表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

由梨と白ネコ

 いつもより早くに仕事を終えた私は、同僚からの飲み会の誘いを断って家路へ急ぐ。

 何日も前から大家さんとしていた交渉、ネコを飼ってもいいかという交渉で勝利を勝ち取った私は、いつもの公園で今日も待ってくれているだろう真っ白いネコちゃんを思い出して、さらに歩みを速めた。




 自宅近くの公園でそのネコちゃんに会ったのは、同期女性の結婚が決まったお祝いを同期のみんなでした帰り道。

 婚約者は同じ会社の先輩で、私も何度か話したことがある人だった。幸せそうに笑っている彼女へ、喉まで出かかった言葉を飲み込む。

 幸せの絶頂にいる友人を不幸にする言葉だとわかっていたことと、他人がくちばしを突っ込むことではないと思ったから。

 数日前、先輩が受け付けの新人ちゃんと腕を組んで歩いていたことなんて、言えるわけがなかった。


 胸糞悪い。

 そんな感情を押し隠すように、普段はセーブしていたお酒をここぞとばかりに飲んだ。飲んでいなければ、ジョッキが口から離れた途端に、言ってはいけない言葉が出てしまいそうだった。

 黙っていることがいいことなのかはわからないけど、学生時代に似たようなことがあったときは、関係のない私まで加害者に仕立てて無いことばかりを言いふらされて迷惑をこうむったこともあるし、恋愛ごとに関しては沈黙を守るようにしていた。


 そんな嫌な気分で飲んだ帰り道。

 へべれけになりながらも、家路をたどっている途中で、一匹の白いネコを見た。

 ピンと伸びている背筋に反して、チラリと見えた横顔はどこか物憂げで、そのまま放っておくと泡のように消えてなくなってしまいそうな厭世観が漂っていた。

 酔っぱらっていた私は、白いネコに惹かれるがまま近寄る。


「白猫だぁ」


 突然声をかけられたネコちゃんはビクッと体を竦ませるだけで、逃げもせず、少し胡乱な瞳で私を見上げる。

 隣のベンチに座ってふわふわの毛並みを撫でてみたけど、逃げる様子はない。


「にゃぁ」


 不満そうに鳴いたその声には野良猫らしいふてぶてしさがあって、思わず苦笑する。


「あ、そーだ。お昼の残りあるからあげるねー」

「にゃっ」


 カバンからお弁当を取り出すと、期待のこもった様子で私の手元にあるお弁当を一身に見詰めていた。

 ネコだけど、わんちゃんみたい。

 素直な子だなぁ。可愛いなぁ。

 ささくれだっていた気持ちが、ネコちゃんを見ているだけでホンワカと穏やかになっていく。


「はい、お食べー?」

「にーあー」


 ネコちゃんがお弁当に夢中になっている間、手持無沙汰だったから、遠慮がちに背中や頭を撫でてみたけど、特に気にした様子もなくお弁当を食べ続けてた。

 触られ慣れてるし、少し汚れてるけどヒドイ汚れじゃないから、飼いネコだったのかな?

 まだ子ネコだし、もしかしたら何かの拍子に外に出てきちゃったとか?

 首輪はないし…この辺りは野良猫が多いしなぁ。

 うーん…。

 もやもやと考え込んでいる間にネコちゃんはお弁当を食べきっていた。

 満足そうにペロリと鼻や口周りをなめている様子が可愛くて、胸がときめいた。

 連れて帰りたい!

 けど、私の賃貸マンションはペット禁止だ…引っ越し…いや、でも老後の貯金が…そろそろマンション購入も考えてみるのもありかも…。

 お弁当をカバンの中へしまって、名残惜しくもベンチから立ち上がる。

 後ろ髪ひかれるけど、連れて帰りたいけど!

 万が一、連れて帰ったのが大家さんに気付かれてしまったらネコちゃんは保健所へ連れてかれてしまうかもしれない。私も、家を追い出されてしまうかもしれない。仕事が忙しいこの時期に引っ越しまで手は回らない。


「まだ小さいし、飼ってあげらたらいいけど…即断できることじゃないからなぁ」

「にゃーあ」

「うぅ、可愛い…。連れて帰りたい…いや、でも大家さんが…」

「にゃにゃ」


 仕方ないよ、というように私の指先に鼻を寄せながら諦観しきった様子の子ネコに涙が出そうになるのは、きっとまだお酒が抜けきってないからだ。

 この子はきっと寂しいのに、連れて帰ってあげられない自分が不甲斐ない。


「うーー…、またね、ネコちゃん」

「にゃーぁ」


 まるで人間が手を振るように尻尾を数度振ってお見送りをしてくれた白猫ちゃん。

 何度も振り返りながら、そのたびに尻尾を振ってくれる様子に心臓をわしづかみされながら、私は明日から大家さんへ猫の飼育許可をもらえるように掛け合うことを心に決めた。

 そして、それからは毎日、夕方ころにはネコちゃんのご飯をもって公園へ行くようにした。

 不思議なことにネコちゃんは、私が毎日公園へ来るとわかっているのか、初めて出会ったあのベンチに座って、私を待ってくれていた。

 例え待っているのが私じゃなくて、ご飯だったとしても、毎日私が来ることを期待して待ってくれているネコちゃんは、私に活力を与えてくれる。




 そして、ようやく!

 今日のお昼休みに管理会社から、契約変更の手続きが完了した旨の留守電が入った!

 休みの日に疲労で重たくなった体を引きずって、大家さんと面談した甲斐があったー。

 追加の敷金として家賃の2か月分はけっこうイタイけど…でも、あのネコちゃんが家で待ってくれるこれからの未来を思えば、今以上に仕事に集中できる気がしていた。


 夕闇せまる、逢魔が時。

 ぞわりと背筋に背向けが走った瞬間、白いネコちゃんが私の足元で毛を逆立ててなにかを威嚇している姿を最後に、私の意識はプツリと途切れた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ