死の乱舞
「死狂い道化師…?」
レディナスはどこかで聞いた通名を反語する。アルーブは笑みを深めるだけで何も語らない。最初から挨拶だけの為に出てきたような風態でそれでもふざけた様に身体を左右に揺らしてレディナスの反応を楽しんでいた。
いつの間にかレディナスとアルーブの距離が縮まっていることにレディナスは気付かない。
巧妙に隠しなが距離を縮める技術は一流の暗殺者顔負けだ。
アルーブとはいったい何者なのか。
その疑問に答えたのは本人でもレディナスでも無かった。
「止まれ!死狂い」
二人の間に入ったのは気を失っていたアルノルドであった。
アルノルドの表情は蒼白を通り越し土気色で脂汗も滲みでている。レディナスはこんな表情をするアルノルドを見たのは初めてだった。いつでも余裕綽々で自信家の彼からは到底想像できない。
「アルノルド?」
「殿下お下がりください。こ奴は…強い」
「フフフ…そちらの従者は殿下とは違いワタクシの事ご存じのようだ。嬉しいねぇ~♪」
不気味に笑いその場をクルクルと回り始める。
本当に楽しげに嬉しげに踊るアルーブの姿は童子のようでもあり同時にとても妖しさが溢れていた。
「…こ奴は巷に流れる噂の一つ、快楽殺戮者“死狂い”です。殿下もご存じでしょう、『ココワの惨劇』を」
アルノルドはアルーブから距離を取りつつレディナスに話しかける。
『ココワの惨劇』とは今から十二年前に起こった悲惨極まる事件の事だ。
事は大陸の中央に位置する中立国家バジンカと北の大国ヴァーリア公国との国境近くにあるココワという街で起こる。
ココワはバジンカの街の中でも首都を除く主要都市の一つでありヴァーリア公国との流通を一手に引き受ける商業都市であった。
溢れる物流と行き交う人々中央に位置するバジンカゆえに商業都市とはいえ人々の往来は他国の首都に匹敵するのではと云われていたのだ。
そのココワは現在荒野になっている。人の往来はすでになくかつてあった街並みは姿を消し訪れる者は皆無。
なぜそのような姿に変わり果てたのか、それはたった一夜の出来事である。
ある旅人がある日ココワに訪れた。何のきっかけかそれは未だ分からない。
その旅人は不可視な得物を用いて踊るように街中を渡り歩いた。そこに生ける者全てを嬲り殺しながら…
生者のいない街は翌日たまたま立ち寄った行商人一団が惨劇を目撃することになる。
街は膨大な血で真っ赤に染まり、まともな(…)死体は一つもなかったそうだ。
惨劇の一夜から辛うじて逃げ延び、僅かに生き残った者たちから聞いた話ではその旅人は街にいた人間を殺し尽くすと常に心底恐ろしげな“笑み”を絶やさず道化のように踊りながら街を去っていたそうだ。
その惨劇を成した謎の旅人を畏怖を込めて【死に狂い道化師】と呼び人々は恐れた…
彼(彼女?)は暗殺者や人間兵器とも噂され裏のルートで依頼できるという生唾物の噂さへも流れているという。
レディナスも噂を知らずとも実際にあったココワ消滅の事実は当時バーレシアの王宮でも騒がれていたため意図せずに耳に入っていた。
あまりの惨劇の様子であったことから記憶から忘れることはなかった。
「まさかあの惨劇を起こしたのが目の前の【死に狂い】だというのか?」
レディナスは驚愕に目を見開きアルノルドに問う。その問いに答えたのはアルノルドではなかった。
「ひっどいなぁ~せっかく名前をお教えしたのだから【死に狂い】などという無粋な通名ではなく‘アルーブ’と呼んでくださいナ殿下」
「…」
「おやぁ?だんまりですカ??寂しいですねェ…っとあんまり時間をかけるのは依頼主サンに怒られてしまうのでさっさと殺っちゃいましょぉ♪」
目の前で左右に揺れていたアルーブはピタリと動きを止め掌を合わせた手を口元に添えてパッンと大きく一つ柏を打った。
その瞬間アルーブの周りから強烈な熱波を発して衝撃となりレディナスたちを襲う。
足元から襲う熱波で蹲っていた側近や護衛たちは内側から炎を吹き出し燃えてゆく。見る間に炭とかす人型のソレになす術もなくレディナスはただ見るだけだった。
僅か数秒の間にその場に生きているの者はレディナスとアルノルド、そしてアルーブのみとなった。
アルノルドは主を護るため自身の怪我を圧してアルーブに剣をむけた。武人であるがゆえに彼自身アルーブとの差は痛いほど分かっていた。
自身と同等の武を持った護衛でさえ不意打ちではあるが刃をむけることもなく全滅させられたのだ。おそらく正面から受かって行ったとしても結果は変わらないだろう。それこそ向かい合ったその一瞬で…
手を抜いているのかアルーブ自身の武は使わず魔術のみを使った結果でさえコレなのだ。アルノルドの勝機はない。
それでもレディナスだけはこの場から離脱させなければならない。
それが従者として、そして幼いころから共にあった乳母兄弟としての矜持だった。
アルノルドの決死の行動は大陸中で畏怖される【死狂い道化師】と呼ばれる者にとってそよ風が噴きつける程度のものでしかなかった。
しかしアルーブは戦いに飢えていた。戦いとも呼べぬ一方的な虐殺ばかりの日々に少々飽きていたのだ。
そこでアルーブは戯れにアルノルドの剣を受けてみた。
アルノルドの剣はアルーブの左肩を抉り胸まで切る。一切の動きを見せず隙だらけの身は実に攻撃を受けやすかった。
アルノルドは驚愕する。一瞬の時間稼ぎのつもりで攻撃したものがまさか易々と切ることが出来るとは思わなかったのだ。
レディナスに至っては切られゆくアルーブの姿を見て勝利を期待していた。レディナスは武人ではなくアルーブの力の差が分からなかったのだ。
アルーブはこんなものかと淡々と思った。
肉体的な痛みは確かに有るもののアルーブにしてみれば蚊に刺さるていどのものでしかない。その攻撃、傷では到底殺せないのだ。
戯れ程度であったアルーブは久しぶりに受けた“痛み”に僅かに感情が向上する。
その向上した感情の赴くままアルーブは狂喜する。
「あは♪アハハハッハハハッハハハハハッハハハハハハッハハハハハ!!!!!イタイ?そうだ!痛いよイタイヨ❤あぁア久しぶりだぁあアハハハハ!」
狂喜の笑みは深くなり、目の前のアルノルドを恐慌させる。
アルーブはアルノルドを徐に抱きしめ徐々に力を込め始めた。
「ぐっうぁああああああああああああぁあ!!!!!!!!!」
絶叫の声を響かせミシミシと体を締め付けられるアルノルド。
レディナスは呆然と殺される行く姿を見ることしかできない。
バキッバッキ!
アルノルドの体が身体が粉々に砕けアルーブの腕から崩れ落ちる。
身体の穴という穴から血を噴き出し眼球が飛びでたアルノルドの形相はこの世のものとは思えないものだった。
崩れ落ちた躯は地面にふれた瞬間着火。一瞬のうちに真っ黒い炭となった。
動けないレディナスは座り込んだまま此方にゆっくり歩み寄るアルーブの姿を見つめている。
「さぁって、最終目標の殿下のお時間デスぅ♪」
「うぁあ…あぁ」
レディナスの声から出た物はうめき声のような言葉にならない声だ。
「どうしたんですカ?あぁ自分も死んじゃうって思ってるんですカ?残念ですけど殿下にはやってもらわなくちゃいけない事があるんで死ぬのはまだですよ♪」
アルーブは人差し指を立てて左右に振る。
レディナスは恐怖で未だ声には出ないが内心疑問で埋め尽くされる。
(やらなくてはいけない事?)
「ってなことで、ちょっと殿下には名前を消させてもらいますね?」
「はぁ?…ど、どういうことだ…?」
突然放たれた名前を消すという言葉に咄嗟に反応するレディナス。アルーブはそんなレディナスの反応を無視してレディナスの額に右手を翳した。
「レディナス・シーザ・バーレシア。これより貴殿の名を殺す」
口調を変えたアルーブは翳した右手を持ち上げると黒い陣がレディナスの額の上に浮かび上がった。
その浮かび上がった陣を潰すように右手を強く握る。
陣は歪んで真っ黒に弾け飛んだ。
その瞬間、レディナスの意識は遠のいてゆく。
薄れゆく意識の下層でアルーブの溢した言葉が響いた。
「残酷なオーエン殿下によろしく。名無しの殿下サマ♪」
“名前を消す”ということを理解するのはまだ先…
レディナス過去篇終了。次話から主人公の話に戻ります。




