人生を焼くたい焼き
数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。
この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
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なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
商店街の夜は、相変わらずゆっくり流れている。
たこ焼き屋「八粒堂」の前では、
今日も機械が静かに回っている。
ぽと。
五分に一粒。
時間が焼き上がる店。
その隣には、もう一つの屋台がある。
若い男のたい焼き屋。
かつて受験戦争を勝ち抜き、
それでも自分の人生を探して
ここに戻ってきた青年の店だ。
鉄板を温め、
生地を流し、
あんこをのせる。
ぱたん。
型を閉じる。
そして数分後。
カタン。
たい焼きが焼き上がる。
常連が言う。
「お前のたい焼き、うまいな」
青年は笑う。
「ありがとうございます」
別の客が聞いた。
「たこ焼きは未来を見るんだろ?」
青年はたこ焼き屋を見る。
機械がゆっくり回っている。
そして言う。
「そうらしいですね」
常連がたい焼きを持ち上げる。
「じゃあこれは?」
青年は少し考えた。
そして言った。
「これは……」
鉄板を見つめる。
焼けていく魚の形。
「人生を焼くんです」
常連が笑う。
「また大げさだな」
だがその夜。
少し不思議なことが起きた。
一人の女性が屋台に来た。
三十代くらい。
疲れた顔をしている。
「たい焼き、一つください」
青年はうなずいた。
「はい」
生地を流す。
あんこを置く。
型を閉じる。
女性は小さく言った。
「仕事、やめようかな……」
誰に言ったわけでもない。
ただ、ぽつりと。
青年は黙って焼いていた。
カタン。
たい焼きが焼き上がる。
袋に入れて渡す。
「どうぞ」
女性は礼を言い、
一口食べた。
その瞬間。
女性の表情が少し変わった。
遠くを見る。
まるで何か思い出したように。
それは未来ではない。
過去だった。
大学時代。
友達と笑っていた時間。
夢を語っていた夜。
「カフェをやりたい」
そう言っていた自分。
女性はたい焼きを見た。
「……あれ」
小さく笑う。
「私、何やってたんだろ」
青年は何も言わない。
女性は最後の一口を食べた。
そして深く息を吐く。
「ありがとう。美味しかったです。」
青年が言う。
「どういたしまして」
女性は少し明るい顔で帰っていった。
それを見ていた常連が言った。
「今の何?」
青年は首をかしげた。
「さあ」
常連が言う。
「なんか顔変わってたぞ」
青年は鉄板を見つめる。
たい焼きの型。
魚の形。
そして言った。
「たこ焼きは」
たこ焼き屋の機械を見る。
ぽと。
落ちる丸い球。
「未来を見せる」
そして自分の鉄板を見る。
「でもたい焼きは」
新しい生地を流す。
「忘れてた人生を思い出させる」
常連が黙る。
青年は続ける。
「未来を見るより」
型を閉じる。
「大事なこともあります」
常連が聞いた。
「何?」
青年は少し笑った。
「自分がどこから来たか」
その時——
ぽと。
たこ焼きが落ちる。
そして——
カタン。
たい焼きが焼き上がる。
商店街の小さな奇跡。
片方は未来。
片方は人生。
そして夜は、静かに続いていく。




