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がなぶのだお  作者: 三郎
2/12

時間のない世界

 ここがいったい何処なのか説明のしようがない。

 そんな得体の知れない場所に僕は入り込んでしまった。

 時間が止まった世界。いや、時間がない世界といった方がいいだろう。

 時間の概念がない世界なのだ。

 

なぜなら、ここにいれば僕は歳を取らない。

 お腹も空かない。

 そして、第一死ぬことがない。もちろん傷を負うことも。

 

寝る必要もない。

 この世界に入り込んでからは、僕はまだ一睡もしていない。

 疲労感なんてものはない。

毎日が快調。

 

ここは死後の世界?確信はないけど。

 

「しいて言えば、死の一歩手前の世界ではないか」と、あの人は言った。

 これも確かとはいえない。


 この世界には僕一人しかいない。なぜなら、ここには一人しか住めないから。

 だから話す相手もいない。

 

一人ぼっち。

 いくら孤独を愛する人間でも、突然ここに放り込まれたら、遅かれ早かれ気が狂うだろう。

 そうさ、いっそ気が狂ったほうが幸せかもしれない。

 こんなわけの分からない世界、永遠にいることならいっそ狂ってしまった方がましだ。


 ただ、僕はこの世界に入ることを承諾してしまった。元々はあの人の世界だったのだ。

 もちろん、覚悟して入ったんだけどね。

 成り行きさ。

 入る前に、あの人から、ここの世界のことをある程度教えられていた。

 あの人はこの世界に四百年以上住んでいたらしい。

 よくまあ、気が狂わずにいたものだと感心するよ。僕はまだここにきて一年経つか経たないかなのにすでに心は折れまくっていて、半狂乱一歩手前の状態さ。


 あの人はここにきて何百年という月日を経て、僕を見つけ、そして話しかけてきたのだ。

 どうやら、僕のような人物を捜していたらしい。

 あの人との不思議な出会いは、おいおい後で話していこうと思っている。

 

ところでこの世界のことをもう少し話してみよう。

 まず僕の前に、等身大のモニターのような画面がいくつも見える。そこに映っているのは僕がここに入る前の世界だ。

 つまり、僕がかつていた現実の世界。

 薄いガラスのような透明の膜が目の前にあり、その膜を通して現実の世界が見える。

 このような膜が目の前に無数に存在する。

 無数というのはどう説明すればいいのか迷う。

 まず数えたことがないから無数というしかない。

 つまり、僕の足元から上下左右に向かって無限大にその等身大の膜があるのだ。

 明かりはその膜からこの世界に入ってくるらしいが、その光は僕には届かない。

 僕の周りは闇だから。そして、僕は闇の中に溶け込んでいる。僕自身僕の体を見る事は出来ないぐらいの深い闇。

 僕は地面に立っているのではなく宙に浮いている、そんな感じだ。

 現実の世界が見える膜だけが、無数に目の前に広がっている、それだけの世界。

 その膜の形は様々だ。丸い物があれば、楕円形、四角、星形、ガラスの破片のような複雑な形、ありとあらゆる形の膜が存在している。

 僕は考えた。なんでこんな無数の形の膜があるのだろうかってね。暇だから考える時間は腐るほどある。考えているから発狂しないで済んでいるかも。


 この膜はヒョッとすると現実の世界にある、ある形の物じゃないかと考えた。例えば丸い形は人の目、動物の目じゃないかと。なぜなら、極端にその膜から見える景色が次々と変わるから。

 時折、人の顔や動物が見えたり教科書のような書物が見えてくる。そして、すこし言葉にできない卑猥な情景も見えてくる。

 それに比べて、四角い形の膜はほとんど景色は変わらない。この形はヒョッとすると鏡か、ガラスの類じゃないかと思う。

 つまり、この膜は地球に存在するあらゆる生命体の眼、そして金属や、ガラス、鏡に映る現実の世界、その情景が、膜となって僕の目に見えているのじゃないか。

 いやそれだけでは説明できない数だ。

 割れた鏡やガラスの破片に映る世界もこの膜の一つとして存在するかもしれない。

 ひょっとすると、雨が降った後の水たまりでさえも膜の一つとして存在するとしたら、これぐらいの多さになるのだろうか。

 つまり、もう一度言うけど僕の目の前に数えきれないぐらいの膜が存在し、その膜の向こうには数えきれないぐらいの現実の世界が存在しているのだ。

 場面こそ違うけどその膜は無数に存在する。

 たとえば、アメリカのある寂れた辺鄙な場所であったり、ウォール街であったり、フランスの首都パリのエッフェル塔がすぐ見えたり、イタリアのサンピエトロの大聖堂だったり、トレヴィの泉の近くだったり、日本の城が見える公園だったり、また、単に雲が流れる青空だったり、何のへんてつもないビルの壁が見えるだけだったり、人が殺される場面だったり、戦争場面だったり、とにかく色んな地域、場所、様々な情景が膜の向こうに存在する。

 そしてその無数の膜は、僕が見たい場所を願うだけ、いや願わなくても膜の方から一瞬に膜自体が切り替わる。テレビのチャンネルを変えるように。

 一度、僕はその膜に手を伸ばしてみた。

 もちろん、僕の手は闇の中に消えて見えないから、頭で想像する。今手を伸ばしその膜に手を差し入れるのを強く意識する。

 良くSFやホラー映画で見るように、手がその膜に吸い込まれ現実の世界に入り込めるんじゃないかと思ったんだ。

 そしてやってみた。

 できた。

 現実の世界に入り込めた。

 その時の様子は今でも鮮明に覚えている。

 手がガラスに接触したと感じた瞬間、闇に溶け込んでいた僕の手は見え始め波を打つように揺れている膜に、体ごと入り込んだ。

 そしてアッという間に向こうの世界、つまり現実の世界に僕を連れてってくれる。

 僕は現実の場所に立った、そして周りの景色を見ながら、歩いた。


 ただ残念なことは、周りの人達は僕に気付かない。

 なぜなら、僕が見えないからだ。大声で隣の人に話しかけてもだれも気付かない。

 つまり、僕はこの現実の世界では幽霊のような存在だという事を知ったのだ。

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