず守れ」
そう言いながら男は刀の切っ先を二人の首筋に強く押し付けた。
首は微かに切られそこから血がにじみ始めた。
「覚えておけ。わしはいつでもお前達を見ているからな」




