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がなぶのだお  作者: 三郎
3/12

出会い

まず、この世界に入ったきっかけを作った人物、「あの人」の事を話そう。

 

 「あの人」との最初の出会いは、僕が小学五年の頃だ。

 今でもはっきり覚えている。

 七月の、うだるような暑い日だった。

 下校中、偶然あの人を見てしまったのだ。

 その日の授業は午前中で終わり、午後は学校のクラブ活動の予定だった。運動場で生徒が五、六人熱中症で倒れた。

 学校内は大騒ぎ。先生達は右往左往し、校長が出張で不在だったその日、教頭は救急車を呼ぼうかどうか迷っていた。

 教頭を叱咤し救急車を呼んだのは保健の先生だった。

 しばらくしてサイレンのない救急車が校庭に入った。

たぶんサイレンを鳴らせば事が大きくなるので、教頭先生がサイレンを鳴らさないように頼んだんだろう。

 でも、その日の夕刊の三面記事にしっかりと載った。もちろんテレビ局や報道局のマスコミやってきた。


 そんなこんなでその日はクラブ活動は全て休みになり、帰宅することになった。

 とにかく、その日の暑さは異常だった。

 三日前には動物園のゴリラも熱中症で倒れたというニュースが流れたぐらいだ。

 僕は急ぎ足で炎天下の歩道を歩いていた。

 ウィークデイにもかかわらず、行き交う人々は皆ノーネクタイで半袖のTシャツや、アロハシャツの人達で溢れていた。

 国の省エネ政策でみな軽装で出勤するようになっていたのだ。

 中には半ズボンで会社に通う人もいた。

 この異常な暑さの中、冷房の設定温度は高めにされていた。

 もちろん政府が呼びかけた省エネ政策の一つだ。

 外の暑さよりはましだが、汗を抑えることはできない。

 扇子とか団扇は必需品だ。

 みんなそれを扇ぎながら歩道を歩いている。ところが、僕達には団扇とか扇子が禁止になっていた。

 なぜ、小学生の僕達に団扇を持たせないのか未だに不思議だ。

 噂によれば、PTAの偉いおばさんが「子供が団扇を扇いで歩く姿は美しくない」と意見したそうだ。

 そのくせ、そのおばさんは強烈な香りの扇子を扇ぎ散らしているらしい。

 あきれたね。

 一番暑さで大変なのはこどもなんだから、アスファルトやコンクリートの熱気にさらされているのは一番背の低い子供たちなのに。


 そんな日の下校時、向かいの歩道でビルの壁にもたれボーっと立っているおじさんを発見した。

 なぜ、そのおじさんに目が向いたのかというとその服装が目立ったからだ。

 周りの白っぽい服装をした人達の中に、いかにも暑そうな黒い服を平然と着ているのだ。しかも赤い蝶ネクタイしている。

 僕の目が異和漢を感じたのは当然だろう。

 この暑い真夏の昼下がりに黒いスーツを着て赤い蝶ネクタイ姿のおじさんが同じく赤い太い杖を肩に担ぐようにして周りを眺めている。

 僕は立ち止まりそのおじさんをジッと見つめながら思った。

 何であんな涼しそうな顔をしていられるのだろう。

 直射日光をまともに浴びながら立ち尽くしているのだ。


 炎天下の中、そこに立ち止っている人など誰もいない。どう見てもおかしい。


 そしてもっとおかしなことに気が付いた。


 誰もそのおじさんを見ることなく通り過ぎていくのだ。

 この暑いのに、上下の黒の服を着て周りの行きかう人々を眺めながらボーっと突っているおじさんに誰も見向きもしない。誰もそのおじさんに関心を示さない。


  その時だ。そのおじさんと目が合ったのだ。

鋭い眼で、こちらを見つめ始めた。


  「しまった」

  僕は思わず思った。

  見なくていいものを見てしまったのだ。

 いや、絶対に見ちゃいけないものを見てしまったんだ。

 そう確信したけど、もう遅い。


 僕は慌てて、駆け足に近い早足で地下鉄に向かった。

 気づいていなければいいが…そんな思いがよぎった。


 すぐ後ろで気配を感じた。

 「何をそんなに急ぐ」

 甲高い声が背後で響いた。

 その声を聴いた途端、背筋が寒くなり思わず立ち止まってしまった。

 しまった。

 声に反応してしまった。

 またもや僕は後悔するのだった。

 僕は半ばあきらめ、覚悟を決めて後ろを振り返った。


 「ああーー、そんなああ」

 やっぱり、僕の目の前に「絶望」と言う黒服のおじさんが立っていたのだ。


 そう、絶望はそこらじゅうにいる。いつも見極めているのに今日に限ってこの絶望を注視してしまった。

 いつもなら、おかしいと思った時点で、すぐ目を逸らし、その場から立ち去っていたのに。

 今日だけは何故か見つめてしまった。

 僕が絶望と呼んでいる人達、いや、人じゃない。もう生きてはいないんだから。 かつて人だった人達と言った方がいいだろう。

 いつも僕のような人間を捜している。

 その絶望はこれはと思った人間に話しかけるのだ。そこで、反応したり返事をしたりしたら終わりだ。

 いつまでも付きまとわれる。

 ようやく平穏に過ごせ始めたのに、この先数ヶ月、いや数年かもしれない。気 の滅入る生活を送ることになる。


 目の前のおじさんは、単なる普通のおじさんじゃない。

 時折、僕が見る別世界の人間の仲間だ。

 別世界、つまり死後の世界、自分が死んだことに気付かない人間達の一人。

 幽霊。


 僕は後ずさりし、なるべく幽霊を刺激させないようにこの場から逃げることにする。

 でも、幽霊から逃れることなどできない。

 幽霊自体は孤独な存在だ。極端に言えば話し相手がほしいのだ。

 僕には幽霊が見えるし、その話している言葉も分かる。

 無視され続けてきた幽霊は、自分の存在を認めてくれる相手を永遠に捜し求めているのだ。


 大体は一週間は僕のそばを付きまとうだろう。そしていやになるぐらい僕に話しかけてくるだろう。

 僕はその間、幽霊から話しかけられても、脅かされても無視しなければならない。

 一週間無視続ければあきらめて幽霊は僕の側から消えていく。

 大体今まではそんなパターンだった。

  そう言う幽霊はまだいい方だが。


「どうした、坊主。わしが見えるんだろう?声も聞こえるみたいだな」


 僕は無視し、早足でメトロに向かった。


 「だから何をそんなに急いでいるのだ。慌てる乞食は貰いが少ないぞ。急がば廻れだ。学校で習わなかったか?」


 何とかして僕と会話をしようと幽霊は必死だ。

 ここで簡単に受け答えしようものなら、ヒョッとすると一生僕に付きまとってくるかもしれない。

 ここはどんなことがあっても無視するしかない。

 僕は地下鉄の階段を駆け下りた。

 改札口を通って、一目散に走った。

 今にもドアが閉まりそうな電車が待機していた。

 「駆け込み乗車は危険ですのでおやめ下さい」

 僕が電車内に入ったと同時にそのアナウンスが鳴った。

 アナウンスの声は、確実に僕の事を注意したのだろう。

 僕はドアの向かい側の座席に座った。

 あの幽霊が電車内に入って来るかどうか確かめたかった。

 急に僕の腕に生暖かいものがしたたり落ちた。

 汗だ。必死に走ったので全身に汗が噴き出していたのだ。

 頭から水を被ったように汗が流れおち僕の腕に垂れていたのだ。

 気が付けば僕のシャツとズボンは汗で体中にまとわりついていた。


 ランドセルを外し膝の上に置こうとした時向いの座席の人間と目が合った。

 僕は、それを見てため息が出てしまった。

 前には四人の中学生が足を大きく広げて僕を睨んでいたのだ。

 下里中の学生だ。

 つい最近、この学校で数人の男子生徒が女性教師に暴行して警察に捕まったという事件があった。

 学校は荒れに荒れて、教師が逆に不登校になったという問題の中学だ。

 今、学校に残っている生徒は素行の悪い連中ばかりだという。

 ヒョッとすると下里中はそれで廃校になるのではないかと言う噂も出ている。

  その、下里中のいかにも悪そうな学生が僕を睨んでいるのだ。

 今日はホントになんてついてない日だ。


「まったく最悪の日だな」

 突然僕の横でそんな事を言った人間がいた。

 目を向けると、いつの間にかあの黒スーツを着たおじさんが僕の隣に座っているじゃないか。

 僕は遂に口走ってしまった。

 「ホントに今日は人生最悪の日だ」


 「だから言っただろう。急がば廻れって」

 その幽霊は僕に言った。



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