第一の試練“強欲の扉” 2
お待たせしました!
二人は未だ先に進めず苦渋に顔を歪めていた。
バルバが時折門をこじ開けようと破壊を試みてはいるがいびつな門はビクともせず沈黙を守っている。
かといって門を開ける問いが分かるわけでもなく時間が経つにつれ二人の脳裏には諦めの文字がちらつき始めていた。
座り込んでいたソルは徐に立ち上がり門の正面に立つ。
門の正面は首を擡げた様な何かの動物の骨が積み上げられ、左右のがれきに埋まっている部分は人間の頭蓋骨のようだ。全体を見た時翼を広げた様な形をしている右側に対し左側は茨のように絡み合った姿をしている。
ヒントを想い浮かべると左は老人、右は若者だったはずだ。
最初にバルバが言ったようにヒントの中の杯と剣の姿はどこにも見当たらない。
かれこれ数時間の間に目を皿のようにして門を凝視していたのだ今更注視した所で見つかるはずもない。だいたい此処で見つかるようならこんなに疲弊して門の前に胡坐を掻いているはずがない。
ソルは数時間前にバルバが溢し語ったギフトと陣術が頭をかする。
ソルはギフトもなく陣術は使えないが似た様な力を持っている。バルバにばれるのは些か否めないがこのまま手を拱いて無駄に時間が過ぎるのはソルにとっても遺憾である。
力を使うべきがソルは迷ってた。
ソルは右手を門の中央にあった頭蓋に触れる。
何か反応する様子はない。
破壊不可に見えた門にソルは力を込めた。
バルバは中央に立つソルの後ろにいた。
うろうろと門の前で破壊を試みていたバルバに対しソルは全体を見渡す少し後ろの方で座り込んで考えていた。
そのソルが立ちあがり門に近づいたのだ。バルバにしてみれば何か解けたのかと期待してソルの後ろに回り事の次第を見守ることにした。
だがソルの行動はバルバの思っていたモノとは違っていた。
殆ど動かず門の正面で立ち止っただけだった。期待はずれかと落胆しながら今更かと自分に言い聞かせ再び門に挑もうと足を前に出した時。
重圧の声が再び響いた。
<左手は老いる者の杯。右手は若き者の剣。繋がり果てる命の炎は正面へ>
最初に聞えたのはあの問いかけ。その次に聞えたのは新たなヒントだった。
<望む者、杯に灰を注げ。祈る者、剣に霜を降らせ。さすれば繋がりが結ぶだろう。しかし心せよ炎を絶やしてはならぬ。老いし者と若き者を交る事はまかりならぬ>
その言葉の後反響を残し声は聞こえなくなった。
バルバは急いでソルの元へと駆けだしソルの肩を揺らす。
「おい!お前何やったんだ?」
興奮気味に問いただす。何をやっても沈黙を守っていた声が漸く反応を見せたのだ。ソルの背後にいたバルバはただ立っているだけにしか見えなかったソルが何かしらの行動を起こしたからだと推測して聞き出そうとした。
ソルはただ門の骨に触れて力を込めようと踏ん張っただけである。力も何も込める前にあの声が聞えて来たのだ。ソルにしても何が何だか分からない。
拍子抜けしたがとりあえず二個目のヒントが得られたのだから良しとしよう。
なんだか釈然としない気持ちを隠しバルバの問いに誤魔化しながらヒントについて考えを巡らせた。
「…私にもよくわからない。それよりも新たなヒントを考えた方がいい」
望んだ答えを得られなかったがまずはヒントを考える事が先決だと思いソルの提案に乗るバルバ。
「杯に灰と剣に霜?そんなのどうやってすりゃいいんだ」
バルバの問いにソルも考える。どう考えたって何も無い状態で灰も霜も生みようがない。それは明らかに能力があることを前提としたものだ。
最初からこの門を通り抜けるのは無能者には不可能なのだ。それに気付いたソルとバルバは僅かな差であるが憤りを感じていた。特にバルバは表面によく現れ、渋顔になっている。
ソルもバルバの様子を傍と見るが妙に静かなもので訝しげに首を捻らせた。常ならばもっと強く憤りを顕わにしてもおかしくないと短いつきあいながらソルはバルバの性格を把握していた。そんなソルの疑問はバルバの独り言で氷解する。
「能力ありきか…たしかに“迷宮”には必須だったな」
『迷宮』は元々神が眷属を選別するために生みだしたモノ。仮にも神の眷属の候補が無能力者とは考えずらい。もちろん中には無能力者も眷属に選ばれることも多少ながらある。その例でいえば食前に祈る言葉に名が載る豊穣を司るホロウ神の眷属レルが挙げられる。彼は敬虔な祈りにより眷属に召し上げられた元農民で無能力者だったという。
その例もあるがそれは本当に稀なことであり、特に迷宮にて選別される眷属候補は皆能力者だ。此処で言う能力者とは現在の陣術の元となった『精霊術』を使えるモノの事を言う。
精霊術とは世界の理にある元素の力を用いたものであり、精霊を媒介にして術を構築することから精霊術と呼ぶ。陣術は精霊を媒介にせず自身の魂と理を結ぶことにより外界的な媒介を用いることなく構築する。その魂と理を結ぶのが『ギフト』と呼ばれる刻印なのだ。このギフトは現在では陣術を持ちいる者を総じて呼ぶ名称として知られているが、元は刻印の事を指していた。現在精霊術は古術と名称が変わり術者は殆どいない。それは精霊術は構築が難解の上、陣術の方が圧倒的に効率がいいからだ。前記したように媒介を必要とする精霊術は意思のある精霊を媒介にしているためどうしても意思疎通に隔たりが発生する。それが術式が複雑になる要因でもあり、少なからずタイムラグを引き起こしていた。
ただし、陣術に対し効率の悪かった精霊術にも優れた点があり、理の塊ともいえる精霊を媒介にしているためその規模と威力は陣術とは比べ物にならないモノだったそうだ。
ソルの力は陣術と云うよりも精霊術に近い。もちろん根本的なモノは違うが規模と威力は精霊術に匹敵する。強すぎる力は本人の意思を越え操作が出来ないものとなっていた。
ゆえにこの迷宮を覗く“神々”はソルの力に制限をかけていた。もちろん迷宮内限定ではあるが。
力が殆ど使えない状態まで制限されている事を知らないソルはもちろんの事、刻印は持っていても術式の構築が出来ないバルバは第一の試練に突破できるほどの力をこの時点では持ち合わせていなかった。
二人は二つ目のヒントを元に話し合いを始める。傍目には思量深く考索しているのがソルで、短慮に行動に移そうと苛々をしているバルバという構成のように見えるが内情は全く別だった。
バルバは表立って苛立ちを表してはいるが内情はしっかりヒントを考索してなんとか突破口を開こうとしている。
逆にソルは表情筋が働かないせいで冷静沈着そうに見える見た目からは考えられないほどパニックておりまともに構想すること叶わず現実逃避し始めている。元から頭の具合はよろしくないと自他共に評されてきたことからもソルの残念具合は分かるだろう。
つまりまともにヒントに対して考えているのはバルバだけだった。
「二つ目のヒントも良く分からないな」
「くっそ!なんとか解かない事には進めねぇ。何かあるはずなんだ…」
舌打ちしながら苛立ちを隠せず思案するバルバ。彼の脳裏には“古術”という言葉が浮かぶ。しかし陣術すら出来ぬ身には古術はあまりにも難関な術式。
そこでバルバはソルを横目に見た。古術の使い手は陣術には必須の刻印<ギフト>は必要ない。可能性を信じてバルバはソルに古術について切りだした。
「ソル、お前ギフトはないんだったんだよな?」
「ん?あぁそんな痣はないが、どうした?」
「ギフトがないなら陣術は使えねぇ。でも古術なら…」
そこまで言ってバルバはソルに向き合う。八方塞がりではっきり言えば無謀の一言だが物理ではどうしてもあの門を抜けることは不可能。ならたまたま出会った不思議な旅人であり現在の相棒に期待した。
もしかしたらまだ何か方法はあるのかもしれない。しかし何時間も考察しても突破の糸口すらつかめない現状と迷宮という特殊な場所であり過去迷宮を突破した偉人達が皆陣術及び古術使いであったことからバルバは異能の力以外に突破できる方法が無いと判断した。
「ソル。お前古術は使えないのか」
ソルの顔を見ながら唐突に切り出したバルバの言葉にソルは一瞬何を言われたのか理解できなかった。
一拍おいて言葉を理解すると少し動く能面のような無表情に怪訝な皺を僅かに寄せバルバに応える。
「古術って…精霊術の事か?」
「随分古い言い方をするんだな。まぁいいか、そうそれだよ。古い言い方を知ってるなら術も使えるんじゃないか?」
「(古い言い方?)書籍でどんな術かは大まかに知っているが術を扱えるかは別だ」
「書籍ってお前もしかして貴族か何かなのか?」
「はぁ?」
「本を持ってるもしくは見た事があるんだろう?なら貴族以上の身分じゃないか」
バルバの言葉にソルは自身と彼との間の相違点を知る。この世界はソルが思っていたよりも文明が進んでいないようだ。
そもそもソルの思っている本として束ねられている紙の材料は木材などの繊維が主流でありバルバの思う紙は動物の皮を材料にした羊皮紙だ。環境が乏しいこの世界では劣悪な紙でさえも高価であり田舎のそれこそ農民などは生涯の内紙に触れることは殆どない。
情報なども行商人や時折訪れる吟遊詩人が語る物語などで紙面で知る機会はないに等しく必然的に識字も上層階級や一部の商人のみが扱える特別技能であった。
そのことは特別な知識を要する陣術使いが特権階級に集中している原因でもある。
「今はそんなことはいい。本当に古術使えないのか?」
バルバはもう一度念を押して問う。
ソルは以前見た古術(精霊術)の内容を思い出しながらその術がどことなく自身の持つ能力と似通っている事に気付いた。
はっきり言って能力を隠しかつ使わずにこの迷宮を進むことは難しいだろう。
ならば此処は古術と偽ってでも力を見せた方がいいかもしれない。成り行きとはいえこの迷宮間では相棒のバルバだ。短い間ながらもまっすぐな性質を垣間見せる彼ならばこの能力を知っても変わらずにいてくれるのではないかと期待する。
ソルが能力を知られて一番恐れているのは畏怖の感情だ。
スウェンに知られた時、僅かに瞳に乗せた畏怖の色を見たあの光景がソルの脳裏に霞める。
「…厳密に古術とは言えないかもしれないが…」
「使えるんだな!」
喜色を顔に映したバルバに浮かない雰囲気のソルは渋々ながら頷いた。
これでようやく先に進める光が見えたとはしゃぐバルバをよそにソルは未だ迷いを捨てきれないでいた。
ソルの力が制御され使えない事に気づくことなく彼らは門の前に立ちヒントを基に能力を使うことにした。
<左手は老いる者の杯。右手は若き者の剣。繋がり果てる命の炎は正面へ>
<望む者、杯に灰を注げ。祈る者、剣に霜を降らせ。さすれば繋がりが結ぶだろう。しかし心せよ炎を絶やしてはならぬ。老いし者と若き者を交る事はまかりならぬ>
ヒントの通りならば左手の老いる者に灰つまり“火”を右手の若き者には“氷”の能力が必要になる。
ただしヒントの中に出てくる杯と剣に対して使わなければならない。
だが眼前の門には杯も剣の姿も見当たらない。見た目は翼の形と茨だ。まず手の形ですらない。
「なんであの言葉は右とか左じゃなくて“右手”とか“左手”って表現したんだ?」
バルバが何気なく呟いた言葉と共に門を遠目から見ていたソルははっとして気付く。
真正面から見た左右の形は全体を見て意味のない瓦礫が積み上げられたような形で単体で見て初めて翼のような形や茨のような姿をしている事が分かる。
それをひっくり返した姿なら?
「バルバ!門を逆さまに見てみろ」
「逆?どういうことだ」
ソルのがバルバに叫ぶ。ソルに促されるがまま後ろを向き両足を広げ腰を曲げ股の下から門を見ると先ほどまで見ていた門が様変わりしていた。
つまり逆さまで見た門は鏡のように左右が反転し乱雑に見えた左右の骨が手の形になっていた。
翼の姿をしていた右側が“左手”に、茨の姿をしていた左側が“右手”となったのだ。
その手の形も同じではなく右手は掴むように軽く握った形に、左手は掬い取るように掌を上に掲げた形をしている。
その形は剣を持つ右手と杯を掲げる左手に見えなくもない。
だが肝心の剣と杯は見当たらない。
「もしかして現物の剣や杯に能力を沿わすのではなく“能力で剣と杯を創る”のか」
バルバは納得したように答えにいきついた。
ソルはバルバの答えを基に左右の骨を見つめ徐に手を沿わす。最初に能力を使おうとした時のような邪魔は入らずソルは思いっきり剣と杯を想像して能力を使うように力を込めた。
ただ沈黙だけが広がった
ようやく投稿できました!すげぇ時間かかった…一カ月丸ごと掛かるなんて。
次はなるべく早く出来たらいいな…




