第3話 冒険は初めてですか?
ニグニはウチュージェントとして王から下された最初の指令にワクワクしているようだった。彼はにやけた顔で気持ちを話した。
「すごく楽しそう!遺跡の調査なんて冒険みたいだよ!」
楽しそうにはしゃぐニグニに、王はこの指令の内容を詳しく伝える。
「ごく最近、彗星の町のとある空き地で遊んでいた子供が地面に重い石の蓋のようなものがはまっているのに気づいた。報告を受けた調査隊がそれを外してみると、地下へと続く階段と、長い空洞を見つけたんだ。調査隊は中を調査しようとしたけれど、その空洞を縄張りとする”野良メテモン”がいたらしく、攻撃を受けた調査隊は撤退して様子を見ることになった。」
野良メテモン?なんだろうそれは。人間は疑問に思った。そもそもメテモンは100年くらい前に人間星を出て行ったはずで、古い遺跡を縄張りにしているなんておかしい。そう悩んでいるのを尻目に、ニグニははやる気持ちで指令の内容を確認する。
「それで、調査隊の代わりに遺跡を調査してほしい、ということですね?」
「そのとおり。調査隊が受けた攻撃の被害を見ると氷属性のメテモンだったようなので、火属性のニグニくんなら問題なく調査ができるだろうと思って指令としました。」
「ふんふん。」
「報告は写真を交えてレポートにしてね。あとでカメラを支給します。期限は1週間以内。遺跡全体は調査できなくてもいいのでその間に報告してね。」
王はパソコンを閉じた。指令の内容はここまでのようだ。王はニグニに確認をした。
「引き受けてくれるかな?ニグニくん。」
「もちろんです!」
王はニグニの返事を聞いて満足気に頷いたあと、少し言いづらそうに唸ってから続けた。
「えーと、この指令、もしよければ、人間くんも同行してみないかな?」
「え!?私がですか!?」
人間はまさかそんなことを聞かれるとは思わなかった。メテモンを良く思っていない一般人にメテモンをつけて、危険のある調査に出そうとは。でも王の頼みだし……
「1週間つきっきりではなくてもいいんだ。ただ、僕は一人でも多くの人類にメテモンのいいところを知ってもらいたいと考えているんだ。」
王は真剣であり、頭ごなしに断ることはできなかった。頼みを受けるかどうか考えるにあたって、人間は依頼内容に関する疑問を解決する必要があった。人間は王に尋ねる。
「さっき”野良メテモン”って言いましたよね?メテモンって昔の戦争でいなくなったんじゃ?」
王がまた唸ってから答える。
「そうだね、星間戦争でほとんどのメテモンは人間星を去った……だけど、戦争から身を隠して人間星に残ったメテモンたちもいてね。彼らには悪気はないんだけど、人間星の法律を無視することが多くて、政府としても悩みのタネなんだ。」
「えー?そんなの初めて聞きましたよ?」
「うん、そうだね……戦争で敵だった者たちが隠れて暮らしているなんて、なかなか公にできないんだよね。だからこのことはできるだけ内密にお願いね。」
人間は王が国民に隠し事をしていたことを知って少しショックを受けたが、同時に誰も知らない政府の事情を知るきっかけを得て好奇心を刺激された。王は話を続ける。
「ニグニくんには君を守るだけの力量があると思う。さっきも言ったけど、メテモンの多くは本当にいい人たちなんだ。ニグニくんもそのうちの一人だと思う。人間くんにそのことを知ってもらえたら、僕は嬉しい。どうかな?」
メテモンはいい人たちであると知ってほしい……王の願いは、メテモンがどのような者たちなのか知りたいという人間のささやかな好奇心に似合っていた。様々な要素に後押しされた人間は答える。
「じゃあ、行ってみようかな……」
「おー!」
ニグニも嬉しそうにしている。王も人間の答えを嬉しく思っただろう。
「ありがとう。それじゃあ、郵送で必要そうなものを送ってあるので、ニグニくんよろしく!僕からは以上です。」
王が話し終わると、映像にノイズがかかる演出が入ってテレビ電話が終了した。
「なにこの古風な演出。」とニグニは言った。
それから二日が経った。その日、人間はアルバイトが休みの日を見つけてニグニに同行していた。
二人は彗星の町二丁目、王が言っていた空き地にやってきた。空き地には「関係者以外立入禁止」と書かれた立て札が建てられていたが、関係者である二人は空き地の中へ入っていった。ニグニは支給されたグッズの入った紙袋を片手に下げている。
「袋には何が入ってるの?」人間は尋ねた。ニグニは袋の中を見やる。
「カメラと…懐中電灯に、マフラーと手袋?なんでだろう。」
季節は春だった。気温も暖かくなってきていて、そんな装備は必要なさそうだと二人は不思議に思った。地中は地上より寒いのだろうか?……遺跡に入ってみれば、どういうことか分かるだろう。
二人は空き地にあるという石の蓋を探しはじめた。視界を遮るものはなく、見渡せばすぐに見つかりそうだ。
「どう?みつかった?」キョロキョロしながら人間が言う。
「あ、あそこ、それっぽいのがあるよ!」
ニグニが指差す先に、四角い石の板状のものが地面に埋まっているのが見えた。これを外せば、下から遺跡が出てくるだろう。
人間は石のそばへ行ってしゃがみ込み、ニグニも浮いている体を地につけ、石のへりに手をかけ、力を合わせて持ち上げてみた。だいぶ重い石だったが、二人がかりなら動かせそうだった。
少しして、完全に石をどけることができると、その下には地下へと続く階段が待ち構えていた。
「どきどきするなあ。」ニグニは期待に肩を揺らしている。
「あれ?ちょっと涼しい風が……?」
人間は階段の下からかすかに涼しい空気があふれているのに気づいた。二人はこの時点で、遺跡の中の気温がある程度低いであろうことが予想できた。二人はその涼しさの原因を確かめるためにも、階段を下って遺跡に入っていった。
遺跡は灰色の石レンガでできた単調な壁と床で作られており、有名な遺跡の壁画に見られるような文明の主張は感じ取れなかった。そこは薄暗く静かだった。一本道の廊下を歩いていると、ふとニグニが不満を漏らす。
「うーん、遺跡って言うからもっと石像とか広間とかがあって古代文明!って感じだと思ってたけど、のっぺりした一本道でなんだか退屈だね。」
「確かに……壁に落書きのひとつでもあってもいいのにね。」
二人はもう5分ほどは歩いたが、遺跡は入り口からすでに細長い廊下になっており、ここまで分かれ道のひとつも、部屋のひとつもなかった。このまま一番奥まで何もない廊下が続いているだけなのだろうかと思うと、ニグニは期待を裏切られる予感でそわそわしていた。自分を励ますように彼は言う。
「でも、さすがに一番奥には何かあるよね!祭壇とか、お宝とか……」
「あ、曲がり角みたいだ。暗いから気をつけて。」
ふたりが曲がり角を曲がると、そこから先へは入り口から差し込んでいた光が届かず、目の前は黒に覆われてしまった。ニグニは袋から手探りで懐中電灯を取り出し、明かりを灯した。
「うわっまぶしい!こっち向けないで!」
「ごめんごめん」
ニグニは人間に向いていた光を進行方向へ向け直した。光は強く、懐中電灯の向いていない方向もうっすらと明るくした。すると、ニグニは床に何かを見つけ、そこへ懐中電灯を向け、人間に呼びかけた。
「見て見て、霜が降りてるよ!」
「え?」
人間が眩んだ目をニグニが指す方へ向け、少しづつ見えるようになってくると、遺跡の床に白い結晶がこびりついているのが分かった。確かに霜が降りている。そのとき、人間は周囲が遺跡の入り口にいた時よりひんやりとした空気に包まれていることに気づいた。
「そういえば、だんだん寒くなってきてない?」
「だよね……ボク寒いのは苦手だなあ。やっぱり中が寒そうだから支給品にコレを入れてたのかな、王は」
ニグニはそう言うと、袋から手探りで二人分のマフラーと手袋を取り出した。それらを身につけた二人は、さらに遺跡の奥深くへ向かっていく。さらに進んでいけば、より気温は低くなり、霜の量も多くなっていきそうだ。その予想はその通りで、二人が進めば進むほど、遺跡の壁は白い結晶に包まれていった。人工の光に照らされた霜はきらきらと輝き、先程までの退屈な廊下とは違って見るものを楽しませてくれた。
ニグニはこれが自然の力なのかと感心していたが、人間にはしだいに不審に思えてきて、ふと呟いた。
「なあ、地中だからってこんな急激に環境が変わるものなのか……?」
「え?あっ…」
ニグニがはっとするのを見て、人間は続ける。
「それに、こんなに霜が降りているのに、マフラーと手袋だけで平気な気温だなんておかしくない?」
確かに、床や壁に霜が降りるような気温であれば、普通はコートなどを着こまなければ寒さに震えているところだろう。
そう思っていた二人だったが、ふと、進行方向からブーンというかすかな音が届いているのに気づいた。断続的であるが、モーターの駆動音に似ているかもしれない。深まる謎にどきどきしていたニグニはそれを聞くやいなや、ぱっと明るい顔になって声をあげた。
「!……これは……一番奥には不思議な力が眠っているに決まってる!幻の氷の力!ロストテクノロジーみたいなやつ!」
「うーん……そうかなあ?」
ニグニのことはちょっと喜びすぎじゃないかと思った人間だったが、確かに一番奥にはこの異常な冷気の発生源があるのかもしれない。それは自然のものではないだろう。この遺跡が作られた目的は、この不思議な冷気と関係がありそうだ。
二人は先程と変わって少しどきどきした気分で歩を進めていった。やはり廊下は奥へ行くほど霜が多く降りていた。
もう少しで霜が天井まですべてを覆い尽くすかと思ったところで、二人は曲がり角に差し掛かった。曲がり角の先はなにやら白い光に照らされていてぼんやり明るい。
「きっとこの先に何かがあるんだ!」ニグニは跳ねるように奥へ進んだ。
ニグニは曲がり角まで行くとその先の風景を目の当たりにし、おー、と感嘆の声を出した。人間もあとにつづき、曲がり角の先にあるものが何かを確かめた。
二人がそこで見たのは、高さ3mもあろうかという白い氷柱が置かれた小部屋だった。小部屋は床から天井まで氷に覆われていて、壁にかけられた青白い炎の松明があたりを照らしていた。
「すごい……」
人間の口にも思わず感嘆が漏れる。そんな人間をよそにニグニは懐中電灯をしまって氷柱に駆け寄り、それを調べ始めた。
氷柱は透明ではなかった。不純物が混じっているのか、内部まで細かくひび割れているのかは分からないが、その内部がどうなっているのかを確かめることはできない。
「この中にロストテクノロジーが入ってるのかも!」
そんなニグニを見て興味がわいた人間は、氷の柱の裏に回ってみて、そうすると変わった点に気づいてニグニを呼んだ。
「なあに?」
「これ。この氷は円柱状だと思ってたんだけど……」
人間は氷柱の裏側をニグニに指し示した。人間は氷柱が前側半分しかなく、実際には円柱を縦方向から2つに割った片割れのような形をしているのが分かったのだ。ニグニは相槌を打つ。
「なるほど……たまたまにしては断面が綺麗だし、何かの意図があってこんな形にしたのかなあ。」
「元々は円柱状だったけど、あるとき半分だけ消えたとか?」
「どうだろう……いろいろ想像したくなるけど、ここで考えても分からないね。もっと手がかりはないかな。」
ニグニはそう言うと小部屋の奥のほうを見やった。遺跡はこれ以上続いてはおらず、そこには白く凍った壁があるだけだった。部屋の中にもこれ以上めぼしいものはない。
「遺跡はここでおしまいかな。」人間は言った。
「1週間も時間をくれたけど、1日で探索できちゃったね。ちょっと残念。」
「もう何もないみたいだし、帰らない?」
「そうだね……適当に写真を撮って帰ろうかな。」
ニグニは袋からカメラを取り出す。
レポートの素材にする写真を撮りながら、ニグニは人間に問いかけた。
「どうお?人間もけっこう楽しかったんじゃない?」
「えっ?うーん……まあ……」
メテモンの事は信用していなかったが、ニグニとの探索が不安に満ちていたかというと……そう葛藤する人間は、先程聞こえたモーターのような音が今もすることに気づいていなかった。そう、その音は二人のすぐ後ろに迫っていた。